直線上に配置

駄菓子屋

春、桜の木。夏、セミの泣き声。秋、渋柿の木。
冬、焚き火の煙。
風情の残る路地裏に駄菓子屋さんがありました。
薄暗がりに塀にこだまする初詣通いの足音。
破魔矢の鈴の音が響き、白い塀の中で犬が
吠えたて、晴れ着の子供達はキャワキャワと
騒ぎながら走り去る・・恒例の景色・耳慣れた音。

駄菓子屋のおばあちゃんは、幾つくらいやったろう。
もう、だいぶ腰も曲がって、ふくよかな顔に殆ど歯のない
口元は、マンガの梅干しばあちゃんみたいだった。
お天気の良い日は、丸い木のイスに座って
居眠りしてはってね、そこへ小さな子供が
何か買いに来たんやけど、おばあちゃんの耳元で
「おばーちゃーん!!おーきーてー!!」って、
大きな声でね、起こすんやわ。
すると、おばあちゃんは、
「ねてないて~!大きな声ださんでも聞こえてるで!」
手をパタパタさせて、イスから落ちそうなくらいだった。

ある日、いつものようにコックリコックリしてはったから
起こさんとこう思うて通り過ぎようとしたら
「ええお日よりやなあ!」って声かけられてビックリ!
「寝てはると思いましたのに!」って答えるとね、
「居眠りなんかするかいな!あんたの足音かて
聞き分け出来るで・・!」なんて言わはるの。
それから、少しの間立ち話になったのね。

黒塗りの蔵の明かり取りが年に何度開かれる・・とか
白塗りの塀の商家が、自分が生まれる前から
建っていた事。
その家の娘が嫁ぐとき、路地で花嫁行列の
お披露目が有ったこと。
そして、戦争の時は、其の家だけが戦火を
免れて建ち残ったこと。
おばあちゃんは、とうとうと民話を話すように
語ってくれました。
糸のほつれが解かれるように
ひとつ又ひとつ・・。
そして、帰り際に必ず言う事がありました。
「小さいお子は連れて歩かなあかんで!」ってね。
誰かと間違うてはったんやね、ずーっと今まで。

親しげに話しかけられたから、気安い性分の
人だと思っていたけど、こちらも思い違いしてたんやね。
でも、好きだったんよ!
おばあちゃんは、狭い店先に集まってる子供相手に
馴れ合いの軽口言い合って、くしゃくしゃの笑顔で
よう、笑うてはった。

此処だけは時間が止まった昔の景色そのまま!
子供達の声が路地に響いて、猫のひなたぼっこも
店番のおばあちゃんの居眠りも、
当たり前の日常のように見えたからね。
雨がシトシト降り続く梅雨の季節、
板戸井の閉まった駄菓子屋の前を通るとき、
おばあちゃんと子供達の笑い声が聞こえてきたような気がして振り返った。

ずーっと、ずーっと昔の事だけどね
おわり