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 調査兵団の兵士長であり、人類最強と賞賛されるリヴァイは周りのものが全く予想もつかない――嗜好とでもいうべきか、それの持ち主であった。ごく親しいものだけがそうなのかもしれないと思ったことある、という程度で誰にも知られていないが彼は――可愛いものが好きなのである。
 勿論、女性のように可愛い小物や、ぬいぐるみなどを集めるといった趣味はない。ただ、可愛いものを見ると構い倒していじくり倒してぎゅうと抱き締めてやりたくなるのだ。だが、自分がそういうことをするのが全く似合わないというのも彼は自覚していた。どうも、自分の顔は目つきが悪いらしく、整っていると言われる半面冷酷そうに見えると評判だった。昔、たまたま通りがかりに泣いている子供を見かけてあやしてやろうとしたところ、リヴァイを見た子供は火が点いたように大泣きしてひたすらあのおじちゃん怖い、と連呼された。おじちゃん呼びも地味にショックではあったが、子供を怯えさせるほど自分の顔は怖いのか、とリヴァイは地の底に穴を掘る程落ち込んだ。勿論、周りはリヴァイがそのときに沈んでいた真の理由などは知らなかったが、その様子を見ていた女性兵士が物憂げな兵長も素敵、などと騒いでいたことは彼が知る由もない。

 そんな可愛いもの好きのリヴァイがひっそりと楽しみにしているのは新兵の入団である。まだ、幼さの抜け切っていない彼らは撫でくり回してやりたくなる程可愛い。……可愛いのだが、彼らはリヴァイが近付くと緊張の余り表情を強張らせ、指導をしようものならガチガチに硬直して訓練どころではなくなる。憧憬と畏怖の対象である人類最強の上司は新兵達にとっては遠い存在で、そうそう近寄れるものではないのだ。可愛いものが好きなリヴァイではあるが、仕事はまた別である。こんな状況が彼らのためにいいわけがなく、リヴァイが新兵の指導をするのはごく稀で全体訓練時に限っていた。もっとも、兵士長という立場のリヴァイは他の仕事が忙しく、新兵指導などしていられないのが実情であったが。
 そして、リヴァイが楽しみにしていた新兵がまた来る頃になり、104期卒業の訓練兵の一人―――エレン・イェーガーを見たときに彼は胸に矢が刺さったような衝撃を受けたのだった。

 ドストライク!――言葉にして表わすならまさにそれだろう。並の女子よりも大きいと思える綺麗な金色の瞳に、少年らしいまろやかな頬。柔らかそうな黒髪。可愛い可愛い可愛い、撫でくり回したい。そう叫びたくなる衝動をリヴァイは必死に抑えた。少年の顔立ちは整っているといえたが、他にももっと美形と呼ばれるものもいるだろうし、可愛らしいと定義するならもっと可憐な容姿の少女だっているだろう。だが、それは個人の好みとはまた異なる。エレン・イェーガーという少年はリヴァイが可愛いと思うツボにぴったりとはまる人間だったのだ。惜しむべきは背が自分より高いことだが、そんなことはこの可愛らしさの前には瑣末な問題でしかない。エレンの身をエルヴィンが引き受けると言い出したときには、心の中で上司に今までの中で一番の大絶賛を送った。これで、近くでこの可愛い生き物を眺められると。だが――――。

(何で、そんなに怯えてやがるんだ、こいつは)

 いや、判っている。先程の審議所で躾と称して暴行を加えたのが原因だろう。不安そうな顔が可愛らしくてつい力が入り過ぎてしまったが――あれは必要な演出だったのだ。ああしなければ、エレンを調査兵団で引き取ることは出来なかっただろう。

「なぁ、エレン。俺を憎んでいるか?」
「い…いえ、必要な演出として理解してます」
「ならよかった」

 言いつつ、リヴァイは心の中ではちっともよくねぇ、と毒づいていた。この怯えっぷりでは、この少年は自分に近づこうとはしないだろう。今も一緒のソファーに座っているのにびくついて、なるべく自分から身を離そうとしている。エルヴィンとは握手まで交わしたというのに――この差はなんだというのだろう。内心のイラつきを隠しながら、リヴァイは自分が監視役なのだから、これから交流を深める機会はいくらでもあるだろう、と思うことにした。



 しかし、いつまで経っても、少年との距離は縮まらなかった。やはり、最初の印象が悪かったのか、少年は自分を見るとびくつき、緊張しているのが見て取れる。いったい、どうしたら、少年は自分に懐くのだろう。

「リヴァイーどうしたの? 怖い顔がますます、怖くなってるよ」
「俺はこの顔が普通だクソメガネ」

 さっさと消えろ、とばかりに手を軽く振りかけて、男はふと思いついたようにハンジに訊ねた。

「オイ、クソメガネ、小動物を懐かせるにはどうしたらいいと思う」
「小動物? リヴァイ、動物でも飼う気なのかい? そうだね、まずは餌付けなんじゃないかな?」
「そうか」

 餌付け、餌付け、と呟きながらリヴァイは去っていき、後には訳が判らない、といった顔のハンジが残された。




 エレンは自分の前に出された料理を前に悩んでいた。明らかに他の兵士達に配られている食事量よりも多いのだ。間違いではないかと思い、訊ねてみたのだが、それはリヴァイ兵士長からの指示だと言われ、驚いた。もしかして、この食事量も巨人化の実験のために管理されているからなのだろうか。まだ成長期の少年であるエレンは量は増えるのは単純に嬉しいが、この量に慣れてしまうと、後が辛い気がする。
 それに、何故かリヴァイは最近よく食べ物をエレンにくれるのだ。それは、上官でしか手に入らないような甘味だったり、珍しいものだったりする。菓子類などの嗜好品は食糧難が深刻化してから特に高値になったから新兵の身ではそう手に入らない。そんなものを頂いてしまっていいのか、とエレンは躊躇ったが、受け取らないとリヴァイに凄い目で睨まれるので、有り難く頂いている。

(栄養管理が出来てないと思われているのかな)

 自分が幾分か細く見えると言う自覚はある。日々の訓練で自分なりに鍛えてはいるが、目立ってがっちりとした身体つきにはならないのだ。だが、自分よりも小柄なものは同期にいたし、女性兵士だっている。それとも、自分は余程お腹を空かせているようにでも見えるのだろうか。悩んだエレンは丁度、ハンジの定期検査を受けるときに、リヴァイと親しいと思われる彼女に訊いてみた。

「お腹を空かせているみたいには見えないけど……そうだね、エレンは兵士としては細いんじゃないかな?」
「……オレ、細いですか?」
「いや、細いというか筋肉量が少ないというか。巨人のときはきっちり腹筋割れてたって聞いたけど、エレン、あんまり腹筋ないなーって」

 ハンジの言葉はエレンにぐさりと突き刺さった。

「腹筋……」

 少年のナイーブな部分に触れてしまったことに気付いたハンジは慌てて言い募る。

「あ、ほら、兵士は筋肉だけじゃないから! 筋肉は重いし、軽い方が機敏に動けて立体起動使うときに有利になることもあるし!」
「腹筋……」
「あーほら、筋肉は付きにくい人とそうでない人がいるんだよ、体型の差なんて気にすることないって。兵士の優劣は体型だけで決められないだろ?」
「でも、小柄で細身の人だって、筋肉ついてる人はいますよね?」
「ああ、まあね。リヴァイなんかはそうだよ。きっちり腹筋割れてるし」

 脱ぐと凄いんですってやつだね、とのハンジの言葉にエレンはすっくと立ち上がり、オレ、リヴァイ兵長に聞いています、と部屋から駆けだしていった。残されたハンジは呆気にとられるしかない。頬を掻きながら、ま、検査は全部終わってたしいいか、とひとりごちる。

(そういや、リヴァイ、餌付けがどうのって言ってたけど……まさかね)

 確かにエレンは小動物を思わせるところがあるが――いや、まさか。同僚の顔を思い浮かべながら、ハンジは考えを振り払うように頭を振ったのだった。



「兵長!」

 呼ばれて、リヴァイが振り返ると、同僚のところに定期検査に行っていたエレンが駆け寄ってくるのが見えた。相変わらずその姿は可愛らしく子犬のように見える。
 ああ、撫でくり回したい――そう思う心をぐっと抑え、リヴァイはエレンに向き直った。

「どうした?」

 見ると、少年はキラキラした眼でこちらを見つめている。これは、もしかすると――。

(やっと、懐いたのか)

 きっと、餌付けが成功したのに、違いない。リヴァイは心の中で喜びの声を上げていた。

「あの、オレ、兵長にお願いしたいことがあって」
「何だ?」
「オレに筋肉の付け方を教えてください!」

 筋肉?と頭の中に疑問符が飛ぶが、そんなリヴァイの様子に気付かずにエレンは続けた。

「兵長の腹筋、凄いって聞きました! 割れた腹筋ってオレの憧れなんです!」

 やっぱり兵長は人類最強です、腹筋もすごいなんて!と続けるエレンのキラキラとした瞳や紅潮した頬が可愛らしくて、リヴァイは我慢出来ずにエレンの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。ああ、やっぱり、こいつは可愛いと思いながら。

「あの、兵長?」
「判った。時間が空いたときに指導してやる」
「本当ですか? ありがとうございます!」

 喜びに顔を輝かすエレンはまた男が自分の頭を撫で回しているのに気付かない。ただ、憧れの腹筋を手に入れるのに思いを馳せている。

(やはり、餌付けは有効か。これからも続けるか)
(きっと、兵長が食糧くれたのも、きっちりと身体作れということだったんだよな、きっと)


 どこまでも二人の思考は噛み合ってないが、本人達はまるで気付いていない。
 その後、エレンを撫でくり回すリヴァイと、腹筋ーと叫びながら訓練するエレンの姿がしばしば見られるようになり、腹筋なら私が!とミカサが乗り込んでくるのはまた別の話。





≪完≫



2013.8.28up




 思いついたから書いてみた作品。エレンを可愛がりたい兵長と腹筋に憧れるエレン。エレンの腹筋が本当はどうなのかわかりませんが、ラフ画のミカサの割れた腹筋見て驚きました……。



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