拍手文シリーズ1



 ※拍手で回っていた小話で同設定で続いたものをまとめました。



 ※現代パラレルリヴァエレ。高校の先輩×後輩。


 第1話


 エレン・イェーガーは可愛らしいものが小さな頃から大好きだった。可愛らしいぬいぐるみや小物、カントリー調のインテリアなど、女性が好むとされるものにいつも心を奪われた。母親の趣味が手芸だったことから、エレンも興味を持ち習い始めた裁縫は大の得意になったし、料理や菓子作りなども好きだった。母親はそんなエレンに冗談めかしにいいお嫁さんになれるわね、と言って笑っていたが、別にエレンは女性になりたい訳ではなかったし、同性が好きというわけでもなかった。むしろ、性格は男らしいと呼ばれるもので、外で駆け回って遊ぶ子供であったし、身体を動かすのも大好きだった。逆に元気が良すぎて喧嘩ばかりして母親に怒られたくらいだ。
 エレンとって、可愛らしいものは癒しなのだ。いわゆるオトメンと呼ばれるものに似ているのかもしれないが、それともまた違っていた。アニマルセラピーなどと言って動物と触れ合うことを推奨している養護施設はたくさんあるし、エレンにとって可愛いものはそれと同様に一種の精神安定剤なのかもしれない。
 だが、それが自分には全く似合っていない趣味で、周りに知られれば男らしくない、女々しい奴などといってからかわれる要因になるということは判っていたので、エレンは自分が可愛らしいものが好きなことを隠していた。幸いにして、今現在は通信販売というものが発達していて、欲しいものはインターネットを通じて簡単に手に入れることが出来た。エレンの母親も彼に協力的だったので、今までに周りにばれるような事態には陥らなかった。

 しかし、通信販売には落とし穴というか、カタログやネットの画像だけでは判らないことや、届いてみたら思っていたイメージと違うなどということがわりとよくあった。そこで、エレンはやはり、ちゃんと現物を見て購入したいと考えるようになった。


(大丈夫、ここなら誰も来やしねぇ)

 エレンは自分達の住む場所から離れた場所にあるファンシーな小物を取り揃えている雑貨店に足を踏み入れようとしていた。地元からこんな離れた場所にまでわざわざ来るものはそうはいないだろうし、万が一見られた場合は母親に頼まれたと言い訳をするつもりであった。
 だが、遠目から店内を覗けば中にはほぼ女性客しかいないようで――数少ない男性客は彼女の付き添いのようだった――男一人で中に入るのは非常に勇気が必要だった。
 普段のエレンならぐじぐじと悩まずに行動に移るのだが、それとこれとはどうも別のようで、ここまで来たからには入らなくては――いや、入りづらい、という葛藤を続けるエレンの前にふと、人影が過ぎった。視線を向けるとそこには見知った顔があって、エレンは吃驚して眼を瞠った。

(リヴァイ先輩!?)

 店に入ろうとしていたのは、エレンの二つ上に当たる高校の先輩だった。まだ入学して間もないが、リヴァイは学校の中では知られた存在で、エレンも話したことはないが顔と名前だけは知っていた。彼にはかなり色々な噂があった――実はどこかの組の跡取りだとか、その筋の人間に襲いかかられて瞬殺したとか、忠誠を誓う舎弟が百人はいて呼べばすぐに集まってくるとか、どこかのマフィアのボスの隠し子だとか、よくもまあ信憑性の欠片もないものばかりを集めたものだ、とそれを聞いてエレンは呆れを通り越して感心してしまったのを覚えている。
 エレンは実際に彼が暴力を揮っているところを見たことはないし、学校で彼がそういう真似をしたという話も聞いていない。言われているような暴力的な人間ではないだろう、というのがエレンの見解だが、彼がその目つきの悪さから凶悪そうな顔に見えることと、そのためよく喧嘩を売られているのは確からしい。

(いや、それはどうでも良くて――)

 問題はそこではなく、彼がこのファンシー雑貨の店に入ろうとしていることだ。もしかして、彼はこういう可愛らしい店の商品が好きなのだろうか。とてもそうは見えないのだが、自分だってそうなのだからはっきりとは言い切れないだろう。

(でも、誰かのプレゼントを買いに来たという可能性もあるし……)

 だが、彼は一人っ子で噂では彼女はいないという話だった。更に彼が誰かに贈るプレゼントを女性しか来なそうな店で購入するとも考えにくかった。勿論、エレンが彼の人となりを知っている訳ではないから断言は出来ないが。
 そうこうしているうちにリヴァイが店に入ったので、エレンも覚悟を決めて後に続いた。

 気付かれないように観察していると、リヴァイは店内を見回して何やら物色しているようだった。全くもって似合っていないが、男は周りの視線など気にしていないようで堂々としていた。
 やがて、リヴァイは商品を一つ手に取ると、レジへと向かっていった。店員は一瞬顔を引きつらせたが、根性で笑顔を作り、いらっしゃいませと声をかけていた。精算を済ませ、店員がプレゼント用に包装しましょうかと訊ねると――彼女も贈答用に選んだのだと思ったのだろう――リヴァイはきっぱりと断った。次のご自宅用ですかの問いに頷く男に店員は動揺していたが、エレンはそれ以上に動揺していた。
 用を済ませた男は店を出て行き、エレンは躊躇ったが、こんな機会はもう訪れないだろうと思い、すぐさまリヴァイの後を追った。

「リヴァイ先輩!」

 エレンが声をかけると、相手は驚いた顔をしていた。確かにあんな女性専門店のような場所から出てきたのを見られたら動揺するだろう。だが、エレンはそれに構わず男に近付いた。

「エレン・イェーガー……何で、お前がここに?」
「安心してください、誰にも言いませんから! オレ、感激してます! まさか、リヴァイ先輩が可愛い小物が好きだったなんて!」
「は?」
「オレ、自分以外では初めてです! 同じ趣味を持つ男に初めて出会えました!」

 そう言って、興奮した顔でリヴァイの手を握ったエレンはリヴァイが何故自分の名前を知っていたのか疑問に思うことはなかったのだ。


 ――それからのエレンの毎日は充実していた。可愛いものの話を大っぴらに出来る相手が家族以外にようやく出来たのだ。やはり、趣味というものは同好の士がいた方が楽しい。リヴァイを自宅に招いて自分の集めたコレクションを見せることも出来たし、自分の作った料理や菓子を家族以外にも食べてもらうことが出来て大満足だった。休日は時間が合えば出かけて可愛い雑貨店に一緒に足を延ばしたし、リヴァイと話すのはとても楽しかった。

(みんな勝手な噂してるけど、リヴァイ先輩ってすごくいい人だ)

 今日もリヴァイは家に遊びに来てくれる。おやつに何を作ろうか顔には出さずにはしゃぎながら、エレンは早く学校が終わることを願った。



「リヴァイー」

 廊下で呼び止められて、リヴァイは嫌そうに振り返った。

「何の用だ、クソメガネ」
「いや、私じゃなくてさ、先生が探してたから声かけたんだよ」

 担任が用があるらしいと言われ、頷いたリヴァイに相手――ハンジはそういえば、この前はありがとう、と続けた。

「いくら罰ゲームだからってリヴァイがあんなファンシーな店に行って買い物してくれるとは思わなかったからさ。全く興味がない場所に何で行かなきゃならねぇんだって一蹴されるかと思ってたよ」

 身内でやったちょっとしたゲームに半ば無理やり引き摺りこまれたリヴァイは、いい加減にやっていたせいか負けてしまい、ハンジの好きな雑貨を買いに行くという罰ゲームをやらされることになったのだ。この男のことだから面倒くせぇと一蹴されても仕方ないかと思っていたのだが、律儀に買ってきてくれたのだ。

「嫌々だろうが何だろうが、一度参加したゲームに負けたからって放棄する訳にはいかねぇだろうが。きちんと断らなかった時点で果たす義務が生じるからな」

 そう言って、リヴァイは何を思ったのか楽しそうに笑った。

「お前もたまにはいいことをする。おかげで前々から可愛いと思っていた子犬が懐いてきたんだ」
「子犬? リヴァイ、犬好きだっけ?」
「ああ。尻尾振って寄って来たから、手懐ける手間が省けた」

 リヴァイが動物好きとは知らなかったが、それがどうして自分が頼んだ買い物と結び付くのだろう。買い物帰りに出くわして懐かれたということだろうか。ハンジが訊ねると、リヴァイはま、そんな感じだと言うだけで詳細は答えてはくれなかった。

「ふーん。そんなに可愛いなら私も会ってみたいな」
「そのうちにな。俺のものになったら会わせてやるよ」


 ――その後、リヴァイが言った子犬が実は人間で、自分達の学校の後輩だということをハンジが知るのは、その後輩がリヴァイにおいしく頂かれた後だった。



2014.5.31up



 思いついたから書いておこう作品(笑)。きっと、リヴァイが可愛いもの好きじゃないとばれて色々もめた末にめでたく結ばれるとかいう流れなんだと思います。単に可愛らしい小物を買いに行く兵長が書きたかっただけです(笑)。






 第2話


 これは遅刻ギリギリだな、と時刻を確認してリヴァイは内心で溜息を吐いた。今現在の位置からリヴァイの通う高校までの距離を考えると急いでも到着は始業時間ギリギリとなるだろう。別に寝坊したとか、いつもより遅い時間に家を出たというわけではない。単に電車の事故でいつも乗る電車が止まってしまい、復旧に時間がかかっただけだ。電車通学はこういうときに困るのだが、起こってしまったものはもう仕方がない。
 リヴァイは遅刻というものをまず滅多にしたことがない。それは性格というのもあるが、それよりも面倒事を避けたいからという理由が大きい。リヴァイは生来から目つきが悪く、それが災いして絡まれることが多かった。腕っ節は強かったので全員教育的指導をしてお引き取りしてもらったが、いつの間にかその筋の人間の息子だとか、舎弟が百人いるだとか根も葉もない噂が広がってしまっていた。
 リヴァイは特に争い事や喧嘩が好きなわけではない。無論、売られた喧嘩はきっちり買って相手を完膚なきまで叩きのめすが――後々、報復を考えることがないように徹底的に処置するのがリヴァイの方針である――自分から吹っかけることはない。そんな面倒な真似をどうしてしなくてはならないのか、というのが偽らざる本心だが、そうは思わないものがいるのは確かで。
 なので、出来るだけ問題事には関わらないよう、素行が悪いと難癖をつけられないようにしているのだ。きちんと授業に出席して良い成績をあげていれば――ちなみにリヴァイは学年トップだ――学校側もそうケチはつけられないだろう。
 そういうわけで、なるべくなら遅刻をしたくなかったリヴァイは急いで学校へと向かっていた。が。

(……何してるんだ、あいつ)

 通り抜けようとした公園の木に人影があるのを見て、リヴァイは思わず立ち止まっていた。公園の木には登ってはいけない、というのが常識だろうが、何をしているのだろう。よくよく見てみれば、その人物はリヴァイと同じ高校の制服を着ているようだ。

(タイとラインの色からして……一年か)

 リヴァイの高校はブレザーだが、襟などにあるラインとネクタイの色が学年ごとに違う。体操着や上履きもそうで、一目で学年が判るのだが、相手はリヴァイの二つ下――まだ入学して間もない一年生の少年のようだった。
 少年の行動をつい眺めてしまったリヴァイは相手の先にある物体――生き物がいることに気付いて、大体の状況を察した。

(猫か……降りられなくなったのか)

 登ったはいいが、降りられなくなったらしい猫をどうやら助けにいったようだ。よく見ると、木の下には小さな少女がいて、心配そうに少年を眺めている。少年が手を伸ばすと猫は怯えたようにその手に爪を立てた――が、少年は怯まずに宥めるように猫を抱き上げ、その身体を撫ぜた。

「落ち着け。大丈夫だから」

 暴れる猫がどうにか落ち着いたのを見計らって、少年は下に降りてきた。泣きそうな顔の少女に猫を手渡してもう大丈夫だと笑う――その人懐っこい笑みを見て、リヴァイはどうしてだか、胸がざわめくのを感じた。
 礼を言って去って行った少女に手を振ってから、少年ははっと気付いたように「遅刻する! やべぇ!」と慌ててパタパタと駆けて行った。

(……何か、子犬みたいな奴)

 少年の笑顔が頭から離れない。――しばらくその場から動けなかったリヴァイが遅刻したのは言うまでもない。



 リヴァイの通う高校は近隣の高校と比べると生徒数の多い人気校だ。人数が多いうえに学年も違うし、色々な噂のある自分に近付くものはごく一部のものだけなので、彼とは接点があるはずもない。第一、自分は相手の名前も知らないのだ。
 だが、リヴァイはもう一度あの少年に会ってみたかった。一年生の校舎の廊下でどうしたものか、と思っていると、何という偶然か、目の前の廊下をまさにその少年が通りかかったのだ。
 友人と一緒らしく、楽しそうに笑いながらじゃれつくように歩いていくその姿はやはり、子犬を連想させた。リヴァイは声をかけようとして思いとどまり、近くにいた一年の男子生徒を捕まえて彼の名前を聞き出した。リヴァイの噂を聞き及んでいるのか、捕まえた相手は顔を引き攣らせて怯えていたが、そんなことに構ってはいられない。
 エレン・イェーガー。それが彼の少年の名前らしい。

(エレン・イェーガー……)

 子犬みたいな少年――彼が自分に懐いたら、周りに向けている笑顔を自分にも向けてきたら、それはどんなに楽しいだろう。出来るなら懐かせたい――だが。

(……どうやって近付くか)

 リヴァイは自分について流れている噂がどんなものか知っている。全部を本気にしているものはいないだろうが、好んで近付きたいとはまず思えないだろう。寄ってくるものは自分のことが気に食わないものばかりだ。下手に近付いて警戒されたり、またリヴァイを良く思わないものから攻撃をされても困る。近付くなら何かいい方法を考えなくては。
 そう考えを巡らせて、よくよく考えてみれば自分から近付いてみようと思った相手が初めてだということにリヴァイは気付いた。面倒事が嫌いな自分がわざわざ近付こうとしている事実に若干の戸惑いはあったが、同時に面白くもあってリヴァイは知らずに笑みを浮かべていた。


 ――転機は向こうから訪れた。キラキラと顔を輝かせて、見えない尻尾をぶんぶんと振りながら話しかけてくる後輩にリヴァイは内心で驚きながらその言葉を聞いていた。

「安心してください、誰にも言いませんから! オレ、感激してます! まさか、リヴァイ先輩が可愛い小物が好きだったなんて!」

 いや、別に可愛い小物が好きなわけではないんだが、とは心の中だけで呟いておく。可愛らしい雑貨を集めた女性客しかいないような店から買い物をして出てきたのだから、そう思われても仕方ないかもしれないが、これは単に頼まれたからなのだ。頼まれた――というよりは罰ゲームで行かされたというのが正しいのだが。
 仲間内でやったゲームに負けたリヴァイに――普段なら負けることもなかったが、このところ可愛い子犬をどうやって懐かせようか考えていたため集中力に欠けていたのだ――同級生の少女がこの店で買い物してくるように告げたのだ。面倒くさかったが、乗り気ではなかったとはいえ参加しておいて、罰ゲームが嫌だからやりたくないというのはルール違反だろう。なら、最初から参加しなければ良かっただけの話だ。
 なので、わざわざ買いにやって来たわけだが、まさかこんなところでこの後輩と遭遇するとは思わなかった。

「オレ、自分以外では初めてです! 同じ趣味を持つ男に初めて出会えました!」

 そう言って、興奮した顔でリヴァイの手を握ったエレンに彼がこういう可愛らしい小物が好きなのだということに気付く。確かに男がこういったファンシーなものが好きだとは中々言えないだろう。
 誤解だ、と事実を言うことは簡単だったが、リヴァイはそれをしなかった。折角可愛い子犬が自分から寄って来たのだから。リヴァイは否定せず、そのまま可愛い子犬に話を合わせたのだった。


 話を聞くと、後輩の家と自分の家はそう離れていないらしく、最寄駅も一緒だった。通学に使っている電車も一緒らしく、今まで会わなかったのは乗る時間が違ったのだというのが判明した――初めて少年を認識した時も時間帯が違ったため彼の方は難を逃れていたらしい。まあ、同じ電車に乗っていたとしても車両が違えば判らないだろうが。
 そのため、帰りは一緒の電車に乗ることとなった。同じ趣味の同性に会えたのがよっぽど嬉しかったのか、後輩は楽しそうに話していたのだが、しばらくして急に静かになった。どうしたのだろう、と視線をやれば伏せられた瞼が目に入った。

(寝たのか)

 はしゃぎ疲れた身体に電車の振動が心地好かったのかもしれない。子供みたいだな、とリヴァイは笑って、揺れる頭を引き寄せて自分によりかからせてやった。寝ているせいもあるだろうが、おとなしくされるがままになっている少年にリヴァイはまた笑う。どうやら少年は懐くととことん無防備になるらしい。そんな少年の様子に主人に腹を見せて寝転がる子犬の図が思わず浮かんでしまう。

(……意外に睫毛が長いな)

 柔らかそうな髪とまろやかな少年らしい頬とかそんなものが眼について、不意に湧き上がった欲求のままにリヴァイは手を伸ばした。柔らかな髪を撫ぜて、頬に指を滑らす。少年はむずがるような仕種をしたが、眼を覚ますことはなかった。
 ああ、とリヴァイは気付いた。懐かせたかった可愛い子犬。思わぬ切っ掛けで自分に尻尾を振って寄って来た子犬。
 だが、ただ懐かれるだけでは満足出来ないのだ。

(……どうするか)

 この子犬を自分のものにするにはどうすればいいのだろうか。

(折角、向こうから寄ってきてくれたんだからな)

 この好機をつぶす気はない。取りあえずは友人関係を築いてそれから恋人への昇格を狙うとするか、とリヴァイは楽しそうに笑って、眠る可愛い子犬の頭を再び撫ぜてやった。



 2014.6.30up



 前に書いた可愛い小物好きエレンのリヴァイ視点です。拍手コメで感想頂いたので、先輩視点も書いてみました。そちらも読んで頂けると「ふうん」という気になれます(笑)。





 第3話


 ピピピッというアラームの音に鼓膜を刺激されて、エレンはベッドの上に身を起こし、アラームを止めた。軽く伸びをして、横に転がる可愛らしいくまのぬいぐるみの頭を撫ぜる。朝からほんわかと癒される気分になるが、これを部屋に置いておくわけにはいかないので、エレンは洗顔に行くついでにぬいぐるみを抱えて、隣の部屋に向かった。
 中に入るとそこには可愛らしい小物などの雑貨、家具、インテリア、ぬいぐるみ等々、女性が好みそうなものが並べられている。ここにはエレンと彼の母があちこちの店から購入した気に入ったデザインのものや、または自ら手作りしたものを飾ってある――ここはいわゆるコレクション部屋というものだった。
 エレンは昔から女性が好みそうな可愛らしい小物類が好きだった。本人はいたって男の子らしいという言葉が似合う、外を駆け回って遊ぶのが好きな元気な少年であったが、可愛らしいものを見ると癒されるというか、ホッと一息つけるようなそんな気分になれるのだ。別に女性になりたいとか、男性が好きだという嗜好があるわけではない。ただ単に可愛らしいものが好きなだけ――別にごく普通だと思っていたそんなエレンが、まだ小学生の時、何気なく女生徒の持っていた小物を「可愛いな、それ」と誉めたのだ。特に裏表のない発言で、本当にそう思ったからそう口にしただけだったのだが、他の男児に「そんなのが可愛いなんて、女みてぇ。気持ち悪いやつ」と言われてしまった。
 今にして思えば、エレンが声をかけた女子をその男子は好きだったのだろう。だから、エレンがその子の気を引きたくてそんなことを言ったのだと考え、そうエレンを貶したのだ。客観的に見て確かにその子は可愛い子だったとは思う――だが、エレンにはそんな気は全くなかった。ただ、自分が可愛らしい小物を見て素直にそう感想を述べると周りは「気持ち悪いやつ」というレッテルを貼るのだいうことに衝撃を受けた。
 エレンにも女の子が好きだと抱き締めそうなものを自分が抱き締めても似合わないし、そういうものを可愛いと言うのは恥ずかしいという気持ちが少なからずあった。だが、相手に気持ち悪いとまで思われるものだとは思っていなかった。エレンは今までも可愛いものが好きというのは照れくさくて誰にも言っていなかったが、これ以降、絶対に誰にも言わずにいよう、と誓ったのだった。幸いにして、エレンの母親が手芸好きで、可愛らしい小物を集めるのが好きであったから、理解を示し、協力してくれることになった。
 そうして、エレンの可愛らしいもの好きは家族のみが知る事実だった。そこに一名が追加されたのは最近のことだ。


「エレン、宿題やってきた?」

 教室に着いた早々、声をかけられたエレンは、声をかけてきた相手――親友と呼べるアルミンの傍まで寄った。幼少時から仲の良い親友ではあるが、エレンの小物集め趣味までは彼は知らない。

「やってきたけど……やってきてないのか? お前にしちゃ珍しいな」
「ううん、ちゃんとやったよ。でも、最後の回答に自信がないからエレンのと合わせてみようかと思って」

 机の上に広げられている用紙を、ひょいっと、エレンはアルミンの後ろから覗き込んだ。触れ合わないが、かなり近い距離にある少年の顔に、アルミンは考え込む素振りをした。

「あのさ、エレン」
「うん? これで合ってると思うぞ。オレの答えもこれだったし」
「ああ、良かった――と、それはそれとして、エレン、何か顔近くない?」

 言われて距離に気付いたエレンは、ああ、悪い、と言ってアルミンから顔を遠ざけた。

「イヤ、別に僕ならいいんだけどさ、最近、エレン、距離近いっていうか、パーソナルスペースが狭くなってない? これ女子にやったら絶対に勘違いさせる距離感だからね? まあ、エレンが女子にドキドキさせたくてわざと近付くなんてやるタイプじゃないのは皆判ってるとは思うけど。というか、素でやる方が性質が悪いっていうか……まあ、とにかく、もうちょい、特に女子に対しては距離をとった方がいいと思ううよ」

 アルミンの言葉にエレンは神妙な顔で判った、と頷いた。パーソナルスペースが狭くなった――ということに関していえば無意識であったのだが、言われてみると、以前よりも近い距離で話しているかもしれない。
 そして、その原因にエレンは心当たりがあった――言われてみたら、というやつである。
 そうして、エレンはその原因に連絡を取ることにしたのだった。


「で、ですね、それって、絶対に先輩が原因だと思うんです」
「そうか?」

 エレンの後ろから声がする。ローソファーに座り、自分の前にエレンを座らせて――下はラグがあるので痛くはない――背後から抱き込むようにしてテレビ画面を眺めているその人物はエレンの二つ上の同じ学校の先輩でリヴァイという男である。ひょんなことから可愛い小物集めが趣味だということが判明し、初めて自分と同じ趣味を持った同性の出現にエレンは喜び交流を深め、こうして自宅に呼ぶまでの仲になったのだが。

「よく考えたら、この距離感おかしくないですか?」
「そうか?」

 ぴこぴこと目の前で音がする。エレンの背後から器用にコントローラーを操り、男は画面上のキャラクターを動かしている。どういう訳かゲームを一緒にするのも、借りてきた映画を見るのも、全部このスタイルなのだ。初めから距離感の近い人だなーと思ってはいた。よく、頭を撫でられるし、ふとした接触が多かったし。だが、最初はこんな体勢ではなかったような気がする。徐々に距離を詰められ、いつの間のかこの形になっていたのだ。

「エレン、それ、食いたい」
「あ、はい」

 エレンが作ったクッキーを示され、エレンはリヴァイの口元に運んだ。パクリ、とそれにかじりつき、咀嚼されていく様子を見てエレンは美味しいですか?と訊ね、男は頷く。口の中が乾いたのか、視線で飲み物を求められているのを感じて、それもまた男の口に運ぶ。もはや、この流れが自然になってしまっている。その間、ずっとゲームのBGMが響いていて――はっとエレンは気付いた。

「イヤ、そうじゃなくて、この距離感はおかしいですよね、って話なんです」

 流されそうになって、エレンは学校での親友との話をしてみたが、男はただそうか、と言うだけだった。

「なあ、エレン、お前、俺にこうされるのは嫌か?」
「嫌じゃないです」

 その問いにエレンは即答した。別に嫌ではない。嫌だったらようやく見つけた可愛い小物好き趣味仲間の男性でも断っていると思う。可愛い小物が好きだからといって中身が女の子っぽいという訳ではなく、エレンは殴られたら殴り返す性格なので嫌だと思ったらとっくに拒絶している。

「じゃあ、お前の男友達とかだったら、どうだ?」

 問いかけられて、エレンは考え込んだ。自分と男友達がそうしている図を思い浮かべ、その余りの寒さに想像するのを放棄した。

「取りあえず、気色悪いので引き離します。アルミンなら殴るまではしませんが、他のクラスメートなら頭叩くくらいはするかも……」
「じゃあ、俺は何で嫌じゃねぇんだ?」
「え?」

 言われてみて、エレンは何でなんだろうと考えた。彼が同じ趣味仲間だからだろうか。いや、それは先程否定したはずだ。
 では、何故、彼なら嫌ではないのだろうか。思えば、彼から接触されるのに一度も嫌悪感を覚えたことはなかった。

「宿題な。次に会うまでに考えておけ」

 エレンは頷いたが、ちょっとやそっとではその答えは出てくれそうになかった―――。


 そんなことがあったからだろうか、考え事に注意力が散漫になっていたのか、エレンは学校の廊下で女生徒とぶつかってしまった。運の悪いことにぶつかった弾みで相手の持っていたものがその場でぶちまけられてしまった。

「うわっ、すみません!」
「ああ、いいよ、気にしなくて。私もちゃんと前見てなかったからさ」

 慌てて謝罪するエレンに相手はそう言って手をひらひらと振った。ぶつかった女生徒は制服の襟のラインとリボンの色からいって先輩のようだ――エレンより二つ上、丁度リヴァイと同学年に当たる。彼女が落ちたものを拾い集めたのを見て、エレンも慌てて拾い集めた――ふと、その手が止まる。

「あ、これって、限定品ですよね。あそこは一点ものも多いから気にったのは入手しておかないと大変――」

 可愛らしいストラップを見て、思わずそう言ってしまってからエレンは固まった。可愛らしい小物が人気の雑貨店など、普通の男子高校生なら詳しくは知らないだろう。エレンが言った店はわりと有名なところで、雑誌などでも取り上げられたことがあるが、まずそんなものに男は興味を示さない。

「あれ、この店知ってるんだ? 男の子にしては珍しいね」
「あ、母がこの店の雑貨が大好きで母の日とかプレゼントはここのを買ったりしてるので……」

 エレンはこういうときのための言い訳を告げた。母が、この店の雑貨が好きというのも本当のことなので、嘘ではない。

「まあ、そうだよね。あいつも知らなかったし、男子はこういう店知らないよね。まあ、だから罰ゲームに使ったんだけどさ」
「罰ゲーム?」

 エレンがきょとんとしていると、彼女はこれこれ、と別の可愛らしいチャームをエレンに掲げてみせた。丁度いい機会だから、一つ質問に答えてくれないかな、と笑う。

「この前、仲間内でゲームやって一番負けた奴に買いに行ってもらったの。ファンシーな店だから男一人では入り辛いと思って――というか、あいつがあの店行くとは思ってもみなかったんだけど。でも、普通に買ってきたから気にしない人は気にしないのかなぁって。で、訊きたいんだけどやっぱり、ああいう店って男の子一人では入り辛いかな?」

 恥ずかしくないんなら、次やるときは罰ゲームから外すからさぁ、と彼女が訊ねてきたが、エレンは彼女が掲げたものから目が離せない。あの雑貨店の一角には貸し出しスペースがあって、それは個人が手作りのアクセサリーや雑貨を置くところになっている。同じデザインでも一点一点微妙に違うので、完全に同じものは存在しない。――彼女が手にしているものはあの日、男が手に取ったものに酷似していた。勿論、買う前のものをじろじろ見た訳ではないから断定は出来ないが。
 もしかして、といやまさか、という言葉がぐるぐると頭の中を回る。

「君、顔色悪いよ? 気分でも悪いの?」
「あの……先輩は、リヴァイ先輩を知ってますか?」

 エレンの言葉に彼女が逆にきょとんとした顔をして、知ってるけど、と答えた。

「これ、買ってきたのあいつだから。君、知り合いなの……って、ちょっと!」

 その答えに眼の前が真っ暗になった。



 再び目を覚ましたら見知らぬ天井があった――いや、正確には知らないものではなく、普段利用してないだけで設立時から校内にあるものなのだが。

(ここ……保健室か)

 どうやら、あのまま倒れたらしい。リヴァイの話に衝撃を受けたのと、考え事をしていてよく寝ていなかったのが原因だろうと思われる。

「そんなに先輩にからかわれてたのがショックだったのか、オレ……」
「違う」

 至近距離で声がしてエレンは咄嗟に寝かされていたベッドの中に潜り込んだ。
 どうして、ここに、と思っていると、ハンジから聞いたと声の主が続けた――どうやらあの先輩の女生徒はハンジという名であるらしい。

「――確かにハンジに頼まれてあの店に行った。お前が大好きな小物に興味があったわけじゃない。お前に合わせて話をしたのはただ、お前の気を引きたかっただけだ。騙すとかからかうとかそういうつもりで近付いたんじゃない」

 確かに、エレンが似合わない可愛らしい小物集めをしていたのをからかったり、言い触らしたりするのが目的であったならもうとっくに言っているであろう。仲良くなってから、落とすつもりで――というのは彼の性格には合わない。というより、彼は人の弱みを握って脅したり、からかうような真似をする人間ではない。長い付き合いの間柄とは言えないが、彼と一緒に話すようになってその性格が窺い知れた。
 だが、それならば、何故自分に近付いてきたのだろう。特にエレンは目立った生徒ではないし、あの日が男との初対面であったはずだ。美人の姉妹や知り合いもいないし、やはり彼の性格上、そちら目的とも考えにくい。

「俺がお前に近付いたのは、お前を知りたかったからだ。もっと仲良くなって、俺のことも知ってもらいたかった」
「――どうして?」
「――判らないのか?」

 ギシッとベッドが音を立てた。リヴァイがエレンの顔を挟むようにして両手を置いて顔を近づける。

「あの日、お前に会う前から俺はお前を知っていた。ずっと近付きたいと思っていた。――知り合って判った。一目惚れってのは本当にあるんだって」

 その言葉に潜っていた布団から顔を出し、エレンはリヴァイを見つけた。

「一目惚れって……誰が誰にですか?」
「俺がお前にだ」
「先輩、オレのことが好きなんですか? 何で?」
「だから、一目惚れだと言っただろう」

 何で、という言葉はリヴァイの口によって塞がれた。ちゅっという音とともにそれは離れていき、エレンは固まった。

「今の、嫌だったか?」

 リヴァイの言葉にエレンはただ首を横に振っていた。

「俺から出した宿題の意味は判ったか? 何で他の奴は嫌なのに、俺は良くて、今のも大丈夫なのか?」

 一度に言われてエレンの頭は情報を処理しきれない。何故、彼に触られるのが嫌ではないのか。からかわれたと思って衝撃を受けたのは何故か。キスされても気持ち悪くないのはどうしてか。

「――オレ、先輩のこと好きなんですか?」
「何で、そこで俺に訊く?」

 導き出された答えに混乱して、思わず当人に訊ねてしまった少年にリヴァイは意地悪そうに笑う。え、だってだって、と呟く少年の額に男はキスを落とした。

「早く回答を言え。答え合わせしてやる」

 ううーっとエレンは唸り、それから視線を彷徨わせて、やがて、観念したように言葉を口にした。

「オレも、先輩が好きです」
「正解」

 そう言って、男は再び後輩の唇に自分のそれを重ねた。
 やっと手に入れた可愛い子犬を男が美味しく頂くのには、それから余り時間がかからなかった―――。



 2016.10.22up



 読まれた方だけではなく、書いた本人も忘れ去っていた子犬を懐かせたい先輩と可愛いもの大好き子犬系後輩の話です。そういや、くっつく話を書いてなかったなーと思ったので書いてみました。ちなみに保健室ではやってませんので(爆)。美味しく頂いた後にハンジさんにせがまれて仕方なく紹介する流れになるかのかと。後はご想像にお任せします。





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