縁があり 2010年5月、
釧路新聞紙上において1週間にわたり
 小さなコラムを書かせて頂きました。

 
釧路新聞 コラム番茶の味 2010年5月号 原稿 
 NO1

喫茶店

 「いらっしゃいませ」がぎこちない22歳のころ、
異業種の方たちが集まれる場所として喫茶店
を開きました。
 
 当時、標茶町には9件の喫茶店があり、それ
ぞれに常連さんがいました。その中で『ぽけっと』
は転勤族のお客さんが多く、お客様同志がまる
で家族のように、車に同乗しコンサートに行った
り、山登りをしたり、月に1度誕生会をしたり、青
春時代の思い出が沢山詰まった大切な場所と
なりました。

 父の闘病、子育て、いろんなことがありました
が、どうしても続けたかった私の居場所です。
 NO2

BGM

 『ぽけっと』のドアを開けると、ここち良いJAZZ
のリズム。
音楽は生活のリズム。1日中聴いていられる仕
事が憧れでした。

 お店をはじめる時にBGMは何にしたらよいの
か迷いました。フォーク世代の私は、中島みゆ
き、イルカ、かぐや姫を聴いて育ち、千春に感動
し、カーペンターズに涙し、ビリージョエルを歌て
いました。でも、カウンター中心のお店には、歌
のないJAZZのリズムがぴったりなのかも知れま
せん。

 お店をはじめたときが私のJAZZ元年となりまし
た。
 NO3

心のつながり

「あの人最近 顔見ないけど 元気かな?」
長いこと店に顔を出さないお客さんの事を
考えていると、ひよっこり来てくれる事が
あります。以心伝心 まさにこの言葉がぴ
ったり
転勤で標茶を離れると、お会いす
る機会は減るけれど、足を運んでくれるの
が何より嬉しい
ことです。
 喫茶店をしているから、出会えた人はな
にものにも代えがたい存在。大切なつなが
りです。
「『ぽけっと』にきたら落ち着くんだよね、
ほっとするんだよね」。


 私が 大切にしている信条はいつも変わ
ず此処にいるです。

NO4

和飲の会

 私がお料理のコンテストで、グランプリを
頂いた時、取材できた釧路新聞標茶支局長に
「私の作ったお料理でワインが飲みたいの」
と言った一言が始まりで『和飲の会』を立ち
上げました。

 当時、ワインに詳しい人に声を掛けワイ
ンを撰んでもらい
年に4回〜5回開催し
度に4種類くらいのワインと、それにあう
お料理をフレンチやイタリアンにこだわらず、
和食でも工夫しました。


 最初はドイツワインが多かったけれど、フ
ランスやチリ、イタリア、いろんな国のワイ
ンを飲み 今でも
年に1度開催しています。

 
 NO5

SL湿原号

 毎冬、釧路から標茶までSL湿原号が走てい
ます。

 10年前、父を車で釧路の病院に連れて行
く道すがら、真黒い煙を吐いて力強く進
SL
魅せられ、これは写真に収めようと家にあ
ったカメラを持ち、お休みの日釧路湿原まで
SL目指して走りました。そのうち、『鉄ちゃ
ん』と呼ばれる人とも会話を交わすようにな
今ではその時期になると、全国から集ま
る鉄ちゃんと情報を交換し
同じ趣味を持つ
人たちとの交流も楽しみのひとつになりまし
た。

 写真の後、SLの乗客におもいっきり手を振
り歓迎。

 NO6

お料理コンテスト

 私がお料理コンテストに応募したのは、長
男を出産した年、喫茶店を改築し、何ヶ月か
家にいた時です。それまではひとつの事に集
中することが難しかったのですが、幸いなこ
とに、乳児は良く寝てくれる。
 この時がチャンスと『オレンジページ』の
コンテストにレシピを出したら、札幌の大会
に行くことができ、さらに全国大会に。
 4歳の長女と
8ヶ月の乳のみ子、主人の両
親とお姉さんとみんなで東京へ。


 19年まえのお料理のひとつが『梅シソカツ』
今では喫茶ぽけっとお勧めメニューとなりま
した。

 NO7

大好きな町標茶

 標茶に住んでいて、常日ごろ感じている
とのひとつに、都会とは違い、ゆったりして
いることです。

夜、お店が終わり、外に出ると星が輝き、時
にはお月様が「今日も頑張ったね」と笑顔で迎
えてくれているようなロマンチックな気分に
なります。水道の水が美味しく、お料理を作
る時になくてはならない条件をクリア。


『ぽけっと』では、標茶で作った野菜で大地のス
ープを作り、心癒される空間を提供する事が
私の夢です。田舎だからこその情報を発信し
ていける、魅力的なお店に育てたいと思って
います。