君の一番




 調査兵団に入団した新兵の一番最初の目標はまず生き残ることだ。戦績を残そうなどと考えてはいけない。新兵が壁外調査に初参加したときの生存率はおよそ五割――半分もの新兵が初回で命を落とすのだから、生きて帰ってくれば上出来と考えなくてはならない。壁外調査に繰り返し参加し、経験を積み腕を向上させれば生存確率は上がるが、戦い慣れたベテラン兵士でも命を落とす可能性はゼロにはならないわけで、どんな状況でも決して油断してはならないのが兵士としての鉄則だ。
 死線を潜り抜け、何年も生き残ってきた兵士達はその分、仲間の死にも立ち会うわけで、リヴァイ班として召集された精鋭と呼ばれるメンバー達も、まだ入団したばかりの幼さの残る新兵達が死んでいくのを目の当たりにしてきた。仲間の死というものは何度経験しても苦く胸が痛くなるもので、こればかりは慣れるものではないし、慣れてはいけないものだとも思う。

 そんなリヴァイ班に一人の新兵がやって来た。いや、正確にはその新兵のためにリヴァイ班のメンバーは招集されたわけだが、まだ訓練兵を卒業したばかりのそのエレン・イェーガーという名の少年は、巨人に変身出来るという能力を持つ稀有な存在だった。
 彼は人類の脅威なのか、それとも希望なのか――どう接すればいいか判らなかった班員達ではあったが、巨人化実験の失敗の後、お互いのわだかまりや不信がなくなり、打ち解けて話し合える間柄になった。そうしてともに過ごしていくうちに彼らにも少年の性格が判ってきた――彼は非常に素直で、裏表のない真っ直ぐな気性の持ち主であり、仲間思いなのだと。巨人に対する敵意は人一倍強く、それがゆえに暴走する危険性も危惧されていたが、同じ志を持つ兵士、特に先輩に対しては敬意を表し、凄いと思ったことは手放しで賞賛する。それがお世辞ではないと判るからされた方は嬉しくもあり、気恥かしくも感じる。どうやら少年は一度気を許すとどこまでも懐くようであり、素直な賞賛と敬意を向けて慕ってくる後輩が可愛くないわけがなく――いつの間にか少年はリヴァイ班の先輩達から可愛がられるようになっていた。



「エレン、お菓子を頂いたの。良かったら一緒に食べない?」
「わあ、いいですね。じゃあ、オレ、お茶を淹れます」
「エレンも大分お茶を淹れるのが上手くなったわよね」
「ペトラさんの指導のおかげです。でも、ペトラさんに比べたらオレなんかまだまだですけど」
「そんなことないわよ、兵長もこの前誉めていたじゃない」

 その日の訓練を終えた昼下がり、丁度休憩時間に入ったペトラとエレンが穏やかな雰囲気で話していると、そこへエルドが声をかけてきた。

「休憩するなら、俺にも茶を頼む。エレン、大分立体起動の連携プレーが上手くなってきたな、グンタも誉めていたぞ?」
「本当ですか? ありがとうございます、嬉しいです!」
「じゃあ、皆で休憩する? グンタも呼んで。……仕方ないから、オルオもね」
「オイ、俺が何でついでなんだ、ペトラ」
「オルオ、いつの間に来ていたの? どこからともなく発生するなんて、さすがにゴキブリと一緒なだけあるわ……」
「誰がゴキブリだ! 俺はあんな黒光りしてねぇぞ」
「そうね、一緒にするなんてゴキブリに失礼だったわ……」
「…………」
「あ、あの、オレ、人数分のお茶を淹れますね!」
「この前もらった果物があるから、それも食うか?」
「いいですね、用意します」

 賑やかに話し合う班員達を、面白くなさそうに一人の男が眺めていた。

「リヴァイ、どうしたんだい? 眉間に皺寄せちゃって」

 たまたま通りがかったハンジが男――リヴァイの先に彼の班員達の姿を見つけて、へぇ、随分仲良くなったんだね、と呟いた。

「最初に見かけたときはあんな精鋭達の中で上手くやっていけるか心配だったんだけど、皆、エレンを可愛がってるみたいじゃないか。良かったね」
「ちっとも良くねぇ……」

 ハンジの言葉に男は低い声で答え、それを耳にした彼女は不思議そうに首を傾げた。

「班員同士の仲がいいのは良いことだろ、リヴァイ。まあ、仲が良すぎると慣れ合いしすぎてダメになる場合もあるけど、あの子達はそれくらいはわきまえているだろうし。連携や作戦遂行も信頼関係がなければ成り立たないし上手くいかないだろう?」
「そういうことじゃねぇ」

 リヴァイはくわっと眼を見開いて断言した。

「俺とエレンの時間が減るじゃねぇか!」
「…………」
「というか、何気軽に触ってるんだ、あいつら。あいつの身体の隅々にまで触っていいのは俺だけだっていうのに!」
「……余り、心狭いと嫌われるよ、リヴァイ」

 少年と男がそういう仲らしいというのは二人を注意深く見ていれば何となく察することが出来る。あの男にもようやく春が来たのか、とそのくらいにしか思っていなかったハンジだったが、どうやら男は周りが思っていたよりも独占欲が強かったようだ。

(春が来たのはいいけど、頭の中まで春になられると困るんだけどな)

 勿論、リヴァイは公私混同するような男ではないし、やるときはきっちりとやってくれるとは思うが、ピリピリとした雰囲気は相手に伝わるものだ。上官の様子を気にして班員達が混乱するのは頂けないし、ここは一つ、自分が何とかしてやろう、とハンジは思った。

「よし、じゃあ、私が力を貸すよ、リヴァイ」
「断る」
「え? 何で? 話も聞かずに断るなんて酷くない?」
「お前が関わると、余計に事態が悪化するだろ」

 酷いな、とハンジは苦笑して、いいからいいからと男に告げると、エレン達に近付いていった。

「皆、休憩するなら私とリヴァイも混ぜてよ。この前支給されたお菓子出すからさ!」

 男が止める間もなく、リヴァイ班とハンジの面々は優雅なお茶会を開催することに決まってしまったのだった。




 リヴァイは何かあるか心配していたが、お茶会、もとい休憩時間は終始和やかな雰囲気で進んでいき、気にすることはなかったか、と安堵しかけたときにそれは起こった。
 がたっという音とともにエレンがテーブルの上に突っ伏したのだ。

「エレン!?」
「どうしたんだ、新入り!?」
「オイ、大丈夫か、エレン!?」

 慌てる班員達を前にハンジはにっこりと笑った。

「あ、ようやく効いたんだ、薬」
「オイ、クソメガネ、どういうことだ……」

 低い声で恫喝する男にハンジは肩を竦めた。

「別に命の危険性がある薬じゃないよ、リヴァイ。エレンの飲み物にだけ薬を入れたんだけどね、いわば、何でも話したくなっちゃう薬……まあ、自白剤みたいなものかな。これでエレンが周りの人間をどう思っているかちゃんと聞けるよ?」

 そう言ってから、ハンジはエレンの肩を揺らしてその眼を覚まさせた。どこかとろんとした眼でハンジさん?と少年は彼女を見た。

「エレン、質問に答えてくれるかい? リヴァイ班の先輩達をどう思ってる?」
「……先輩?」
「そう。じゃあ、まずはペトラから」
「ペトラさんは……綺麗で優しくて、なのに強くて、凄いと思います。すごく親切にしてもらって……自分にお姉さんがいたらこんな感じかなーって思います」

 エレンの言葉に嬉しそうにペトラが私も、エレンは弟みたいに可愛いわ、と呟いた。

「エルドは?」
「エルドさんは場の雰囲気を和ませるのが上手で、いいタイミングでガス抜きをしてくれるというか、そういう気遣いが上手くて凄いな、と思います。技術もあるし、年上のお兄さんみたいな感じで」
「グンタは?」
「グンタさんは責任感が強くて、上手く指示を出してくれるし、班長向きな人だと思います。だれてくると一喝して気を引き締めてくれるし、尊敬できる先輩です」

 エルドとグンタも誉められて照れたように笑っている。オルオは気にしない素振りをしながらも気になるのか、ちらちらとエレンに視線をやりながら自分の評価を待っていた。

「後はオルオだけだね。オルオは?」
「オルオさんは、すごく技術のある人で、討伐数もダントツで、言うだけの実力のある人だと思います。そこは尊敬出来るんですが、ただ……」
「ただ?」
「正直、兵長の真似をしているのを見るのは寒いっていうか、痛いです」
「…………」

 エレンの言葉に固まるオルオを余所に、他の班員達は全員頷いている。

「そうだな、あれは寒いを通り越してむしろ、痛々しいな」
「ああ、しかも、全く似ていないしな。似ていると思っている本人が哀れだな」
「そうよね、共通点はまったく見当たらないわよね。……舌噛み切って死ねば良いのに」
「戦友に向ける冗談にしては笑えねぇな、お前ら!」

 仲いいね、君達、と笑ってハンジはじゃあ、これが本番、とエレンに言葉をかけた。

「じゃあ、リヴァイは?」
「兵長は……格好いいです。人類最強と呼ばれるに相応しい兵士長で、厳しいけど、本当は部下思いですごく優しいんです。大好きです。自慢の恋人です」

 本当は世界中の人に自慢したいくらいですけど、我慢してます、とエレンはふにゃりと笑った。

「エレン……」

 その言葉を聞いた男は我慢出来ずに恋人を抱えると、自分の膝の上に座らせて抱き締めた。

「俺もお前が自慢の恋人だぞ?」
「へい、ちょう?」

 自分がどういう体勢にあるのか判らないのか、エレンはとろんとした眼でリヴァイを見つめ、またふにゃりと笑った。

「へーちょうだ。えへへ、だぁいすきですー。いちばんすきです、すきー」

 何だか段々と舌が回らなくなっているようだが、それも気にならないようで、少年はスリスリと男に身を擦り寄せた。

「あれ? おかしいな、そこまでの効果はないはずなんだけど。どうも、エレンはこの薬効きすぎるみたいだね。酩酊状態に陥っちゃってるみたいだ」

 エレンの様子を見てそう言った後、ハンジはでも後遺症とかはないから安心していいよ、と男に告げた。というか、そんな危ないものを使ったが最後男に蹴り殺されるかもしれない――いくら研究や実験好きの自分でも、さすがにその結果でそんな最期を迎えるのは望んでいない。

「エレン……」
「ん、へーちょう……」

 ちゅっ、ちゅっ、と瞼や頬に口付けを落としていた男が少年の唇をついばみ始め、服の中に手を入れ始めたのを見て、ハンジは制止の声を上げた。

「そこから先は部屋にいってからやりなよ、リヴァイ」
「判ってる。この先の可愛いこいつの姿を見せる気はないしな」

 そう言って男はエレンの身体を姫抱きにして立ち上がると、部屋の扉へと向かった。

「へーちょう、どこいくんですかー?」
「俺の部屋だ。……たっぷり、可愛がってやるからな」
「? はい、へーちょうがいくなら、いっしょがいいです。だいすきです、へーちょう」

 首に手を回してすりすりと頬を寄せてくる可愛い年下の恋人に、ちくしょう、可愛いな、たまらねぇ、と心の中で絶叫しながらリヴァイは急いで自分の部屋へと向かったのだった。




 ――その後。エレンは首を傾げながらハンジに相談をしていた。丁度休憩時間に当たる今、目の前には少年の淹れてくれた茶があり、彼の先輩や上官が誉めたのも頷ける味となっている。温かい湯気を立てるそれを眺めながら、ハンジは彼の言葉に耳を傾けていた。

「何か、最近、皆さんの様子がおかしいんですよね。何か言いたそうなのに、訊くと何でもないって言うし、知らない方が幸せなこともあるとか言い出すし。兵長にも訊いてみたんですが笑って知らねぇって言うだけだし」
「…………」
「で、考えてみたら、そうなったのってあのお茶会というか、皆さんで休憩をとった後からのような気がするんですよね。オレ、途中で急に眠くなって寝ちゃったみたいで全然覚えてないんですけど……兵長が部屋に運んでくださったみたいで。あの、もしかして、オレ、あのときに物凄い寝言とか叫んだりしたんでしょうか?」

 少年があの後どうなったのかは物凄く上機嫌な男の様子を見ればすぐに知れた。どうやらあの薬は少年には自白効果だけではなく、酩酊状態――というか、媚薬のような効果ももたらしたらしく。散々声を出させられたらしい少年は翌日声を枯らしていた。
 だが、当の本人はどうもすっぽりと記憶がなくなっているようだった。先輩達の評価をしたことも男の膝の上で甘えていたことも、その後男においしく頂かれたことも記憶にないらしく、本人としてはわけが判らない状態なようで。

「……知らない方が幸せなことって世の中にはあるよね、うん」
「ハンジさん?」
「イヤ、別に変な寝言とかは言ってなかったよ? でも、全員がエレンの寝顔見たわけだし、そのまま兵長に運ばれていったのを微笑ましく思ってるだけじゃないかな?」
「そうですかね?」

 腑に落ちない顔をする少年に、ハンジはリヴァイにあの薬を滅多に入手出来ない高級酒と引き換えに渡したことは黙っていようと心に誓った。更にあの日の様子から推測される少年が記憶を失わずに、かつ、言いたいことを言わせられる量を推定して教えたことも墓場まで持っていこうと思う。良心が多少痛まないこともないが、二人は恋人同士なのだし、それはそちらの問題ということで。

「うん、そうだよ。エレンは皆に可愛がられてるんだし、気にすることないよ、うん」
「……そうでしょうか?」
「そうだよ、そうだよ。それにもうすぐ、遠征あるんだし、そんなことに気を取られてないで、気を引き締めないと!」
「――そうですね、はい、オレも役に立てるよう頑張ります」

 少年の決意の声を聞きながら、ハンジは心の中で謝った後、お茶を飲み干したのだった。






≪完≫



2013.11.29.up



 あさひ様からのリク。リヴァエレ+リヴァイ班でみんながエレンを可愛がる→兵長ヤキモチ→結局おいしい所もってく兵長→みんなの前でもラブラブ……な、話。だったのですが、何かベタな上に短い話に……。少しでも楽しめて頂けるものになっていればいいんですが。
 リクエストをくださったあさひ様、ありがとうございました〜。




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