契約


「迎えに来た、エレン」

 そう言ってこちらに手を差し出した上質そうなスーツに身を包んだ男性に、エレンは苦笑を浮かべた。その姿は高級ホテルのパーティ会場ならさぞさまになっただろうが、こんな薄汚れた誰も近付くことのないような廃工場では奇妙なだけだ。

「今回は来るのが遅かったな。というか、タイミング悪くねぇ?」
「イヤ、絶妙なタイミングだと思うが?」

 まるで、ヒーローの登場シーンのようだな、と男は笑う。その言葉通りに、その場はいかにも後ろ暗いことをやっています、というようなチンピラ風の男達が少年を追い詰めるように囲んでいるという笑える程テンプレートな状況だった。颯爽と現れたこの男はヒーローとは真逆の存在だと少年は知っているけれど。何もないところから突如現れた男に、少年を囲んでいる男達は驚きと戸惑いを隠せない。

「何だこいつ? どっから出てきたんだ?」
「あれだ、こいつの弁護士がボディガードか何かをつけていたんじゃねぇのか?」
「そんな話は聞いてねぇが……ま、一緒に片付けちまえばいいだろう」
「どっちにしろ見られたんなら生かしてはおけねぇしな。運がなかったな、あんた」

 不穏なことを口々に言う男達を見て男はすうっと眼を細めた。

「……リヴァイ」
「判っている。殺しはしない」

 そう言うと、男はふわりと舞うように優雅に男達に躍りかかっていった――。


「まるで、屍のようだって……あー何かのゲームでそんな台詞あったかな」

 エレンの前には死屍累々という言葉が相応しい状態で男達が転がっていた。男が告げたように全員、その命は失われてはいない。ただ、元通りに生活するのは少々難しいかもしれない――突如邪魔した自分に、というよりエレンに殺意を向けていたのが男は余程許せなかったのだろう。

「こいつらを差し向けたのは?」
「判んねぇ……けど、親戚の誰かだとは思う」
「判った。そっちも処分する」

 エレンは今現在進行形で命を狙われている。それは彼に残された両親の遺産のためだ。商才のあった両親は立ち上げた会社を一流企業にまで成長させ、なおかつ個人資産で投資をやって利益を上げ、一生遊んで暮らせるだけの財産を築き上げた。
 先日、両親はその莫大な財産を残し、事故で二人とも逝ってしまった――結婚記念日に久し振りに出かけた旅行先での出来事で、仲の良い夫婦だったから揃って逝けたのだけは幸福であったかもしれない。一人残されたエレンはまだ高校生で、会社を継げる訳もないし、経営など何も判らない。両親が信頼していた弁護士にも相談して会社は経営者として相応しい人物に譲ることとなったが、エレンが相続する遺産に親戚連中が眼を付けたのだ。弁護士が管理する遺言状にはエレンが十八歳になったら遺産を総て相続することと、その間の財産管理は弁護士が行うことが明記されていた。その前に殺して遺産を横取りしようという腹積もりであるらしい。

「……オレが十八になる前に死んだ場合は慈善団体に全額寄付するっていうのも記載されてるんだけどなぁ」

 エレンが遺産を相続する前に殺してしまおう、という考えらしい親戚にそのことは伝えてあるのに彼らには理解出来ないらしい。

「そもそも、お前と一緒にその遺言状を始末しちまおうと考えてるんじゃねぇのか? なら、いつ殺したって同じだろう」

 弁護士の方は大丈夫なのか、と男が問えばエレンはハンネスさんは抜けてそうに見えてしっかりしてるから大丈夫だ、と答えた。

「エレン」

 そう甘い声で男は名を呼んで、登場した時のように優雅に少年へ手を差し伸べた。

「……あいつら、喰ってお腹いっぱいなんじゃねぇのか」
「お前は別腹だ」

 それでも動かないエレンに男は艶然と笑う。

「おいで、エレン。お前は俺のものだろう?」

 その言葉は確かに事実で、エレンはふう、と溜息を吐いて男へと近付いた。
 男の手が届く距離になった途端、ぐいっと引き寄せられて、強く抱き締められた。

「エレン、俺のエレン―――」

 確かめるようにエレンの髪や首筋などに鼻をつけて男は匂いを嗅いでいる。その後は戯れのように髪に、瞼に、頬に、鼻に――色々な場所に唇を落とした後、かぷりと噛みつくように少年に口付けを与えた。

「ん……っ、ふぅん……っ」

 口内を舐め回され、歯列をなぞられ、舌と舌を絡ませられる。この身体で男と口付けを交わすのは初めてだが、男との口付けは頭が吹っ飛びそうになる程に気持ちがいい。粘膜を擦り、暴れ回る男の舌にもっともっとして、と腕を絡めておねだりしたくなるような欲求を何とか堪える。
 ぞくぞくとした痺れが背中を這いあがってくる。リヴァイはただエレンに口付けを与えているだけで、手は背中や髪を優しく撫でていて、特に性的に触られている訳ではない。なのに急に込みあがってきた熱が下半身に集まって来て、エレンはいやいやするように首を横に振った。

「どうした? エレン」

 判っているくせに訊く男をエレンは涙目で睨み付けた。だが、そんな顔は可愛いだけだと思っている男には何の効果もない。ただ、欲を煽るだけだ。

「……判ってる、くせに……!」
「判らないな。ちゃんと口で説明しろ」

 男から逃れようと身体を動かしてみても、びくともしない。それは判り切っている――何故ならば男は人間ではないのだから。例え、エレンがどんなに屈強に身体を鍛え上げたとしても、男は一瞬でその動きを封じ、命を奪うことが出来るのだ。ただの高校生のエレンが何をしても逃げられるわけがない。

「……で、ちゃうから…このまましてたら、でちゃう……っ」

 そうか、お前はキスだけでイケるのか、と男は意地悪そうに笑った。

「でも、ダメだな。――このままイケ」

 そのまま食らいついてきた男の口内にエレンの言葉は吸い込まれる。びくびくとエレンの身体が痙攣してどろりとしたものが下着の中に吐き出された。

「………んっ…」

 くたりと身体から力が抜けていき、エレンは男にもたれかかった。快感がまだ尾を引いていてふるりと身体が震える。何かが抜けていったように感じるのは、吐精したからではない。この男に『喰われた』からだ。男は人から生命エネルギーを奪う――喰らうことで生きている人外の生命体だ。その力の加減によって気付かれないように軽い眩暈めいたものが起こる程度に吸い取ったり、障害が残るような重症を負わせたり、果ては命を喰らい尽くして枯らすように殺すことも可能だ。
 その生態は吸血鬼に似ているかもしれない。だが、一般に言われている吸血鬼と違うのは血を直接吸う訳ではないこと――身体を流れる生命エネルギーが主食で、栄養にはならないが人と同じ食事も出来るし、味覚も嗅覚もあるらしい。強い日光は好きではないらしいが、日を浴びて死ぬ、ということもない。十字架もにんにくも効かないし、銀製品だって普通に触れる。
 ちなみに再生能力も凄いので、心臓に杭を打ってもまず死なないし、そもそも敵にそんな真似をさせる状況に陥る訳がないと言われた。殺すとすれば再生出来ないくらいまでその身体を粉砕した後、欠片も残さずに溶かすか焼却すれば可能なのではないかと男は言っていた。

「ほら、エレン、落ちるなよ」

 男がそう言いながら軽くエレンの頬を叩いたので、少年はそのとろんと熱に溶けた瞳で男を見た。

「この身体では初めて逢ったんだ。朝まで寝かさないからな。どろどろになるまで抱きつぶすから落ちるなよ」

 どろどろになって泣いて欲しがって何度もねだるまで優しく優しく抱いてやるよ、と甘い声で囁かれて、エレンは期待なのか恐怖なのか判らないしびれが背中を這い上がるのを感じた。



 エレンと男が出逢ったのはもう数百年も昔のことだ。産まれたのはこの国ではなく、ここから遠い外国の小さな村だった。
 エレンの両親はエレンがまだ三つかそこいらの頃、流行病であっさりとこの世を去っていた。残された幼児に生活能力がある訳もなく、仕方なく、といった感じで親戚に引き取られることとなった。
 エレンの境遇は全くもって良いと言われるものではなかった。両親はいくばくかの財産を子に残していたが、引き取った親戚はそれをエレンの許可なく食いつぶし、エレンの顔を見る度に厄介者のただ飯食らいと罵った。そのくせ、家畜の世話や農作業などにまだ幼いエレンをこき使った。
 幼い頃は、エレンはそれは仕方のないことなのだと思っていた。言われたことをただ素直に受け取っていたから――だが、成長するにつれ、自分の境遇の理不尽さに憤りを感じるようになった。
 両親の死については誰も恨まないし、仕方のないことだったのだと思う。当時の流行病で亡くなった人は他にも何人もいたし、親を失ったのは何もエレンだけではない。だが、その後の自分の境遇については納得がいかなかった。両親の残した遺産についてはもういい。使ったものを返せといったところで返すはずがないし、彼等には返済能力はないだろう。
 しかし、エレンの人生まで彼らの好きにしていいはずはない。このままここにいても飼い殺しにされるだけだ――それならまだ孤児院にでも入った方がマシだろう。この村には孤児院はないが、山の向こうにある街には確か孤児院があったはずだ。定員がいっぱいでダメだと断られる可能性もあるが、ここより大きな街ならどこかエレンを召使として雇ってくれるところがあるかもしれない。下働きでも何でも構わない――少なくともここよりはまともな生活が出来るだろう。
 そう決意したエレンは誰にも気付かれぬように村を抜け出した。


 エレンの計画は最初から頓挫した。気付かれぬように抜け出したものの、山の中で大雨に降られることになったのだ。山に山菜や木の実を採りに入ったことはあるが、山の向こうまで行ったことはない。更にこんな悪天候のときに山に入ったこともない。このままでは遭難するかもしれない――そうなったエレンを探しに来るものなどいるはずもないし、ここで野垂れ死にして獣達の餌になるのがオチだ。
 どこか身を休めるところがあれば――そう思って、目を凝らして辺りを見回すと、洞窟のようなものが視界に入った。中に野生動物がいる可能性も考えられたが、このまま雨にさらされ続ければ体温が失われ危険な状態になるだろう。山にいる限り獣に襲われる可能性はあるのだし、とエレンは洞窟へと向かった。

 辿り着いた洞窟は外よりも余程暖かかった。風雨にさらされないだけでもエレンには有り難い。

(にしても、こんなところに洞窟なんてあったっけ?)

 今までにもこの山を訪れたことは何度もあったが、こんな洞窟があった記憶がない。無論、山の全部を回った訳ではないから見落としている可能性はあるが、村の者もここに洞窟があるんなんて誰も言っていなかった気がする。
 そのとき、ざわっと風が吹いた。外からではなく、洞窟の奥からで、そちらへと振り向いたエレンは驚きで目を見開いた。洞窟の奥から明かりが漏れている――月明りとはまた別の人工的な明かりだ。洞窟の奥の天井に穴が開いていて月明かりが漏れている、という可能性はこんな大雨の状態ではまずないだろう。

(もしかして、山で雨にあった人が逃げ込んできてるのか?)

 火でも焚いていてその明かりが漏れてきているのかもしれない。どちらにしろ、人がいるのなら下山方法を訊けるかもしれない。この大雨で方向感覚が狂ってしまって山の向こうへの道がエレンには判らなくなっていた。
 明かりの射す方へと足を進めるとそこにあったのは焚火の灯ではなかった。

(何だ……ここ)

 焚火ではなく、洞窟の壁面に取り付けられたいくつもの燭台――それが辺りを明るく照らしていた。
 そして、更に異様だったのが、真ん中にあった大きな黒い棺桶だ。まさか、こんな洞窟に墓を作るとは思えないが、棺桶が自然発生する訳がないのだから誰かがここに置いたのだろう。
 エレンが呆然と棺桶を眺めていると、横に滑るように棺桶の蓋が動き、中からぬっと手が出てきた。これには思わずエレンもひっと悲鳴を上げてしまったが、手の主は気にする風もなく、蓋を落とし、ゆっくりと身を起こした。

「何だ、誰が来たのかと思ったら、こ汚ぇガキか」

 さぁて、何十年寝てたかな、と首を動かす黒髪の男にエレンは疑問符を飛ばすしかない。

「え? あんた何? 何でこんなとこの棺桶の中で寝てたんだよ?」

 男はそれに答えず、ひょいっと立ち上がると一瞬にしてエレンの目の前に現れた。

「…………っ!?」
「ほう、金色の瞳か。いい眼だな。ここには目くらましをかけておいたから認識されないはずなのに、辿り着けたのはその眼の力か」
「眼の力?」
「そう。微力すぎて使い物にはならねぇが、ここの目くらましが年数が経って綻びが出来たから辿り着けたんだろ」
「……あんた、何者?」
「名乗るときは自分から言うのが礼儀だと思うが?」
「エレン。麓の村から来て大雨に降られてここに逃げ込んだ。で、あんたは?」

 むっとした顔でエレンがそう言うと、男はにやりと笑った。

「名乗るのが礼儀とは言ったが、教えてやるとは言っていない」
「な……っ!」
「だが、お前は面白そうだから教えてやる。俺はリヴァイ・アッカーマン。お前達がいうところの吸血鬼だ」

 ぽかんとする少年に男は愉快そうに笑った。



「お前、吸血鬼と一緒なんて怖くないのか?」

 山の向こうまでの道を歩きながら、男が不思議そうに少年に訊ねた。吸血鬼といえば化け物として恐れられる存在である。殺そうとしてきてもおかしくはない。無論、男がその気になれば一瞬でこの少年の命を奪うことが出来るが、それを相手が知っているとは思えない。

「だって、オレ一人じゃ山の向こうまで行けねぇんだから、あんたと一緒に行くしかないだろ。あんたなら殺そうと思えばサクッと最初に殺せてたと思うし、ここまで来てわざわざ殺す手間かけねぇだろ」

 あっさりとそんなことを言って、それに、と少年は続けた。

「吸血鬼よりも人間の方がよっぽど怖いとオレは思うぜ。吸血鬼が人を襲うのって食事のためだろ? そりゃあ、襲われた方はそんなの知るかよって思うだろうけど、それしか食えないなら吸血鬼には仕方ねぇんだろ。けど、人間は遊びで生き物をいたぶるし、働きたくないから人から奪って、気に入らないからって理由で殺せるんだ。勿論、人間にもいろんな奴がいていい奴もいるだろうし、吸血鬼にも悪い奴はいるんだろうけど。今のところ、あんたはあの大雨の中自分の住処にオレを入れてくれて、こうして道案内してくれるいい吸血鬼だよ」

 少年の言葉を聞いて、男はくつくつと笑った。

「いい吸血鬼か。初めて言われたな」
「んじゃ、今までの出逢いが悪かったのか、日頃の行いだな」
「お前、本当にクソ面白いな」

 そうして、奇妙な組み合わせの二人は色々なことを話しながら歩き続けて山の向こうの街まで辿り着いた。



 少年に突き付けられたのは厳しい現実であった。街まで辿り着いた少年は孤児院へと向かったが、定員いっぱいで新しい子供は受け入れられないらしい。例えどんな事情があろうとも、街には孤児院に入れなかった子供も多くいて、エレンを特別扱いする訳にはいかないという。

「そうしたら、働き口を見つけるしかないか……」
「それは難しいと思うぞ。お前、読み書きが出来ないだろう?」

 男の言葉にエレンは頷いた。エレンは朝から晩まで働き詰めで勉強などしている時間がなかったのだから仕方がない。村には学校はなかったが、教会で読み書きを教えてくれる時間が設けられていたし、村の大人が子供に困らないよう最低限の読み書きくらいは教えていた。エレンにだけはその機会が与えられなかったけれど。

「まあ、読み書きが得意でないものも勿論いるが――お前、金の計算も不得意だろう」

 それも本当なのでエレンは頷いた。金銭を持たせてもらえなかったのだから仕方がない。

「そうなると、本当に肉体労働しかねぇぞ。子供は力がないから雇う方も渋るし、給金も安くたたかれることが多い。この街はそう大きい方じゃねぇから働き口を見つけるのは厳しい」

 男にズバズバと問題点を指摘されてエレンは唸った。ここに来れば何とかなると思ったが、そうそう人生は甘くないらしい――いや、甘い目になどあったことはないが。

「なあ、エレン、お前、俺と一緒に来ないか?」
「は?」
「俺が読み書きも計算も教えてやるし、生活に必要なものは与えてやる。お前は俺と一緒にいて勉強して生きるための能力を身に付ければいい」
「……それは助かる話だが、あんたには何の得があるんだ?」
「そんなもの、お前がクソ面白いからに決まっている」

 男は楽しそうに笑った。

「俺はな、人間が楽しいと思うことを一通りはやってみた。だが、それも繰り返せば飽きる。吸血鬼なんて化け物をやっている俺は長い時間を退屈に過ごして、余りにも退屈過ぎてついには眠ることにしたんだ。眠れば退屈なんて考えなくて済むと思ってな。それをお前が起こした。面白いなんて思ったのはいったいどれくらいぶりか判らねぇ。それだけでお前には価値がある」
「……何か、よく判らねぇが、オレを見てると面白いってことなんだな? 何で面白いのかがちっとも理解出来ねぇが」
「まあ、お前には判らねぇだろうな」
「んじゃ、よろしく。オレが独り立ち出来るまでは頼む。雑用は全部やるからさ」

 そう言ってなら、取りあえず、今夜の宿でも探すかと少年は歩き出した。

「あ、そういやさ、さっきの話さ、そんなに退屈なら自分で何か面白いものでも作ればいいんじゃねぇの? 退屈って言うだけなら誰でも出来るんだし、あんた、頭良さそうだから退屈解消法考えりゃいいじゃん」

 オレなんか生きるのに精いっぱいで退屈なんて言う暇もなかったんだからな、と唇を尖らせる少年に男は呆気にとられたような顔をした後、盛大に笑った。



 男と少年の旅はそれから数年続いた。男は自分が持っていた知識を少年に惜しみなく与え、少年はそれを貪欲に吸収した。世界のあちこちを旅し、笑って、はしゃいで一緒に眠って、まるで家族のようにして過ごした。
 そんなある日、男は少年――いや、もう青年といってもいい年齢に差し掛かっていたけれど――に自分の一族にならないか、と持ち掛けた。

「あんたの一族に?」
「そうだ。吸血鬼は性行為はしても、生殖能力はない。どんなに交わっても子供は出来ない。吸血鬼が認めたものを自分の一族に引き入れることでしか増えることはない」

 勿論、それには手順があってその通りの儀式――とでもいえばいいのか、それを踏まなければならない。吸血鬼の強さによっても増やせる人数が違ってくるという。

「俺はこれでも結構強くてな、三人くらいまでなら一族を増やせるが、誰も一族にしたことはない。したいと思ったものがいなかったからだ。でも、お前は――」
「オレは吸血鬼にはならないよ、リヴァイ」

 エレンはきっぱりとそれを断った。

「エレン、お前は人間だ。お前は数十年で死んでしまう。俺とは違う」
「うん。だから、リヴァイ、一族にならない代わりに約束するよ――約束だと不確かなら契約って言ってもいい」
「契約?」
「そう――オレはいつか死ぬけど、それまではあんたの傍にいるよ。死ぬまであんたの傍を離れない」

 その契約は確かに果たされた――数年後、リヴァイの正体に気付いたものの襲撃に遭ってエレンが命を落とすまで。そして、その後も―――。



「んっ……もう、やだ……もう、出な……っ」

 パンパン、と肉を打ち付ける音が部屋に響いていた。背後から臀部を掴まれて熱い肉棒が体内を行き来している。何度も中で出されたため、男が出入りする度に結合部から泡立った白い液が太腿を伝って零れ落ちた。
 少年自身も何度も射精させられたため、シーツは二人の体液でぐちゃぐちゃになっていた。高級ホテルのスイートルームの豪華なベッドもこうなっては意味がないだろう。男はシーツを買い取るくらいはしそうだけれど。

「出せなくてももうイケるだろう?」
「ひ……っ、そこ、嫌だ……」

 ぐりぐりと男のものが少年の内部にあるしこりを刺激して、少年の身体が痙攣した。搾り尽くされてもう出ないのに――それでも身体は快感を拾って、頭が焼け付きそうになる。初めて貫かれたはずの蕾はぎゅうぎゅうと男を締め付けて、まるで搾り取るように蠢いている。
 腕に力が入らなくてベッドに伏せて臀部だけを持ち上げられた格好の卑猥さなど考えられない。身体を揺らされる度に散々いじくられて赤く色づいた乳首がシーツに擦れて快感を拾ってしまい、少年は鳴き声を高くした。

「なあ、エレン、俺の一族になれよ」

 身体を前に倒し、男が囁く。無理な体勢と深い挿入に少年が悲鳴を上げた。
 エレンは首を横に振ってそれに答えた。
 あの日、契約はなされ、エレンの死によってそれは終わった……はずだった。
 だが、男の一族に引き入れられてなくても、身体をずっと重ねていたためか、それともエレンに元々の素養があったのか、エレンは男の記憶を残したまま転生した。
 そうして、何度も生まれ変わり、その度に男がエレンの前に現れる。
 ――契約を果たせ、と。
 死ぬまで男の傍から離れないこと。それが男との契約だ。
 ぐいっと身体を持ち上げられて、男の上に座らされる。深く刺さった男のものが自分の重みで更に奥を抉る。

「どうして、俺の一族にならない、エレン! なのに、何故、俺からは逃げない! 何でいつも抵抗せずに抱かれる! 化け物が嫌ならどうして俺を殺そうとしない!」
「………っ、そんなの、あんたが好きだからに決まってるだろ!」

 予想外の言葉を聞いて男の動きが止まった。エレンはあえぐように泣きじゃくっている。
 男はいったん自分をエレンから引き抜いた。その刺激に少年は鼻にかかった甘い声を上げ、再開したくなったがそれを堪えた。

「エレン……」

 男が声をかけると、少年はベッドで丸くなって泣いていた。

「あんた、吸血鬼だろ」
「ああ」
「……けど、絶対に死なねぇ訳じゃねぇだろ。粉砕して焼かれなきゃ死なねぇって言ってたけど、何か他に方法あるんだろ。だって、でなきゃ、もっと生き残ってるはずだもんな」
「…………」
「なあ、あんたがもし死んだら、オレどうなんの? 吸血鬼になってあんたがいなくなったら、オレ、ずっとひとりで生きんの? あんたが他に気に入った奴が出来て、そいつを仲間にして、そいつと生きたいって言ったら、オレはどうすればいい?」
「そんなことは絶対にねぇ」
「判んねぇだろ! そんなこと!」

 少年はボロボロと涙を零しながら叫んだ。

「絶対なんてねぇよ! オレの両親だって死ぬなんて思ってなかったはずだ! 誰にだって判んねぇんだよ!」
「エレン」
「……ひとりは嫌だ」

 ひとりで生きてきたエレンはリヴァイと出逢ってふたりになった。そうしたらひとりが怖くなった。
 ひとりで生きてきたのに、ひとりになるのが急に怖くなった。だから、あんな契約をした。
 リヴァイは吸血鬼だ。滅多なことでは死なない。だから、死ぬのは自分が先だろう――そうして、死ぬまでは一緒にいてもらえる。
 ずるい契約だ。だから、罰が当たったのだと思う。生まれ変わったのはきっと罰なのだと。
 それでも、ひとりが怖くてリヴァイの一族にはなれなかった。

「ひとりは怖い」
「ああ」
「……ひとりは寂しい」
「ああ」
「……ひとりは哀しい」
「ああ、エレン。……俺もひとりはもう嫌なんだ」

 泣いているエレンの額に自分の額を当てて、リヴァイは静かに言った。

「エレン、お前の言った通りに吸血鬼は殺すことは出来ないが、死ぬことは出来る。意味は判るか?」

 首を横に振るエレンにリヴァイは不死身の吸血鬼の弱点だと言えるかもな、と続けた。

「吸血鬼は並大抵の方法では殺せない――それこそ核ミサイルでもぶち込まない限りな。だがな、エレン、自殺することは出来るんだよ」

 息を呑むエレンにどういう仕組みかは判らねぇが、仲間が死ぬのを見たことがあるから確かだ、と告げた。

「心の底から絶望して、死にたいと願い続ければ、吸血鬼の身体の機能は止まって灰になる。吸血鬼を殺すのは絶望なんだ、エレン。あの日、お前に逢わなければ俺もきっと消えていた」

 退屈で退屈でどうしようもなくて消えたくなって眠りについた。あの棺桶の中で灰になっても構わないと思っていた。――けれど、そこに少年が現れた。

「お前が生まれ変わったのはきっと俺の呪いだ、エレン。お前だけ消えてなくなるのは不公平だと思った。お前の魂の気配を感じた時、俺がどれだけ喜んだか判るか。俺と契約したせいで、俺はお前の魂の気配を感じ取れるようになった。だから、生まれ変わる度に見つけ出して傍にいさせた」

 ひとりは寂しい。ひとりは哀しい。ひとりは怖い。ひとりは嫌だ。

「なあ、エレン、俺はお前を愛している――だから、俺の一族になってくれ。俺はお前が傍にいる限り消えない。これは契約ではなく、俺の願いだ」

 そう言う男にエレンはそっと手を伸ばして小さく頷いた。



「――お前の弁護士には会わなくていいのか」
「うん、いいんだ。ハンネスさんに迷惑をかけたくはないから」

 エレン達は空港に来ていた。知り合いの多いエレンの国にいるよりも、国外に出た方が何かと便利だと思ったからだ。無論、吸血鬼の力を使えば、自国に滞在することも出来る――だが、エレンは自分を知る人達に力は使いたくなかった。

「――この印が完全に溶け込めばお前は吸血鬼になる」

 エレンの左手の薬指にはまるで指輪のようにぐるりと囲むように赤い文字が記されている。普通の人間には見えないが、エレンにはリヴァイ・アッカーマンと読める。
 吸血鬼の一族になるには手順がある。まず、吸血鬼にその意志があり、引き入れる力があること。次に相手の了承があること。そして、相手と身体を繋げること。最後に、吸血鬼の血で、相手の身体に自分の名を刻むこと。
 この、相手の身体に名を刻む、というのは別にどこでもいいらしい。普通の人間には見えないのだが、稀に能力を持った人間――エレンの眼のような――がいるので、服に隠れて見えない場所を選ぶ。
 だが、リヴァイは左手の薬指を選んだ。
 ひとりは寂しい。ひとりは哀しい。ひとりは怖い。ひとりは嫌だ。だが―――。

「もう、ひとりじゃない」

 そう言って、リヴァイはエレンの薬指に口付けた。




《完》

2016.9.30up




 不意に思いついたので一気に書いた話。リヴァイに終始敬語を使わないエレンは初めてなので、違和感が……。最初は拍手に載せようと思っていたんですが、内容的に18禁だな、と思いやめました。拍手に載せるにしては長くなったのでどっちにしろ、無理でしたが。エレンの薬指に口付けるリヴァイが書きたかったのにどうしてエロ展開に……(汗)。



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