珍しい天然真珠(しんじゅ)の話  

# 番外その1 珍しい天然真珠(しんじゅ)の話
  # Extra No.1: A story of "natural pearls" from a bivalve and a snail

#Ex1-1 養殖牡蠣の天然パール Natural pearl from a cultivated oyster

 ある日の夕方、我が家の食卓には宮城県産の生食用牡蠣(カキ)が並びました。パック入りで売られているむき身 peeled oyster のものです。 いつものようにポン酢 ponzu :soy sauce with citrus juiceをかけて私はおいしくいただいていたのですが、何個目かを口にしたところ歯に何かが当たりました。「カリッ」という歯触りでした。

大変まれにカキのむき身に貝殻片 a small fragment of shell が付いていることがあるので、またそれだろうとゆっくりと口の中からその異物を皿の上に取りだしたら・・・・ カキの貝殻片ではなく、コロンと丸いものでした。正確には、径2〜3mmの卵形 oval をしています(図1)。正確には、最大径=2.9mm 、最小径=2.5mm(デジタルノギス使用)でした。      これを見た瞬間私はほくそ笑みました。 カキ・パール oyster pearl との初めての御対面と気が付いたからです。

さっそく加工業者(=養殖業者?)に手紙で問い合わせたところ、大変稀ながらそのようなことがある、衛生管理をしっかりしているつもりだが大変申し訳ないと恐縮する返事をいただきました。しかし、私は、失礼ながら喜びを噛みしめました。

もしかすると何も知らない人ならば異物だ、クレ−ムだと騒ぐかもしれません。しかし私は、冷静です。殻を剥いて生ガキを取り出す作業は自宅でたまにやります。その経験から貝柱と殻の付着の強さを知っているので、小さな貝殻片の混入はある意味やむを得ないと思います。 私は、懸賞の金賞 gold medal にあたったと思いました。そう言えば、その昔「金・銀・パールプレゼント」という某洗剤メーカーのキャンペーンやコマーシャルがありました。(これを知っている人は昭和生まれ。) 私は、本物の天然パールが当たった訳です。言わば、“パール賞”ですね。

「生食用かき」は、食品衛生法 the Food Hygiene Lawで成分規格と加工基準が定められています。この規定は食中毒防止 the prevention of food poisoning のためのものですから、当然天然パールの扱いは記載されていません。 (つまり、天然パールは天然物ですから「生きアサリ」の内部に残る砂と同じですね。)

 

Fig.1 Natural pearl from a cultivated oyster from Ishinomaki City, Miyagi Prefecture. I was very lucky to get this one on my winter dinner. When I had some peeled oyster which was sold at a supermarket, my rightside molar clicked. At that moment, I was sure that this foreign substance must be not a simple shell fragment but a natural pearl! Maximum and minimum diameter are measured 2.9mm and 2.5mm respectively by my digital vernier calipers. When I asked about this specimine to the company in Ishinomaki, a representive told that he was very sorry for the accident, and that our company always made efforts to keep the product clean, they rarely met natural perls.  If I had swallowed this natural pearl without taking it out of my mouth, nothing might happen in my stomack or intestines. It might be completly dissolved in my stomach by the hydrochloric acid because of a tiny material. The section line on the cutting mat is 5mm wide.

 学生時代、古生物学の講義で増田孝一郎先生から宮城県南東部の地層(中新統?鮮新統?)からカワシンジュガイ freshwater pearl mussel の化石が出てくるという話しを伺いました。当時、もちろんアコヤガイによる養殖真珠は知っていましたが、 貝全般のことは余り知らない状況でしたから、淡水の川にも真珠を作る貝がいるのかいな〜と思ったものでした。

「いきものログ」(環境省生物多様性センター)によれば、カワシンジュガイはきれいな水に棲息し、そのグロキディウム幼生はヤマメやイワナなどのサケ科魚類の鰓(えら) gill に付着するといいます。 分布の維持や拡散には必要な生態ですね。私は、まだ貝殻や生きているカワシンジュガイそのものを見たことがありません。
ところで、埼玉県秩父地域の渓流・安谷川で地質調査を兼ねた渓流釣りの際にカワノリを見たことがありますが、カワノリという植物も生態的(生活環)には渓流魚の御世話になっていないでしょうか?

時は流れて、様々な貝類から頻度は少ないものの天然パールが取れることを知りました。そして、養殖真珠の技術が開発される以前、天然真珠を採取する産業が国内外にあったこともわかりました。二枚貝に接し続けるうちにいつかは天然真珠に出会うだろうと淡い期待を抱いていたら、カキに当たったのでした(当たったと言ってもこの時、おなかは壊していません!)。

 二枚貝の内側を見ると白色やきれいな真珠色をしています。またオレンジ色や紫色などの場合もあります。貝殻の内側表層は炭酸カルシウムの結晶(アラレ石・アラゴナイトaragonite)と有機質層が交互に積み重なった真珠層 mother of pearl、またはnacre です。
この真珠層を作り出すのが貝の軟体部の表面にある外套膜 mantle です。ですから、貝殻と外套膜の間に異物があるとコーティングされます(一種の生体反応 organic reaction )。また、異物はなくとも何らかの関係で外套膜が袋状に落ち込んでもできるそうです。 どちらの形成なのか判定は、天然真珠を切断研磨し顕微鏡で調べればよいとされますが、私にとっては小さくとも貴重なのでできません。



#Ex1-2 天然サザエの天然パール Natural pearl from a natural turbo

2018年の夏、貴船祭の2日目に真鶴町の草柳商店において青木貞次さんに上記のカキ・パールの話をしていたところ、おもしろい体験を紹介していただきました。青木さんは、近所で長らく旅館を経営し、腕の立つ板前として働いていらした方です。

ある日、お客さんにお出しするサザエの刺身 "Sashimi", the bite-sized fresh seafood of Turbo を作るべく、殻の特定部位を割って身を取り出していたら、ちょっといびつな小さな塊が出てきたとのこと。ものすごい量のサザエを処理してきた経験の中で初めてのことなので、 大事に取ってあるとのことでした。自宅に取りに戻って見せていただけるとのことで、私の知的好奇心 my intellectural curiosity は一気に高まりました。

知り合いの方によってネクタイピンに加工されたその代物を拝見すると、色が大きく 3層になっていました(図2)。これもパールの一種には間違いなく、まさか巻き貝でもあるとは意外でした。

 サザエに限らず、巻き貝中の天然パールは、広義には「コンクパール conch pearl」の部類に入ります。conch とは巻き貝(の殻)のことですが、関連用語としては conchology 貝類学、conchologist 貝類学者があります。二枚貝も含めて、貝類学 concology なのですね。

(*)サザエの英語は、辞書によると"turbo"(『KENKYUSHA'S NEW ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY』:研究社),"turban"(『アドバンスト フェイバリット 和英辞典』:東京書籍)と二通りあります。ここでは、"turbo"で通しました。



Fig.2 Natural pearl from a natural turbo from Manazuru, Kanagawa Prefecture is warped. About one tenth of this pearl is coloured green, may be influenced by turbo's gut. This pearl was taken from living turbo by a cook, Mr. T. Aoki, in Japanese inn, and worked to a tiepin by his friend, that is the technician. The diameter of Japanese coin; \1 is 2cm long. Photo by courtesy of Mr. T. Aoki.

一方、狭義のコンクパール conch pearl in a narrow sense は大型の巻貝・ピンクガイStrombus gigas から得られるピンク色のパールを指します。流通量が大変少なく、宝石です。ネットで見るととてもきれいです。 中でも火焔(かえん)模様を持つものは大変高価だそうです。 このコンクパールは1000個とか1万個からやっと一つが取り出せるそうですが、貝殻や生貝は現在いわゆるワシントン条約、正確には Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約) の規制対象とのことです。

一説によれば、巻き貝の軟体部は貝殻に密着しているため、異物が入る可能性は低いそうです。したがって、広義のコンクパールもとても珍しいと言えましょう。実際に青木さんも何千個ものサザエを処理してきて初めてのことなのです。貴重なものと言えます。 真鶴や相模湾周辺で種苗生産と放流があるかどうか調べていませんが、いずれにしても稚貝の段階で異物が入り込んでできたのではないでしょうか。

天然コンクパールのでき方をみてみましょう。
貝殻自体の内部で生じた破片や外部から偶然入り込んだ異物が排除されることなく、貝殻と外套膜の間で貝殻と同じ成分がコーティングされたものと思われます。図2のコンクパールは一部緑色していますが、内蔵の色に近いと思います。サザエは海藻を主食としていますから、その色が染みこんだのでしょうか?

巻き貝の作るコンク・パールは、二枚貝の作るパールと表面の構造が異なるそうです。つまり、巻き貝の場合真珠層はなく、交差板構造 crossed lamellar structure をしている点が異なるとのことです。 したがって、真珠層のないコンクパールは正確には真珠と呼べないようですね。しかし、アワビ、サザエなどの古腹足類では真珠層がよく発達すると言います。実際に、図3の大型サザエの貝殻内面を見ると真珠色が見えます。この辺は詳しく勉強していないのでこれ以上はわかりません。


生物が作り出す鉱物・無機物を生体鉱物・バイオミネラル biomineral と言います。真珠もその一つですが、私たちの身体では骨(リン酸カルシウム・アパタイトapatite )、歯(ハイドロオキシアパタイト hydroxyapatite )もバイオミネラルですね。 他にも、サンゴや星砂の骨格は炭酸カルシウム 、ケイ藻の殻や放散虫は二酸化ケイ素 でできています。長い進化 evolution の歴史中で、環境中から入り込んだ無機成分を体内で処理するうちに最終的に身体を保護・支持する骨格や摂食等に役立つ歯になったのでしょう。ただし、結石や歯石のように役立たないものも多いようです。
 なお、バイオミネラルやバイオミネラリゼーション(生体鉱物形成作用)は生物学・医歯学・水産学・生物工学など基礎科学から応用工学まで多方面の科学者の研究対象となっており、それに特化した国内外の研究会や学会があるくらいです。


#Ex1-3 日本のサザエには何と“きちんとした学名”がついていなかった!
The valid scientific name against "Sazae";the Japanese turbo has not been given for a long time. Why?


 岡山大学大学院環境生命科学研究科(農)の福田宏准教授の研究によれば、日本のサザエには長らく正式な(有効な)学名がなかったことが明らかになりました。岡山大学のプレスリリース『驚愕の新種 ! その名は その名は 「サザエ 」〜250 年にわたるにわたる壮大な伝言ゲーム〜』 (2017年5月19日)によれば、サザエの学名は長らくTurbo cornutus でしたが、それは1786年に中国産のナンカイサザエに与えられた名前であり、さまざまな誤解や手違いから日本のサザエに対して長らく誤用されてきたとのことです。 今回、 Turbo sazae Fukuda, 2017 と命名されたとのことです。めでたし、めでたし。

私たちが生きている、科学および技術の進展した時代は、"壮大な伝言ゲーム"と後世の人たちに冷やかされるような学名の誤使用はないことを願いましょう。そもそも、プロフェッショナルな学者のみなさんは”伝言ゲーム”をしているつもりはないはずですし・・・(私を含めた一般人も心して物事に当たらないといけません)。

プレスリリースのアドレスは "https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id468.html" ですので、ご覧ください。さらに、詳しい内容のPDFは、"https://www.okayama-u.ac.jp/up_load_files/press29/press-170519.pdf" になります(ともにここでは貼り付けはしません)。
 なお、"Molluscan Research"の掲載論文(電子版:下記)は有料閲覧なので、まだ私は読んでいません。

Hiroshi Fukuda, 2017, Nomenclature of the horned turbans previously known as Turbo cornutus [Lightfoot], 1786 and Turbo chinensis Ozawa & Tomida, 1995 (Vetigastropoda: Trochoidea: Turbinidae) from China, Japan and Korea, Journal Molluscan Research, Volume 37, 2017 - Issue 4

ここで、私が所有するサザエの殻(標本)を紹介しましょう。図3の左側の殻は、熱海の沖合いに浮かぶ小島・初島の食堂で昼食を取った際にとても大きくて棘もりっぱなのでいただいてきたものです。 長年岩場の海底で暮らしていたことを物語るように貝殻の表面は小型のフジツボ barnacle でびっしり覆われています。 もちろん、蓋(フタ)operculum も怠りなくもらってあります。一方、右側はスーパーの店頭に並んでいたもので産地不明です。このように比較すると初島標本がいかに大きく、りっぱかお分かりになるでしょう。



Fig.3 Turbo, Turbo sazae Fukuda, 2017 on the leftside of each photo is from a small island: Hatsushima in Sagami Bay off Atami City, Shizuoka Prefecture. This conch was broght to my house after our sightseeing and lunch with friends. The height and width are ca. 13 cm and ca.14 cm respectively. The last spine is ca.3 cm long. The operculum of this turbo is bigger than other turbo.Tremendous small barnacles and calcareous algae cover the suface of this shell, but I have ever seen no rock-boring bivalves in the shell of turbos.

Turbo on the rightside was sold at nearby supermarket. I sometimes eat the turbo. "Sashimi", the bite-sized fresh seafood of Turbo, is as nice and crunchy as Abalone, and "Tsuboyaki", Turbo cooked in the shell with soy sauce, is delicous too. Atami is one of very famous hot spa area in Japan.


#Ex1-4 日本および世界の真珠化石 Topics of fossil pearls from Japan and the foreign countries

 これまで見てきたように様々な貝から天然真珠が見つかります。ということは、貝殻の化石を含む地層から真珠の化石が見つかるはずです。
ネットで少しばかり調べてみたところ、以下のようになりました。

瑞浪市化石博物館研究報告(Bulletin of the Mizunami Fossil Museum)に掲載された論文(柄沢ほか、2013)によれば、日本各地から真珠の化石が見つかっているとのことです。 また、単離した真珠ばかりではなく、愛知県の更新統渥美層群から「殻付き真珠の化石」が産出したそうです。論文( PDF版)は以下のアドレスで手に入りますので、ご覧ください。

○柄沢宏明・小林伸明・安藤佑介、2013、愛知県の中部更新統渥美層群産真珠化石、瑞浪市化石博物館研究報告、第39号、125-126  http://www.city.mizunami.lg.jp/docs/2014092922773/files/2014092922773_bull39_13.pdf


 一方、外国の例はきちんとは調べきれませんが、次のような解説文・写真や動画がありました。

○"Pearls" → https://www.amnh.org/exhibitions/pearls
 アメリカ自然史博物館 American Museum of Natural History の真珠に関する解説ページで、真珠について幅広く項目を立てあります。しかし、写真はやや不鮮明で、数少ないのが残念です。 文章がほとんどと言ってよいでしょう。難しい英語ではないようです。
 "Pearls" →"Marine Pearls" →"Fossil Pearls" の順で化石真珠へたどりつけます。
   
○"Hunting Fossil Pearls - We Open Two Fossil Oysters!!"  → Youtube 動画
 中生代白亜紀のカキ Cretaceous Oyster(合弁)2個から真珠を探そうという、意気込みを感じさせるタイトルの動画ですが、貝殻内部の充填物(泥岩)を割っていくのですが、結局見つかりません。最初と最後にきれいな化石真珠の写真が出てくるのでひと安心。

化石真珠は、地層に長い間埋没している中にアラレ石(アラゴナイト)が方解石(カルサイト)等に変化している場合が多いそうですが、まれにそのままで美しい輝きが保存されていることがあるそうです(アメリカ自然史博物館の"Fossil Pearls"より)。

○"150-million-year-old oyster which is ten times normal size probably contains the world's biggest pearl - but no-one wants to open it to find out"
 カキの化石は、イギリス南部のソレント Solent (イギリス本土とワイト島間の海峡)で、漁師がトロール漁で海底から引き上げたもので、1億4500万年前のもの(ジュラ紀)。成長のひだの数から考えて100年以上も生きていたと考えられるそうです。 カキ化石は通常の10倍の大きさがあるので、試しに医療用のMRI(磁気共鳴映像法;Magnetic Resonance Imaging)でスキャンしたところ、カキ化石の内部にゴルフボール大の真珠らしき球状の塊が見つかったという記事です。実際には化石は割らないそうです。
詳しくは、次の記事をご覧ください。
http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2178655/150-million-year-old-oyster-times-normal-size-probably-contains-worlds-biggest-pearl?wants-open-out.html

○"OCEANS OF KANSAS PALEONTOLOGY"
 このウェブサイトの制作者の許可を得て"Inoceramid :Giant Cretaceous Clams"に直接リンクしてあります。  → 
こちら

アメリカのカンザス州にある博物館The Sternberg Museum of Natural History に長年勤務されていて、『The Oceans of Kansas』 の著者である Mike Everhart さん作成のウェブサイトですが、中生代白亜紀のモササウルスなどのハ虫類から軟体動物等まで、膨大な量の情報が盛り込まれています。
イノセラムス Inoceramusの貝殻は同心円状の成長肋 concentric rib が特徴的で、日本でも北海道の白亜系などから産出する(高校教科書に載るくらい)有名な中生代の二枚貝化石です。 種類や生態など詳しく調べられている貝化石の一つです。世界では大きいものでは150cmを越えるサイズが見つかっているそうです。 そして、カンザス州ではイノセラムス Inoceramus の貝殻から真珠がみつかるそうです。 "Inoceramid :Giant Cretaceous Clams" の中に、 "Inoceramid pearls" のコーナーがあって見事な化石パールが紹介されています。また、パールの切断面の写真もあります。ぜひご覧ください。

カンザス州の西半分は、海棲の大型ハ虫類など保存のよい化石を多数含んだ白亜紀の地層(白亜系)が広く分布していて、永年多数の古生物学者によって熱心に研究されています。質、量ともに日本とのスケールの違いを感じさせられます。そのあたりもウェブサイトでご覧になったください。
なお、スターンバーグ自然史博物館 The Sternberg Museum of Natural History は、Fort Hays 州立大学附属の博物館です。

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update: Aug.31.2018

last update: Sept.8.2018