#37 日本の古代と穿孔貝の穿孔痕A 鳥取県岩美町の墳丘墓

Ancient Japan and Borings created by rock-borer A "Funkyu-bo"(Japanese; Burial mound in Yayoi period), Iwami Town, Tottori Prefecture

2017年7月下旬、浦富海岸への穿孔痕の調査旅行期間中に、鳥取県岩美町の墳丘墓を見学しましたので夏泊半島の穿孔痕調査とともに紀行文的に紹介いたします。ただし、以下の文体は常体(である)に変更になります。

#37-1 鳥取空港から夏泊半島へ Tottori Airport to Natsudomari Peninsula

 羽田空港 Haneda Airport の搭乗口69番から鳥取空港 Tottori Airport 行き全日空(ANA)のNH1101便に搭乗し、窓際17Aに着席した。 私にとって、鳥取行きは初めての搭乗である。 約1時間後、私を乗せた全日空機は兵庫県境のかなり手前から着陸態勢に入り高度を下げたものの、風向きのせいか鳥取空港を通過して海岸線に沿って日本海上空をさらに西へ西へと向かった。 この様子から鳥取空港へ西側から着陸するにはどこかでUターンするに違いない、ひょっとすると夏泊(なつどまり)半島 Natsudomari Peninsula かな?と予想していたらまさにその通りだった。 鳥取空港の場合、西からの進入・着陸は「滑走路番号10; Runway 10」、東からの進入・着陸は「滑走路番号28; Runway 28」である。 左旋回する機体の、左の窓枠から半島が望めた。全日空機はほぼ予定時刻に「 Runway 10」に、つまり真北から時計回りに100°の方向、ほぼ東向きに機首を向けて無事着陸した。

 なぜ埼玉県出身の私が夏泊半島という小さな半島を空から認識できたかというと、事前に地形を承知していたからだ。 元鳥取県立博物館の山名巌先生からいただいていた、その半島付近の穿孔痕に関する情報にもとづいて今回の調査旅行でも浦富海岸とともに調査地の一つに予定し、 Yahooの地図(および空中写真)と国土地理院の地理院地図を入念に眺めていたため、地形はほぼ頭の中に入っていたのである。 到着後の2時間と翌日の午前中を夏泊半島の調査に充てた。




Fig.1 The map of Tottori Prefecture. modified after Yahoo.

夏泊半島は鳥取市から西に約20km、青谷町青谷に位置し、県立西因幡自然公園の一部である。初日は下見に留め、2日目は漁協の経営する有料駐車場にレンタカーを置かせていただいて、岩場へ向かった。 事情を話すと無料にしていただけるとともに、穿孔痕に関する情報がいただけた。この半島の先端は、長尾鼻 Nagao-Hana と呼ばれている。 やや急な小道を下って岩場の上部に降り立つとコンクリートブロック製の小屋があった。中を覗くと、木製の浮き輪があり、断崖から海に転落する人がいるために用意されているものだ。あちこちが磯釣りのポイントになるらしい。 図2の左側の写真は北東方向、一方右側の写真は南西方向を向いて撮影したもので、この写真では長尾鼻西側の岩場上部に人影(後述のインストラクター)が、遠方には丸山崎や明神崎が見える。 この日の朝の天候は、曇り cloudy 、海はほぼ凪ぎ calm であった。



Fig.2 The tip of Natsudomari Peninsula in Tottori Prefectural Nature Park is called "Nagao-Hana". "Hana" in the western Japan means "cape" in English. So,"Nagao-Hana" is "Cape Nagao"in English. Pliocene andesite lava inclined ca. 30 degree to the direction of the Sea of Japan.

白ペンキで示されている歩行ルート white- painted routes for visitors' trekking を参考にして慎重に岩場を降り、波打ち際付近で穿孔痕の調査を開始した。 しばらくして神戸から来たという岩登りのパーティ5名(女性インストラクター1名、女性クライマー2名、男性クライマー2名)がやってきて、岩壁登攀 rock climbing を開始した。 日本海の荒波で作られた絶壁は関西のロッククライマー rock climberの穴場であるという。 クライミングの様子をしばらく観察していると、彼らはトップロープ Top rope climbing で、女性インストラクター female instructor in rock climbingが設置した3コースを攻めていた(図3左)。




Fig.3 The cliffs around this cape are a little-kown place for rock climbing in the Kansai District. A party which consists of two men and three women started to climb at the three routes in the way of top-rope climbing. They prepared the rock climbing gears perfectly. It is very good for them to climb this cliffs which have many cracks because of the platy and vertical joints, I think. A lady who wears a pink shirt is an instructor in rock climbing. They came from Kobe City through National Highways by a car and a bike, they said.
The rocky shore are suitable for rock climbers such as them and a geologist such as me, but very dangerous against people. So, all person have to concentrate their attention on their walking on the rocks, standing near the edge of cliffs, and resting under the cliffs. Suddenly many policemen, coast guard staffs, and firemen came to research the missing person, on foot, by a patrol boat, and by a helicopter, on the afternoon.

 この夏泊半島は鮮新世の安山岩溶岩 Pliocene andesite lava から構成されている。板状節理 platy joint がよく発達していて、その節理面は日本海に向かって約30度傾斜している(図2)。 このことは、溶岩流が陸地から日本海に向かって流動したことを意味しているだろう。 また、垂直に近い節理 mostly vertical joint も多数みられる。
したがって、海岸は高さ20mを越える断崖絶壁となっていて、足元に十分注意しないと転落の危険性がかなり高い。 駐車場を基点として北側ほぼ180°の範囲の断崖上を歩けることになっているが、岩場はペンキ表示がしっかりしているものの、西側の樹間コースは枝打ちがなされておらず整備が十分とは言えない。そのルートを辿って駐車場に戻ったことを駐車場担当の漁業関係者に話したら、おおいに驚いていた。

 昼過ぎに突然、鳥取県警察 Tottori Prefectural Police の警察官2名が岩場下部に捜索にやってきた。さらに岸寄りには海上保安庁 Japan Coast Guard のゴムボート、沖合いには巡視艇が現れ、上空には鳥取県の救難ヘリコプターが舞っていた(図3の右2枚)。 駐車場に戻ると、消防車両と県警車両が計数台が集結し、大がかりな行方不明者の捜索となっていた。 このような点からも危険な断崖絶壁と言えよう。岩場はちょうどスカシユリ Lilium maculatum の花期であった。(図4)



Fig.4 A seaside rilly on the cliff are Lilium maculatum, "Sukashi-Yuri" in Japanese.


#37-2 夏泊半島・長尾鼻の穿孔痕調査
Research of borings created by rock-boring bivalves in andesite between the intertidal zone at Natsudomari Peninsula



 灯台の北方にはテラス状の岩場(岩棚)と広い凹み(水溜まり)があって穿孔痕の有無を調査したが、風化による不定形の穴しかなかった。山名先生からいただいた穿孔痕情報は夏泊漁港付近のものであり、この半島の岬のものではない。
その後、波打ち際を観察すると潮がいくぶん引いた岩盤にカメノテ Japanese goose barnacle ;Capitulum mitella とともに浅い丸底の穴がいくつか見られた(図5)。これらは穴の形状・集中度・海面との位置関係から穿孔痕と判断してよいだろう。しかし、神奈川県真鶴半島には規模や保存の点でまったく及ばない。



Fig.5 Many circular shallow holes can be seen beside Japanese goose barnacle on the vertical face of andesite lava between the intertidal zone on the ebbing tide. Judging from their morphology, density, and position against the sea level, and the similarity to borings in Manazuru, Kanagawa Prefecture, these holes must be borings created by rock-boring bivalves


 長尾鼻の駐車場までは国道入り口から車1台やっと通れる細道で、すれ違いできるポイントが極端に少ないので、対向車が来ると大変難儀する。このような点や多数の捜査車両の存在、そして雨が降ちてきたので、夏泊半島・長尾鼻の調査を切り上げた。

この後、鳴き砂 singing (musical) sand で日本一の青根海岸 Aone Beach (看板にそのように表記あり)に立ち寄ると、波打ち際、正確には後浜 back shore スナガニ の巣穴 burrows of ghost crab; Ocypode stimpsoni が観察できた(図6)。 砂浜の表面には、雨痕 rain-drop impressionsによってカニの移動痕はいくぶん消えかかり始めていたが、砂ダンゴ sand balls はほとんど壊れてはいなかった。このような現生の生痕も、生痕学 Ichnology のりっぱな研究対象である。
なお、岩美町牧谷にある鳥取県立山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館にはスナガニの巣穴の型取り標本 molds of burrow created by ghost crab が展示されています。

京丹後市網野町の琴引浜と鳴り具合を比較するためにしばらく歩ってみたが、砂が湿っているためか、残念ながら強く蹴飛ばしても砂はほとんど鳴かなかった。




Fig.6 A single entrance of crab's burrow and some sand balls around it(left photo). Radial tracks on the left side of the opening in this photo have started to be destroyed by many smaller rain-drops. These burrows are located on the back shore(right photo). Many fragments of sea weed are scattered on the foreshore by the wave action. These modern traces such as burrows and sand balls, and the activity of crabs are the important objects of Ichnology. On the other hand, modern rain-drop impressions are one of the important objects of Sedimentology. A shining coin each photos is \100, ca. 22 mm wide.
Aone Beach is very famous for singing sand, but there was no sound because of getting wet on rainy day.
Abbreviation, FS:front shore, BS:back shore


#37-3 岩美町の墳丘墓の見学
My visit of the ruin; Iwami mishimadani Funkyu-bo in Iwami Town



 前置きが長くなったが、墳丘墓の見学の話しにしよう。 夏泊半島の調査を終えた後、国道9号線を東に向かってレンタカーを走らせ鳥取空港、さらに鳥取砂丘 Tottori Sand Dune入り口を経由して岩美町へ向かった。高速道路並みの走りやすい国道である。 町立岩美南小学校 Municipal Iwami-minami Primary School, Iwami Townの場所は大変分かりやすく、兵庫方面に向かってすぐ小学校の入り口へ右折した。

 小学校に到着する頃には、雨が本降りとなっていた。学校入り口側にあって、自由に見学できる、オープンな遺跡公園をまず、ひととおり歩ってみた(図7)。大変手入れが行き届いていて、最上部に向かう坂道や周遊する小道は歩きやすかった。 入り口はもちろん、要所要所に「陶製の説明板 tiled explanation plate」が設置されている(図8,11)。



Fig.7 Stone monument of Municipal Iwami-minami Primary School at the entrance of this school(Right photo). A distant view of the ruin and the school(Left photo), Iwami Town, Tottori prefecture

続いて、小学校の事務室に来校の意図を伝えると、お忙しいにもかかわらず教頭先生 vice principalが対応してくださった。
教頭先生によれば、ごく稀にこの墳丘墓を見学に来る人がいるとのことだが、私がはるばる埼玉から来たことを告げると少々驚かれていた。教頭先生には御自身が発掘当時直接見学されたこともあって、歩きながら詳しく説明していただいた。 箇条書きにまとめると以下のとおり(順不同、内容の一部には少々記憶違いがあるかもしれない)。

1 丘陵部に小学校を新設する工事をする際に樹木や土砂を剥いでみると立派な墳丘墓が現れた。
2 この墳丘墓の他にも2,3発見され、町教委の手で調査された。この墳丘墓(1号墓)は発掘後埋め戻しをしている。
3 この墳丘墓は弥生時代後期のもので、棺 coffin の埋設も確認できた。しかし、人骨は発掘せず、後世の調査のために残してある。
4 墳丘墓側面の貼り石 sticked stones花崗岩の玉石がほとんどで、穿孔痕のある泥岩礫もある。
5 現在見られる貼り石は発掘後に貼ったもので、墳丘墓本来のものではない。
6 北方には昔の海食洞と思われる洞窟があるが、現在ではわかりにくくなっている。

 穿孔痕に関する陶製の説明板は、北西側斜面にあった(図11)。当初は穿孔痕を持つ礫や岩盤が見えたということだが、現在では草と崩壊でまったくわからない。

 

Fig.8 Tiled explanation plate established by the Iwami Board of Education on 2001 at the entrance of the ruin


 そもそもこの遺跡を知ったきっかけは、岩美町立南小学校のホームページであった(図9)。
そこには、岩井温泉などとともに、山陰海岸ジオパーク San'in Kaigan Geoparkのジオサイト(見学地)の一つとして、小学校の入り口脇にあるこの遺跡が紹介されていたのである。 しかし、失礼な表現を許していただければ、HPの写真は正直に申し上げてピントは甘く、校舎と重なって墳丘墓自体がわかりにくいものである。 何故そこに穿孔痕があるのか大いに疑問に思い、是非とも見学したいと思った。




Fig.9 The ruin is introduced as one of Geo-sites in San'in Kaigan Geopark on a webpage of this primary school.
Sorry, in preparation
【 Getting the permission from Principal of the Iwami- minami Primary School, Iwami Town, I will show the captured figuers here.】



○"岩美町立南小学校のホームページ・ジオパーク紹介ページ" → こちら;click here
(注)許可が得られれば、直接リンクを貼りたいと思う。 http://cmsweb2.torikyo.ed.jp/iwamis-e/index.php?page_id=39.html

○"山陰海岸ジオパーク San'in Kaigan Geoparkのホームページ" → こちら;click here

下調べ段階で、この墳丘墓の発掘の成果として町教育委員会の調査報告書・『新井三嶋谷(にいみしまだに)遺跡発掘調査報告書』"Report on the Research of the Nii-mIshimadani Ruin"があることがわかり、しかもPDF版が容易に取得できた。
次のホームページから閲覧できるので、ぜひ試していただきたい。

○『全国遺跡報告総覧』(独立行政法人国立文化財機構 奈良文化財研究所) https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/14176

○『新井三嶋谷遺跡発掘調査報告書』、中野 知照・松本 美佐子編著、岩美町教育委員会、2001年08月20日発行

その報告書の中で穿孔痕に関する部分は、赤木三郎先生執筆の「第1節 岩美町新井三嶋谷遺跡とその周辺の自然環境」(p4〜p7)であり、付図として詳細な写真がある。
著作権の関係でここに図版(写真)を紹介できません(町教委に申請して、もし許可が得られたら掲載したい。)


Fig.10 Borings created by rock-boring bivalves in this ruin. Modified after the reports on this ruin, Iwami Board of Education. By courtesy of Iwami Board of Education
Sorry, in preparation
【 Getting the permission from the Iwami Board of Education, Iwami Town,I will show the captured figuers here.】




   


Fig.11 Tiled explanation plate of fossil borings created by rock-boring bivalves in this ruin.


赤木三郎先生(元鳥取大学、執筆当時は放送大学鳥取学習センター)が論述されていることを要約すると次のとおりになる。図11に代表的な穿孔痕の写真を掲載した。なお、一部青字に変えるとともに、該当の英単語を付した。

1 墳丘墓の載る岩盤面は標高13m前後にあり、離水した海食台 raised abraision platform であったことを意味する。
2 墳丘墓の載る丘陵の地質は新生代第三紀中新世 Mioceneの鳥取層群岩美累層の荒金火砕岩層 Aragane pyroclastic bedである。
4 貼り石の多くは花崗斑岩 花崗岩 granite 円レキであり、ニオガイの穿孔痕を有する凝灰質泥岩もみられる。
5 生痕は直径が2cm強、長さは5〜6cmあり、徳利状のものもある。
形態、大きさ、被穿孔の岩石の岩相、生痕内部の擦痕の状況からニオガイ科の二枚貝が穿孔したと判断できる。
6 標高13m付近に海面があった時期として、更新世中期 middle Pleistocene、約13万年前 130KA 、下末吉海進時 age of the Shimosueyoshi transgression が考えられる。

The following is a summary of Dr. Sabro Akagi's statement in the reports issued by Iwami Board of Eduaction
(Notice:summarized and translated by chiyodite)

"This burial mound was built on the raised abraision platform. There is a clear proof that both the top and the side wall of this platform contains many borings created by Pholadidea. The rcoks is Miocene stratified mudstone in the Aragane pyroclastic bed. Many holes is about 2cm wide, 5 to 6 cm long, their shape are like clavate. Scatches (Bioglyfs) can be seen in the inner wall of borings. The modern height of about 13 m is thought to be the sea level in the middle Pleistocene, 130 KA. The most of sticked stone on the side slope are ronuded granite cobbel or boulder, but mudstone with borings is rare. "


#37-4 墳丘墓調査に関するchiyoditeのコメント chiyodite's comments on the research of "Funkyu-bo"

 赤木先生による報告は更新世の海面変動、海進や海退、地形発達史を考える上で大変貴重な資料であると言える。山陰海岸、日本海側ではこの時期の証拠が大変少ないとされているので、この遺跡以外にも証拠が見つかるとすばらしい。

発掘責任者の中野先生から穿孔痕の話しが赤木先生に届き、調査が実現したと間接的に伺っているが、古代の遺跡発掘において地質や古生物をきちんと調査された意義は大変大きい。
国内ばかりか、世界的に見ても考古学者と地質学者の連携の良いお手本 a good example of the cooperation between Archaelogists and Geologists である。
It is very significant that the specialist researched this ruin geologically and paleontologically and found out the meanings of boring created by rock-borer at this ruin , I think.

生痕の考察に当たって、赤木先生には資料として『生痕化石調査法』(1993、大森昌衛編、地学団体研究会)を利用されている。これだけでは少なく感じるが、その本の執筆に部分的に関係した者としては、利用していただけてうれしいものである。

 僭越ながらこのホームページにおいて次のような指摘をさせていただきたい。

(1)赤木先生は「生痕だけから種名の同定はむずかしい。」として、ニオガイ科の二枚貝の穿孔痕と記述する一方で、別の段落では「ニオガイが穿孔したもの」と断定的に述べており、一致していないのが気になった。穿孔性二枚貝類の情報が少ない当時の水準からするとやむを得ないことであるが、混同は避けたかった。

(2)ここ数年、穿孔痕と穿孔貝の対応関係について調査を進めてきた私の判断では、岩盤にみられる径の大きな穿孔痕はニオガイとするには小さいのでニオガイモドキカモメガイなど大きめの穿孔貝によるものではないかと思われる。 実際に浦富海岸では、カモメガイによるものと思われる丸底の穿孔痕が多数みられる。この点は、「#10 鳥取県岩美町浦富海岸の火成岩類にみられる岩石穿孔性二枚貝類の穿孔痕」において紹介する予定である。

(3)図版55の(4)は「生痕の内表面に残るニオガイ科の貝が作った切削痕」とされているが、私の経験ではその交差する線状痕から判断して二枚貝の穿孔痕とは言えない。

 最後に
 埼玉県のさきたま古墳等では、穿孔痕のある巨レキが古墳の壁石として利用されていることは以前から知っていたが、この墳丘墓を築造する過程で、当時の人々は穿孔痕のある岩盤やレキをどのようにとらえていたのだろうか? 科学的な解釈は無理だとしても、不思議に思っていたには違いない。 とにかく、穿孔痕が関係している点でも大変重要な遺跡と言えよう。
現在では遺跡には草が伸び、土砂が被っているため、穿孔痕を有するレキを直接みることができないので見学の価値はほんの少し下がるとは言っても、遺跡の価値は全く変わらない。
今回、紙ベース(PDF)の情報からは得られない現場のようすがつかめたので今回訪問が実現できたことはありがたかった。

近所に離水した海食洞らしき洞窟があると伺ったので、ぜひ調査して資料を残していただきたい。また、地元の関係者の皆様には地形面の調査もお願いしたいところである。


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Last update: November 7, 2018