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「えーと、相互理解期間ですか?」

 ことの始まりはハンジに呼び出されたことだった。出向いた先には不機嫌そうな自分の上官もいて、エレンは背筋を伸ばした。いったいどういうことなのだろうかと、窺いながら見ていると、少年を呼び付けたハンジから呑気な声がかけられ、彼女は話があるからソファーに座るように促した。いったい何の話なのだろうかと、内心で首を傾げながらエレンがソファーに腰掛けると、ハンジは二人に相互理解期間を与えるように、と団長からの指示で決まったから、と少年に伝えたのだ。聞き慣れない言葉に怪訝そうな顔をするエレンにハンジは続けた。

「お互いの理解を深める為の期間、ってことだけど、まあ、お茶でも飲みながらゆっくり話そうよ」

 そう言って勧められた紅茶のカップをエレンは口に運んだ。そのまろやかな味わいからこの紅茶はハンジではなく彼女の部下が淹れたのだと推察出来た。ハンジが淹れると濃かったり、薄かったりまちまちなのだが、彼女は余りお茶の味には頓着しないらしい――自分の上官は茶の味にはうるさくて美味しい淹れ方を先輩に伝授してもらうのに少年はかなり苦労したのだが。

「調査兵団の壁外遠征における、初参加の新兵の死亡率は知ってるかい? エレン」
「はい。確か五割でしたよね?」

 エルヴィンが入団の際にはっきりと口にしていたから今期入団の新兵は全員知っているはずだ。自身を含む半分もの同期が死ぬと判っていて、それでも自分の同期達は調査兵団を選んだのだ。
 エレンの回答にハンジはそう、その高さが問題なんだよね、と頷いた。

「まあ、新兵に限らず、直接巨人と対峙するここ、調査兵団の兵士の死亡率は高いわけなんだけどね。折角、三年もかけて育てた新兵に半分も死なれちゃ周りが非難してくるわけよ。こっちだって好きで死なせてるわけじゃないんだけどさ、入団希望者も減るし、何とか生存率を上げたいと考えたわけだ」
「……それが、何で相互理解期間になるんだ?」

 紅茶を口に含んでその味に満足したのか、咽喉を潤してからリヴァイがハンジに問う。

「まず、自分の腕を磨くことと、後は技巧の奴に立体起動装置の性能を向上させるのが一番じゃねぇか」
「それもそうなんだけどさ、入りたての新兵はまだ経験不足のうえに、新しい環境になじむのに必死でしょ。更に配属された班で初めて会う人間と信頼関係を作らなきゃいけない。そういうのがストレスになって、実践に影響してるって思われるわけ」
「それを乗り越えての兵士だろうが」

 リヴァイはさっきからみもふたもないことばっかりしか言わないんだから、とハンジは唇を尖らせた。

「リヴァイのとこみたく上官を心から尊敬してます、な部下が集まっているならともかく、初めてあった上官や先輩をすぐに尊敬出来るわけないだろう? だから、お互いのことを知ってもらって信頼関係を築いてもらえれば連携や作戦がスムーズにいくんじゃないかって意見があって、試しにやってみようということになったんだ」

 そのために相互理解期間を作ってともに行動をしてもらうというのはどうだろうか、という提案が出され、そのお試し要員がリヴァイとエレンになったわけである。

「何で俺達がその胡散臭い提案に参加しなきゃならねぇんだ」
「だって、エレンはリヴァイの監視対象だし、どうせ一緒にいるんだからいいかと思って。それに審議所であんなにぼこぼこにされたエレンがリヴァイに懐いたら、効果があるってことになるだろうって話になってさ」
「俺達は上手くいってるぞ」

 ムッとした顔でリヴァイがハンジに文句を言い、エレンを見つめてきたので、少年ははい、と恥ずかしそうに頷いた。――実はつい先日、めでたく男と恋人同士と呼ばれる関係になったのである。そんな自分達に今更相互理解期間も何もないだろう、とは少年でも思う。

「あ、とうとうくっついたのか、おめでとう。良かったね、二人とも」

 あっさりとそんなことを言われたので、エレンはその場に固まった。何故、彼女は知っているのか。恐る恐る訊ねると、え、知られてないと思っていたの?と逆に返されてしまった。

「リヴァイ、あからさまだし。まあ、くっついたんなら、良かった。これで実験しやすくなったし」

 実験という言葉を聞いて、オイ、どういうことだ、と立ち上がったリヴァイに引っ張られるようにエレンも立ち上がった――いや、ようにではなく実際に引っ張られたのだ。だが、リヴァイは何もしていない。見えない力に引き寄せられるように、エレンはリヴァイの腕にくっついた。

「エレン?」
「え? ええ? あの……」

 腕を放すと今度はまた違う身体のどこかが引き寄せられる。わけが判らず、混乱するエレンにハンジは薬が効いてきたみたいだね、と呟いた。

「……紅茶か。お前が淹れたものじゃなかったから、油断したな」

 舌打ちするリヴァイにハンジは特に身体に悪い影響はないから安心していいよ、と笑っていたが、この状況は全く以って安心出来るものではない。

「投与されたもの同士が引き寄せられるってわけか。効果はどれくらいだ?」
「薬の量と、個体の大きさによるけど、一日前後かな。偶然に出来た薬なんだけどね」

 実験途中に出来てしまった薬で、何故そうなるかの原理はよく判っていないらしい。ただ、投与されたもの同士は身体が引き合うらしく、くっついた部分を引き離そうとすると別の個所がくっつくらしい。

「これを使って巨人同士をくっつけて動けなくして捕獲しようかって話になったんだけど、この薬をどうやって投与するかと、巨人の身体だとどの程度の量が必要か判らないから、実用的じゃないってことにで却下されたんだよね。でも、折角出来たんだから、何かに利用したいって考えるのが道理じゃないか」

 薬には特に副作用はないらしく、健康に害はないらしい。効き目がなくなれば身体は離れて元通りだという。

「解毒剤はないんですか?」
「成分解析がそこまで進んでないからまだないんだ、ごめんね。まあ、一日程度だから」
「相互理解期間というのは嘘か?」
「あ、それは本当。リヴァイとエレンが選ばれたのも本当だし、だから、ついでに実験に協力してもらおうかと思って」
「ついでで、妙な薬盛るんじゃねぇよ、クソメガネ!」

 ――次の瞬間、リヴァイの回し蹴りが綺麗にハンジに炸裂したのだった。



 まあ、なってしまったものは仕方がない、薬の効果がなくなるまでだしこのまま待とう、と男は言った。少年もその言い分に同意した。解毒剤がないのなら仕方がないし、いくらハンジが実験好きとはいえ、身体に悪影響を与えるものを投与するわけがないのだ。このまま身体から薬が抜けるのを待てばいい。それはいいのだ。いいのだが――。

(この状況はいったい……)

 エレンはそう叫びたいが、もっとそれを言いたいのは目の前に立っているペトラとエルドだろう。

「ああ、これは問題ないな。後、こっちを持っていってくれ」
「あの、リヴァイ兵長、それはいったい……」

 渡された報告書に目を通し、指示を出すリヴァイに恐る恐るエルドが訊ねてきた。
 今、リヴァイを含む四名がいるのは彼の執務室で、男は通常通り仕事に励んでいる――但し、その膝の上にエレンを乗せて、という言葉がつくのだが。椅子の上に座った男に横抱きに座らされたエレンは――いわゆる膝抱っこという状況である――羞恥のために消えてなくなりたいくらいの心境だが、男は平然と執務机に向かって書類を捌いている。

「詳細はクソメガネに訊け」

 書類を渡された二人は動揺しつつも何とか平静を装って部屋から出ていった。

「あの、兵長……何で、こうなっているんでしょう?」
「離れられないんだから、仕方ねぇだろうが」

 真っ赤になりながら訊ねる少年に、仕事しないわけにはいかないからな、と男は平然とそう返す。いや、そうではなくて、と少年は言いたかった。
 試してみた結果、引き離そうとしても引き寄せられるが、身体の一部分がくっついてさえいれば、他は自由に動かせるのだ。そこはどこの部分でもいいわけで、例えば頭でも指でも足でも構わない。素肌ではなく、服などのものが間にあっても大丈夫らしく――余り厚いものだとダメなようだが――この場合、横に座って足先だけくっつけておくというのも可能で、その方が仕事もしやすいのではないだろうか。

「公然とイチャイチャ出来る機会が与えられたんだ。利用しないと損だろうが」
「イチャイチャって……!」

 真っ赤になって固まる少年に男は笑う。お前は俺とイチャイチャしたくはないのか、と問われ、少年は困ったように俯いた。

「どうなんだ? エレン」
「…………」

 耳元でふっと息をかけられて、少年はびくり、と身体を震わせた。思わず耳を押さえて涙目で睨んだが、男はただ笑うだけで。

「ほら、言え」
「それは、したいですけど……」

 なら、問題ないだろう、と男は笑う。いや、問題はあるから言っているわけなのだが――ごく普通の羞恥心を持つ少年は人前で恋人とイチャついて堂々としていられる精神を持ち合わせていなかった。

「エレン」

 甘ったるい声音で囁かれ、ちゅっと軽い口付けを頬に落とした恋人が満足そうだったので――少年は仕方ないか、と折れることにしたのだった。


 その後の移動も男は少年を離さず――離れられないのだから仕方ないのだが――手を繋いだり、膝に乗せたり終始イチャイチャ振りを周囲に見せつけていた。そして、日が暮れれば夜が訪れ、当然人間なら睡眠を取らなければならないわけで。

(どうしよう……)

 目の前にあるのは上官の寝台だ。離れられない以上、一緒に寝るしかないわけで、恋人同士の二人が一緒に寝るということになったなら頭に浮かぶのは一つしかない。

(こ、心の準備が……)

 付き合いだしたばかりの自分達はまだ身体をつなげたことがなかった。口付けや触り合うくらいのことはしていたが、まだ最後まではしていない。やはり、この状況からいって今宵はそういうことをするのだろうか。

「どうした? エレン」

 またしても膝の上にエレンを乗せて座りご満悦な男に、エレンはあのオレ、誰かと付き合ったことないんです、と話し出した。

「つき合うとか、キ、キスとか全部兵長が初めてで……どうしたらいいのか判らなくて、その、だから……」

 優しくしてくださいね、と続けた少年は真剣にそう言ったのだが。

「…………」
「兵長?」

 少年の言葉に固まっていた男がエレンを抱えて寝台に駆け出して行き、少年は自分が言葉を間違えてしまったことをすぐに身をもって知ったが、もはや後の祭りだった。



 その後、リヴァイとエレンの姿を見ていた兵士達がそれがお試しで始めた相互理解期間だったと知り。女性兵士達から「あんなセクハラ、真っ平御免です!」との猛反発を食らい、その提案は実現されることはなく白紙に戻されたのだった――。





≪完≫



2013.11.11up





 春様からのリク。原作設定で甘々〜なリヴァエレの小説。ハンジさんが出てきてくれたらとても嬉しいとのことで書かせて頂きましたが、甘々というよりギャグ要素が強いような……(汗)。更に短い気が……orz
 リクエストをくださった、春様ありがとうございました〜!




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