夕べの止まり木 2011年4月12日号 
               悲しみを乗り越える時

                      和田山麻美


 3月11日、夕方になろうとしていた時、普段とは違う揺れかたの地震に不吉な思いを抱きつつも、いつものように喫茶店を営んでいました。
その後、来店するお客さんから断片的に被害状況を聞き、阪神・淡路大震災をしのぐ大惨事であることがわかりました。

 道内を含め、知りあいの中に直接被災した人はいませんでした。しかし、被災地の画像が流れる中、時間の経過とともに、災害の影響で混乱に巻き込まれた親類や、お店を通じて知り合った方々の中にも、少なからず被害を受けた方々がいるのを知ることになりました。人ごととは思えず、被災者の苦悩を少しでも分かち合えたらと、考えてしまいした。

 少し時間がたち、テレビなどを通じて伝えられる現地の悲惨な景色の中にも復興を目指す力強い方々の姿が見られるようになりました。そこで考えたのが、被害を受けなかった私達までが、自制心を抱き生活意欲を制限するようなことをしていいのだろうかということです。

 被災者の方々をできる限り応援するのは言うまでもありませんが、『気持ちを一つに』とか『みんなで助け合い、支えあう』とか、その思いは、幼いころから人として教えこまれたあたり前のことです。いま、被災から免れたわたしたちは、その気持ちをもう一度思い出し、今の幸せを認識し、より一層活動的な日々を送り、元気のある地元社会を創ることが大切ではないかと思います。それが、巡り巡って被災地にいる皆さんとの『助け合い・支え合い』につながるような気がします。

 あるラジオパーソナリティーが「幸せはそこにあるのではなく、どこに感じることができるのか、です。」と、言っていたことを思い出しました。
今こそ、みんなが小さくてもささやかな幸せをいっぱいみつけて、元気ある生活を送らなければと思うのです。