3on3
突如、不思議な光に包まれたと思ったら、見知らぬ場所に立っていた――などと言うと、ファンタジー小説の冒頭にありそうだが、自分の身に起こったことはそれと全く同じであった。困惑しながらも周囲を見回した少年は現在地がどこかの部屋のような場所であること、そして、自分の他に二人の人間――自分と同世代の少年とおそらくは幼稚園に通うくらいの男児がいることに気付いた。
「何だ、ここ? どこなんだ?」
思わず呟いた少年は同じように周囲を見回している少年を見て絶句した。そこには見慣れた顔があったからだ。相手も自分に気付き、同様に絶句している。
「お前、誰だよ!?」
「お前こそ誰だよ? というか、ここどこなんだ? わけ判らねぇ……」
我に返って言い合うが、相手も何がどうなっているのか判っていないらしい。嘘を吐いているようには見えなかったので、取りあえずお互いに名乗り合うことにした。
「オレはエレン・イェーガーだ」
「は? オレもエレン・イェーガーなんだけど……」
そのまま二人で言葉を失ってしまう。そう、二人は全く同じ顔をしていた。着ているものは違っていたが、衣装を交換したら身内でも区別がつかないかもしれない――それ程にそっくりであった。自分の声かと思うくらいに声も似ているし、そのうえ名前も同じときたら、他人の空似で通すことは出来ないだろう。
「ドッペルゲンガー?」
「なわけねぇだろ。実は双子で養子に出されたとか……」
「そんな話は聞いたことねぇし。どうなってるんだ?」
「リバイさん? リバイさん、どこ……?」
か細い声が聞こえて、二人の少年はもう一人の存在をようやく思い出した。
一人の少年が慌てて幼児に近付いて声をかけようとして、その場に固まった。その幼児はどこからどう見ても――。
「ガキの頃のオレがいる……」
二人の少年の声が重なった。自分達の昔にそっくりな幼児は今にも泣きそうな顔でリバイさんと繰り返している。駆け寄った少年はわけが判らないながらも子供を宥めようと、手にしていた鞄から手作りのクッキーの入った袋を取り出した。
「ほら、お菓子あげるから、泣かないで、な」
頭を撫ぜられ、焼き菓子を手渡された子供は美味しそうなそれと少年の顔を交互に見て困った顔をしていた。
「しらないひとからものをもらっちゃいけないのです。おこられるのです」
「あーそうだよな……」
自分はあやしいものではないと説明しようにも証明する手段はない。このくらいの子供なら親からそう言い聞かせられているであろうし、どうしたものか、と悩んでいると、不意にどこからか声が聞こえてきた。
『大丈夫ですよー。リヴァイには言っておきますので、シンゲキジャーエレン君はショコラエレン君からお菓子もらっても大丈夫です。というか、私が食べたいと管理人が言っています』
その声に真っ先に反応したのはもう一人の少年だった。周囲に視線を走らせ、どこからか攻撃が来てもいいように体勢を整える。
『あ、ナイトウォーカーエレン君は臨戦体勢解いてください。実体ないですから、いくら喧嘩慣れしていても攻撃出来ませんし、無駄ですよ』
「……あんたは何なんだ」
『天の声です』
「……………」
『あ、無視はやめてください。本当なので。えーと、管理人が一回越境企画をやってみたかったそうなのです。普段は絶対に会うことのない別シリーズのキャラを引き合わせて対談とか質問とかやっちゃうBLサイトによくあるあれです、あれ。このサイトの場合は二次なので同一人物ですが、設定違うので面白いかなーとかそんな感じの軽いノリで企画されました』
「よく判らねぇが、パラレルワールド、みたいなもんなのか?」
『そんな感じです。取りあえず、人気のあるシリーズ二つは即決まりましたが、三つはないと格好がつかないからということで、ナイトウォーカーを数合わせに入れました。そこの無視してる君はついでです』
「誰がついでだ! というか、ここから出せよ」
『まあ、落ち着いて。どうせなら優等生エレン君のままでいてくれれば良かったのに……』
「こんな状況でキャラ作ってられるか!」
『言葉遣い一緒だと書き分け出来ないって管理人が言ってますけど、無理ですか。攻め組の方も難しいですが、まあ仕方ないですね。あ、シンゲキジャーエレン君が泣きそうなので、取りあえずソファーに座ってください。それから趣旨を説明します』
仕方ないので三人は自称天の声に言われるままソファーに座った。窓とドアはないが、ソファーやテーブル、それに対面型のキッチンや冷蔵庫、退屈しないようにかテレビや雑誌が置いてあるラックまであって、言われなければどこかのマンションの一室にいるような気にさせられた。
子供はリヴァイには言っておくからという説明に納得したのか、クッキーを口にしてぱぁーっと顔を輝かせた。
「おいしいです! とってもおいしいです!」
「そっか。ありがとうな」
「いままでにたべたおかしのなかでいちばんおいし――」
言いかけて、子供はぷるぷると首を横に振った。
「いちばんはリバイさんのです! リバイさんはなんでもいちばんなのです!」
キラキラと顔を輝かせてリヴァイを賞賛する子供に少年は笑った。
「そうだよな、好きな人が作ってくれるものには敵わないよな」
「あ、でも、とってもおいしいのです!」
だが、子供はそう言いつつクッキーをしまってしまう。口に合わなかったのかと思っていると、リバイさんにあげます、と笑った。
「とってもおいしいから、はんぶんこにするのです!」
誉められて嬉しそうな顔をするショコラエレンとシンゲキジャーエレンが和やかな雰囲気を出しているのを余所に、ナイトウォーカーエレンはソファーから立ち上がり、周囲を探索し始めた。
「何してるんだ?」
「脱出口がねぇかと思って。本当に窓もドアもねぇんだな。よっと……」
そう言って壁を蹴ってみるが、感触からいってかなり厚そうだったし、周りからの物音も聞こえてこない。
「ここがマンションとかなら天井を壊して隣に行くって手段も取れるんだが。換気ダクトから抜けるとか……だが、気付いたらここにいたしな、胡散臭い話だがパラレルってのも本当なのか」
『本当ですよー』
突如、また声がかけられ、三人は驚き、顔を見合わせた。ナイトウォーカーエレンは隠しマイクなどの機器がないか視線を走らせるが見つからず――どうやら本当にこれは超常現象らしい。
「で、ここにオレ達を連れてきた目的は何なんだ?」
『それは簡単です。バレンタイン企画なので、皆さんには恋人にプレゼントするチョコを作ってもらいます。あ、シンゲキジャーエレン君は恋人じゃないですが、まあ、要するに三人のリヴァイに渡すチョコを作ってください。それを別室にいる三人に渡せば元の世界に帰れます』
その言葉にショコラエレンは心配そうな顔をした。
「リヴァイさんも来てるのか? 仕事が忙しいのに……リヴァイさんだけでもすぐに帰してやってくれよ」
「先生みたいなのが三人いるのか? 一緒にいる図を考えると怖すぎる……」
「リバイさんどこですか? あいたいです……」
三人三様の反応を示すエレン達に天の声は落ち着いてください、と声をかけた。
『ショコラエレン君、帰るときは元の時間に戻るので大丈夫ですよー。ここにいた時間はカウントされません。ナイトウォーカーエレン君、世の中には想像しない方がいいことがあるんですよ、はい。シンゲキジャーエレン君、チョコを作ったら会えますからねー。渡したらリバイさんは喜んでくれますから、頑張りましょう。……まあ、そういうわけでちゃっちゃと作ってください』
道具も材料も一式揃ってますからねーという声に、顔を見合わせる少年達。
「オレは菓子作るの慣れてるし、元々チョコケーキ作る予定だったからいいけど……そっちは菓子作ったことあるか?」
「ない。料理は得意だけど、菓子作ったことなんてねぇよ。というか、バレンタインって何で? ずっと先だろ?」
「え? もうすぐだろ?」
首を傾げる二人に再び声が聞こえた。
『それは、ナイトウォーカーの設定が春休みから始まってラストが六月くらいだと管理人が想定してるからです。えーと、時間軸が違うってことで納得してください』
ああ、成程、とショコラエレンは頷いた。
「一人だけ夏服なのはそのせいか。……というか、どうするか。オレはチョコケーキを作るとして、菓子作り初心者で簡単に作れるもので、見栄えもしそうなのってトリュフチョコとかが無難か。まあ、オレらはいいとして……」
そう言って視線を下に向けると、子供がキラキラした顔でがんばってリバイさんのチョコをつくります!と勢い込んでいる。
「これくらいの年じゃ湯煎とかさせるのも危ないだろうし……レンジを使って溶かして混ぜるだけの簡単なレシピにするか。ホットケーキミックスがあればチョコカップケーキとかにしてそれっぽく出来るし……」
取りあえずは材料を見てからだ、とショコラエレンはキッチンに向かい、うわあ、と歓声を上げた。
「最新式のシステムキッチン! ちゃんとマーブル台もある! 材料も揃ってるし……うわ、これ、ベルギー産とフランス産のクーベルチュールだ! この卵も最高級のだし……これでプリン作りたい!」
テンション高くキッチンを見て回るショコラエレンとは対照的に、ナイトウォーカーエレンのテンションは低かった。物理準備室でその主の教師と話していたと思ったら、勝手にこんなところに連れて来られたのだ。更に自分にとっては季節外れのイベントで、男は特に甘いものは好きではないだろう。自分は甘いものは普通に食べるが、どちらかと言うとスナック菓子の方が好きだった。やる気が起きないのは仕方がないと少年は思う。
「手作りチョコなんて、適当にその辺の板チョコ溶かして固めりゃいいんだろ? 誰が作ってもそんなに違いないだろうし、菓子作りなんて女子じゃないんだから、簡単に出来るのをさっと作ってやれば――」
「――オイ、お前、今、何て言った……?」
先程の声とは何オクターブも低いと感じられる声がショコラエレンの口から出て、様子の変わった彼に少年は戸惑った。
『あ、ナイトウォーカーエレン君がショコラエレン君の地雷を踏んでしまいました。ショコラエレン君は基本親切で滅多に怒りませんし沸点高いですが、パティシエを目指しているので、その関係を馬鹿にされたり軽んじられると激怒します。そこだけ沸点低いので気を付けないとダメですよー』
それを早く言え、と言いたかったが、もはや後の祭りで。
「お前の今の言葉は総ての菓子職人――特にショコラティエを侮辱している。訂正しろ。誰が作っても同じだ? そんなのは一流のショコラティエのチョコを食べてから言えよ! 大体、菓子作りを男がするのはおかしいっていうのは偏見以外の何物でもねぇんだよ。男が菓子作るの好きでパティシエを目指すことのどこが悪い!」
「別にオレはそこまで言ってねぇだろ。オレはただ、簡単に出来るもの作ってさっさと終わりにしたいだけだ」
ナイトウォーカーエレンにしてみれば、特に悪気があって言った言葉ではない。別に男が菓子を作るのがおかしいとも思っていないが――一方的に怒られればムッとしてしまうもので、そこまで言われなくても、と思ってしまう。
『喧嘩はダメですよ、したらリヴァイに報告してお仕置きコースになりますからね』
「…………」
「…………」
天の声に黙る二人は険悪ムードだ。そんな二人を前にシンゲキジャーエレンはおろおろとしている。
「あ、あの、ケンカはダメです。なかよくいっしょにチョコをつくるのです!」
二人を交互に見てそう言うが、やはり、雰囲気は変わらないようで。
「……ふぇ…リバイさん、リバイさーん!」
玄関先でリヴァイを迎えようとした矢先に突如ここに連れてこられた子供は、それが限界だったようで。頑張って堪えてきたものがここでぷつりと切れた。
ぼろぼろと大粒の涙を零し、泣き始めた子供に残りの二人は慌てた。
「うわっ、泣くなよ。オレが悪かったからさ。仲良くやるから!」
「ごめん、怖かったよな。もう喧嘩しないから」
「……うぇっ、リバイさん、リバイさーん!」
『あーこうなったら、ダメですね。ちょっとシンゲキジャーリヴァイにあやしてきてもらってきます』
そう天の声がして、ふっとその場から子供の姿が消えたのだった。
――時を少し遡って、こちらは攻め三人が集められた一室。事情を聞かされた三人――特に大人二人はすこぶる不機嫌であった。
「まだ、やることあったってのに、ついてねぇな」
学校の教師っていうのは何かと忙しいんだがな、と肩を竦めるナイトウォーカーリヴァイにショコラリヴァイは眉を寄せていた。
「仕事はどうでもいいが、エレンが心配だ。何かあったら痛覚を持って生まれてきたことを後悔させてやる……!」
「実体ないって言っているんだから、無理だろう。現実をみろよ」
「……お前は何でそんなに落ち着いているんだ」
「状況から分析して、相手がこちらに危害を加える気はないと判断出来る。自力で脱出するのが不可能なら取りあえずは静観するしかないだろうが。それに、何があってもあいつなら自分で何とか切り抜けるだろう」
そう言って男は胸ポケットから煙草を取り出して咥えたので、ショコラリヴァイは咎める声を上げた。
「オイ、お前まさかエレンの前でも煙草吸ってるんじゃないだろうな?」
「お前は吸わないのか?」
「当たり前だ! 副流煙で俺のエレンが癌にでもなったらどうするんだ!」
「煙草くらい自由に吸わせろ。お前のところのエレンの前では吸わねぇようにすりゃいいんだろ」
「どの世界のエレンの前でも吸うな。エレンに受動喫煙させるなんて許さん!」
「…………」
男の様子に一服する気も失せたナイトウォーカーリヴァイは溜息を吐いて煙草をしまった。
やれやれともう一人の自分を見てみると、あちこちを探索していたようだった。
「見事に出入り口はないようですね。おっしゃるようにここで待機しているしかやることはないようです」
相手が年長者だからか、一応丁寧な言葉遣いでそう告げたシンゲキジャーリヴァイは溜息を吐いてソファーに向かった。そこに座り、置いてあった鞄から教科書とノートと筆記具を取り出してテーブルの上に置く。
「……お前、何するつもりなんだ?」
「予習と復習です」
「は? 何でここで勉強するんだ?」
「何かしていないと落ち着かないので」
シンゲキジャーリヴァイは学校から帰宅して玄関先で子供が出迎えてくれたまさにそのとき、この場に一瞬にして移動していた。別室にいるという子供のことが心配でならないが、この場から移動する手段はないのは調べつくしてはっきりしている。相手はこちらに危害を加える様子はないし、ここはエレン達は無事でチョコを作ってもらうだけという相手の言葉を信じて待つしかないだろう。
だが、何もしないで待つというのは時間が長く感じられ辛いものだ。何もしないでいると余計なことを考えてしまいそうだし、なら、その時間を有効に使おうと考えた結果が予習復習だったのだ。帰宅直後で鞄を肩にかけていたのは良かったと少年は言う。
「だからって何で勉強なんだ?」
「やっておけば、後でやらなくて済むでしょう。エレンとも長く遊んでやれますし」
「お前、塾とかは?」
「行ってません」
「来年は受験だろうが。大丈夫なのか?」
「全国模試では十位以内から落ちたことないので、大丈夫だと思いますが。授業を真面目に受けて予習復習と、問題集などをやっておけば特に試験は問題ないかと」
「…………」
嫌味か、それ、お前普通の人に言ったら絶対に嫌味に取られるぞ、と大人二人は思ったが、相手に悪気は全くないようである。
「ああ、そういえば、俺も塾には行ったことがないな」
ショコラリヴァイは自らの過去を振り返ってそう呟いた。シンゲキジャーリヴァイと同じように自己流で勉強してあっさりとストレートで難関大学に受かったのだから、その辺は人のことは言えないショコラリヴァイだった。
「お前はどうなんだ?」
ショコラリヴァイに声をかけられてナイトウォーカーリヴァイは嫌そうに眉を顰めた。
「……英会話、書道、ピアノ、進学塾。英会話とピアノは幼稚園から、残りは小学校からかな。休日は日曜しかないくらいだったな。まあ、それも高校の途中までだったが」
「……それは凄いな。お前、実はいいところの坊ちゃんか」
男はその質問に答えずただ苦く笑うだけだった。そこへ――。
『シンゲキジャーリヴァイ君、ちょっと困ったことになりましたので、よろしくお願いします』
また天の声が響いてその場が一瞬光に包まれ、その光が消え去った後にはぽつんと一人の幼児が立っていた。
「……エレン?」
幼児は涙の痕が残る顔をぽかんとさせていたが、リヴァイの声に我に返るとソファーまで駆け寄り、相手に飛びついた。
「リバイさん、リバイさーん……っ!」
ぎゅうぎゅうとしがみ付いてくる子供をあやすようにリヴァイは背中をぽんぽんと叩いてやる。
大丈夫だ、と頭を撫ぜてやると、子供は落ち着いたのかすりすりと寄せていた顔をリヴァイに向けた。
「どうした? エレン、誰かにいじめられたのか?」
リヴァイの言葉にエレンは首を横に振った。別に自分がいじめられたり、意地悪をされたわけではない――ただ、二人が言い合いを始めてびっくりしたのだと思う。それにリヴァイと引き離されて知らない場所に連れてこられた不安が加わって感情が爆発してしまったのだろう。
子供には自分の感情の動きが説明出来ず、ただリバイさんにあいたかったのです、と告げた。そして、ふと気付いておずおずとリヴァイにクッキーを差し出した。
「これ、もらったのです! とってもおいしいのです!」
「クッキー? 誰からもらったんだ?」
『あ、言い忘れてました。それはショコラエレン君の手作りです。その辺で売ってるものより遥かに美味しいですよー』
その言葉にショコラリヴァイの眉がぴくりと動いた。
「オイ、お前は食うなよ」
リヴァイに向けて言った言葉だったが、エレンは自分に言われたと思ったのか、振り返って不安そうな顔をした。
「たべちゃダメなのですか?」
首を傾げるようにして訊ねてくる子供に、残る二人のリヴァイは何だこの可愛い生物は!と叫びたくなるのを堪えた。子供は大人二人を見て不思議そうな顔をしている。
「リバイさんのおとーさん…?」
「イヤ、違う。親父はもっと背が高いし、あんなに目つきが悪くないだろう?」
「オイ、誰が目つきの悪いチビなんだ……?」
「お前、人のこと言えないだろうが」
大人二人の低い声にエレンがびくっと肩を震わせたので、シンゲキジャーリヴァイは子供を宥めるように背中を撫ぜてやった。
「エレンが怯える。やめてください」
『そうですよー。ただでさえその道の人っぽいんですから。ちなみにシンゲキジャーのリヴァイパパはリヴァイにそっくりですが、背が高くて目つきの悪くない爽やかな感じの人です。それと、ショコラリヴァイさんはお菓子くらいで目くじら立てないでください。心狭すぎですよー』
再びの天の声にショコラリヴァイは文句を言いたくなったが、子供が不安そうに見ているので抗議するのはやめておいた。
「さっきのはお前に言ったんではなくてな……食べて構わん」
その言葉に子供は顔を輝かせて、リバイさん、はんぶんこにしましょうと笑う。
袋からクッキーを取り出してリヴァイの口へと持っていく。
「……あいつにもあんな頃があったな。あいつの方がもっとバカっぽかったが」
ナイトウォーカーリヴァイの言葉にショコラリヴァイはお前もか!と悔しそうな顔をした。
「俺だけエレンの子供の頃を知らないのか。もっと早くに出逢えていたら……!」
「……言っておくが、犯罪だからな」
高校生でも十分不味いのに、幼児に手を出すのは人道に悖る犯罪行為だと言えば、ショコラリヴァイは誰がそんな真似するか!と眉間に皺を寄せた。
「可愛い子供時代のエレンの姿を見たいことのどこが悪い。勿論、今でもエレンの可愛さは揺るがないが、生まれたときから今までの可愛い姿を見られなかったのは残念だ」
「……生まれたときなんて、皆猿みたいなもんだろうが」
「いいや、エレンは生まれたてのときから天使だったに決まっている」
「……判った、残念なのはお前の頭なんだな」
ぼそり、と呟いてナイトウォーカーリヴァイは溜息を吐いた。余りのエレンバカっぷりというかその溺愛加減に、これが別の世界の自分なのだと言われると引いてしまう。自分はこうはならないようにしよう、と心に誓う。
『では、エレン君も落ち着いたので、チョコ作りに戻ってください。頑張ってくださいねー』
「はい、がんばります! リバイさん、まっていてください!」
子供に無理があるならお菓子作りなどさせたくはないが、キラキラとした顔でがんばっておいしいのをつくります!と張り切るエレンに、結局リヴァイは楽しみにしているな、と頭を撫ぜてやるしかなかった。
来た時と同じように光に包まれて消えていった子供にリヴァイは溜め息を吐いて、自称天の声に声をかけた。
「オイ、本当に危なくないんだろうな……?」
『それは大丈夫です。安全面には気を付けますから。それにショコラエレン君がついてますから大丈夫ですよー』
「なら、いいが。……今度泣かせたら沈めるからな」
子供同士の喧嘩なら出しゃばる気はないが――大怪我を負わせるとかならばまた話は違うが――まだ保護が必要な子供に大人がストレスを与えて泣かせるとなれば黙っている気はない。
『判ってますから大丈夫です。……イヤ、やっぱりリヴァイはリヴァイですよねー。脅し方が様になってます、はい。ゴジゴジチェッカーのYさんがシンゲキジャーリヴァイが一番常識があるように見えます、とおっしゃってましたが、残り二人みたいになっちゃダメですよー』
「……どういう意味だ、オイ」
残り二人のリヴァイから低い声が出たが、天の声は逃げるが勝ちとばかりにそのまま消え、舌打ちする音が辺りに響いたのだった――。
子供が戻って来た部屋では少年達はお互いに謝罪をし、三人でチョコ作りを始めた。材料は本格的なものから、初心者でも手軽に作れるものまで揃っており、ショコラエレンは自分は予定通りにチョコレートケーキ、少年にはトリュフチョコ、子供にはホットケーキミックスで作ることが出来るカップケーキを担当させることにした。
とはいえ、子供には材料を混ぜる以外のことはほぼさせられないが、それでも子供は楽しそうであった。少年の方は菓子作りは初めてのようだったが、料理が得意と言っていたのは本当だったらしく、手際良く調理をこなしていく。訊けば二人の少年エレンは境遇がよく似ていた。別世界の自分だから似通っているところはあるのだろうが、ナイトウォーカーエレンはショコラエレンの方がずっと真っ直ぐに育ったんだな、と感じていた。
「……お前は周りの環境に恵まれたんだな」
「ああ、すごく感謝している。アルミンの家族にもハンネスさんにもバイト仲間に学校のダチとかにも。……一番はリヴァイさんに逢えたことだけど」
そう言ってショコラエレンははにかむように笑った。
「お前だってそうだろう?」
「……そうだな。先生に逢えたことは一番の幸運だったな」
それで、オレの幸運を使い果たしてなければいいけどな、と少年が肩を竦めると、子供ができました、とショコラエレンに指示を仰いだので会話はそこで打ち切られた。
――しばらくした後、何とかそれらしいものが出来上がり、三人のエレン達はホッと息を吐いた。
「もっと、時間かけたものが作りたかったんだけど。まあ、仕方ないよな」
そうはいうものの、ショコラエレンの作ったチョコレートケーキは店で売っているものと比べても何ら遜色のない見事な出来栄えである。これならパティシエを目指しているというのも頷ける話だ。一方のナイトウォーカーエレンの作ったトリュフチョコも初めて作ったにしては上手く出来ていたし、カップケーキも他の二人が協力したおかげで綺麗に出来ていて、子供も満足そうだ。
「後はこれをリヴァイさんに渡せばいいんだよな?」
「そう言ってたよな。何か思ってたよりも、量があるな」
「みんなで分けるか? たくさんの人に食べてもらった方が嬉しいし」
自分の作った菓子を多くの人に食べてもらって喜んでもらえたら嬉しい、と笑うショコラエレンに再び天の声が響いた。
『なら、別室で六人で食べてから帰ってください。飲み物も一通り揃えてありますから』
――そうして、三人のリヴァイとエレンはようやくの対面を果たすこととなった。
「リバイさん、リバイさーん!」
「エレン、よかった。チョコ作りは終わったんだな?」
「はい! がんばりました!」
「そうか、えらいぞ」
早速、シンゲキジャーリヴァイに飛びついた子供がそう報告すると、少年は抱き上げて頭を撫ぜながら誉めてやった。
「エレン! 大丈夫か? 何か嫌なことをされなかったか?」
「リヴァイさん、大丈夫です。それより、リヴァイさんは大丈夫ですか? 仕事の途中だったんですよね?」
心配そうな声を上げるエレンにショコラリヴァイは首を横に振った。
「仕事よりお前の方が大事だ。本当に大丈夫なのか?」
「オレはただチョコを作っていただけですから。意外に楽しかったですよ?」
「あの天の声は調子に乗り過ぎた。いつか然るべき報いを俺が……」
「…………」
『あの、その台詞はキャラ違いますけど……』
天の声の突っ込みに答えることなく、リヴァイは無事を確かめるようにぎゅうぎゅうとエレンを抱き締めていた。エレンは困ったような、照れたような顔をした後、おずおずと自分も手を回したのだった。
「先生、大丈夫ですか……って、大丈夫じゃないわけがないですよね」
「当然だ。判ってはいたが、お前も大丈夫そうだな」
「当然です」
そのとき、くしゃりと頭を撫ぜられてエレンは瞳を瞬かせた。
「先生?」
「……他のエレンみたく、可愛く抱き付くとかそういう真似は出来ねぇみたいだな」
「オレに可愛さを求めないでください」
「そうだな。お前が三人の中で一番可愛くないな」
「…………」
無言になった少年に男はくつくつと笑った。
「嘘だ。俺にはお前が一番可愛い、エレン」
耳元で息を吹きかけるようにして囁かれた後耳朶を軽く食まれ、少年はばっと身を離して自分の耳を押さえた。
「セクハラ、反対! ダメ、絶対!」
「セクハラじゃねぇ。愛の囁きだろう?」
楽しげに笑う物理教師を睨んでみても、涙目では迫力はまるでない。むしろ、煽っているのだとこの少年はいつ気付くのだろうかと男は思う。
「――まあ、俺を心配させた罰だと思っておけ」
「へ?」
思いも寄らなかった言葉にエレンは再び眼を瞬かせた。
「心配したって……だって、大丈夫って思ってたんですよね?」
「大丈夫だと思うことと心配はまた別だろう」
「…………」
そう言ってまたくしゃりと頭を撫ぜてくる男にエレンは先生はずるいです、と唇を尖らせた。
リヴァイ達は早くエレンを連れて帰りたいようだったが、いつの間にか食べてからでないと帰れないという話になってしまったので、渋々だがそれを了承した。
天の声の言う通りに様々な種類の飲み物――紅茶に緑茶、コーヒーにフレッシュジュース、炭酸飲料、牛乳にミネラルウォーターまで何でも揃っていた。ショコラだし、さっぱりしたものの方がいいだろう、ということで紅茶を選んだのだが、何と淹れてくれたのはナイトウォーカーリヴァイだった。
「やっぱり、先生のが一番美味しい」
六人の中で一番紅茶を淹れるのが上手いのが彼だったことは意外だったが、美味しいのは確かだったので他のものも皆黙って口に運ぶ――ちなみにシンゲキジャーエレンは彼の希望でホットミルクだ。
「そうか。俺のが一番旨いのか、エレン。いつも旨そうに下の口で飲み込んでるしな」
ナイトウォーカーリヴァイの発言に子供を除く他の四人は紅茶を噴き出しそうになった。
「セクハラ、反対! ダメ、絶対!」
「……子供の教育上に悪い発言は控えてください」
「あの、聞かなかったことにしますから!」
「……お前、エレンに無理させてんじゃねぇだろうな。そっちのエレン、嫌ならこんな男殴り飛ばせ」
四人の発言に男は涼しい顔で事実を言ったまでだが、と紅茶を口に運んでいた。
「リバイさん、おくちはひとつですよね?」
言葉の意味が判らなかった子供が訊ねてきたので、シンゲキジャーリヴァイは力強く頷いた。
「ああ。口は一つしかない。あの男の勘違いだから気にするな。というか、忘れるんだ、エレン」
「? りょーかいです!」
子供にはよく判らないが、シンゲキジャーリヴァイの言うことに間違いがあるとは思っていないエレンは素直に頷いた。ショコラエレンのケーキを口に運び、美味しさに顔を輝かせ、これおいしいです、リバイさん、とフォークに刺したケーキをリヴァイの口許に運ぶ。
リヴァイは子供が納得したことに心の中で安堵の息を吐きながら、子供が差し出したケーキを口に入れた。
「……エレン」
「……ダメです」
その様子を眺めていたショコラリヴァイに声をかけられたエレンは男が何を求めているのか察して首を横に振った。だが、男にじーっと見つめられ、ううっとなる。
「……今回だけですからね」
「………! エレン」
恥ずかしそうにケーキを男の口に運ぶ恋人に、ショコラリヴァイは満足そうな笑みを浮かべてそれを口にした。
「エレン」
「しませんよ」
「ああ、判っている」
そう言ってナイトウォーカーリヴァイはエレンの顔を掴むと、その唇を合わせて、口の中にあったケーキを奪い取った。
「――――!?」
「欲しければ、もらいにいく方が早いしな」
「もらったんじゃなくって奪ったんでしょうが!」
「細かいことは気にするな」
男はくつくつと笑っている。周りの四人は自分達の世界に入っていたようで、目撃はされなかったようだが、どんな羞恥プレイだ、とエレンが男を睨んでいると、ふと思い付いたように物理教師は呟くような声で言った。
「ああ。バレンタインには、チョコクリームを使うっていうのもあったか。ホワイトデーには生クリームを使えば――」
「…………っ!? もうそれ以上、あんたは喋るなぁああああ!」
ナイトウォーカーエレンの叫びがその場に響き渡った。
お茶会はどうにか終わり、三組のカップル――一組は恋人ではないが――は無事元の世界に戻ることが出来た。
「エレン、大丈夫だったか?」
元の時間、つまりは帰宅直後の玄関先に戻されたシンゲキジャーリヴァイは、同じく出迎えのときに戻されたエレンにそう声をかけた。
「はい、だいじょうぶです!」
そう笑う子供をいつものように抱き上げてやると、子供はおかしをつくるのはたのしかったですと告げた。
「なら、今度一緒に作るか?」
「はい!」
リバイさんといっしょならもっとたのしいです、と顔をキラキラと輝かせる子供の頭をリヴァイは撫ぜてやった。
元いた物理準備室に戻って来たエレンははあ、と息を吐いた。疲れたの一言に尽きる。見ると、男は早速とばかりに紫煙をくゆらせている。どうやら向こうでは喫煙を我慢していたらしい。
「そう言えば、意外でした」
「何がだ?」
「先生は甘いもの好きじゃないかと思っていたので」
甘い玉子焼きは弁当に入れるなと言っていたから、基本的に甘いものは好まないのかと思っていた。
「別に嫌いじゃないぞ。おかずとデザートは別物だろう」
ご飯に合うか合わないかの問題らしい。例を挙げると、酢豚やハンバーグのパイナップルは嫌だが、カットフルーツとして出されたものは食べる、ということで甘味が嫌いなのではないそうだ。
「……なら、デザート作ったら食べますか?」
「お前が俺のために作ったものなら喜んで」
そう言ってにやりと笑う物理教師に、少年は先生はずるいです、と唇を尖らせたのだった。
「エレン」
ぎゅうぎゅうと抱きつかれてエレンは微笑みながら男の頭を撫ぜてやった。元の世界に戻った途端、恋人からの電話がかかってきた。まだ仕事中であろうに大丈夫なのかと思ったが、こちらの無事を確認せずにはいられなかったらしい。
その後、男は仕事を早めに切り上げ――外せない仕事は光速のスピードで終わらせたらしい――自宅マンションで待っていた恋人を抱き締めたのだ。
どうやら、今日はこのまま離してもらえないらしい。
「もうバレンタインのチョコ渡しちゃいましたね。当日は違うものを作りましょうか?」
「いや、ショコラでいい。あれはお前と出逢わせてくれたものだからな」
そう言って、ソファーに座るエレンの腰に手を回して身を擦り寄らせていたリヴァイはエレンの頬に手を伸ばした。
「まあ、お前がいれば他には何も要らないんだが」
笑う男につられるようにエレンも笑って、それはオレだって一緒です、と男の手に頬を擦り寄らせた。
――ハッピーバレンタイン!
≪完≫
2014.2.26up
お遊び企画として、書いてみました〜。あ、これはこの企画のみのif話なので、本編には引っ張りません。私だけが楽しい話になったような気がしますが(汗)、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
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