タイムリミット



「もしも後一日で世界が滅ぶとしたらどうする?」



 突然の幼馴染みの質問にアルミンは瞳を瞬かせた。はて、昨日幼馴染みにそんな疑問を抱かせるようなテレビ番組でもやっていただろうか。考えてみるも判らず、アルミンは内心で小首を傾げながら、そのままその疑問を幼馴染み――エレンにぶつけてみた。

「何でまたそんな話に? テレビでも観たの?」
「いや、何か夢でそんなの見て、他の奴ならどうすんだろって思って」

 エレンの夢では、え、二十四時間、短けぇーと思ったところで終わったそうだ。終わったのか、続きを覚えてないのか定かではないそうだが。

「それって、二十四時間、一日なんだよね? 絶対に終わるのは回避出来ないんだよね?」
「ああ」
「うーん、そうだなぁ、無難に家族や親しい人と過ごす、かな、僕は」

 人間、死ぬまでにやってみたいことならたくさんあるだろう。例えば、興味のある国に行ってみたいだとか、三つ星の高級ホテルのロイヤルスイートルームに泊まってみたいとか、憧れの人に会ってみたいとか、例えを挙げれば人によって千差万別の答えが返ってくるに違いない。だが、期限はたった一日なのだ。どこかに出かけるには時間がなさすぎるし、自分だけではなく世界中の人間が後一日だと知っているのなら交通機関がちゃんと機能しているかもあやしい。
 これが映画やドラマの世界ならヒーロー的な主人公が何とかするか、もしくは世界が滅んだ後も生き残った人達がいてそこから人間劇が始まるのかもしれないが、それが期待出来ないのならどこにも出かけずに静かに終わるのを待つのが無難なのではないだろうか。

「原因が判っていてそれが回避できる可能性があるなら、努力はしてみるかもしれないけど。どうにも出来ないんじゃそれくらいしか思いつかないな」

 まあ、そうだよなーとエレンも同意したので、エレンも辿り着いたのは同じだったらしい。エレンが最後に過ごしたい人――それを訊ねようと口を開こうとしてアルミンはやめた。それは愚問だ。エレンが最後にともにいたい人など判り切っている。

「じゃあ、アルミン、また明日な」
「うん、また明日」

 放課後の通学路、二人がいつも別れる地点に来たのでエレンが言葉をかけ、アルミンも同じように返した。もし、後一日と今言われたら明日って言葉はなくなるんだよな、とそんなことをアルミンは思った。




『今日、行きます』

 エレンは自分の携帯からそんな短いメールを発信した。これはエレンには珍しいメールだ――大抵は今日、行ってもいいですか?と一度相手の都合を訊ねてから赴くようにしているからだ。ほどなくして携帯が震えた。

『なるべく早く帰る』

 受信したのはエレン同様に短い文面で、毎回、お互いのやり取りはこんなものだ。メールなんてまどるっこしいだろ、という意識はお互いに共通している。

『待ってます。お仕事頑張ってください』

 エレンはまた短く返信して足を速めた。



 エレンが訪れたのはとあるマンションの一室だ。手慣れた手つきで鍵を開けると中へと足を踏み入れる。ここはメールの相手の住むマンション――通い慣れた恋人の家だ。
 まずは空気の入れ替えと簡単な掃除、とエレンはテキパキと動いた。ここの住人は綺麗好きで――潔癖症というと本人に俺はそこまでじゃないと否定される――掃除の仕方は彼に徹底的に仕込まれた。合鍵をくれる際にそれだけは譲れないと断言されたのだが、よくよく考えれば恋人同士の甘い雰囲気など欠片もなかったな、と思う。それでもエレンは嬉しくて胸がいっぱいになったのだけれど。
 恋人は自分のテリトリーに余り人を入れたがらない。一見冷たそうに見えるけれど、意外に部下思いで面倒見のいいところがあるのだが、この家に特定の誰かを連れてくることはまずない。合鍵は何かあったときのために実家に一本置いてあるそうだが、持っているのは――テリトリーにずっと存在することを許されたのは自分だけなのだ。それを嬉しく思うのは思い上がりに繋がる危険性があるのかもしれないけれど、やはり嬉しいとエレンは思う。

(なるべく早く帰るって返信だったし、メシでも作っておくかな)

 そう考えながらキッチンに向かう自分が何だか新妻みたいだ、と思い、その思考はどうなんだとエレンはその場で赤くなって頭を抱えたのだった。



 恋人はメールで宣言した通りにいつもよりも早い時間に帰宅した。出迎える自分は新妻――いや、その思考は考えないようにしよう、とエレンは決意した。

「お帰りなさい、リヴァイさん」
「ああ。……ただいま」

 言いながら、くしゃりとエレンの頭を撫でていくのは彼――リヴァイの癖だ。自称潔癖ではなく綺麗好きの男はこんなところがずるいのだと思いつつ、エレンも彼の後を追った。


「で、何があったんだ?」

 食事を二人で済ませ、まったりとした時間に突入したところでリヴァイがそう切り出した。

「お前が俺の都合を訊かずに来るのは珍しいだろう」

 実際にエレンはリヴァイの都合をいつも優先しようとする。そこが健気だとも思うし、歯がゆくもある。エレン曰く、社会人のリヴァイと学生のエレンでは明らかに融通が利くのは学生の自分なのだから、それは当然なのだそうだ。基本、エレンはわがままを言わない。それが、生来の性格なのか育った環境に因るものなのか、判断はし兼ねるが、そんなところを見せられるとリヴァイは無茶苦茶に甘やかしてやりたくなるから困ったものだと思う。――まあ、それは決して嫌なものではないのだが。

「今日は、絶対に会いたかったんです」

 ぽつり、と呟くようにエレンは言ってから、自分が見た夢の話をした。

「一日しかないなんて短すぎると思って、そしたら、めちゃくちゃに会いたいって思ったんです」

 あいたい、会いたい、逢いたい、アイタイ――それは夢の中で思ったことだが、現実に意識が戻ってからも会いたいという気持ちが抑えきれなかったのだ。

「だから、今日はどんなに遅くなるって言われても行くつもりだったんです。一目顔を見られたら――一瞬でも会えたらいいって思って」
「……………」

 すみません、と謝るエレンの頭をリヴァイはぐしゃぐしゃにした。わわっと慌てて何をするんですかと、唇を尖らせながら髪を直す少年に男が「煽りやがって、クソガキが」と小さく呟いたのは聞こえていない。

「そういえば、リヴァイさんならどうしますか?」

 世界が後たった一日で終わってしまうとしたら、男はどのような行動に出るのか。
 少年の質問にリヴァイはくだらねぇ、と一言で却下した。

「そんな仮定に意味なんかねぇだろ。そんときになってみなけりゃ判らん」

 あっさり言われて、少年は苦笑した。確かにそれはその通りなのだが、そう言われるとみもふたもない。それに、リヴァイならそんなときでも事態を回避させるか、何があっても生き残りそうなイメージがある。

「だが……そうだな、そのときは、エレン、お前よ、俺に電話しろ」
「は? 電話ですか?」

 不思議そうな顔をする少年に男は続けた。

「お前がどんな場所にいても、どんな状況にあっても、俺が行ってやるから」

 不意を衝かれるとはこういうことだろうか。思いがけない言葉にぎゅうっと胸を締め付けられながらも、エレンは必死に言葉を返した。

「……そのときは、きっと、回線がパンクしてますよ」
「なら、念を送れ」
「念って……超能力者じゃないんですから、届きませんよ」
「届くに決まってるだろうが」

 リヴァイは不敵に笑って、きっぱりと断言した。

「俺がお前を探し出せないはずないだろう。絶対に見つける」

 ――ああ、何てことを言うのだ、この男は。エレンは胸の中で絶叫しながら、震えてしまいそうになる声を何とか抑えてリヴァイに返した。

「じゃあ、見つけやすいように落ち合う場所を今から決めておきましょうか」
「そんなの決まってるだろうが。――お前の帰る場所はここだろう」

 何のために合鍵やったと思ってるんだ、とさも当然のように言われ、今度こそエレンは堪え切れずにリヴァイさん、ずるいです、と呟いてぼろぼろと涙を零した。リヴァイはそんなエレンに笑いかけて、クソガキが、それくらい判っとけ、とその頭をぐしゃぐしゃに撫でまわした。







≪完≫





2013.8.21up


 やっぱり、思いついたら書いておこう作品(笑)。兵長がエレンを甘やかす話が書きたっかたんです。そしたら、パラレル設定に。社会人×学生エレン。拍手小話とかぶってる気が…(汗)。リヴァイはエレンが翌日授業があるときは手を出さないと決めているので我慢してます(笑)。





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