夕べの止まり木 2012年8月3日号


歩いて行こう

和田山麻美      

 テレビや新聞では、『いじめ』について報道されています。
そのたびに、自分の小学生の頃を思い出し、ひとごとではない
と、いたたまれない気持ちになります。小学四年生の時、提出
した夏休みの工作の中から虫が出てきました。その日から、今
思い出しただけでも、鳥肌がたつくらいのつらい『いじめ』を
受けるようになりました。

学校へ行っている間は、仲のよかった友達も、私と仲良くし
たら仲間はずれされるので、こっそりと学校から離れたところ
でしか会うことができません。放課後は、親戚が商店を営んで
いたので、そこで、お手伝いをしてほめられる事が私の唯一の
やすらぎで、私の居場所でした。何度か担任の先生に相談をし
ても、そのたびに先生は的外れな言動に終始して、とても信頼
できる状況ではありませんでした。

 そのような状況の時にも、私には夢をもつことができて、幸
いにも学校を休むことはしませんでした。登校拒否をしたら自
分の夢が途切れてしまうと子供心に思い、一人になってもがん
ばろうと思っていたのでしょう。つらかった事は、数限りなく
あったけれど、その時期、心をゆがむこと無くのりこえること
ができたのは、私の場合、私の気持ちを支えてくれた家族の絆
が強かったからだと思うのです。

 子供たちの集団があれば、いつ、どこでも、そしてごく普通
に起こり得るのが『いじめ』です。まだ社会的な絆の大切さを
理解できない子供たちは遊びの中の『いたずら』『からかい』
から『いじめ』に、そして犯罪と判断される事案まで、簡単に、
しかも当人の自覚なしに事が進んで行きます。まわりのすべて
の人たちが、いかに早いうちに気づき、正義の大切さをいかに
教育できるかが勝負なのです。先生や教育委員会を批判するよ
りも、支えることを意識して、子供達を見守っていける社会が
できたらいいなと思うのです。