5才の時、その子供は初めて本を知った
まだ、文字が読めなかった
古い表紙のその本には、手書きで書いたような挿し絵があった
異国の街の風景に、大きな帽子をかぶった女の子と馬車の絵
ページをめくると、女の子が大きなお人形を抱いていた
泣いているような目の表情は、子供の目にも悲しいのだと理解できた

風呂場の焚き口に座り込んで本を見ていた
表紙は分厚く、ページも多く、薄く茶色に変色していた
色んな形の文字がびっしりと書き込まれていた
文字を知らない子供は、何て書いてあるのか知りたいと願った
女の子の涙の意味を知りたいと思った

幾日も過ぎたある日、いつもと同じように本を見ていた
子供が本を見ていられるのは、風呂の焚き口に座っているときだけ
毎日その機会はあったけど、夕暮れの早い季節は文字も挿し絵も影してしまう
顔が熱くなるほど火の側に寄って、夢中になって見る日が重なっていった

あたりが暗くなってしまった夕方、子供はいつものように本を見ていた
パン屋さんの挿し絵を見ていた、ボロボロの服を着た女の子の絵を見ていた
子供は知りたかった、何故、あの女の子はボロボロの服を着ているのだろうと
ふと、子供の手から本が取り上げられた
振り返ると子供の父親が恐い表情をして立っていた

子供は本が燃やされると思った
父親は酷く怒っているのだと思った、
叱られてもいないのにポロポロと涙がこぼれた
父親が言った「読みたいのか?」
子供は泣きシャックリをあげながら頷いた
子供を見下ろしていた父親は笑顔で言った
「明日から、読み書き教えような・・。」

子供は、本の名前を知った
その本には漢字で「小公女」と書いてあった
5才の子供には難しい内容の本だった
父親は、ページの一字一字をひらかなに直して子供に見せた
本の隣には父親が綴った「いろは・・」文字の紙が置いてあり
子供は毎日ひらかなの文字を覚えた

翌年の同じ頃の季節、子供は本を読んでいた
挿し絵だけを見ているのでなく、文字を読んでいた

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