倹約



 人間、身に沁みついてしまった習性というか、習慣というか、嗜好というか、そういったものはすぐに変えられる訳がないと思う。例えば、下町で食堂を経営している人間をいきなり国王にして、国を統治しろ、といったところで出来るはずがない。能力的な問題が一番ではあるが、生まれながらに王となるべく育てられたものと、下町で育ったものでは習慣やしきたりが全く異なるというのが大きいからだ。だから、予期せぬ大雨のために見つけた避難先の洞窟で、うっかり出逢って共に旅することになったこの吸血鬼とは生活習慣が合わなくて当たり前なのだ。特に人間と吸血鬼ならば元々の生態がまるで違うのだろうし、一緒に行動することで男の何を見てしまっても驚かないだろうと思っていた。……いたのだが。

「なあ、あんた、吸血鬼なんだよな?」
「ああ、そうだ」
「人間と同じ食事する必要はねぇはずだよな?」
「まあ、そうだな」

 男は普段、人に紛れ、人からの生命力を奪うことで『食事』をし、生きているのだと言っていた。味覚はあって人と同じ食事は出来るが、それは偽装に過ぎず、特に必要とするものではないのだと。

「じゃあ、何で食ってるんだよ?」
「周りに全く食事をしない人間だと思われたら吸血鬼だと疑われるかもしれないだろうが。お前、自分の周りに食事をしている形跡が全くない人間がいたら不審に思わないか?」

 それは確かにそうなので少年は頷いた。もしも、自分の近所に食料を入手した形跡が全くなく、どこかに食べに行っている様子も見受けられない人間がいたなら、おかしいとは思うだろう。それですぐに吸血鬼に結び付くとは思わないが、一度怪しいと思えば総てが怪しく見えてしまうものだ。その中から真実に辿り着くものがいるかもしれない。用心するに越したことはないだろう、というその主張は理解出来る。

「それは判った。じゃあ、何でこんな食事になってるんだよ!」
「肉は嫌いだったか? お前くらいの頃には好き嫌いなく何でも食べないと大きくなれないぞ?」
「イヤ、肉なんて滅多に食えないからむしろ嬉しいし、好き嫌いなんて言ってたら飢え死にするから何でも食えるけど。というか、ろくにメシなんて食えなかったから、山とか入って木の実食ったりとか色々――じゃなくて、何でこんなに豪勢な食事なのかって聞いてるんだよ!」

 男と行動を共にすることに決めたエレンはまずは宿の確保だ――と手ごろな宿を探しに歩いたら、男はこの街で一番豪華な宿にさっさと決めてしまったのだ。その辺の安宿で泊まればいいと思っていたエレンは慌てたが、男はあっさりと前金で宿泊料を払うと、エレンを風呂に強引に入れてたまっていた汚れを落とした――風呂に入れたのは有り難かったが、出てきたエレンに渡されたのは上質そうな衣服で、袖を通すのを散々躊躇っていたら、痺れをきらした男に無理矢理着替えさせられてしまった。そうして、止めが高級そうな部屋に運び込まれてきた料理の数々である。てっきり、食堂か何かに出向いて食べるのかと思っていたら、男はわざわざ部屋まで料理を運ばせたのだ。並ばせて人払いしたから二人の話を聞いているものはいない。例え、聞いてしまったとしても、これ程上級の宿の従業員なら口外することはまずないだろう。

「そんなものは、俺が食べたいからに決まっているだろう」
「は?」
「一応、味覚はあるんでな、不味いものよりも旨いものの方がいいに決まっている」
「イヤ、そりゃそうかもしれないけど、こんなに豪華である必要はねぇだろ。勿体ないじゃねぇか」

 リヴァイは心底判らないといった顔で、丁度いい焼き加減で調理された最高級の肉を優雅に口に運んで咀嚼した。

「何で、自分の金で自分の好きなものを注文して苦情を言われるのかが判らんのだが?」
「…………」

 確かにその通りなので、エレンは黙るしかない。男は金を持っていないのかと思っていたら、棺桶に結構な額の財産を入れていて、洞窟を出る際に持ち出していた。これを元手に商売をして増やしてみるのも面白いかもな、と男は自信ありげに笑っていた――どうやら、彼には商才があり、人を動かすのにも長けているらしい。何もしなくてもしばらくは余裕で暮らせるようで、この料理も宿泊費も全部男が出したものだ。それに文句を付ける権利はエレンにはない。

「じゃあ、オレの分だけは質素にしてくれよ」
「それじゃあ、俺がお前を虐待している嫌な奴に見えるだろうが。子供の前で自分だけ旨いものを食っている大人がいたらお前はどう思う?」

 人の噂というものはかなりの速度で広がっていくものだ。もしも、男が何か商売や取引をするとなれば――年を取らないという男には同じ場所ではそう長い間は出来ないだろうけれど――そんな評判をつけられればやりにくくなる。男の言うことは一々もっともなことなのだが。

「だったら、こんな部屋に運ばせるようなのじゃなくて、食堂とか、そういう場所にしたらどうだ?」

 高級な宿や店などに入ったことがないから判らないが、個室に用意させるというのは手間がかかるので余計な金がかかりそうな気がする。食堂で多くの客がいる場所で食べた方がまだ安いのではないのか、とエレンは考えたのだが、男は首を横に振った。

「お前の食べ方だと店に嫌がられるから、俺が教えてもう少し上品に食べられるようになるまでは店に出かけても個室を使う。まず、持ち方がおかしい」

 男にそう指摘されたが、孤児で虐げられて育ってきた自分に高級料理を食べる際の作法などが判るはずがないと思う。男の所作は優雅で品のあるものだが、それと同等のものを身に付ける自信ははっきり言ってない。――というより、面倒臭そうなのでやりたくない、というのが本音だ。

「こんな高級料理食ったことねぇんだから、それは仕方ねぇだろ。というか、メシぐらい好きに食いたい! ダメならもう別々に食おうぜ!」
「何を言う。一緒にいることを了承したのはお前だ。なら、当然食事も一緒だ。――ひとりの食事は味気ないだろう」

 そう言われ、確かに家族の団欒という食事風景とは無縁だったエレンはひとりの食事は味気ないかもしれない、と思った。厄介者のようにして過ごした自分は食事を親戚と一緒に食べるということがなかった。一人でただ黙々と死なないために食べられるものを必死に口に入れる――エレンにとっては食事はそういうものだった。質素な食事でも誰かと一緒なら楽しいのかな、と思ったことはある。そもそも、男についていくと決めたのはエレンで、更に待遇が悪い訳ではなく、懐を全く痛めていない自分が食事が豪華すぎると注文を付けるのも確かにどうかと思う。
 丸め込まれたような気がしないでもないが、反論が見つからず頷いたエレンに、男は満足そうに笑った。

「大体、今のお前は肉付きが悪い。もう少し肉がないと喰う気は起こらんな」
「ああ、吸血鬼の『食事』のことか。……死なねぇんならオレのやるぞ?」
「一応、長く生きてるんでな、気付かれずに抜くことは得意だからお前からもらわなくても大丈夫だが、栄養が行き渡ったら一度くらいは『喰わせて』もらうのもいいかもな」
「うん、じゃあ、それまでにたくさん食っておくな」
「……そうだな、ちょっと育ってみたら、考えてみるのもいいかもしれんな」
「何を?」
「イヤ――別の方面で『喰う』ことに興味が湧いた。お前はクソ面白いから一緒に行動することにしたんだが――育ったらいい感じに俺好みになりそうな気がする。今でも面白いんだから、そうなったら骨抜きにされるかもな」
「骨抜き? イヤ、この肉骨ついてねぇだろ?」

 怪訝そうに言う少年は男はくつくつと笑った。

「取りあえず、お前が育つのが楽しみだ。色々な意味で」
「ああ、あんたよりでかくなってやる!」

 少年が色々な意味で男に『喰われる』のはこれから数年後のこと―――。



(……何か、昔にも同じようなことがあった気がする。ああ、絶対にあった)

 目の前に並べられたのは繊細に盛られた美しい料理の数々。器や彩に気を使い、料理人の細やかな心遣いが感じられる品々だ。

「どうした、エレン、お前が言ったんだろう? 自国の料理が食べたいと」

 男の言葉にああ、言ったよ、確かにそう言った、和食が食いたいなぁって、確かに言ったよ、と少年は心の中でそう並べ立てた。

(ああ、確かに言ったけど、オレが言ったのはこういうんじゃないんだってば!)

 自国の料理が恋しいという話をしたら、男はじゃあ連れていってやるよ、とあっさりと言い放ち、エレンはこの高級レストランに連れてこられたのだ。要予約制の有名店の懐石料理コースは確かに素晴らしいものだ。だが、とエレンは思う。

(オレが食べたかったのは味噌汁とか、卵焼きとか、焼き魚とか、納豆とか、そういうのなんだよ!)

 無論、このレストランの料理が不味いという訳ではない。さすがに男が選んだだけあって、どの料理も見た目が美しいし、口に運べば奥深い味わいがいっぱいに広がる。丁寧に出汁をとり、素材を厳選して旨味を引き出し作り上げられた最高の料理達だ。
 だが、エレンが食べたかったのはそういうものではない――言うなれば、庶民の味。高級寿司店ではなく回転寿司、三ツ星レストランではなくファミリーレストランなのだ。無論、高級店の味は文句なしに美味しい。美味しいのだが、それを食べ続けていると、ごく庶民的な味が恋しくなるのだ。今生のエレンの家庭は裕福であったが――それが故に親戚達に遺産を狙われた訳だが――生活に関してはごく一般的なものであったと思う。たまに記念日に高いレストランに行くこともあったが、普段はごく普通の家庭料理を食べていた。母親は料理が得意な方で、両親共に和食好きであったため、エレンも和食好きに育った。朝はパンではなく白飯で、一日に一回は白米を食べないとご飯を食べた気がしないタイプなのだ。
 男と共に自国から海外に出たエレンは当然、自国のものではない料理を食べることとなり、我慢はしていたがどうしても自国の料理が恋しくなり、男にそう告げたのだ。そして、連れてこられたのがこの高級レストランという訳である。――男の高級嗜好を忘れていた自分を責めてやりたい、とエレンは思った。
 取りあえず、目の前の料理には罪はないし、美味しい。ここで食べたかったものとは違うなどとは言える訳もなく、エレンは出された料理の数々を平らげることにしたのだった。


(やっぱり、白米が食いたい。おにぎりでもいい。素朴なものが食べたい)

 しかし、エレン達が泊まっている高級ホテルにはそんなものは売っていないし、シェフに作ってくれとも言えない。男に言えば、絶対に高級レストランに連れて行かれるだろう。贅沢な悩みだと言われると思うし、実際に贅沢な悩みだと思う。だが、食べたいものは食べたいのだ。

(それに、今はまだ人間の『食事』も必要だし。無駄にはならないし)

 まだ完全体ではないエレンは今現在は吸血鬼と人間、両方の『食事』を必要とする。ようやっと人から生命エネルギーを摂取することを覚えたエレンは、吸血鬼化が進めば人間の『食事』は段々と必要がなくなるし、お腹が空くこともなくなるらしい。そうなったら人間の食事に対する欲求自体も薄れるらしい――食べるのはただの偽装となり、リヴァイのように美食に走る意味はないのだが、どうも不味い食事が彼は嫌らしい。

(こうなったら、もう自分で作るか)

 エレンはそれなりに料理は出来る。一流レストランのシェフのようには上手くないが、普通レベルになら美味しいものは出来ると思う。それならば、とエレンは自国の食材を扱っているスーパーなどを探すことにした。
 ――結論としては食材はあった。ただし、自国で買うよりはかなり高い価格にはなるが。需要と供給、輸送費など諸々を考えれば仕方のないことだろう。だが、それらを集めて買おうとしてエレンは悩んだ――これらを買うのはいいが、いったいどこで調理すればいいのだろう。ホテルの厨房を借りる――などという迷惑な行為は出来ないし、シェフにこれで料理を作れ、と頼むことも無論出来ない。高級ホテルの料理人に白米を炊いて味噌汁を作ってくれと誰が言えようか。高級ホテルの部屋の中にはキッチンがついているものがあると聞いたことがあったが、今現在エレン達が滞在している部屋にはついてはいなかった。家を借りて住むならともかく、ホテルで料理を作る必要性がなかったからだろう。リヴァイに言えばそう言った部屋を探して移るくらいはしそうだが、キッチン付きの部屋など高そうであるし、男はすでにここしばらくの連泊を決めていたからキャンセル料が発生しそうで怖い。今、滞在しているホテルの部屋の料金はもう考えるのやめているが、これ以上お金のかかることはしたくない。

(他に料理できるような場所って言うと、キャンプ場とかか?)

 それなら日帰りで利用できるかもしれないし、炊事場や色々と貸し出してくれる施設があるかもしれない。煮る焼くくらいの簡単なものしか出来ないかもしれないが、米は炊けるだろうし、魚も焼けるだろう。
 そうと決まれば場所探しを――と考えて、エレンははたと気付いた。キャンプ場へ行くならそれなりに荷物が出るだろう。ならば、移動には車が必要になる――が、当然ながらエレンは車の免許を持っていなかった。つい数ヶ月前まで高校生だった自分――しかも三月生まれである――が国際免許証など持っているはずがない。行き詰ったエレンは頭を抱えたのだった。



「……エレン、もう一度言ってくれ」

 耳にした言葉に、男は眉間を揉むようにしてそう少年に求めた。

「和食が食いたいからキャンプ場に行きたい」
「……何がどうなってそうなったのか、詳しく説明を求めたい」
「白米が食いたい、それだけなんだけど」

 エレンは自分が行き着いた考えへまでの流れを男に説明した。男はそれを聞いて怪訝そうに眉を寄せている。

「そんな面倒なことしなくても、料理人に作って持って来いって言えばいいだろうが」
「イヤ、だって、こんな高級ホテルのシェフにアジの開き焼けとか言えねぇだろ」
「アジの開きじゃなきゃいいのか?」
「まあ、アジの開きじゃなくても、鮭でもほっけでも鯖でもさんまでもいいんだけど。……って、問題は魚の種類じゃなくて、わざわざそんな手間をかけさせるのが嫌って言うか……」

 それにホテルのシェフに頼めばどうしても高級感あふれるものが出てくる気がする。それが悪い訳ではないが、庶民の味についてどう説明したらいいのだろう。

「キャンプ場に行くのは手間がかからないというのか?」

 痛いところをつかれてエレンはぐっと詰まった。確かに安いキャンプ場に行くとしても料金が発生するし、手間と言えば余計にかかるかもしれない。諦めるべきなのか、と考え始めたエレンに男はあっさりと俺が連れていってやってもいいぞ、と告げた。

「ただし、俺がいう条件が呑めればだが」

 男の提示した条件は二つ――エレンはそれを聞いて悩み、吟味し、天秤にかけ、結局は男の条件を呑んでキャンプ場に行くことになったのだった。


「どうした? エレン、車に酔ったのか?」

 もうじきキャンプ場に着くから我慢しろ、という男にそうじゃねぇよ、とエレンは頭を掻いた。

「オレ達キャンプ場に行くんだよな?」
「ああ、お前が行きたいって言ったんだろうが」
「じゃあ、何でこんな車で行くんだよ! 普通キャンプっていったらワゴン車とかキャンピングカーとかで行くだろ!」
「乗り心地が悪いのか? いい車を選んだつもりだが」
「違う! 何でキャンプ場に行くのにリムジンなのかって訊いているんだよ! こんな高級車で運転手付きでキャンプ行くなんて奴聞いたことないぞ!」
「お前、俺が車の運転をするとでも思っていたのか?」
「…………」

 言われてみれば、確かに想像出来ない。いや、おそらく有能なこの男なら出来るのだろうし、免許証も簡単に偽造していそうだし、何か違反を起こしても揉み消せそうではあるが。

「出来るか出来ないかでいうなら出来ると答えるが、車は運転させるものであって運転するもんじゃねぇな、少なくとも俺にはな」
「…………」

 もう何も言うまい、と決意したエレンは乗り心地満点の高級車で目的地まで運ばれた。

 キャンプ場に着いた車から持ってきた荷物を運び出すと、運転手はでは約束の時間にお迎えに上がります、と言って来た道を戻っていった。
 エレンは眼の前の建物を見て溜息を吐いた。

「オレ、テントにシュラフで十分だったんだけどな……」
「何を言っている。そんなんじゃ寝られねぇだろうが」

 リヴァイのつけた一つ目の条件――キャンプ場は自分に選ばせること。そうして男が選んだのが目の前にあるコテージを貸し出しているところだったのだ。寝室、キッチン、風呂完備の綺麗な建物で、貸別荘といった感じだ。

(まあ、この方が料理しやすいといったらしやすいんだけど)

 エレンのキャンプのイメージは、テントを張って中で寝袋で寝るか、バンガローとか山小屋を借りて、中で寝袋で寝るといったものだ。食事はバーベキューで外で作り、共同の調理場を借りる。更にキャンプ自体が家族単位か、友達数名で集まって賑やかに楽しむという印象がある。

(コテージのキッチン使うなら、家で調理するのと変わらなくねぇか? いや、近くの川や湖で遊んだりとかボート遊びとか釣りとか、散策とか色々楽しみはあるだろうけど)

 だが、あくまでもエレンの目的は庶民的な和食を作って食べることであって、それではない。
 そこで、ふとエレンはあることに気付いた。

(そういや、料理作ることが目的なら、キャンプ場じゃなくて、レンタルキッチンスペース探せば良かったんじゃねぇのか? ホテルの厨房借りるくらいしか考えてなかったけど、料理好きのサークルとか料理教室とかあるんだから、探せば個人で使えるようなキッチンスペースを安く貸してくれるところあったんじゃねぇか?)

 まあ、海外にそういうところが本当にあるかは判らないし、未成年のエレンが貸してもらえるのかは判らないが、何故今まで思い付かなかったのか、自分の迂闊さを呪いたくなったが総ては後の祭りである。
 しかし、来てしまったものはもう仕方がない。エレンは開き直って楽しむことにした。コテージの中を探検すると、辺りを散策して周りの景色を楽しんだ。近くには湖があり、ボートの貸し出しもしているというので、乗ってみるのもいいかもしれない。
 男は宿泊することに決めたようだから、急ぐ必要はない。取りあえずは当初の目的だと、エレンは料理を作るためにキッチンへと向かった。


 並べられたのは白いご飯に味噌汁、卵焼きにお浸しに漬物に納豆、焼き魚に肉じゃがという典型的な和食だった。高級料理ばかり食べている男の舌には合わないかとは思ったが、当然ながら男の分も用意した。

「そういや、あんたって納豆食べたことあんのか?」
「あるぞ。別に嫌いでもない。お前は和食好きなのか? トータルで考えれば和食じゃない方が多かっただろう」

 エレンは何度か生まれ変わっているが、今生までは和食を食べたことがなかった。どれも海外に生まれついたからだ。最初の人生からしてそうだったのだし、どうしてそこまでして食べたかったのか男には判らないらしい。
 エレンはうーんと首を傾げた。

「そりゃ、そうなんだけどさ、オレ、今までの記憶を完全に思い出せるかっていったら出来ねぇと思う。あんたとの出逢いとか過ごした日々とかはばっちり覚えてるけど、食ってたメシの味とか詳しく思い出せって言われたら無理。えーと、夢見て映像や台詞は覚えていても、夢で見た食事の味は実感ないじゃん。美味しかったな、と夢で言ってたとしても覚えてないというか、それに似ている感じ。だから、今のこの身体で覚えたものが一番鮮烈というか基準になってるんだと思う。後は食文化の差の激しさかな」

 エレンが海外で生まれた時も同じ場所にいるのは一定期間で、男が不審がられる前に移動はしていた。が、大陸続きであったので、似た食材はあったし、そこまでの差は感じなかった。後は移動距離も大きい。昔は旅をするのに時間がかかったが、今は他国に数時間で到着することが出来るようになったため、食文化の差がはっきりと感じやすくなった。

「まあ、慣れるよ。完全体になるまでの間だし」

 そうしたら、自国の味が恋しいという感覚もなくなってしまうのだろう。自国、というよりも亡くなった母の手料理を懐かしく想うことがなくなるのだという事実に寂しさを覚えないと言ったら嘘になる。おそらく、自分がここまでして食べたがったのはまだその感覚があるうちにもう一度味わっておきたかったからだと今更ながらに思う。勿論、男と共に生きる選択をしたことに後悔はないし、覚悟も出来てはいるけれど、想い出を消し去ることは不可能だから。
 男はそんなエレンを見つめ、綺麗な箸遣いで料理を口まで運んで咀嚼した。

「大丈夫だ、エレン。――例え、失ってもきっとそれは消えない」

 男の言葉にエレンは眼を見開いて、それから笑ってみせた。

「――そうだな。きっと、そうだ」

 そうして、二人で料理の数々を平らげたのだった。



「エレン」

 そう言って、男が手招きしたので、エレンはベッドに腰かけている男の傍におずおずと近寄った。
 男の二つ目の条件がこれ――つまりは性行為をすることだ。コテージを借りたのもそのためだったのだろう。さすがにテントの中ではそんなことは出来はしない。
 エレンは覚悟を決めて潔く服を脱ぎ捨てた。もう衣服を着たまま出させることはしないと男には約束をさせたが、用心するに越したことはない。そんなエレンの様子を見て男は笑った。

「大胆だな。そんなに早く欲しいのか?」
「違うに決まってんだろ!」

 つい反射的に言い返してしまうのは悪い癖だとエレンは自覚している。その反応を男は愉しんでいるのだから、反応してはいけない。だが、言ってしまうのがエレンであった。
 男はエレンをベッドの下に座らせた――下は絨毯が敷いてあるので冷たくはない。自分の足の間に挟み込むようにして顔を引き、自らのものを取り出す。視線で促されたエレンはそれに手を伸ばした。
 使い込まれた男のそれはとても大きくて、総てを口に含むことは出来ない。毎回よくこんなものが入るものだと思っているが、ちゃんと入るのだからひとの身体というのは不思議だ。先端をちろちろと舐めてから思い切って口に咥える。入り切れない竿の部分と袋は手を使って扱き上げる。舌を絡めて舐め上げて、噛まないように注意しながらエレンは奉仕を続けた。

「相変わらず、これだけは余り上達しないな」

 男がそう言うと、少年は恐らくは生理的な涙で潤んだ瞳でこちらを睨め付けてきたが、事実なので反論は出来ない。少年は口淫が下手だ――というより、元々余りこれが好きではないのだろう。それでもたまにさせるのは少年がそうしている姿を見るのが愉しいからに他ならない。口いっぱいにほおばって、拙いながらも舌を使って男に一生懸命に奉仕する姿こそが男を興奮させる。だが、少年の拙い口淫では勃つことは出来ても射精までには至らない。
 男は口の端を上げると、エレンの口内から自らのものを引き抜いた。不思議そうな顔をする少年に顔は動かすなよ、と告げて、少年の手の上に自分の手を重ねて自らのものを擦り上げた。手を放すことも動くことも許されず、男のものが熱く固くなっていく様を少年は見ているしかない。手の下のそれがびくびくと脈打つのを感じた。

「イクぞ――避けるなよ……っ」

 その言葉と同時にビュクビュクと勢いよく熱い液体が放たれ、エレンの顔を汚した。少年の顔にかけられたそれは顎を伝い落ち、少年の身体も白く汚していく。

「―――っ、あんた、顔にかけるとか、さい、あく……っ!」

 顔にかかった液体を拭う少年を見て、男はにやりと笑った。

「そうか? お前のものはそうでもないと言っているが?」

 男に指摘されて少年は真っ赤になった――言葉通りに少年の足の間にあるものは何もしていないのに勃ち上がっていたからだ。
 男はグイッと少年の身体をベッドに引っ張り上げ、自らの身体を跨らせるようにして向かい合わせに座らせた。

「なあ、俺のを咥えていて興奮したか? かけられて気持ち良かったか?」

 耳元で囁かれてエレンはぶんぶんと首を横に振る。男はそんな少年の耳朶を噛みながら、後ろへと指を伸ばした。体内に侵入してきたそれに、んんっと甘い声が少年の口から上がる。

「もうぐずぐずだな。俺に合わせてとろける最高の身体になった。なあ、入れて欲しくてたまらないだろう?」

 ぶんぶんとまた首を横に振る少年に男は素直じゃないな、と愉しそうに囁いた。指で中を掻き回して体内にあるしこりをぐりぐりと刺激してやると、少年が高い声を上げる。

「気持ちいいだろう? もっとよくしてやるよ」

 そう言って男は少年の臀部を押し開き持ち上げると、自らのものの上に落とした、一気に貫かれて、少年が甘い悲鳴を上げる。自らの重みで深く男のものを呑み込んだ少年は咄嗟にぎゅうっと男にしがみ付いた。

「ほら、エレン、そのまま抱き付いていろよ」

 その意味を問う暇なく、男はエレンを抱えると、立ち上がり、歩き出した。深く刺さったものが更に奥まで当たり、振動にエレンは背をのけ反らせて悲鳴を上げる。

「エレン、暴れると落ちるぞ。ちゃんとしがみ付いていろ」

 男にそう告げられ、エレンははくはくと息をしながらも男に抱き付く。少年は太ってはいないが、幼児ではない。持ち上げるにはそれなりに力がいるだろう。だが、男は何てことのないように歩き続け、目的地まで到着すると立ち止まった。背中に当たった冷たい感触に、エレンは朦朧としていた頭が正気に返った。ここは――これはドアだ。今自分達がいるのは玄関先で、自分の背中をドアに押し付けられている。まさか、このままの格好で外に出るつもりなのか――いや、いくら何でもそんな公然猥褻罪で捕まるような真似は男でもしないだろう、という考えがぐるぐると頭の中で回る。

「安心しろ、外には出ねぇ」

 その言葉にホッとする暇もなく、男は続けた。

「だが、このすぐ先は外だ。ここで声を出したら外に響くかもな。中で何をしているか、周りにはばれるかもしれねぇな」
「――――っ」
「普段は声を我慢するなと言うところだが、我慢していいぞ。我慢出来るのならな」

 そう言って、男はエレンを下から突き上げた。

「――ひうっ!」

 思わず声を上げてしまい、エレンは必死に口を閉じた。背中がドアに押し付けられたことで先程よりは体勢は安定したかもしれないが、それでもまだ不安定だ。力を抜いたら落とされるかもしれない。だが、そちらに気を取られていたら声を我慢することが出来ない。普段、男に半ば強制的に声を出させられているエレンは、声を我慢するとか殺すとかいうことに慣れていない。よって、声を我慢するということに耐性がないのだ。それに、滞在している場所はどこも防音効果の高いところだったため、声を気にしなくても大丈夫だった。だが、このコテージはどうだろう。防音されてないとは言わないが、こんなドア付近だったら――。

「考え事か? 余裕だな?」

 そう言うと、男はエレンの臀部をわし掴んで思い切り突き上げてきた。

「――――っ!」

 そのままエレンの気持ちのいい場所を熱い肉棒で容赦なく擦り上げてくる。少年の身体が揺れる度にギシギシとドアも揺れ、声を漏らすまいとエレンは縋るように回した指先に力を込めた。無意識に立てた爪が男の皮膚に食い込む。結合部からぐちゅぐちゅと淫猥な音が漏れ、間に挟まれた自分のものが男の固い腹で擦られてビクビクと跳ねる。腰を使って揺らされて、エレンはたまらずに男の肩口に噛みついた。

「相手に噛みつくなんて、吸血鬼みたいだな、エレン」

 ああ、みたいだな、ではなく、もう吸血鬼の一族か、と男は愉しそうに囁く。

「お前に噛み付かれるのも悪くないが――さぁ、どこまで我慢出来るかな?」

 男はエレンを抱え直すと、上下左右にその身体を揺らし、今まで以上に激しく奥を突き上げてきた。熱い肉棒が体内を出入りし、敏感な場所を遠慮なしに嬲っていく。たまらずにエレンは男の肩から口を放し、高い声を上げていた。

「あっ、やぁ、激し……っ、も、ゆっく……やぁああああっ!」

 耐えきれず、少年のものからビュクビュクと熱い液体が吐き出された。絶頂に痙攣する身体にも遠慮せず、男は体内を嬲り続けた。ぎゅうぎゅうと締め付けるそこにお返しだとばかりに熱い杭を叩きつけ、これ以上無理だと思う程奥まで侵入し、出ていってくれるのかと思えるくらいギリギリまで引き抜いて、また奥深くまで打ち込む。あっあっ、と甘い声が少年の咽喉からひっきりなしに零れた。

「……やだ……っ、深い……奥、も、やだ……ぁ」
「イイの間違いだろう? 深く突かれるのも、浅く揺らされるのも両方好きだものな、お前は」

 男が自分の言葉通りにしてやると、少年はぼろぼろと涙を零しながら甘い鳴き声を上げた。もうやだ、出して、終わらせてと泣きじゃくる少年の頬に男は口付けて、いっぱい出してやるよ、と囁いた。

「ほら、出すぞ。中に出されるの、大好きだろう?」
「……やだ、中、やだ……ぁ」
「だから、イイの間違いだろう? ――イクぞ……っ」

 男は腰を深く入れると、少年の体内に熱い液体を叩きつけた。奥の奥まで犯すように深く自身を押し付ける。
 エレンは再び身体を震わせて腹の上に吐精した。出しきって疲れたのか、快楽を与えられすぎて神経がもたなかったのか、くったりと力が抜けてリヴァイにその身を預けた――気を失ったらしい。
 リヴァイは少年から自身を引き抜き、その身を横抱きに抱え直した。結合していた部分は赤く色付き、今は収まり切らなかった男の白い液体で汚れ、そこからポタリ、ポタリと床に落ちた。
 寝室に戻る道筋に白い液体が零れていく。これを見たときの少年の反応を考え、男はそのまま放置することに決め、少年を抱き締めて眠った。



 少年は高級車の片隅で丸くなっていた。

「何を気にしている? 一応片付けたし、染みになったものは買い取る話はつけてあるぞ」
「そういう問題じゃねぇんだよ! あんたはどうしてそうデリカシーがないんだ! オレ、もう、二度とあのキャンプ場には行けねぇ……! こ、声だって……っ」
「ああ、声なら聞こえてないぞ」

 男の言葉にエレンは思わず丸まって背を向けていた体勢から男へと向き直った。

「お前の可愛い声を他の誰かに聞かす訳がないだろう。最初からちゃんと聞こえないように力で防いでおいた」
「じゃあ、何で、あんなことを――」
「そんなもの、お前の反応がその方がイイからに決まっている」
「…………」
「人に聞こえるかもしれないと我慢して、それでも我慢しきれずにいい声で鳴いて、恥ずかしがって最後には泣きじゃくりながらよがってイッたお前は本当に最高――」
「黙れ! この変態エロジジィ!」


 ブチ切れた少年はこの後、何があっても男には頼みごとはするまい、と固く心に誓ったのだった――。




《完》



2016.10.16up



 どういう訳か続いている吸血鬼パロ設定話です。時間的には盟約の直後あたりの話になります。ちなみに焼き魚なら鮭が一番好きです(笑)。普段エロ書かないので、ありがちなものになった気が……←なら、書くなというツッコミはなしでお願いします(汗)。



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