「ね、アルミン、ミカサとエレンって付き合ってるの?」

 訓練兵の兵舎から少し離れた、休憩場所にはちょうどいい木陰が並ぶ一角にアルミンは同期の少女と二人で立っていた。ああ、また、この質問かとアルミンは内心では苦笑いを浮かべながらも、表面には浮かべずに相手を見据えた。目の前の少女にはどのようにして答えるべきか、見定めるために。




円周



 このような質問をアルミンが受けるのは初めてではない。今までにも何度か同じような質問を受けていたし、エレンは女子からそこそこ人気があるのをアルミンは知っていた――エレン本人には全く自覚がないだろうが、他の男子のように恋愛にガツガツした感じがないのがいいのだという。顔立ちも母親のカルラに似て整っている方だし、むさくるしい感じを受けないのも好印象を与えている。勿論、死に急ぎ野郎とあだ名をつけられる程だから、彼が調査兵団希望なのは周知の事実だが、成績はいい方だし、上手く恋人になれれば自分の力で憲兵団へ――などと将来性こみでも考えられているらしい。
 一方のアルミンは小柄で余り男くささを感じないからか、好感は持たれるが恋愛対象にはならず、マスコット的に可愛がられる場合が多い。アルミン自身も恋愛に興味がないから、その方が気楽だったが、男としては複雑な気分にもさせられる。

(この分だとミカサにも探りを入れてるかも)

 ミカサは同期の中でも特に綺麗な顔をしているが、意外にもてない。いや、好意を寄せるものも中にはいるだろうが、明らかにエレンしか見ていないミカサを見て皆諦めていくのだ。どうやったって、あの二人の間には入れないと。
 何度かミカサに告白を試みたものもいたらしいが、ミカサのたった一言で一刀両断されたという。
 ―――私はエレン以外に興味はありません。
 ミカサらしい、はっきりとした一言だが、言われた人間はたまったものではないだろう。腹いせにエレンに嫌がらせしようにもエレンの対人格闘成績は一、二を争うほど優秀だ。まあ、それがなくともミカサと自分が阻止するけれど。

「アルミン?」

 不安そうに小首を傾げて、こちらを眺めてくる少女は可愛らしい。同期の女子の中では一番人気はクリスタではあるが、この少女もなかなかの美少女として人気がある――が、それが表の顔であるとアルミンは知っている。

「うん、ミカサとエレンはね、付き合ってるよ」
「え? でも、ミカサはエレンと家族だって……」

 やっぱり、ミカサにも聞いてたんだ、とアルミンは思いながらもにっこりと笑顔を浮かべた。

「ミカサがエレンと家族同然に育ったのは事実だけど、それだけじゃないよ。付き合ってるんだ。エレンはああいう性格だから、人前で付き合ってるって言えないだけで、ミカサ見てたら判るよね?」

 ミカサのエレンに対する執着振りは傍目で見ていても凄まじい。少女は納得したのか、眼に涙を浮かべながら頭を下げて走り去っていった。
 ふう、と溜息をアルミンが吐くと後ろから声がかけられた。

「お前、結構、何でもない顔で嘘がつけたんだな」

 振り返れば、見知った顔の同期がこちらを見ていた。

「ミカサとエレンが付き合ってるなんて大嘘だろ。趣味が悪いな」
「ジャンこそ、盗み聞きなんて趣味が悪いと思うけど」

 アルミンが苦笑いを浮かべながら言うと、ジャンはバツが悪そうに顔を背けた。

「別にわざとじゃねぇよ。人がここで休憩してたら、お前らが勝手に話し出しただけだ」

 わざと聞いてたとは思ってないけどね、とアルミンが肩を竦めると、ジャンはそれにしてもさっきの女、と呟いた。

「何でわざわざ周りに確認するんだ? エレンに直接言やいいじゃねぇか」
「もう二人に断られてるからね。慎重になってるんじゃないかな」

 アルミンの言葉にジャンはぽかんとした顔になり、その表情がおかしくてアルミンは噴き出したくなったが、何とか堪えた。

「最初はライナー、次はベルトルト、両方とも断られたからその次はエレン。で、脈なしって思ったみたいだから、多分次はジャンだと思うよ」

 訓練兵卒業まで後半年を切ったこの時期、こういった告白は増える。最初の一年はとにかく生活と訓練に慣れるのに忙しくて余計なことなど考える暇がない。二年目に入ってようやく慣れて余裕が出て、三年目に将来のことを考え始める。ここを卒業すれば所属兵団が同じでない限り、まず会うことはなくなるだろう。その前に玉砕覚悟で告白し、上手くいけば一緒の兵団に入団して付き合っていける。同じ班に配属されなければ会える時間は少なくなるだろうが、それでも違う兵団に分かれてしまうよりはまだマシだ。逆を言えば振られてしまっても、違う兵団に入ってしまえば顔を合わすことがないので気まずさも感じずに済む。
 先程の少女もそんな純粋な――本当の恋心を向けてきてくれたならアルミンは嘘など吐かなかっただろう。結局はエレンに断られるのだとしても、きちんと告白出来るように計らったかもしれない。だが、彼女が欲しかったのは成績優秀者の恋人――つまりは、将来が約束された憲兵団の恋人、だ。涙まで自由に出せるその技術と、どんなときでも男性の前では演技を忘れない根性はある意味賞賛に値するが。

「……何で、お前がそんなこと知ってるんだよ、アルミン」
「女の子の噂話って怖いんだよ、ジャン」

 アルミンは余り男を感じさせないし、聞き上手なので、女子達はアルミンの前でも遠慮なく噂話をする。誰と誰が付き合ってるとか、告白したとか、教官の誰それとあの子はあやしいとか、様々なことをだ。勿論、大半は単なる噂の根も葉もないものばかりだが、中には本当の情報が隠れていたりする。アルミンはその人の言動や態度、状況や矛盾、それらの情報を判断して何が真実なのかおおよそのことは当てられるようになっていた。
 ふう、とジャンは溜息を吐いた。

「何か、お前らってさ……何ていうか、本当に三角みてぇだな」
「三角?」
「お前がそうやって色々気ぃ回してんのってミカサと死に急ぎ野郎のためだろう? 三人で支え合うって言えば聞こえはいいかもしれねぇが、三人だけの世界ってちょっとどうかと思うぜ」

 ジャンの言葉にアルミンは僕はただ二人に幸せになって欲しいだけだよ、と苦笑した。

「……ま、いいけどよ、じゃあな」

 背を向けながら、手を振るジャンにアルミンは素直じゃないなあ、と思う。ジャンは確かにわざと盗み聞きしたわけではないだろう――だが、聞かずに立ち去ることは出来たはずなのだ。それなのに、彼は全部話を聞いて、なおかつ自分に声までかけたのだ――話が気になったからに違いない。

(ミカサはただの憧れで、エレンは―――)

 おそらく、ジャンは自分の気持ちに気付いていない。気付いたところで認めないと思うし、認めるには時間がかかるだろう――それなら、いい。


 アルミンも兵舎に戻ろうと歩き出したところで向こうから駆けてくるミカサと出くわした。ミカサはどこか心配そうにこちらを見つめている。

「ミカサ、どうしたの?」
「さっき、同じ訓練兵の……名前は知らないけど、女の子に凄い目で睨まれた。確か、エレンのことを色々聞いてきた子だったから、アルミンが何か嫌な思いをしてないかと思って」

 おそらくは先程の少女と出くわしたのだろう。エレンのことを聞いてきたのは覚えているくせに少女の名前は覚えていないのがミカサらしい。アルミンはミカサに心配させないように明るく笑った。

「エレンのことはちょっと訊かれたけど、別に大した話はしなかったし、嫌な思いなんてしなかったよ」

 アルミンの言葉にミカサはホッとしたように息を吐いて、それから改めてアルミンに向き直った。

「ねえ、アルミン。私はただ、エレンと一緒にいたいだけなの」
「……うん」
「それで、アルミンも一緒にいてくれたら嬉しい」
「……うん、僕もエレンとミカサとこれからも一緒にいられたら嬉しいよ」

 三人でずっと一緒に――それはきっと無理な話かもしれないけれど。

(いっそ、本当にミカサとエレンが付き合っていたら良かったのに)

 だが、エレンにミカサに対する恋愛感情はないだろう。ミカサもエレンに対する執着はまた恋愛感情とは違う気がする――それは自分も同じなのだけど。エレンやミカサに対して、アルミンは性的な欲望を覚えたことがない。それは特定の誰かに対してもであるが、この先も性的な欲求を二人に感じることはないと思う。恋愛感情ではない、だが、ただの友情というには大きすぎてそんな言葉ではくくれない。

(ジャンに訂正しなかったな、三角じゃなくて円だって)

 エレンを中心に回っている。自分達の関係はそれだろう。無論、エレンが自分達を大事にしていないわけではない。おそらく、円周の中で自分達が一番近い場所にいるだろう。そして、それを他人に譲る気はない。
 一番の家族。
 一番の親友。
 それを許されたのは自分達だけだ。
 この先、エレンが調査兵団を選び、たくさんの人と出会って、円周が大きく広がっていっても、それは変わらない。自分達はただ―――。
 一番近くにいて円の中心にいる人を守る、それだけだ。




≪完≫




2013.8.19up




 何となく思いついて一気に書いた作品。アルミンが黒いような……(汗)。この後の兵長との攻防も書こうと思いましたが、まとまりが悪くなるのでやめました。




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