ショコラアイス




 ストロベリー、チョコレート、チョコミント、抹茶、コーヒー、小豆等々、アイスクリームと呼ばれる乳製品には色々なフレーバーがあるが、この日、エレンが幼馴染みの家に持参したのは一番スタンダードなバニラアイスだった。

「エレンの手作りアイスクリーム、久し振り〜! やっぱり、これ食べると、他のものが食べられなくなるよね」
「作るのは割と簡単なんだけどな。材料混ぜて冷やして固めるだけだし。ただ、冷やす時間がかかるから、当日に持って来いって言われたら困るけど」

 それは生地を寝かせる菓子や料理にも言えることなのだが、冷やし固めるのに四時間程はかかるので、すぐに食べたいのなら市販のものを買う方が手軽かもしれない。

「残りはせめて一週間以内には食べ切れよ。どうしても味が落ちるから」

 市販のアイスクリームは賞味期限が記載されていないものが殆どだ。冷凍保存のため微生物が繁殖することはないし、成分的に品質劣化は極めて少ないとされているからだ。だが、冷凍庫の開け閉めなどの温度変化の影響はあるだろうし、匂いの移りや特に開封後は保存状況などで風味の劣化は避けられないだろう。やはり、作ったからには美味しいうちに食べてもらいたい。そのためにバニラというスタンダードにしたのだ。飽きたらジャムやチョコソースをかけてもいいし、黒蜜ときな粉で和風にしたり、コーヒーをかけるアフォガードなど色々とアレンジが利く。

「エレンの手作りなら家族みんなが食べたがるから一日でなくなると思うけど。というか、久し振りに会ったのに、食べ方の注意が先とか……」
「それをいうなら、久し振りに会うのに、真っ先に『エレンの手作りアイスが食べたい。作って持ってきて』と言ってきたお前もお前だと思うんだけど」

 エレンの言葉に、だって、食べたかったから、と幼馴染みは悪びれずに笑った。

「エレンの手作りおやつを食べるのが日課だったのに、夏休みに入ったら全然食べられなくなっちゃったんだよ? 久し振りのリクエストだったんだから」
「アイスなら食べに来いよ。お前の家が近所だから持ってこられたけど、アイスは一度溶けたらまた固めても風味が落ちるだろ」
「え? ポイントそこなの? どこまでも味が落ちる方? ……まあ、食べられなくなったのは、夏期講習に行くの決めてより会えなくした自分のせいでもあるけど」
「そういや、夏期講習はどうなんだ?」
「うん、授業は判りやすいし、僕に合ってると思う。だから、このまま通うことに決めたよ」
「そっか。良かったな」

 幼馴染みの少年は大学への進学を希望しているので、この夏から本格的に対策をしていくらしい。アルミンは成績がいいし、独学でもやっていけそうだが、受験対策には進学塾に通った方が情報が入ってくるため便利なので通うことに決めたそうだ。

「あ、それでね、ライナー達がやっぱり、今年の夏休み中に皆で一回どっか遊びに行こうって言ってるんだけど。来年の夏は集まれないだろうから、今年やっておきたいって。夏休みももう後少しだけど」

 幼馴染みが告げた皆で集まろうと予定している日は、エレンはアルバイトに入ってなかったため快く了承した。夏休みに入ってからはそれぞれが忙しくて皆で集まるのは出来なかったし、久し振りに遊ぶのも楽しいだろう。

「でね、行先なんだけど、ジャンがどうしても海に行きたいって言ってるんだよね」
「海に? それはいいけど……お盆過ぎたらクラゲが出てくるから、海水浴するなら気を付けねぇとな」

 海へ泳ぎに行くのなら八月の初めまでが無難だと思う。まあ、その年の気候にもよるし、行く場所によっても異なるが、高校生の自分達がそう遠出は出来ない。

「というか、海の家ってその頃まだやってるのか? 八月下旬ってそろそろ終わる頃だろ」
「そこは調べたから問題ないみたいだよ。というか、ジャンは泳ぎに行く目的じゃなくて、女の子と知り合いになりたいんだと思う。ひと夏の想い出的なものを期待しているんじゃないかな」
「ナンパ目的なら行かねぇけど、オレ」
「大丈夫だよ、ジャンのナンパなら成功しないだろうし」
「……お前、さらっとキツイこと言ってんぞ。まあ、オレも成功しねぇと思うけど」

 まあ、ともかく、夏のいい想い出になるんじゃない、とアルミンは笑った。

「あ、でも、エレンはちゃんとあの人に許可取ってきてね。絶対に嫌がるだろうから」

 幼馴染みの示す『あの人』といえば、自分の恋人のことだろう。幼馴染みと恋人は犬猿の仲で、対面する度に真冬の猛吹雪の中にいるような冷たい空気を周囲に撒き散らしているのだが、どこが気に入らないのかエレンには判らない。誰にでも気の合わない相手というのはいるし、二人を仲良くさせるのはもう諦めているが――というか、仲良く談笑する二人を見たらこの世界が滅亡する前触れかと感じるだろう。

「リヴァイさんは、別にオレが友達と出かけることに反対したことはねぇけど?」
「ああ、そうじゃなくて、行先が海なのを嫌がるってこと。色々危険だと思っているだろうし」
「イヤ、オレ、泳げるし、遊泳禁止区域とか入る気ねぇし」
「イヤ、そういうことじゃないからね? そっちは全然僕も心配してないし、まあ、あの人の心配の半分くらいは今回は判るかな。混雑した海水浴場では盗撮犯や、痴漢や、更衣室の覗きとか色々と犯罪が起きたりするし」
「オレは間違えられるような紛らわしい真似しねぇし、ジャン程悪人面じゃねぇから大丈夫だ。あ、貴重品の管理はしっかりしなきゃダメだな」
「あ、うん、それがエレンだよね。判ってたよ、うん。まあ、今回は団体行動だし、僕もついてるし、大丈夫だと思うけど、言わないと面倒臭いことになると思うから、とにかく、ちゃんと許可取ってね?」

 幼馴染みに笑顔で念押しされて、エレンはよく判らないながらも頷いた。



「却下だ!」

 恋人のマンションのソファーで二人でくつろいでいた時、友人達と海に遊びに行くこになったと告げると、コンマ数秒という速さでそう返され、エレンは困惑した表情を浮かべた。メンバーには女子はいないし、危険な場所に行くわけでもない。女子に声をかけて連絡先を交換し合うなどということを自分が期待していると思われている、ということもないだろう。

「えーと、何でですか?」
「不特定多数の人間にお前の裸を見られてたまるか!」
「…………」

 いや、水着と裸は違うだろう、とか、そういえば温泉に行ったときも大浴場は禁止されたっけ、とかそんな考えが頭の中を巡ったが、一番の感想といえば。

「あの、リヴァイさん、それ今更です」

 恋人が怪訝な顔をしたので、エレンはオレ、高校生なんですよ?と続けた。

「普通に体育の時間があります。水泳の授業がない学校は殆どないと思いますけど。小学校、中学校、高校と、水着姿なんて人に見られまくってます。今年に入ってから何回水泳の授業があったと思います?」

 この国の北の大地なら気候的にプールのない学校もあるという話を聞いたことがあるが、エレンの住む地域では水泳の授業はあるのが普通だ。室内プールのある学校は少ないだろうが、屋外プールは大抵はあると思う。毎年泳いできた訳で、水着姿を人に見せるな、と言われても今更感が否めない。
 見ると、恋人は授業は盲点だった、考えればすぐ判ることだったのに、とどんよりとしたオーラを放っている。

「なので、海には行きたいです。来年の夏休みは皆受験対策とかで遊べるか判らないですし」
「だが、海は危険だ、エレン」

 恋人はそう真面目な顔でエレンに警告した。幼馴染みの予想通りの展開になった訳だが、何が危険だというのだろうか。

「オレ、泳げますし、事故とか盗難とかには気を付けますよ?」
「イヤ、そうじゃねぇ。夏の海には絶対変な奴がいるだろう!」
「それ、どんな偏見なんですか。大丈夫です、団体行動ですし」

 それでも、とごねる男にエレンはアルミンにごねられたらこうしろ、と言われたことを思い出し、実行してみることにした。

(えーと、確かこう首を傾げて、上目遣いで…って、ソファーじゃダメか)

 エレンはソファーから立ち上がり、リヴァイの前に移動して座り込むと、こてん、と首を傾げ、膝の上に頭をのせるようにしてリヴァイを見上げた。

「……どうしても、ダメですか?」
「…………」
「リヴァイさん?」
「……お前、それ、絶対にあのクソガキに言われただろう。やはり、一度しめるしかねぇか……」
「イヤ、物騒なこと言わないでください」

 ――結局、可愛い恋人のお願いを男がきかない訳がなく、エレンの海水浴行きは決まったのだった。



 八月下旬――まだまだ暑いこの季節、晴天にも恵まれ、最後の夏休みを満喫しようと思った人が多かったのか、シーズン終わりにしては海水浴場は結構な人出だった。

「いやぁ、絶好の海水浴日和になったね、モブリット」
「室長、その格好は何なんですか?」

 モブリットと呼ばれた男性が自分の上司である女性――ハンジの姿を見て頭を押さえた。サングラスにマスクに帽子装着と、どこからどう見ても不審者である。

「だって、顔見られたらエレンに私だってバレるじゃないか。あ、帽子は夏仕様だし、サングラスもちゃんと度つきだから大丈夫だよ!」
「全く、かけらも大丈夫じゃないんですが。せめてマスクは外してください。それに、何で長袖着てるんですか!」
「だって、日焼けしたくないし。私、焼けるとヒリヒリするタイプなんだよね。UV対策は勿論したけど、長袖が一番だろ。大丈夫! 長袖でも平気なようにちゃんと熱中症対策もしてあるから。見た目よりも暑くないんだよ!」
「そういう問題じゃありませんよ! イヤ、熱中症対策は大事ですけど。その格好は悪目立ちするでしょう。海水浴場で長袖着込むなら、来るなって思われますよ」
「だって、スイーツのためなんだから、仕方ないじゃないか!」

 きっぱりと言い切られ、ああ、上司はこういう女性だったとモブリットは深い溜息を吐いた。同じ部署の直属の上司である彼女は仕事は有能でそこは間違いなく信頼出来るのだが、自他ともに認めるスイーツ好きで、そのために以前にも厄介なことに巻き込まれた経験がある。大元を辿っていけば、自分の勤務する会社の副社長のせいなのではあるが。優良企業なのに自分の会社の上層部には変人しかいないのだろうかと悩むモブリットである――偉人と言われる人間には変わった人間が多いというし、それも優秀な証なのかもしれないが。

「通販半年待ちのお取り寄せスイーツなんだよ? リヴァイのツテで送ってもらえるんだよ? 後、ホテルのスイーツブッフェを三回約束してもらえたからね! これはもうやるしかない任務なんだよ!」
「室長の情熱は判りましたが、何で自分まで引っ張り出されたんでしょうか」
「イヤ、だって、私じゃエレンに近付けないからさ。それに、双眼鏡だけじゃ見失いそうだし」
「イヤ、それ、絶対に不審者に間違われますからね!」
「後、どうもリヴァイは写真欲しいみたいなんだよね。デジカメ持ってきたけど、望遠で撮れると思う?」
「イヤ、それ盗撮ですよね? 人間性を捨てちゃダメです、室長!」
「嫌だなぁ、モブリット。エレンを見失わないように、自宅からここまでこっそり気付かれないように尾行してきた人間が言うことじゃないよ?」
「出来るなら気付かれたかったです!」

 ハンジの尾行が下手なのは以前にやったので発覚している。だが、混雑した海水浴場で少年を待ち伏せしていても見つけられるとは到底思えない。自宅から張り付いてその所在を把握していなければならないだろう。なら、尾行の出来る人間にやってもらって途中で合流すればいい、と思い付いたのだ。エレンがどこの海水浴場に何時頃行くのかは事前に判っていたから、自宅からの目的地へのルートも簡単に予想出来た。

「やってること、ストーカーと変わらないと思いますが」
「そこは刑事の張り込みとかにしようよ! あるいは探偵とか。そもそも、これ頼んだのリヴァイだし」

 年下の可愛い恋人に対しては過保護というか心配性を存分に発揮する男は、海水浴場に行ったら変な男に狙われるかもしれないので、こっそり陰から見張ってくれ、とスイーツを報酬にハンジを釣ったのだった。恋人の性別間違えてないか、と突っ込みたくはなったが、ストーカーに狙われたことのある彼がまた変態に目をつけられる可能性がないとは言い切れない。性犯罪は夏場に増える傾向にあるというし、心配は判らなくもないのだが、男の恋人のガードを女の自分に頼むというのはいかがなものかとは思う。まあ、今回は尾行のことも考えて部下も連れてきた訳だが。

「……副社長、別れたらストーカーになりそうですよね」
「縁起でもないことは言わないの! エレンがパティシエになったら、私はその店の常連になる予定なんだから! ここで別れてもらったら困るんだよ! ……というか、リヴァイは死んでも別れないと思うし、エレンも別れないと思うよ? リヴァイが色々と残念なことになっていてもそれでもエレンは好きなんだし、相思相愛で幸せじゃないか、うん」
「色々と巻き込まれる周りはどうなんでしょうか……」
「総てはスイーツが幸せにしてくれるよ」
「…………」

 思わず遠い目になるモブリットに構わず、ハンジはこっそりとエレンを観察している。余り近付くと相手に気付かれるのではないだろうか――というより、それより先にライフセーバーに不審者として報告されないだろうか。モブリットとしては少年より上司の行動から目を離せない。

「あ、エレンがナンパされてる!」

 ハンジの声にモブリットが視線を向けると、少年が男性に声をかけられていた。

「……相手、男じゃないですか」
「いやいやいや、あいつ絶対、エレンを狙ってるって。『駐車場が判らなくなっちゃったから案内してくれない?』とか言って案内させて、隙をみて車に連れ込んだりするかも!」
「それ、どんな妄想ですか!」
「イヤ、ハンジさんの予想が当たってると思います」

 不意に背後から声がして、二人が振り返ると、そこには今ナンパされている――ハンジの予想だが――少年の幼馴染みが立っていた。

「やっぱり、あの人が黙ったままな訳がないですよねー。ハンジさんが見当たらなかったから、ついにプロに頼んだかと思ったんですけど。つけられてる感じはしたのに、気配がなくて特定は難しかったから、ハンジさんと合流しなかったら気付かなかったと思います。僕が言うのもなんですけど、ハンジさん、見つかりたくなかったのならその格好もうちょっとどうにかした方が良かったんじゃ……」
「イヤ、だって日焼けしたくないし。というか、エレンは?」
「友達が行ったので大丈夫です」

 見ると、エレンの友人らしい体格の良い少年が丁度駆け寄っていくところだった。連れがいたのに気付いた男は慌てて引き下がっていく。
 アルミンはふう、と溜息を吐いた。

「エレン、今の絶対にちょっと絡まれただけだと思ってますよ。……昔から何故か男にもてるのに、本人だけ気付かないとか、どんな漫画の設定なのか、と思います」
「きっと、そういう星の下に生まれついたんだよ……エレンは」
「それ、どんな星の下なんですか、室長」

 頭を押さえるモブリットに、アルミンはぺこり、と頭を下げた。

「えーと、ちゃんと話すのは初めてでしたよね? あの時はお世話になりました」
「イヤ、頼まれただけで大したことはしていないし」

 アルミンが言うあの時とは――エレンがストーカーに狙われた時のことになる。あの時はリヴァイが相当色々手を回したのだが、それにハンジも協力していた。更にモブリットも協力させられることとなった。エレンは知らないが、リヴァイがあのストーカーを捕まえて引き摺っていった先に待機していた一人がモブリットである。ちなみに彼はエレンが手作りしたお礼のショコラプリンは食べていない――甘いものが苦手という訳ではなかったが、食べると何か色々面倒なことになる気がするという危機管理センサーが働いたためである。

「――まあ、それはそれ、これはこれですので。ハンジさん、というわけで帰ってください」
「ああ、やっぱり、そうなるか! まあ、バレたなら帰るしかないんだけどさ。リヴァイへの報告どうすりゃいいんだ」
「そっちはエレンがフォローすると思うので、大丈夫だと思いますよ?」
「え?」
「エレンにもバレてます。まあ、今までの経験上、凄い怪しい格好の人がこっち何か見てる?から、あれハンジさんじゃねぇか?になるのに時間かからなかったので」

 アルミンの言葉にハンジは頭を抱えた。

「うわぁ、それ物凄くまずい事態なんだけど! エレンに何かあったらリヴァイは面倒臭くなるんだよ! ただでさえ、エレン関係では面倒臭い男になってるのに!」

 勿論、リヴァイは仕事に私情を持ち込む男ではないので、仕事関係はきっちりやるだろうことは間違いない。だが、リヴァイのオーラに恐れをなして近付けなくなる社員は少なからず出るだろう。

「それは大丈夫だと思います。エレン、何か怒っていないみたいなんですよね」
「え? それはそれでまずくない? 愛想つかしたとか? 呆れて怒る気もなくなったとか、そっち系?」
「そう簡単に愛想つかすくらいならもうとっくに別れてると思いますよ?」

 慌てるハンジに、アルミンは苦笑して肩を竦めた。

「何であんな厄介な人に捕まっちゃったかなぁ、と今でも思いますけど、エレンが好きなんだから仕方ないですよね。とにかく、エレンのガードはばっちりですし、本当に大丈夫ですから。写真はエレンが見せるでしょうし、僕も撮った画像は送ります。あ、友達に妬くのはなしにしてくださいと伝えてください。一緒に水着写真撮っただけで妬かれたら困りますから」

 じゃあ、これで、と会釈して去っていく少年を見送って、ハンジは仕方なく帰ることにした。

「これって、リヴァイに報酬もらえるかなぁ? 半分くらいはいけるか……」
「室長、スイーツと人間性のどちらを優先するべきか、もう一度よく考えてください」

 いっそ、転職を考えた方がいいのではないか、とモブリットは溜息を吐いた。



 いったい、これはどういう事態なのか、とリヴァイは悩んでいた。

(絶対に怒ると思っていたんだが……)

 先日、恋人である年下の少年が友人達と海へと出かけた。可愛い可愛い恋人が人前で水着姿を晒したら変な男に狙われるかもしれない、と考えた男はスイーツ大好きの同期を餌で釣って変態を近寄らせないように陰から見守ることを頼んだのだが、あっさりとバレたらしい。
 当然、恋人は怒ると思っていた――が、特に怒った様子はなく、毎度餌で釣っている同期のことを心配してやんわりと注意されたくらいだった。更に本日は食べたいもののリクエストを訊かれたので、アイスクリームと答えたらキッチンで作ってくれた。時間はかかるが、持っていく間に溶けたら困るからリヴァイの家で作ることは絶対条件らしい。
 夏場にアイスクリームは定番だが――まあ、通年食べるデザートではあるが――どうしてそれを選んだかといえば、リヴァイとはこの先も絶対に気が合うことはないだろう、恋人の幼馴染みがこの前画像を送ってきたからだ。『エレンの手作りアイスクリームを家族みんなで食べました。とーっても美味しかったです』という言葉とともに送られてきたアイスクリームの画像を見てからというもの、恋人にそのうちお願いして作ってもらおうと決めていたのだ。大人気ないと言われてもそこは恋人として譲れない。

「後は固まるまで待つだけです。バニラの方がアレンジが利くと思ったんですけど、ショコラアイスにしました」
「……エレン、怒ってねぇのか?」

 リヴァイの言葉に、エレンは怒ってないって言いましたよ、と苦笑した。

「前にも言いましたけど、過保護すぎるのは困りますし、恋人ならやっぱり対等でありたいというか、もうちょっと頼りにして欲しいとは思いますけど。今回のことはちょっと考えることがあったというか……」

 言いつつ、エレンはソファーにいたリヴァイの隣に座り、その身体を引き寄せて、ぽすん、と膝の上に頭をのせた。いわゆる膝枕である。突然の行動に男は固まるしかない。

「……これは何のご褒美だ」
「えっと、リヴァイさん好きかと思って」
「滅茶苦茶大好物だが」

 さらさらとした恋人の髪をエレンが撫ぜると、男は心地好さそうに目を細めた。

「オレ、前に話せる範囲では話せることは話して欲しいとか言ったくせに、結局、自分のときは心配かけたくないとか思って話せずに助けてもらったんですよね。それで、リヴァイさんに心配かけたし、過保護が加速したのそれからだし、今更ですけど反省する点が色々とあるなぁと思って。イヤ、あのときもちゃんと反省しましたし、過保護すぎるのはやめて欲しいんですけど」
「……善処する」

 そうしてください、とエレンは笑った。

「それに、二人で夏を過ごすのは初めてだったのに、オレ、バイト優先しちゃいましたし。一緒に出掛けたの花火大会くらいだし、よく考えたら海も一緒に行ったことないのに、友達と一緒に行っちゃったし」

 そもそも、リヴァイは海に出かけるのを許さなかっただろうとか、この男なら行くならプライベートビーチにするんじゃないだろうかとか、エレンと行くなら綺麗な海がいいといって海外に行こうとするんじゃないかとか、等々突っ込むものはここにはいなかった。少年の幼馴染みがこの場にいたらサクッと指摘していただろう。

「なので、最近、ちょっと会話というか、触れあいというか、色々と少なかったかなーと思いまして。リヴァイさん、エレン成分が足りないって言うじゃないですか。それで、本日はリヴァイさんが好きなことをしようと思ったんです。……オレもリヴァイさん成分が足りてないですし」
「…………」

 天使だ、天使がここにいる、と男は心の中で叫んだが、実際に口にしたらドン引きされそうなので心の中だけで悶えることにする。

「リヴァイさん?」
「……アイスが出来たら食べさせっこをしたい」
「いいですよ」
「お前につけて舐め――」
「食べ物で遊んだら怒りますからね?」

 言い切る前に幼馴染み直伝の笑顔で告げられ、リヴァイは残念に思いながらも頷いた。食べ物で遊んだり粗末にすること、飲食業や調理に携わる人を軽んじたり馬鹿にすること――これは少年の地雷である。可愛い恋人の逆鱗に触れてお触り禁止令を食らうことは絶対に避けたい。

「それから、一緒に風呂に入りたい」
「…………」
「入りたい」
「……変なことしませんか?」
「いちゃいちゃするだけだ」
「…………」

 夏場に風呂か、と思われるかもしれないが、二人で一緒に入る風呂は別だ。当然、二人で風呂に入ったことはある。そもそも、一番最初のときに事後のエレンの身体を隅々まで洗っただけでは終わらず、風呂場でも最後までしてしまった。少年はそれが泣く程の羞恥だったらしい――まあ、別の意味で滅茶苦茶泣かせた訳だが。
 それを思い出すのか、恋人は一緒に風呂に入ることを非常に恥ずかしがる。幾度となく身体を繋げているというのに、一緒に風呂に入るのは恥ずかしいらしい。少年曰く、そういうことをするのと、風呂場で身体を洗われるのは別の恥ずかしさがあるのだそうだ。公衆浴場などの場合は他に人がいるので何も出来ないし、意識はしないのだろうが――勿論、そういう場所で入浴する気はリヴァイにはない。恥ずかしがっている姿はそれで可愛らしいし、長湯はのぼせるので、本当にいちゃいちゃするだけいいのだが。

「エレン」

 甘い声でねだると、エレンは真っ赤になりながらも頷いて了承を示した。

「あの、でも、その……」

 言いにくいことなのか、少年は真っ赤な顔のまま小さな声で男に告げた。

「中は、ダメです。あ、洗うなら、自分でやります、から……」
「…………」

 ――その後、飛び起きた男にあっという間に風呂の準備をされ、いちゃいちゃを堪能された後、ベッドの上で散々啼かされた少年は手作りアイスを男に食べさせる余力はなく、男が自分と少年の口へ交互に運ぶこととなった。それに男が大満足だったのは言うまでもない。






《完》


2017.5.30up


 二人の夏休み編、その二です。時系列的にオレンジショコラの直後くらいの話です。リヴァイの「エレンの裸を見せられるか」とか書いてるときに、「いや、もう水泳の授業でとっくに見られてるよね」とかツッコミたくなったので、海水浴話を書いてみました。ちなみにお風呂もアルミンとか他の人に先を越されてます(笑)。モブリット出しましたが、今後は多分出てこないかと。このシリーズは二人よりも周りが大変ですが、リヴァイ副社長にしちゃったので頑張ってくださいとしか……。



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