#19 茨城県常陸太田市の段丘礫層にみられる岩石穿孔性二枚貝類の化石穿孔痕
  Fossil borings created by rock-boring bivalves in the Pleistocene terrace deposit, Hitachiota City, Ibaraki Prefecture



2015年の4月下旬、茨城県常陸太田市に化石穿孔痕の見学(巡検)に出かけました。ここでは、私の記憶と記録(主にデジカメ写真)を頼りにその際の内容をお伝えします。

実は、この見学の直接のきっかけは地質学雑誌に掲載されていた下記の論文でした。

大森信義,大和田透(1985), 阿武隈山地南端部で見い出された,穿孔貝の巣穴をもつ礫を含む後期新生代礫層,地質学雑誌,第91 巻 7 号 p. 477-479
N. Omori and T. Owada, 1985, Late Cenozoic gravel bed found in the southernmost Abukuma Plateau, containing gravels with burrows of boring shells, Jour. Geol. Soc. Japan. Vol.91, No. 7, p477-479

確か、この論文の発行当時すでに私は日本地質学会の会員にはなっていたと思いますが、ここ20数年間のように穿孔貝に強い関心は当時示しておらず、この論文の存在は恩師の増田孝一郎先生に教えていただいたと記憶しています。

とにかく、カモメガイによるものと思われる穿孔痕が標高200mを越える丘陵地に分布する、更新統の段丘礫層中の蛇紋岩・粘板岩等の巨礫に見られる点に大いに興味をひかれ、いつかは現地を訪れたいと願い続けました。
これほど標高の高い地点に穿孔痕を有する巨レキや第四紀層がみられるケースは日本では唯一と思えました。
ふつう学術論文の記述内容だけを頼りにして、特に付図から見当を付け、該当の場所(露頭)に独力でも見学に出かけられますが、見当外れに終わってしまうことがないわけではありません。 今回は大変幸いにも著者のお一人であり、かつ地元在住の大和田透先生に現地案内をお願いすることができました(図2)。
論文発表から約30年後、見学の構想から約20年後にやっと実現できました。

実は、茨城県立高校の地学教師の方々の御尽力により、大和田先生と連絡が付き、この見学の機会を設定していただきました。
当日の参加は案内者の大和田先生のほか茨城県内在住の高校地学教師2名と埼玉県の私、計4名でした。



図1 見学地周辺の地図 赤色の○の中が見学地 地理院地図より引用・作成

Fig.1 Index map of our visit area, which are shown inside single red circle in southmost area of Abukuma Mountains, Hitachiota City, Ibaraki Prefecture.

まず始めに、常陸太田駅の北方約3kmにあるホームセンター2階の駐車場で、阿武隈山地南端部の西側周辺の地形について説明を受けました。その時の写真が図2です。







図2 ホームセンターの2階駐車場からみた阿武隈山地南端部の遠景

上の写真:北東方向。手前左に見えるのは太田さくら認定こども園、Tの文字の下あたりに高鈴山(標高623m)があります。
下の写真:北東〜東方向。
上下の写真ともに、白文字の a1〜a4 は阿武隈山地南部のスカイライン、阿武隈山地の手前にある黄色文字の b1〜b4 は、高位段丘等の乗る丘陵地のスカイライン

Fig.2 Landscape of mostsouth parts of Abukuma Mountains from the parking at the second floor of the home center, Hitachiota City, Ibaraki Prefecture.
The line from "a1" to "a4" means skyline of Abukuma Mountains, the another line from "b1" to "b4" means skyline of Hills. Our visit area on April 26, 2015 is located the left side of small letters "b4" in the lower photo.
A peak under a letter "T" in the upper photo is Mt.Takasuzuyama, 623 m high, where many communication facilities with Palabolic antenae are located.

次に快晴の青空の下、阿武隈山地の林野に向かいました。
目的地は、市内高貫町の国有林野、図2の下の写真中、b4の左側あたりになります。

すでに先行者(目的は山菜採りか何か、不明)の車が駐められている林道入り口に乗り合わせの車を駐めて、沢沿いの林道を目的地に向かいます(図3)。 林道沿いの崖には日立変成岩類が露出していて、片麻岩等が観察できました(図4)。この褶曲構造を示す片麻岩を切断研磨したら大変綺麗だろうなと思われました。


図3 林道のゲートから山に入る巡検の同行者

Fig.3 Two of four participans walking into the gate of a path through the National Forest. Mr. Omori may be a person at rightside, I can remember.





図4 日立変成岩類の露頭(上の写真)  褶曲構造のわかる片麻岩(下の写真)

Fig.4 Outcrop of Hitachi metamorphic rocks along a path (Upper photo). Close-up of a folding gneiss at this outcrop (Lower photo) .

新緑がまぶしい中、60分程度緩やかな砂利道の林道をのんびりと歩き、小沢を渡ったやや急な坂の先にある「論文の第2図中の露頭 Loc.2」に着きました(図5)。

   


図5 真弓礫層の基底部、「論文の第2図中の露頭 Loc.2」にて

Fig.5 Photos of outcrop of Mayumi gravel bed along a path of National Forest.
Left photo: The basement of Mayumi gravel bed at "Loc.2" written in Omori and Oawada,1985.
Pleistocene Mayumi gravel bed lies on the Hitachi metamorphic rocks unconformably.
Right photo: Close-up of Mayumi gravel bed at this outcrop.

論文中の第3図は Loc.2のスケッチで、その説明文では真弓礫層の基底部とされています。論文の本文でも、また Loc.2のキャプション部分にもこの露頭において穿孔痕が観察されるとは記述されてはいないものの、自分の目で見いだしたいという意欲がありました。 ひととおり見回しましたが、植物が繁茂するなど露頭状況が悪化し、また時間が十分取れないこともありこの露頭では穿孔痕は見つかりませんでした。詳細な観察により穿孔痕が発見できる可能性は十分あるとみていますので、次回に譲りましょう(特に、基盤の様子を点検したいですね)。

地質論文は亀作林道の開削(昭和51年度開削、水戸営林署)間もない、露頭条件の良かった頃の観察によるものでしょう。


次に歩いてきた林道を少し戻り、穿孔痕のあるレキが確認されている「論文の第2図中の露頭 Loc.4」をめざして北側の尾根に向かって林道から杉林の中ちょっとした藪こぎをしました(しかし、帰路は程よい山道が見つかり、安全に下山できました)。

標高約200mの尾根筋周辺では、図6や図7のように穿孔痕をもつレキがいくつかみられました。もちろん、この他にもレキは十分期待できます。
短時間の観察では、穿孔痕内部に穿孔主と判断される貝殻が残っているケース(=穿孔痕内部に充填された、未固結の軟らかい砂泥が風雨によって自然に洗い流されて、貝殻だけが残るケース;目視だけで石を割らずに観察するという第1次観察手段)では発見できませんでした。また、2次貝(本来の穿孔主の死後2次的に入り込んで成長した非穿孔性の貝類)もありませんでした。

真鶴半島や三浦半島での現生カモメガイに関する私の調査経験やサンプリング標本の観察を踏まえると、ここで見られる小さな縦穴は大きさやフラスコ状の形態からカモメガイの穿孔痕(雄型)と判断でき、これは大森・大和田(1985)と同一の見解となります。
これらは化石穿孔痕 Gastrochaenolites isp. に相当します。




図6 尾根付近で見いだされた、カモメガイの化石穿孔痕. レキの岩石種は緑色片岩

Fig.6 Green schist gravel with some fossil borings created by "Kamomegai" in Japanese, Penitella sp. were discovered at the small range in the forest at an altitude of ca. 200m.



図7 尾根下の山道脇でみられた、カモメガイの化石穿孔痕多数を有する緑色片岩巨レキ. 一部破断。

Fig.7 Huge green schist gravel, "boulder", with many fossil borings on both the upper and the lateral surface. And, the longitudinal section of one and only boring over the tip of yellow arrow can be seen even at bottom. A wider cavity on the upper portion than the lower portion in this boulder can be recognaized "Main Chamber" of boring in Kelly and Bromley,1984. So, this situation means the overturn of this huge gravel bofore its depositon at Pleistocene seafloor.
These fossil borings having fig-like shape can be identified Gastrochaenolites isp.

I realized my long-held dream of visiting here since 1990's. Pleistocene Mayumi gravel bed is very intereting and exciting because of having many fossil borings and of being ditributed at altitudes from 200 m to 240 m, suggesting the uplift of most-south Abukuma Mountains and its vicinity during several hundred thousand years.
So, I have to show a deep appreciation for Mr. Toru Owada in our fieldwork, who is one of writers in Omori and Owada,1985, and lives in the suberbs of Hitachiota City near the field. He is an Earthscience teacher of a private high school in Ibaraki Prefecture.

図6のレキは尾根筋にみられた転石ですが、尾根からやや下がった場所にみられた図7の巨レキは露頭の一部に間違いありません。
図7では、上面や側面に多数の穿孔痕が分布していることがよくわかるだけではなく、下面にもわずかに確認できます。ハンマーの頭部左先にある穿孔痕(図中の矢印の先;縦断面)がそれで、この穿孔方向からこの巨レキが転動し、ひっくり返ったことを指示しています。 また、当然ながら穿孔痕の多量さからみて、現在のような上下状態が長く続いていたことが読み取れます。
岩石は緑色片岩です。

この真弓礫層は日立変成岩類の上に不整合に乗る段丘礫層で、日立市や常陸太田市の阿武隈山地南端部の西側や東側に点在するように広く分布しています(大森・大和田,1985)。上位(多摩面相当)・第T段丘(中川、1961)よりも高位にあるという特徴から、それらよりも年代が古いことは確実ですが、残念ながら年代が特定されていません。

穿孔痕を有する巨大な円レキ〜亜円レキが多数分布することからこれらの巨レキは海浜レキ、ないし前浜〜沖浜のレキと判断できます。 つまり、真弓礫層の下底部は潮間帯堆積物かそれに近い沖合いの堆積物と推定できるのではないでしょうか。しかし、大森・大和田(1985)はマトリクスから化石が見つかっていないので海成堆積物であると断言はできないとしていますが、将来、基盤の岩石表面(=不整合面)に穿孔痕が見つかるだけでも古環境について断言できると私は考えています。レキは堆積前に重力移動しても基盤は移動しないからです。
もちろん、マトリクスから海棲生物の化石が多数かつ多種類見つかれば間違いありません。

大森・大和田(1985)は、上位(多摩面相当)・中位(下末吉面相当)・低位(下末吉以後)という先行研究を引用し、真弓礫層は上位段丘より確実に高位にあることを見いだしています。
また、坂本亨(1986)は阿武隈山地に接する常磐海岸地域の段丘を4面とする中川(1961)の見解に触れています。それによれば、高位より第T段丘は海抜140m〜160m、第U段丘は海抜100m〜120m、第V段丘は海抜30m〜40m、第W段丘は海抜 〜20mとなります。

これらのことから、阿武隈山地南端部一帯は数十万年間に約200m隆起したと判断してよいと思います。

大倉(1953)の上位(多摩面相当)や中川(1961)の第T段丘(中川、1961)よりも高位にあり、かつ穿孔痕を有する巨レキを包含する真弓礫層はとても不思議であり、魅力的です。おそらく数十万年前、このあたりは現在の真鶴半島周辺と同じような岩石海岸(南にのびた半島だったか?)が広がり、その岩礁の巨レキ(緑色片岩・粘板岩・蛇紋岩)に多数のカモメガイの仲間が穿孔して棲息していたことでしょう。

ここで一つ疑問ですが、日立以北の阿武隈山地周辺には真弓礫層に相当する段丘礫層はないのでしょうか?

なお、標高100mを越える比較的高所において穿孔痕のある巨レキを含む更新世の堆積物が観察できる例は神奈川県の大磯丘陵にもあります(平塚市博物館HP、「湘南平の隆起と小向断層」より)。まだ私は現地観察に出かけていませんが、いずれ近いうちに実現させたいと思います。

○平塚市博物館のホームページ
 
平塚市博物館HP →「Web読み物 大地の窓」→「平塚周辺の地盤と活断層」→「湘南平の隆起と小向断層」
https://hirahaku.jp/web_yomimono/geomado/jiban03.html


「湘南平の隆起と小向断層」 → こちら;click here (まだ、許可を得ていないので直接リンクは貼っていません)


さて、巡検の話題に戻りましょう。
ひととおりの見学終了後、大和田先生お勧めの、山里にある“そば屋”でお昼となりました。とても美味しかったのを記憶しています。それもそのはず、常陸太田市はそばの里として大変有名です。
一方、朝の集合時点で大和田先生の話しではイノシシ wild boar が増えているそうです。 このためイノシシ駆除が不定期に行われ、この日も駆除作業(=猟銃の発泡)wild boar hunting for prevention of an extensive damage on the farm があるのではないかと山林を歩く最中ヒヤヒヤしていましたが、地元の山に詳しい方の案内でしたから安心でした。


ここで、真弓礫層に見られる化石穿孔痕の価値を訴えたいと思います。
茨城県北ジオパークは残念ながら続行不能となってしまいましたが、その有無に関わらず“真弓礫層の礫にみられる化石穿孔痕”の露頭はジオサイトの一つになると断言できます。これらは茨城県、言いかえると日本を代表する地質遺産の一つと言えましょう。

東京都や埼玉県からすると茨城県常陸太田市の山域は交通の便が悪く少々遠いエリアですが、日曜地学ハイキングの見学地に十分なり得ます。茨城県では有志団体によって地学ハイキングが定期的に実施されているか否か知りませんが、もちろん地元茨城の方々(小中高の理科教師・地学系教師から自然に関心を持つ一般県民まで、そして理学部地球科学系の学生・院生)にもぜひ見ていただきたいものです。

この項目の最後に、当日撮影した写真を紹介します。



上の写真 白壁の美しい日本的家屋と八重桜


Photo above: Japanese house in traditional style in Hitachiota City, and beautifull blossoms of Yaezakura; a kind of double-petalled cherry tree. Photo on April 26, 2015




上図 林道脇に咲いていたキイチゴの5弁の白花(和名・学名不明)。キイチゴ:バラ科キイチゴ属の植物。


Photo above: A kind of the raspberry in full blossoms with five white petals beside the path through the National forest. The raspberry, which have many small spines on their stems and originally designed leaves, belong to Family;Rosaceae, Genus;Rubus. (sorry, species name unkown)

【文献】
中川久夫(1961)東北日本南部太平洋沿岸地方の段丘群、地質雑、67、66-78、  
大倉陽子(1953)常磐沿岸地方南部の地形、地理評、26、52-61 
坂本亨(1986)関東平野北部の更新統、(10)常磐海岸地域、191、日本の地質 3、共立出版
※大倉陽子(1953)は未入手、読んではいません。




since:May.16, 2020

last update:May.16 2020