携帯電話の振動音に気付いたリヴァイは、それを手に取って見てみると、メールが一件届いていた。フォルダを開き、発信者の名を見て嫌な予感がひしひしとしたが、リヴァイは添付画像のついたそれを読むことにした。
 ――途端、めきりと音がしそうな程男が携帯電話を握り締めたので、そのとき丁度傍にいたハンジは慌ててそれを止めた。

「ちょっと、リヴァイ、何しているんだい!? 携帯へし折る気? 連絡取れなくなるからやめてよ!」

 まさか、それが狙いなのか、いや、例え可愛い恋人が出来てから頭がちょっと可哀相なことになっている感が否めないこの男でも、こちらとわざと連絡を取れなくするために携帯電話をへし折るなんて馬鹿な真似はしないだろう。リヴァイは有能な男であるし、仕事は私情を挟まずにきっちりとこなす男だ。そんな男が携帯電話を握り潰す程力をこめるなんて、何があったのだろうか。様子からいってメールが届いたようだが誰からどんな内容のものが届いたのだろうか。男がここまで感情を顕にするのだからあの年下の恋人に関してだろうが、彼から何か連絡でもあったのだろうか。

「あのクソガキが……!」

 男が悔しそうに呟いたので、ハンジは首を傾げた。男が可愛い恋人をクソガキなどと呼ぶはずがないのだ。一体誰からのメールなのか、と興味を駆られたハンジは男に訊ねてみた。

「リヴァイ、誰からメールきたの?」
「クソガキだ」
「イヤ、クソガキじゃ判らないからさ。まあ、聞いても私の知らない人なら判らないけど」
「あのクソガキ――アルミン・アルレルトだ」

 その名前を聞いて、ハンジはどこかで聞いたような気がするけど誰だっけ、と首を傾げ、ややあってそれが男の恋人の幼馴染みだという少年の名前だったと思い出した。この会社に乗り込んできてリヴァイを殴りつけると言うインパクト絶大な真似をしてくれた少年だ。
 リヴァイを殴り付けた後、用は済んだとばかりに少年はさっさと帰ってしまったし、ろくに会話も出来なかったが、お騒がせして申し訳ありませんでした、と深々と頭を下げて帰って行った少年に対してハンジは悪印象は抱いていない。

「え? あの子とアドレス交換してるの? 何、浮気?」
「気色悪いこと言うんじゃねぇ!」

 ばしり、と頭を叩かれ、ハンジは酷いな、と唇を尖らせた。

「そんなんじゃない。ほら、見てみろ」

 そう言って男に見せられた画面を見てハンジは怪訝そうな顔になった。発信者名はクソガキ――どうやら彼の少年はクソガキで登録されているらしい――、そして、その内容といえば。

『今日はエレンとお弁当を交換してもらいました。エレンの手作り弁当はとってーも美味しかったです。食べられない誰かさんはお気の毒です。おやつにもらったパウンドケーキも勿論美味しかったです』

 メールには携帯で写したらしい色鮮やかで栄養バランスの取れているのが判る弁当と、切り分けて個包装にされたパウンドケーキの画像が添付されていた。

「あのさ、リヴァイ、何これ?」
「嫌がらせだ」
「は?」
「あのクソガキ、俺がエレンに会えないときに限ってこういうメールを送ってきやがる!」


 可愛い恋人の幼馴染みであり、家族ぐるみの付き合いだという親友の少年とは最初からそりが合わなかった。是非会いたいと言っているので会ってもらえませんか?と言う恋人の少年に紹介されて会ったのは、彼と恋人になって少しした頃だっただろうか。
 恋人は忙しいのにすみません、と自分のことを気遣ってくれたが、可愛い恋人の頼みなら何でも叶えてやりたい男は気にしなくていいとその要望に応えることにしたのだ。リヴァイとしては少年の幼馴染みに会うより二人でいたいというのが本音だったが、恋人の口からよく出るアルミンという人物に会ってみたいという気持ちも確かにあったので、どういう人物か見定める気でその場に臨んだのだ。彼の少年は自分達の間柄も知っていると聞かされていたし、今後も付き合いがあるだろうと思っていたので上手くやれればいいな、と男は最初は思っていたのだ。
 待ち合わせたカフェ――ちなみに恋人のアルバイト先ではない――に恋人とともに現れた少年ははじめまして、アルミン・アルレルトです、と笑顔で会釈してきたがその眼が決して笑っていないことにリヴァイはすぐに気付いた。どうやら向こうもこちらを品定めする気満々だったらしい。同じように名乗った男と恋人の幼馴染みの間にはそれから最後まで周囲を凍らすような冷たい空気が流れていた。
 笑顔を絶やさずに昔好きだったテレビ番組の話題をエレンに振った少年は、その後、リヴァイに向かって「あ、すみません。リヴァイさんには判りませんよね。こういうのって世代の差が出ますから、やっぱり僕達の年代とは全然話が合いませんよね」と言ってきたので、危うく男はコーヒーカップを潰すところだった。
 リヴァイもまた、エレンにこの前二人で観た新作映画の話をして「あ、観てないから判らなかったか、すまなかったな。やっぱり、初めて一緒に観たときの感動はいつまでたっても忘れないし、共有出来るな」と攻撃をし返した。
 このような会話はずっと続き、その間二人は終始笑顔で、間にたったエレンはハラハラした表情で二人を眺めていた。やがてシベリア寒気団並の冷たい対面は終わり、会計は総てリヴァイ持ちだったのだが、「働く苦労も知らずに親に甘えまくって自立していない子供に払わせる程落ちぶれてない」という男に少年は「そうですね。僕も将来財力にものを言わせるしかない大人にはならないように努力します」とにこやかに告げたのだった。
 ――そして、ここから、この先も決して変わらないだろう、バチバチと火花散るような関係は始まったのだ。


「いや、何と言うかまあ……」

 最初に喧嘩を売ったのはどうやら少年の方らしいし、子供っぽい嫌がらせを仕掛けてくる少年も少年だが、それに反応する男も男だろう。ここは大人の自分が折れようとか、余裕を持ってさらりと受け流そう、とかそう考えて対応するのが男の役目ではないのだろうか。仕事は有能で部下の面倒見もよく、何でもソツなくこなすこの男は、どうやら恋人のことに関してだけはそれが出来ないらしい。

「というか、それでよくアドレス交換なんかしたよね……」
「エレンに何かあったときに困るだろ」

 男は学校などでエレンが怪我をしたり、事故に巻き込まれても知る手段がない。少年の方もリヴァイといるときにエレンの身に何かあったときに連絡が取れないのでは困る。そういう双方の思惑が一致してお互いの番号を交換し合ったのだ。

「でも、携帯握り潰しそうになるくらいなら、メールの方はやめたら? 緊急のときは電話かけてくるだろうし」
「それがそうもいかねぇんだ」

 そう言って男が見せたのは保護がかけてある一枚の画像だった。教室らしく机の上に突っ伏して眠る男の恋人の姿が撮られており、送って来た説明文には休み時間に転寝をしている少年を写しました、とあった。

「あのクソガキ、たまにこんなレア画像送って来るから、拒否設定も中身も見ないで消すこともできねぇ」
「……………」

 恋人なら寝顔なんてもう何度も見ているだろうし、この男なら何枚も撮っていると推察される。なのに、まだ欲しいのか、というかレア画像って何なんだよ、とか突っ込みたいことはいっぱいあったが、もう何を言っても無駄なのは、判っていたのでハンジはスルーすることに決めた。

「まぁ、仕事に支障を来たさなければ文句はないけどさ、リヴァイ、もうちょっと大人の余裕を持って接しないと、本当に逃げられるからね?」
「……判っている」

 男は一つ溜息を吐くと、携帯電話をしまって再び仕事に取りかかったのだった。




ショコラ・ラテ




 このところ少年は忙しそうにしており自分と会う時間が減っていた。社会人の自分に少年はなるべく合わせてくれているのだが、将来はパティシエを目指している少年はアルバイトはなるべく休みたくないようだし、高校生の彼には学校行事や試験がある。部活動が必須でないだけまだマシだったと思うが――運動部などに入っていたら部活の練習でまず会えなかっただろう――、平日は会えない日が続くこともある。
 なので、少年は恋人と呼べる関係になってからは休日は優先して男との約束を入れていた。前日の夜から泊まっていくこともあったし、休日は少年と一日中一緒に過ごせる、男にとっては至福の時間と呼べるものだった。
 そんな少年がリヴァイの次の休みの日の誘いに対して、昼間は用があるから夕方からなら、と困った顔をして言ってきたので男は固まった。少年が休日に自分以外を優先するなんてまずないことだった。どうしても外せない用事があるときもあったが、それでもなるべく早くに済ませて昼には会えるようにしていた。
 衝撃に固まっていたリヴァイだったが、いや、と思い直した。急な仕事で休日をつぶして寂しい思いをさせたり、日頃から何かと自分に合わせてくれている少年に対していつも自分は己の都合で振り回しているのだ。休みの日に自分より他を優先させたからといってそれが何だと言うのだろう。
 大人なら余裕を持って束縛したりせず、相手に合わせる――でないと逃げられるとは同僚の言葉だっただろうか。リヴァイはそうか、と頷いて了承し、でも早く会いたいから、とエレンの自宅まで迎えに行く約束だけは忘れずに取り付けたのだった。



 休日の昼過ぎごろ、リヴァイはおかしいな、と思っていた。

(あのクソガキからメールがくると思ったんだが)

 勿論、あの幼馴染みの少年と休日はメールを送るなどという約束をしているわけではない。ただ、てっきり、恋人はあの幼馴染みの少年と会っているのかと思っていたからだ。何故そう思うかといえば、休日、リヴァイと会う前にエレンがアルミンの自宅を訪ねてから来る、というのはすでに何度かあったことだからだ。
 恋人の幼馴染みの少年は昔から彼の手作りの菓子の試食係、という役目を担ってきたらしい。だが、さすがに学校に生菓子――要冷蔵のものは持って行けない。なので、休日になると恋人は幼馴染みの家まで学校には持っていけない要冷蔵のもの――ホールケーキや生クリームなどを使った菓子を作って持って行き、感想を聞いていたらしい。自分という恋人が出来た今では長居をせずに渡すだけ渡して別れることになってしまったのだが、家族ぐるみの付き合いであるし、今回はそちらの家族に誘われたのかと思ったのだが。
 そして、そんなエレン手製のデザートを受け取ったとなれば、あの幼馴染みの少年がメールを送ってこないはずがないと思うのだが、違ったのだろうか。
 恋人とくつろいでいるときに合わせてメールを送って来る、という可能性もあるが、それはしないだろうとリヴァイは思う。彼からのメールが届くのは自分がエレンといないときに限られていた――恋人が自分との時間を大事にしているのは知っているから、それを邪魔する真似はしない、というのが彼の中で決められたルールであるらしい。
 エレンは菓子を持っていかなかったのか、それとも自分が勝手にそう思っていただけで今日は幼馴染みと会っていないのか。気になって仕方ないが、恋人に今日はどこで誰と会ってるんだ、と問うようなメールを送る行為は束縛して嫌われるパターンに挙げられるものではないのだろうか。
 悩んだ末、リヴァイは恋人の幼馴染みに今日はエレンには会わなかったのか、と一言だけメールを送った。――果たして、返信はすぐに来た。

『エレンなら今日は可愛い女の子達に囲まれて楽しい時間を過ごしているはずですよ』

 リヴァイは思わずまた携帯電話を握り潰しそうになったが、寸でのところで踏み止まり、すぐに返信を少年に送った。

『どういうことだ?』
『言葉通りの意味です。疑うならこの時間にここに行ってください』

 そうして指定された時間と場所にリヴァイは迷った。可愛い女の子達――というと合コンか何かだろうか。女友達と遊んでいるとでもいうことなのだろうか。
 いや、合コンならもっと遅い時間にやるだろうし、そもそもリヴァイは恋人が浮気をしているとかそういうことは疑っていない。だが、自分と会うよりも優先される相手――彼の幼馴染みの言葉によると可愛い女の子――それが気になるのだ。
 エレンにだって仲の良い女友達くらいいるだろう。アルバイト先のスタッフには女性も多いし、一番若いエレンが可愛がられているのは知っている。だが、自分よりも優先して会う女友達の存在は聞いたことがない。エレンが一緒に遊ぶなら男友達だろうし、心当たりはない。
 だが、あの幼馴染みの少年が時間と場所まで指定してメールを送って来たのだ。いくら何でもそこまでして何もない、ただの悪戯でした、ではないと思う。
 気になってどうしても我慢出来なくなったリヴァイは、指定された時間にその場所に行ってみることにしたのだった。




 ――指定された場所に辿り着いたリヴァイはその光景を見て固まってしまった。
 そこにいたのは可愛い恋人と、数人の同年代と思われる少女達。

「イェーガー君、ありがとう。今日は楽しかった」
「ああ。オレも楽しかった。この分だと当日も上手くいきそうだし」
「うん。頑張ろうね」
「じゃあ、また、月曜に学校でねー!」
「当日もよろしくねー、じゃあ」
「ああ。またな」

 何やら話し合っているようだが、リヴァイの耳にはその会話は届いていない。
 手を振って彼女達と別れた少年は歩みを進めて――男の姿を認めて驚いたように両の眼を見開いた。

「リヴァイさん、どうしたんですか? この辺りに用事でもあったんですか?」

 駆け寄って来た恋人の手を無言で掴むと、男はそのまま少年を引っ張って歩き出した。

「え? どこ行くんですか?」

 戸惑いつつ男に引かれるまま歩き出した少年は、どうやら男が自宅マンションに向かっているらしいのを悟り、更に困惑した顔になった。

「あの、オレ、一度家に戻りたいんですけど。だいたいまだ約束の時間じゃ――」

 だが、男は一言も話さないし、手も離す気はないようだ。少年はここで話をするのは諦め、男に連れられるまま恋人の自宅まで向かったのだった。



 男が自宅に着くとそのまま向かったのは寝室だった。恋人をベッドの上に押し倒すとそのまま服を脱がそうとする。

「え? ちょっと、待ってくださいよ! 何なんですか、いきなり――」
「エレン、抱きたい」

 あの光景は衝撃的すぎて今すぐこの少年が自分のものなのだと感じたかった。勿論、彼が浮気をしているとは思っていない。思ってはいないが――。
 あの少女達。少年と同年代の――おそらくは高校生なのだろう。顔はよく見ていなかったが、可愛らしい感じの子ばかりだったように思える。少年の隣にいても何ら不自然のない、むしろ、それが自然な光景なのだ。ただ、同年代の異性というだけで彼女達は恋人の隣に堂々といられる権利を持つのだ。
 ぐるぐると胸の中を回るのはとても嫌な汚い感情だ。それを少年にぶつけるのは間違っているし、こんなに急に触れられても少年は困るだけだろう。だが、どうしても今すぐにこの少年を抱いて確かめたかった――自分が彼の恋人だということを。
 少年のはだけた服の間から覗く首筋に男が顔を埋めようとしたとき――。
 ばちん、という音が男の両頬から鳴った。

「――いい加減にしてください」

 男の両頬は少年の両手に挟まれていた。それ程強い力ではなかったが、両手で挟まれるようにして少年に頬を叩かれたらしい。

「まずは話をしてからにしてください。いきなりこれじゃわけが判りません」
「――俺に触れられるのは嫌か?」
「そういう話じゃないですよ。好きな人に触れられるのは嬉しいです。ただ――」

 その後にきっぱりと少年は続けた。

「オレの意志を無視されるのは嫌です。オレの意志に関係なくするのであれば、それは人形と変わりません」
「――――」

 男に強引に流されるような形で行為を始めたことは今までにもあったが、今回とそれは異なる。本気でエレンが嫌がれば男は決して無理にはしない。――まあ、もうちょっと加減してくれと言いたいときはままあるが、こんな風に何の話も聞かずにエレンの意志も無視して強引にしようとするなんて普段の男なら絶対にしないのだ。

「何があったのか、話してください。オレも話しますから」

 男が小さく頷いて謝罪の言葉を述べたので、二人はリビングに移動して話をすることとなったのだった。


 リヴァイからことの詳細を聞いてエレンは溜息を吐いた。

「彼女達は全員オレのクラスの子です。今日は文化祭のために集まってました」

 少年の通う高校では近々文化祭が行われる予定で、彼がこのところ何かと忙しそうにしていたのはその準備があったかららしい。エレン自身が実行委員というわけではないらしいが、その補佐というか、少年には色々とやることが多いらしい。何でも彼のクラスでは喫茶店をやることになっているのだそうだ。

「高校の文化祭で飲食店が出来るのか?」
「出来ますよ。文化祭などの行事の模擬店には食品衛生管理者はいなくても大丈夫なんです。ただ、事前に保健所に申請が必要ですし、指導は入りますけど。調理責任者も必要ですし、衛生管理はきちんとしなければなりません」

 他にも生ものは扱えないとか、手洗い場所の設定とか色々とあるらしい。都道府県によっても違うのかもしれないが、少年はみんな管理意識が甘いんです、おかげで女子と喧嘩しました、と続けた。

「お前が女と喧嘩したのか?」

 エレンは基本誰にでも親切だし――男との出会いを考えればそれは納得出来る――自分から喧嘩を売ることは滅多にない。その彼が怒るとしたら自分の夢――パティシエになることを馬鹿にされることと、飲食業や調理に携わることを軽んじられたときだ。その点に対してだけは沸点が低いのだと彼は自分で認めている。

「だって、保健所に申請とか面倒だからしなくたっていいじゃん、とか検便なんか持ってくるの嫌だからしたくないとか言うんですよ! だったら、喫茶店をやりたいなんて言うなって言いたいです! 更に調理者に立候補した女子が折角爪伸ばして綺麗にしてるんだから切りたくないとか、髪縛るのは嫌だとか言うし! 爪は短く切って衛生キャップ被るのなんて常識でしょうが! 異物混入したらどうするんですか!? 皆、飲食業に対する認識が甘すぎます!」

 そのときのことを思い出したのか、熱くなった少年は我に返り、衛生面や管理のことも考えて出すのは焼き菓子――クッキーやマドレーヌなどにし、飲み物は市販のもの、紅茶はティーパックを使用することになったと続けた。調理場所は高校の調理室を借りられることになったので、調理担当者が集まり前日に総てそこで焼き上げることにした。

「なので、今日はその練習です。いきなりやって失敗しても困るし、メニューの試食もしておきたかったし」
「一気に作るより各自で作って持ち寄った方が楽なんじゃないか?」
「それじゃダメです。調理場所の衛生管理も大事ですから。別に皆の家のキッチンが汚いなんて思ってないけど、どんな場所で調理するかも話さないといけませんから、調理室を借りたんです」

 恋人の話を聞いて、自分が高校のときの文化祭を思い出そうとしたが、リヴァイは余りよく覚えていなかった。そもそも興味がなかったからだが、飲食店はやった覚えはなかった。昔と比べて現在の方が衛生基準は厳しくなっているだろうから、大変なんだろうな、とは思った。

「事情は判ったが、何で黙っていたんだ?」
「……言ったらややこしくなる気がして」
「?」
「オレのクラスの喫茶店、男女逆転喫茶なんですよ」

 つまり、男子がメイドの格好をして、女子が執事をやるらしい。面白がってわりとやるところもあるみたいですよ、と少年は続けた。
 恋人のメイド姿――それは是非見たい、と男が言う前に。

「言っておきますが、オレはしませんよ?」

 だから、裏方で菓子を全面的に作る係になったんですから、と少年はきっぱりと告げた。

「オレは結構クラスの皆に菓子食べてもらってるから、オレの腕は皆知ってたし、納得してくれました。無理矢理メイドの格好させようとしたら二度とそいつには菓子はやらないって言ったから絶対に着ることはないと思います」

 少年の作る菓子は恋人の欲目を抜きにしても、市販の菓子よりも段違いに美味しい。あれを口にしたことのある人間なら二度と食べられないと言われれば頷くしかないだろう。心の中で盛大に残念がっていると、それを察したように少年はにっこりと笑顔を浮かべて更に続けた。

「リヴァイさんが用意しても絶対に着ませんよ?」
「…………」

 考えを見透かして男に釘を刺す少年は更に男に追い打ちをかける言葉を告げた。

「それより、リヴァイさん、わざわざ確認しにきたってことは、オレのこと疑ったってことですよね?」
「イヤ、そんなことは――」
「そうですか。オレが女の子と合コンしてるのかとか、リヴァイさん放っておいて女の子と遊んでるのかとか、そんなことは考えたりしていませんと?」
「…………」
「大体、何でアルミンに訊くんですか? わざわざ周りから探るような真似しなくても、オレに直接訊けば良かったじゃないですか。まあ、確かに言わなかったオレにも責任はありますけど、それで勝手に誤解されてキレられても困ります」
「エレン……怒ってるのか?」
「はい」

 否定して欲しくて男はそう訊ねたのだが、可愛い恋人はあっさりとそれを肯定した。

「怒ってます。なので――」

 少年はにっこりと――まるで幼馴染みから伝授されたような笑顔で――恋人に宣言した。

「オレがいいって言うまでオレに触るのは禁止です」

 男にとっては死刑宣告にも等しい言葉に、リヴァイはその場でフリーズしたのだった。



「リヴァイさん、ショコラ・ラテ淹れましたよ」

 リビングのソファーに座った男はどうぞ、と差し出されたショコラ・ラテのカップには口を付けず、ただじっと訴えるかのように恋人を見ている。
 お触り禁止令を出してからそろそろ一週間になるだろうか。その間会っても触れることが出来ず、今すぐ触りたいが破って嫌われるのは嫌だと葛藤する男はこうして視線で恋人に訴えかけるしかない。

「リヴァイさん、冷めないうちにどうぞ」
「…………」
「――そのショコラ・ラテ飲み終わったら、もう触っていいですよ?」

 その言葉を少年が言い終わった瞬間、男はまだ一気に飲み干す程には冷めていないショコラ・ラテを飲み干してカップを置くと、少年をぎゅうっと抱き締めた。

「エレン、エレン、エレン――」

 何度も名前を呼びながら確かめてくるように触れてくる男に、少年は同じように触れ返しながら、オレだって触って欲しかったし触りたかったんですよ、と小さく笑ってそのまま男のしたいように熱を分け合ったのだった。




 ――余談。

「嫌ですね、僕は一言も嘘は吐いてませんよ?」

 待ち合わせの場所であるカフェの席でにっこりと笑う少年を前に男は不機嫌そうに眉を寄せた。一週間のお触り禁止令を食らう原因となったメールを送って来た張本人はしれっとした顔で注文したカフェ・オレを口に運んでいる。確かに少年のメールに嘘はなかったが、明らかに誤解させるような文面を選んだのは故意だろう。絶対に自分に対する嫌がらせに違いない。
 そんな二人の様子をエレンは心配そうに見ている――二人の対面の場は怖くて立ち会いたくはなかったが、二人だけで会わせるのはもっと怖くて出来なかった少年である。

「大体、本人に訊ねればよかったでしょう? 仮にも恋人なら休日の予定くらい訊くのなんて簡単でしょうに」
「仮にもは余計だ」
「でも、まあ、そうですね、僕も言い方が悪かったのは事実ですし、お詫びにこれを差し上げます」

 そう言ってすっと差し出された写真にエレンはぽかんとした顔になり、男は目が釘付けになった。――そこには、小学校の校門の前で真新しいランドセルを背負った幼い少年が二人並んで写っていた。

「可愛いでしょう? それ、小学校入学のときの僕とエレンです。もっと小さい頃から今までの写真がうちにはたくさんありますよ」
「いくらだ! 言い値で買う!」
「リヴァイさん!?」

 素早く写真をしまい、そう切り出したリヴァイにエレンは驚きの声を上げた。

「エレンの秘蔵写真、高いですよ?」
「だから、言い値で買う!」
「イヤ、何言ってるんだって、二人とも! リヴァイさん、見たいならうちからアルバム持ってきますから! アルミンも変なこと言うなよ!」
「僕の両親はマメな人だったから、エレンの持ってない写真もありますよ? それに、運動会や学芸会で撮ったムービーもばっちり残ってるし、レアものがたくさん」
「だから、言い値で買う!」
「イヤ、だから、何言ってるんですか、リヴァイさん! 正気に戻ってください!」
「イヤ、エレン、この人これが正気でしょ? うん、僕はやっぱり別れることをお勧めするけど」
「誰が別れるか!」
「イヤ、別れませんから! 取りあえず、落ち着きましょう、リヴァイさん!」

 そう言いながら、エレンはこれから先何があってもこの二人はもう二度と引き合わせないことにしよう、と心に誓ったのだった――。





≪完≫



2014.1.13up




 イチ様からのリク。「ショコラ」の設定で、リヴァイがエレンのバイト先のスタッフや友人などに嫉妬するような話、ということで書かせて頂きました。嫉妬というか暴走しているような……(汗)。「ショコラ」は書く度にリヴァイの変態度とアルミンの黒さが増している気がします。リヴァイは最初から設定変わってませんが、アルミンはここまで黒くするはずじゃ……。
 リクエストをくださったイチ様ありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。





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