♥ 一途な恋 ♥



 エレン・イェーガーの一日の始まりは隣の家への突撃訪問から始まる。

「リヴァイさん、おはようございます! 起きてください!」

 勝手知ったる家の中、エレンはこの家の住人の寝室に赴くと、ベッドの中でまだ安眠を貪っている男の肩に手をかけ、揺り起こした。すると、うるさそうにエレンの手を払い身を起こした相手は不機嫌そうに睨んできた――いや、睨んでいるように見えるが、本人としてはただ見つめているつもりなのだとエレンは知っている。眉間に皺を寄せている男の顔は目つきの悪さも手伝って凶悪だが、エレンは幼い頃から見慣れているので別に怖くも何ともない。今日も一番に男の顔を見られたことに満足して、エレンは朝食が冷めますから急いでくださいと声をかけた。
 男――リヴァイはああ、と頷いて洗顔に向かい、エレンは二人で朝食を取るためにダイニングキッチンに向かった。


「お前、よく、続くな」

 テキパキと動くエレンを見ながらリヴァイがそう呟くと、好きでやってますから、と彼は笑った。

「お前、もう高校生になったんだろう。いつまでも俺のところにばっかり来てないで、部活とかでも始めたらどうだ?」
「興味ないですから。それに、これは計画のうちです」
「計画?」
「はい! 男はまずは胃袋から掴め!作戦を実行中です!」
「…………」
「あ、食べたらお弁当も忘れずに持っていってくださいね!」

 さあ、急がないと、保育園に遅刻しますよ、と続ける少年に男は深い溜息を吐いた。

「お前、まだバカなこと言ってんのか……」
「バカなことじゃないですよ! オレはいつだって本気ですからね!」

 むうと唇を尖らせた後、エレンはそうだ、と何でもないことのように続けた。

「オレ、もう高校生ですから、エッチも大丈夫です! いつでも突っ込まれる準備はしておきますから!」

 そう宣言する少年にリヴァイはこめかみを引き攣らせて、デコピンを投下したのだった。





「なあ、アルミン、リヴァイさんってショタコンなんじゃねぇかな?」

 お昼休みの時間、幼馴染みの少年にそんなことを言われ、危うくアルミンは口の中に入っていたものを噴き出しそうになった。何とか嚥下してげほげほと噎せていると、大丈夫か、と噎せさせた張本人にそう声をかけられた。

「えーと、何でまたそういう結論に至ったのか教えてくれない?」
「だって、オレが小さかった頃はよく遊んでくれたのに、大きくなったら全然構ってくれなくなったし、仕事だって保育士なんだぜ? 絶対に小さい子が好きなんだって」
「えーと、子供好きとショタコンとは違うと思うよ? 単に仕事が忙しいだけだと思うけど」
「そうか? 絶対に冷たくなったと思うんだが。……いいよな、お前は小さいままで余り成長してねぇし」
「……ねぇ、エレン、ひょっとして喧嘩売ってる?」

 アルミンが思わず眉間に皺を寄せて抗議したが、幼馴染みは聞いているのかいないのか、一人でブツブツと呟いている。

「オレも小さいままが良かったな。でも、もう縮めねぇし。何をしたらいいのか……」

 胃袋は掴んでると思うんだけどな、と続けて真剣に悩んでいるらしい少年にアルミンは溜息を吐きたくなった。

「胃袋とかそういう以前の問題だと思うんだけど……あのさ、リヴァイさんも自分も同じ男だって自覚くらいはあるよね?」
「……アルミン」

 エレンは不意に真面目な顔になって、アルミンを見つめた。

「愛の前に性別は無意味だ」
「……………」

 いや、性別の前に愛がないだろ、と突っ込む気力もなくアルミンは堂々と言い切った幼馴染みを生温かい目で見て今度こそ溜息を吐いたのだった。



 エレンとリヴァイは家が隣同士のいわゆる幼馴染みだ。とはいえ、年が離れすぎていたため、最初は交流はなかった。それに、リヴァイは目つきが悪いため幼い子供には怖く見えたのか、エレン達の間では「悪の帝王」と呼ばれ恐れられていたのだ。
 エレンは周り程リヴァイを怖いとは思ってはいなかったが、同年代の友達と遊ぶのに忙しく、隣の家の年の離れたお兄さんと交流しようと思うことはなかった。
 ――そんなある日のこと、公園でボール遊びをしていたエレンは転がったボールを追いかけてつい、道路に飛び出してしまった。道路には飛び出さないことは普段から言い聞かせられてはいたし、エレンも気をつけてはいたのだが、ついうっかりということは誰にでも起こり得ることだ。
 そして、エレンが飛び出した先に車が丁度通りかかったのも起こり得る最悪の事態の一つだった。よく、事故に遭うとスローモーションのように見えるとか、今までのことが走馬灯のように巡るとか言うが、エレンの場合はただ頭が真っ白になった。車が急ブレーキをかける音と、通りかかった人の悲鳴、そんなものも耳に入ってはこなかった。ぶつかる――周りの誰もがそう思った瞬間、状況が理解出来ずその場に固まったエレンの身体が不意に浮いた。身体に羽でもついたのかと思ったが、勿論、そんな訳があるはずもない。
 呆然としていたエレンが誰かに抱えられているのだと気付いたのは自分を抱えている相手に声をかけられてからだった。

「大丈夫か? 怪我はねぇか?」

 自分に声をかけてきた少年――それが隣に住む年上のお兄さんだということをぼんやりと認識して頷くと、相手はホッとしたように良かった、と笑った。どうやら、車にぶつかる寸前に少年がエレンを抱えてその場から逃れてくれたらしい。
 そして、安心した少年が不注意を叱ろうとした瞬間、事態を理解した子供が大泣きして出鼻をくじかれた少年は宥めるのに一苦労することとなったのだった。
 それからリヴァイの家とエレンの家の家族ぐるみの付き合いが始まった――無論、エレンが不注意を充分に叱られ反省したのは言うまでもない。
 エレンにとって、リヴァイはヒーローだった。自分の危機に颯爽と現れ助けてくれた少年にエレンはひどく懐いた。当時、リヴァイはもう高校生であったが、年の離れた子供の相手を嫌がらずに――むしろ、楽しそうにしてくれた。実の兄弟以上に仲がいいわね、と言われるのがエレンは嬉しかった。
 その関係が変わったのはエレンが中学生になった頃だと思う。リヴァイがエレンの相手をしてくれなくなったのだ。何かにつけて忙しいからの一言で済まされてしまう。つい、親に不満を漏らしたら逆に「リヴァイ君ももう社会人になって忙しいんだから、いつまでも甘えていちゃダメでしょう」と窘められてしまった。リヴァイは保育士として働き出して忙しいのだから我慢しなくてはいけない――そう言い聞かせてみたが、寂しいという気持ちは募るばかりだった。
 そして、それが恋心なのだと自覚したのはリヴァイに恋人が出来たらしいと母親から聞かされたときだ。いつの間にか自分はリヴァイのことを恋愛感情で好きになっていたのだということにそのときに気付かされた。エレンは悩んだが――好きなものは好きなのだと開き直ることにした。リヴァイに堂々と好きだと告白し――あっさりと断られたが――日々、好きになってもらえるように努力を続けている。
 特にエレンが高校に入学する直前、リヴァイの親が海外勤務になって男が一人暮らしを始めてからは押し掛け女房のごとく家に通いつめ――何かあったときのため、ということでエレンの家で合い鍵を預かっている――胃袋を掴め作戦を決行しているのだ。リヴァイは付き合っていた女性とはすぐに別れたらしいし――恋人が出来ても長続きしないらしい――男が新しい恋人を作る前に、とエレンは気合いを入れて頑張っている。
 だが、余り効果が感じられないのが現状だ。


(やっぱり、胃袋以外にも何か必要なのかな)

 幼馴染みの少年がいたら、だから胃袋以前の問題だからね、と突っ込まれそうなことを思いながらエレンが足を進めていると、ちょうど、リヴァイが勤務している保育園に差し掛かった。

(リヴァイさん、いるかな?)

 そうは思うが覗いたりはしない。仕事の邪魔をされるのを男は嫌うからだ。そこを通り過ぎようとしたとき、丁度見送りに出たらしいリヴァイの姿が目に入った。

(あ……)

 傍にいたのは綺麗な女性で――勿論、子供の迎えに来たのだから人妻なのだろうが、距離が近いような気がした。それに――。

(すげぇ、胸がでかい……!)

 グラビアアイドル顔負けの大きさだ。当然ながらエレンの胸はまったいらなので比べるべくもない。

「…………」

 おそらくは事務連絡なのだろうが、話し込んでいるリヴァイに気付かれないようにエレンはその場を後にした。




「なあ、アルミン、リヴァイさんって巨乳好きなのかもしれない」

 またしても脈絡もなく幼馴染みにそう告げられ、アルミンは吹きそうになったが、何とか堪えた。

「で、なんでそういう結論になったの?」

 アルミンの質問に自分が見た話をすると、それじゃあ、別に判らないだろ、と意見を述べられた。

「でも、何か親しそうだったし……」
「父兄なら多少は愛想よくするだろ? 胸の大きさの好みなんて人それぞれなんだから、リヴァイさんが大きいのが好きなのかは判らないよ」
「なあ、巨乳に勝つには何をしたらいいと思う?」
「イヤ、だから、好きかどうかなんて判らないって。そもそも胸の大きさの問題じゃないからね?」
「巨乳に対抗出来るもの……」

 エレンはブツブツと呟いていたが、やがてよし、と何かを決意したように呟いた。

「ここはもう既成事実を作るしかないと思う!」
「は?」
「いつまで経っても進展しないし、取りあえずやってみれば何とかなるかもしれねぇし、ほら、据え膳は食わなきゃ男じゃないって言うだろ?」
「いやいやいやいや、何言ってんの? 正気に戻ろうよ! エレン!」
「大丈夫! ネットでやり方調べたし、イメトレは出来てるし! リヴァイさんのためなら痔になる覚悟も出来てるし!」
「突っ込まれる前提? それでいいの? いや、そういう問題じゃなくて、男同士とか未成年だとか他に色々あるだろ、エレン!」
「やっぱり、夜這いするしかないか……合い鍵はあるから、ここはこっそり忍び込んで……」
「それ、犯罪だから! エレン、頼むから戻って来て!」

 アルミンの説得の声も虚しく、こうなったら既成事実作戦を決行する決意を固めたエレンだった。



(問題はタイミングだよな……)

 あれからよく考えてみたが、こっそり忍び込むのは無理だとエレンは結論した。いくら隣の家とはいえ、夜中に家を抜け出したのがばれたら親に怒られるだろう。だったら、最初からリヴァイの家に泊まることを許可してもらった方が都合がいい。最近はなかったが、幸い家族ぐるみの付き合いで何度もリヴァイの家には泊まったことがあるし、翌日が休日の日を選べは問題はない。何度もしつこく男に頼み込んで泊まる許可をエレンは何とかもぎとった。

(やっぱり、眠った頃を見計らって寝室に行くしかないか)

 いきなりエッチしましょう、と言い出したところでデコピンが待っているだけだ。リヴァイが眠った頃を見計らってベッドに潜り込むしかない。
 そう決意したエレンは期待と不安と緊張の入り混じった心で時をやり過ごし、男が寝た時間を見計らってこっそりと寝室に向かった。

「…………」

 さて、どうするか、とベッドで眠る男を前にエレンは思った。

(取りあえず、服を脱ぐか)

 潔く服を脱ぎ捨て、裸になり、ベッドに向かう。

(えーと、ここは服を脱がすべきなのか? いや、そうしたら起きちゃうかもしれないし、どうしよう……)

 順番を考えたらキスからだと思うのだが、起こさないように進めないと止められそうな気がする。経験があればもっと上手くやれるのかもしれないが、少年には全く経験がなかった。取りあえず、ベッドの前で突っ立っていても仕方ないので、恐る恐るベッドの中に潜り込んだ。

「…………」

 並んで横になりながら、いや、これじゃあ、ただの添い寝じゃないか、と少年は自分で自分に突っ込んだ。取りあえず、触ってみようと、手を伸ばそうとして――その手を逆にがっしりと掴まれた。
 眉間に皺を寄せて目を細めながらこちらを見ている男は無言だった。やがて、その顔に驚きが混ざり、まじまじと少年を見詰めた。どうやら人の気配で目覚め咄嗟に手を掴んだたものの、状況の判断がつかなかったらしい。

「…………」
「…………」
「……何しているんだ、エレン」
「……えーと、夜這いです」
「…………」
「…………」

 男はふうと、息を吐いて、少年にデコピンを投下した。



「お前、何を考えてるんだ」

 強制的にまた服を着せられた少年は正座をさせられ、男に説教を受けていた。

「もっと、自分を大切にしろ。そんな簡単に身体を投げ出すなんて……好奇心でそんなことをするのはやめておけ」

 男は言葉を続けていたが、少年の耳には入っていない。
 ただ、失敗したということだけは判った。

(やっぱり、初めてだからか? もっと、リヴァイさんをメロメロに出来るテクニックがあれば……)
「オイ、エレン、聞いているのか?」

 上の空の少年に苛立ったように男がそう言うと、エレンはすっくと立ち上がった。

「判りました! オレ、テクニックを磨いてきます!」
「は?」
「リヴァイさんは初めての人間が面倒くさいタイプなんですよね! 頑張って鍛えてきます」
「オイ、待て! 誰がそんなこと言った!」

 歩き出そうとした少年を男は焦ったように止めようとしたが――。
 びたん、とか、どさっという擬音がぴったりな物音がして。

「…………」
「…………」
「……足、痺れてたみたいです……」

 そう言って、床の上で呻く少年に男は深い溜息を吐いた。


 とにかく落ち着いて話をしよう、と言われ、エレンはリビングのソファーに座らされていた。

「お前、確か、成績は良かったよな?」
「はい! 学年で五番以内から落ちたことはないです!」
「………なのに、何で、こんなにアホの子なんだ……」

 リヴァイはふうと、深い溜息を吐いた。エレンはきょとんとした顔をしている。

「仕方ないか。そんなアホの子でも好きなんだからな」

 リヴァイの言葉にエレンは今度はぽかんとしてしまった。

「え? え? えええええ? だって、オレ、ふられましたよね?」
「ガキに手ぇ出せるわけねぇだろうが」

 リヴァイがそういう目でエレンを見ているのではないかと自覚したのはエレンが中学生になった頃からだ。だから、なるべく接触を避け、女性と付き合ってみたりしたのだが、上手くはいかなかった。
 そのうちに少年に告白をされたが――思春期にありがちな勘違いだと男は思った。だからこそにべもなく断ったのだが、それでも少年は自分を好きだという主張を曲げなかった。

「道を踏み外す気も踏み外させる気もなかったんだが――その辺の男に走られるくらいなら、俺がもらう」
「え? オレ、他の男に走る気はありませんよ?」

 その言葉にリヴァイは怪訝そうな顔をした。では、どうやってテクニックを磨くという話になったのかと問えば。

「ああ、それは買い物に行こうかと思って。今はいろんな大人のおもちゃが――」

 エレンが言い切る前にデコピンが投下されたの言うまでもない。




「リヴァイさん、おはようございます! 起きてください!」

 エレン・イェーガーの一日の始まりは隣の家への突撃訪問から始まる。
 一応、恋人同士という関係になったものの、二人の日常は何ら変わっていない。

「リヴァイさん、オレはいつでもオーケーですから!」
「……お前が成人するまでは何もする気はないからな」
「え? もしかして、リヴァイさんってふの――」

 エレンが言い切る前にいつものようにデコピンが投下された。

「愛の鞭ですか? あ、オレ、SMはちょっと無理ですけど……リヴァイさんが好きなら頑張ります!」
「誰がサドなんだ! ……教育間違えたのか? 頭はいいのにここまでアホになるなんて、ある意味凄いな……」

 バカと天才は紙一重って本当だな、としみじみと呟く男を少年は笑いながら見ている。

「リヴァイさんは今日も格好イイです!」

 キラキラとした顔で自分を見つめてくる少年に、そんなアホが好きな自分は大アホだな、と苦笑しながら、手を伸ばして頭を撫ぜてやったのだった。






≪完≫


2014.5.29up




 現パロ設定リヴァエレ。幼馴染みのリヴァエレで、両片思いで結ばれる、みたいな感じの話の流れを希望。エロはなくてもあってもどちらでも、というリクエストだったんですが、エレンの片思いのような……(汗)。更にエレンがアホの子になりました。普段、暴走するのはリヴァイの方なので、当サイトにしては珍しいです。指定はなかったので思い付いたラブコメを書いてしまいましたが、もしかして、切なめからのハッピーエンドを希望されていたのならすみません(汗)。
 少しでも楽しめるものになっているといいのですが。リクエストをくださった方、ありがとうございました~。



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