※拍手で回っていた高校生リヴァイとちびっこエレンの現代パラレルシリーズと同設定です。そちらを読んでからご覧ください。5000hit企画にも同設定の話があります。




my little star



 その日、いつもの通りにリヴァイが学校から帰って来ると、自宅マンションの隣室の子供がとてとてと玄関先まで出迎えてくれた。

「リバイさん、おかえりなさい!」
「ただいま、エレン」

 リヴァイが子供を抱え上げると、かさり、という物音がした。何の音かと視線を向けると、子供が手に紙を握っているのが確認出来た。

「エレン、それは?」
「これはうんどうかいのプログラフなのです!」
「運動会のプログラフ? ああ、プログラムな」

 子供はリヴァイにこれを見せたくて持って来たらしい。そういえば、今はそんな季節だったか、とリヴァイは思い至った。地方によっては他の行事との兼ね合いで春に行うところもあるというが、リヴァイの住む地域では運動会は秋に行われるのが慣例である。興味がないのですっかり忘れていたが、リヴァイの通う高校でも体育祭が予定されていて種目ももう決まっていたはずだ。運動会など子供のうちは楽しい行事だろうが、高校生ともなると面倒くさいという意見を持つものの方が多い。運動部の活動が活発な学校ならまた違うのかもしれないが、リヴァイの通う高校では父兄が見に来ることも少ないし余り盛り上がらない行事だ。確か、去年はリヴァイの両親も見に来なかったと記憶している――いや、来ると言ったなら全力で拒否したが。

「プログラム?」
「そうだ。プログラムが出来てるってことはもうすぐか」
「はい、つぎのおやすみです! リバイさんはきてくれますか?」

 子供は期待に満ちたキラキラとした瞳でリヴァイを見つめた。リヴァイの高校の体育祭はもう一週先の予定だから、見に行けるが、親族でもない自分が行っても大丈夫なのだろうか。普通は運動会を見に行くとしたら父母と兄弟、それに祖父母くらいまでではないのだろうか。子供が望むのなら行ってやりたいし、行きたい気持ちは勿論あるが、一応、子供の親に承諾を取らなければならないだろう。

「お前の親がいいって言ったらな」
「だいじょうぶなのです! おかーさんがいいっていってました!」

 その言葉通りにリビングに子供を連れていくと、そこに自分の母親と一緒にいた子供の母親が是非見に来て欲しいとリヴァイに告げた。リヴァイの母親に至ってはエレン君の運動会を見に行かなくてどうするのよ、と当然のごとく言い切った。
 詳しく話を聞くと、子供の幼稚園の運動会は次の日曜で、子供の父親は夜勤明けに来るらしく、どうも途中からの参加になりそうだという。子供の母親は今のところ体調がいいので朝からきちんと見に行けるそうだが、病弱な彼女が前日や当日に体調を崩さないという保証はどこにもない。これは母親ではなくとも子供のために絶対に見に行かねばならないと思うだろう。
 子供から渡されたプログラムを見ていると、定番の大玉転がしや綱引き、借り物競走などが予定されていた。父兄が園児と一緒に参加するものもあり、良かったらそれに参加してくれないかと子供の母親は遠慮がちにリヴァイに頼んだ。リヴァイの母親もあなたは無駄に体力あるんだから出てあげなさい、と後押しする。
 父兄が参加する競技に肉親ではない自分が出てもいいのかと思ったが、子供の父親は夜勤明けで来るので競技までに間に合うか微妙であり、間に合わなかった場合は母親が出ることになるのだが、病弱な母親に運動をさせるのは無理があるだろう。また父親が間に合ったとして夜勤明けの人間に運動させるのも身体には良くない気がする。
 更に両親が出られない事情がある場合は職員と組むことになるらしいが、それでは子供が可哀相だろう。

「リバイさん、ダメですか?」

 不安そうにリヴァイの服の裾を引く子供の頭を撫ぜてやってから、俺でいいなら出るぞ、とリヴァイは笑った。

「リバイさんといっしょがいいです!」
「そうか。で、何をするんだ?」
「ににんさんきゃくなのです! いっとうしょうにはごほーびがでるのでがんばります!」
「ご褒美? 景品がでるのか?」

 幼稚園や小学校などでは子供が小さいうちから優劣をつけるのは良くないと言って、運動会では皆で一緒にゴールしたり、学芸会で主役を何人もやるとかそういった話も聞くが、子供の通う幼稚園では子供の向上心ややる気が育たなくなるから、という理由でそういうことは行わず、ちゃんと順位をつけるらしい。景品はささやかなもので、勿論、何位になっても参加賞は出るらしいが、子供は張り切っていた。

「リバイさん、れんしゅうしたいです!」
「構わないが……縛るのは紐とかでいいか?」

 いきなり本番を迎えるよりも、確かに少し慣らしておいた方がいいかもしれない。リビングと運動場では条件が違うだろうが、やらないよりはいいだろう。そう思いリヴァイは自分と子供の足を結んだが、やはり子供と自分では身長差があって動かしにくい。子供の父親とならもっと体格差があるだろうから、さぞやりにくいだろうと推察される。
 子供は初めは掛け声をかけて足を動かしていたが、慣れてくるとそのうちに歌を歌い出した。

「くちく、くちくしろ〜! きょじんはいっぴきのこらずくちくしろ! こいつのくびをはねることだけにしゅうちゅうして!」
「…………」

 やはり、この歌か、この歌は何が何でも必要なのか。もはやアイデンティティというか、この歌なくしては自分は語れないとか、そういう領域にまで達しているのではないだろうか。絶対に問題があるとしか思えないのだが、かといって子供が大好きなものを禁止させるわけにもいかないし、こうなったらあの子供向け番組が早く終わって次のものに子供の興味が早く移るように願うくらいしかもう出来ない気がする、とリヴァイは深く頭を悩ませたのだった。




 子供の運動会を見に行くことにしたリヴァイはとある問題があることに気付き、それを解消させるため、学校の廊下を歩いていた。普段は余り歩かない場所――自分より一学年下の教室の前に辿り着くと、リヴァイは何の躊躇いもなく扉を開けた。

「リヴァイ先輩!?」
「リヴァイ先輩だ…どうしてここに?」

 突如現れたある意味有名な先輩に後輩達は驚いているが、周りの声など何も頓着せずにリヴァイは教室の中を進んだ。

「リヴァイ先輩どうされたんですか?」

 リヴァイの姿を認めて集まって来た面々はリヴァイを凄いといって尊敬し、慕ってくれている者達だ。リヴァイはその面々を眺めて、そうだな、お前が適任かな、と中から一人の生徒を指名した。

「オルオ、お前に頼みてぇことがある」
「はい、何でしょうか? リヴァイ先輩!」

 尊敬する先輩に指名されたことが嬉しいのか、何でもします、という後輩にリヴァイは頷いてから徐にデジタルカメラを取り出した。

「あの、それは……?」

 突然取り出されたそれに後輩達が疑問符を飛ばしていると、リヴァイはあっさりと見たら判るだろう、と告げた。

「デジタルカメラだ。傷付けるんじゃねぇぞ」
「あの、それは判りますが、何でデジカメを?」
「次の日曜にエレンの運動会があるからだ。場所取りをしなくちゃならねぇから、頼んだぞ」

 リヴァイは知らなかったが、今、児童の運動会ともなるとその父親がいいポジションでムービーや写真を撮るために朝早くから場所取りをするのは当たり前なのだそうだ。白熱しているところでは前日の夜にもう場所取りに行くそうだが、エレンの通う幼稚園ではご近所に迷惑がかかりますから、という理由で前日からの場所取りは禁止している。トラブル防止のために撮影は幼稚園側が行い、父兄の場所取りを禁止しているところもあるそうで、たかが運動会されど運動会といったところだろうか。
 子供が通う幼稚園側が場所取りに来てもいいと指定した時間は当日の朝5時からで、近所に迷惑をかけないように静かに行うことが絶対条件だ。園児達の父親は折角の休日に朝早くから叩き起こされて場所取りに行かされるのだろうと思うと不憫である。
 だが、エレンの場合、父親は夜勤明けに来るので早朝に場所取りに行くことが出来ない。病弱な子供の母親にそんなことをさせるわけにはいかないし、子供の支度やらで朝は彼女も何かと忙しいだろう。ならばこちらで――と引き受けることにしたのだが、リヴァイはリヴァイで当日の朝にやることがあるため早朝から場所取りに行くことが出来ない。なので、その役目を後輩に押し付け――もとい、頼むことにしたのだ。

「あの、エレン君って、リヴァイ先輩の家のお隣さんの子でしたよね?」

 シンゲキジャーが好きな、と後輩の一人、ペトラがそう訊ねてきたのでリヴァイは頷いた。後輩達はエレンと会ったことはないが、その存在は知っている。以前、この学校の体育館でエレンにシンゲキジャーショーを見せたときに、舞台の設置などの裏方作業を手伝ってくれたことがあるからだ。

「あの、もし良かったら、私もそのエレン君の運動会を見に行ってもいいですか? 一度会ってみたいってずっと思っていたんです」

 ペトラがそう言うと、他の後輩達も次々に自分も行きたいです、と手を挙げた。どうも自分がよく構っていると聞いている子供に彼らは以前から関心があったらしい。リヴァイはどうするか、と考え込んだ――余り大勢で押し掛けては相手の迷惑になったりはしないだろうか。だが、今までに色々と頼み事をしている後輩達の望みなら叶えてやりたいという気持ちもあるし、彼らなら子供やその家族に迷惑をかける真似はしないだろう。

「……エレンの母親に訊いてみて許可が下りたら来てもいいが、エレンを怖がらせるなよ?」

 当たり前です、と後輩達は元気よく答えた。エレンの母親に話せばおそらくは断らないだろう――きっと、大勢の方が楽しいわ、と言うに違いない。お弁当作ってきますね、と笑うペトラや他の後輩達、エルド、グンタ、オルオを眺めて、リヴァイはそうだな、一つ問題があったなと呟いた。

「オルオ、お前当日は面を被ってこい」
「は? 何故ですか?」
「お前の顔は子供を怖がらせる顔だ。エレンが怯えたらどうする」
「…………」
「そうだな、子供が見たら泣くかもしれん」
「人相が悪いというか、老け顔だしな」
「そうよね、リヴァイ先輩の真似をしているとこが気持ち悪いし……イヤ、全く共通点とかは感じられないけど。舌を噛み切って死ねばいいのに……」
「同級生に向ける冗談にしては笑えねぇな、お前ら!」

 結局、面を被って行ったら不審者と間違えられ幼稚園から通報される恐れがあるということで、その案は廃止されたのだった。




 運動会当日、空には雲ひとつなく澄み渡った見事な快晴で、運動会を歓迎してくれているのではないか、と思う程の最適なスポーツ日和となった。リヴァイ達一行――リヴァイとエレンとエレンの母親とリヴァイの両親という、子供の親族より血のつながりがないものの方が多いというおかしな団体は幼稚園へ向かっていた。
 足を進めて幼稚園の入り口が見えてきたときに、誰かがこちらに手を振っているのが見えた。リヴァイはその姿を認めた途端、回れ右して帰りたくなったがそういうわけにもいかない。

「やっほー、リヴァイにエレン君。待ってたよ」
「お前は黄泉に帰れ。そして、二度と甦ってくるんじゃねぇぞ」
「酷っ! リヴァイ酷っ!」
「あ、クソメガネさん、おはようございます!」
「エレン君、私の名前はハンジだからね! 何気にクソメガネで固定されてない? 違うからね! ハンジお姉さんだからね!」

 リヴァイの同級生の少女――ハンジが唇を尖らせている後ろで、後輩がリヴァイ先輩すみません、隠し通せませんでした、と頭を下げていた。どうやら彼女は後輩達から運動会の情報を掴んでリヴァイ達が来るのをここで待っていたようだ。

「折角、運動会を楽しく盛り上げるためにやって来てあげたのに……」
「楽しく盛り上げるって何をするつもりだ、お前」
「そりゃ運動会って言ったら、ドキドキハプニング! ポロリもあるよ! が、お約束でしょ?」
「イヤ、それはお約束じゃないと思いますよ、ハンジ先輩」

 リヴァイがハンジを沈める前に彼女の後ろから伸びてきた手が彼女を引き摺っていった。ハンジのストッパーだと噂されている、彼女が部長を務める科学部の後輩は慣れた手つきで彼女を引きながら、こちらにぺこり、と一礼した。

「ちょっと、モブリット、まだ話が……」
「すみません、リヴァイ先輩、ちゃんと責任をもって見張ってますので、見させてあげてください。結構楽しみにしていたみたいなので」

 そう言う後輩に引き摺られ、エレン君、また後でねーとハンジは手を振りつつフェードアウトしていった。

「…………」

 リヴァイにリヴァイの両親、エレンの両親に――父親は途中参加だが――後輩達にハンジとその後輩。どこまで大所帯なんだとリヴァイは溜息を吐きたくなったが、子供が楽しそうに大人達に囲まれていたので、まあ、たまにはこんなのもいいか、と思うことにしたのだった。

 エレンとは一旦別れ、運動会はまずは園児達の入場行進から始まったのだが、そこで流れてきた音楽にリヴァイは頭を抱えたくなった。最初のイントロだけでもう判ってしまう、子供の大好きな戦隊もの『討伐戦隊シンゲキジャー』のオープニング曲に、またこれなのか、もうこの幼稚園はあの番組とタイアップでもしているのではないか、と突っ込みたくなる。現実的に考えればタイアップなどあり得ないが、入場行進曲や競技のときの音楽といえばクラシックが使われるのが定番なのではないだろうか。双頭の鷲の旗の下にとか、ウィリアム・テル序曲とか、天国と地獄とか、カルメン組曲とか色々あるはずなのに、何故あの番組のBGM曲ばかり流すのだろうか。
 いや、今の子供にはクラシックよりも子供番組の曲の方が親しみやすいのかもしれないが――やはり、この幼稚園には何か問題があるのではないかと頭を悩ませるリヴァイだった。

 競技も順調に進み、次が父兄参加の二人三脚ということで、リヴァイが子供とともにスタート地点に向かうとそこには見覚えのある女児――ミカサが仁王立ちでリヴァイを待ち構えていた。

「あなたとはいつかけっちゃくをつけねばならないとおもっていた」
「…………」
「わたしはまけない。あなたにかって、かならずエレンをわたしのよめに……!」

 いや、だからそれは嫁にするのではなく、自分が嫁になるんだろう、というか、いつの間に勝負して勝った方がエレンを嫁にする権利を得るなどという話になっているのだろうか。リヴァイが内心で突っ込みながら遠い目をしていると、対抗意識満々の女児に声をかけるものがあった。

「ミカサ、しょうぶするきまんまんみたいだけど、ダメだよ。だって、ミカサとエレンはちがうくみではしることにきまったじゃないか」
「え?」
「エレンとはたたかえないって、ミカサがじぶんでエレンとべつがいいっていったんじゃないか」

 はしるじゅんばんはきまってるんだから、もうへんこうはできないよ、と男児――アルミンがそう声をかけると、ミカサはショックを受けたようでその場に打ちひしがれた。

「わたしとしたことが、そんなたんじゅんなミスを……! くっ……つぎはない!」

 悔しそうにそう言って去っていくミカサを見送りながら、何なんだかな、とリヴァイは溜息を吐いた。そんなリヴァイの服の裾をくいっとエレンが引いた。

「リバイさん、いっとうしょうになれるように、がんばります!」
「ああ、俺も頑張るから、一緒に一位になろうな」


 そう声を掛け合い競技に臨んだ二人は――見事一位を勝ち取ったのだった。



 その後、仕事を終えた子供の父親も合流し、子供はご機嫌だった。そうこうするうちにお昼の時間になり、レジャーシートの上に各自が作って来た弁当が並べられたのだが、一番眼を惹いたのはリヴァイが持参してきた弁当だ。

「シンゲキジャーだ! これ、へーちょうですね、リバイさん」
「ああ」

 リヴァイが今朝、この幼稚園に場所取りに行けなかった理由――それはエレンのために弁当を作る予定があったからだ。仕込みは前日の夜に済ませるとしても、作ってから行ったのではどうしても時間がかかって遅くなってしまう。母親に全部任せることも出来たが、折角の初めての運動会なのだから子供の喜ぶものを自分の手で作ってやりたかったのだ。
 そして、考えたのが子供の大好きなシンゲキジャーのブラックに似せて作った弁当――いわゆるキャラ弁なのだが、目の前に差し出されたキャラ弁に子供は眼をキラキラと輝かせている。

「リヴァイがキャラ弁作ったの!?」
「え、リヴァイ先輩がキャラ弁!?」
「まさか、先輩がキャラ弁を作るなんて……」
「俺は夢を見ているのか? リヴァイ先輩がキャラ弁……」

 ハンジや後輩達のどよめきなどリヴァイは気にせずに、子供に勧めると、子供は食べるのが勿体ないとそれを眺めている。だが、折角作って来たものを食べてもらえないのでは意味がないので、リヴァイが更にそう言って促すと、食べ始めた。

「おいしいです、リバイさん!」
「そうか。なら、良かった」

 子供の母親やリヴァイの母にペトラが作って来た弁当も皆で回して食べ合って賑やかな昼食となった。主婦である二人は勿論のことペトラの作って来た弁当も美味しく、三人とも結構な量を作って来たのにも拘らず総てが胃の中に収まった。育ちざかりの男子高校生が数人もいれば当然の結果だと言えよう。たった一人弁当を作ってこなかった女性のハンジは、弁当のことなんて忘れてたよ、作ってくれば良かったかな、と言っていたが、リヴァイはお前の弁当なんて恐ろしくて誰も食べられないぞ、とそれに返した。
 ハンジは酷いな、私だって食べられるものは作れるんだよ、と唇を尖らせていたが、リヴァイの高校に通う面々が誰も彼女に同意しなかったのは言うまでもない。


「そういえば、リヴァイ君の学校でも体育祭があるんでしょう? いつなのかしら?」
「ああ、俺のところは次の休みにやります」

 エレンの母親――カルラの言葉にそう答えると、子供はリヴァイの服を引いてみにいきたいです、いってもいいですか、と訊ねてきた。

「高校の体育祭なんて見ても面白くないと思うが、いいのか?」
「みたいです!」
「いいじゃないか、リヴァイ。私が学校を案内するよ」
「お前の案内は却下だ。案内なら俺がする。エレン、来たいか?」
「はい!」

 カルラがじゃあ、エレンを連れていくわね、と笑うと、リヴァイの母もじゃあ私も行くわねと続く。母親まで来ることにげんなりしてしまったリヴァイだが、彼女が見たいのはリヴァイの姿ではなくリヴァイの学校ではしゃぐ可愛いエレンの姿なのだろう。リヴァイが止めたとしても絶対に来ることは予想できたので、早々に説得は諦めることにした。

「ねえ、何で私の案内はダメなわけ? 酷いと思わない? モブリット」
「それは日頃の行いと信頼が物語っているんだと思います、ハンジ先輩」

 うんうんと頷く後輩たちを見て、ハンジは私の扱いが皆酷いよ、とむくれていた。
 そんなわけで、今度はリヴァイの学校にエレンが体育祭を見に来ることとなったのだった。





 リヴァイの高校の体育祭の日も天候に恵まれ、気持ちの良い秋晴れとなった。前回、子供を連れてきたときは体育館しか見せていなかったので、校舎内を案内すると、子供は眼をキラキラさせて辺りを眺めていた。幼稚園と比べて広い校舎や校庭が珍しいのだろう。

「おや、リヴァイ、その子が噂のエレン君かい?」

 二人で廊下を歩いていたらそう声をかけられ、振り向いた先には見知った人物の姿があった。

「何の用だ、エルヴィン」

 振り返った先にいた男――この高校の生徒会長を務めるエルヴィンに生徒会に入るように何度も勧められていたリヴァイは、その顔を見る度にうんざりしてしまう。彼自体のことは別に嫌いという感情はなかったが、生徒会などに入ったら自由な時間がなくなってしまう。今のように子供に構ってやることなど出来なくなるだろう。生徒会入りなど御免だった。

「イヤ、たまたま通りがかっただけだよ。はじめまして、エレン君?」
「はじめまして、エレン・イェーガーです!」

 ぺこりと頭を下げるエレンの頭を撫ぜようとした相手からリヴァイは遠ざけるように子供を抱き上げた。

「リバイさん?」
「いいか、エレン、あの胡散臭い八:ニには近付くな」
「はちにーですか?」
「ああ、言いにくかったら、ヅラでいい」
「ヅラさん、ですか?」

 子供に言い聞かすリヴァイにそれは酷いよ、リヴァイ、と明るい声がかけられた。視線を向ければそこにいたのは予想通りに変人と呼ばれている同級生の少女で。

「会長はまだヅラじゃないよ? あの八対二分けの髪型はどうかと思うし、年誤魔化してるだろリーマンにしか見えないよって、思うけど、ちゃんと現役の高校生なんだよ」
「どっから湧いた、ハンジ。というか、エルヴィンは絶対に年齢を誤魔化しているだろう」
「そこはあたたかく見守ってあげないと会長が可哀相だよ」
「まあ、年はいいが、エレンを見る目が危険だった」
「イヤ、二人とも私は鬘じゃないし、年を誤魔化してもいないから。それと、ただ可愛いから撫でてあげようとしただけだから」
「……あやしいな」
「うん、あやしいね」
「…………」

 二人に畳みこまれるように言われて、エルヴィンは生徒会の仕事があるから、ではまた、という言葉を残し、哀愁を漂わせて去っていった。

「で、お前は何してるんだ?」
「あ、そうだった。ちょっと職員室に用があって――すっかり忘れてたんだけど、私、体育祭の実行委員だったんだよねー」

 そんな大事なことを忘れるなよ、と言いたかったリヴァイだが、ハンジは何も気にしていないようで明るく笑った。

「体育祭でいきのいい生徒を見つけたら実験を手伝ってもらおうと思って、探しやすいかと委員になったんだけど意外に忙しくてさ、競技見てられそうにないんだよね。失敗しちゃったなー」
「…………」
「じゃあ、私はこれで行くから。また後で会おうね、エレン君!」

 去っていくハンジの姿を見送りながら、これで犠牲者が出なくなったと喜ぶべきなのか、いや、実行委員という立場を利用して何かする可能性はまだ残っているので油断は出来ない、とリヴァイは気を引き締めた。
 そして、体育祭で何でそんな心配をしなければならないのか、と溜息を吐いたのだった。




 リヴァイは心配していたが、特に問題は起きなかった――いや、起きたら困るのだが、どうやら例のストッパーのハンジの部の後輩も実行委員だったようで、ハンジの暴走はそこで食い止められているらしい。リヴァイの出る種目は適当に選んだ借り物競走なのだが、順番が近くなったのでスタート地点に並ぶと、先の組で何やらもめていた。
 何があったのかと訊いてみると借り物に書いてあったのが『生徒会長のヅラ』だったらしい。ヅラじゃないと主張するエルヴィンと貸してくださいという生徒の間でもめたらしく、結局生徒会長ごと連れて行ってゴールしたらしいが、エルヴィンの全身からは哀愁が漂っていたそうだ。

「…………」

 どうやらこの借り物競争には変な指定がされたものが混じっているようだ。その後も有名なアニメキャラの抱き枕とか、絶対にこの場にはないだろうと思われるものが混じっていたから、引き当てた生徒はもはや棄権するしかない。実行委員が楽しんで入れたに違いないと――おおよそはハンジの指示ではないかとの予想が立つが――リヴァイは思った。
 自分の番になり、まともなものに当たるように願いつつ紙を手にすると、そこに書かれていた言葉に、リヴァイは真っ直ぐに観戦している子供の許に向かった。

「リバイさん?」
「エレン、ちょっと付き合ってくれ」
「はい!」

 突如、目の前に現れた自分に不思議そうな顔をする子供を抱き上げ、リヴァイはゴールへと向かった。他の者は借り物に手間取っているらしく、ゴールしたのはリヴァイが一番であった。

「あ、リヴァイが一番なんだ。後は借り物があってるかだけど。エレン君連れて来たってことは子供とか? 用紙見せて」

 丁度、借り物が合っているのか確認する係をやっていたらしいハンジに、リヴァイがエレンを下ろして用紙を渡すと、彼女は受け取った用紙に書かれていた言葉を見て眼を丸くした後、盛大に笑った。

「ああ、確かに合ってる、合ってるけど、これの狙いはきっと違ったんだと思うよ?」
「合ってるならいいだろう」
「うん、まあそうだけど。はい、借り物は『世界で一番可愛いと思うもの』でした〜!」

 世界で一番可愛いと思うもの――物なのか人なのかは指定されていなかったが、これを書いたものはおそらくは男子生徒に引かせて、その子の好きなタイプの女子を連れてこさせてからかう、みたいなことを狙ったのだろう。ちょっとした告白劇にでもなればイベントとしては盛り上がったのかもしれない。だが、そんなことはリヴァイには関係ない。

「それより、お前、もっと簡単なものにしてやれ。リトマス試験紙とかPH試験紙とかベネジクト液とか書いたのはお前だろう? 普通に考えて持ってる人はいないぞ」
「私は持ってるよ? 部室にもあるし」
「お前を基準に考えるな」
「うーん、ヨウ素液とか石灰水とかの方が良かったかな」
「…………」

 もはや、何も言うまい、と思っていると、子供がリヴァイの体操服の裾を引いた。

「リバイさん、いっとうしょうですか?」
「ああ、お前のおかげだ」

 そう言って頭を撫ぜてやると、子供は自分のことのようにすごいです、と眼を輝かせて笑った。幼稚園のように景品は出ないが、子供が喜んでくれるならそれで充分だとリヴァイは思った。


 その後、リヴァイは子供と二人の母親と昼食をとった――この年で親と体育祭で一緒に食事をすることになるなんて思わなかったが、子供と一緒に食事をするならもれなくついてくるので仕方がないだろう。

「リバイさん、おべんとうもってきました!」

 そう言って差し出された、子供の好きなあの戦隊物のキャラの描かれた弁当箱の中にはいびつな形をしたおにぎりが入っていた。一応何かに似せようとしたのか、海苔で髪と顔が作られており、どう考えても子供の母親が作ったものとは思えず。
 子供の顔には期待と不安が混じっていて、ひたすらリヴァイが食べるのを待っているようだった。リヴァイはおにぎりを手に取り、一口食べた後旨いなと笑った。
 子供はそれを聞いて安心したように笑って顔を輝かせた。カルラが、笑ってそれが子供が初めて握ったおにぎりでリヴァイ君と自分を作ったのよ、と説明する。

「……やっぱり、合ってるな」

 世界で一番可愛いと思うもの――その子供を改めて誉めてやって、リヴァイはいびつで具のはみ出たおにぎりを残らずたいらげたのだった。




「リバイさん、リバイさん、みてください」

 その日、いつもの通りに帰宅したリヴァイを待っていた子供がリヴァイに渡したのは一枚の画用紙で、鮮やかな色合いで人物らしいものが描かれていた。

「ごほーびのクレヨンでかいたのです!」

 あの日、幼稚園の運動会で一等になった景品は子供向けらしくクレヨンのセットだった。そのクレヨンを使って描いたらしい人物の周りには星と太陽が一緒に描かれている。太陽が出てるのに星も描くなんておかしいのではないか、とは突っ込まずに、リヴァイは何を描いたのか子供に訊ねた。

「このまえのうんどうかいです! リバイさんをかきました!」

 そう言って子供は笑う。どうやら、大きく描かれている人物が自分で、その横に小さく描かれている人っぽいものが子供のようだった。

「リバイさんはいつもキラキラです! だから、おひさまとおほしさまもかきました。でも、リバイさんがいちばん、キラキラです!」

 太陽も星も敵わない程輝いているのがリヴァイなのだと子供は主張する。
 それは逆だと、リヴァイは思う。キラキラと輝くものを持っているのは子供の方だ。いつもあたたかくて優しいやわらかい気持ちを運んでくるのはこの子供の方なのだと。
 リバイさんにあげます、と言って差し出されたそれをありがとうと言って受け取ると、子供は嬉しそうに笑う。

「リバイさん、だぁいすきです」
「ああ」

 この先子供が大きくなっても、このキラキラとしたものを失くさずにいて欲しいと思いながら、リヴァイはその頭を撫ぜてやった。






≪完≫


2013.12.12up




 シンゲキジャーシリーズの話。両方の運動会や七五三などいろいろ。というリクでしたので、運動会の方を選ばせて頂きました。七五三は親族だけで行う行事なので、仲の良いお隣さんでは晴れ着姿を見せて終わりくらいなのでネタにならなかったのです…(汗)。少しでも楽しめるものになっていればいいのですが。
 リクエストをくださり、ありがとうございました〜!



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