桜ショコラ



 またしてもリヴァイの様子がおかしいらしいと聞いてハンジはやれやれと息を吐いた。いい加減周りも慣れればいいのになーとハンジは思う。リヴァイは仕事には私情は挟まないし、公私の区別はきちんとつけている男だ。例え眉間の皺が倍になろうが、その雰囲気が恐ろしくて近寄れなかろうが、不機嫌オーラを巻き散らかしていようが、デスクの上の写真を愛おしそうに眺めていようが、仕事は完璧にこなしているのだ。まあ、これで仕事に支障を来たしているとなれば問題ではあるが。
 だが、泣きつかれてしまっては仕方がない。会社というものは社員全員で支えるものなのだから、リヴァイが大丈夫でもその下が仕事が手につかないようでは困るのだ。

「はいはーい、毎度お馴染みのハンジちゃんのお悩み相談の時間ですよー!」

 そう言って自分のデスクに近付いてきたハンジを、リヴァイはいつもより凄味の増している顔で睨みつけた。

「お前、気持ち悪い声で何おかしなことを言ってるんだ?」
「場の空気が暗いから和ませてあげようとしたんでしょ? で、まあ、リヴァイが悩むのなんて一つしかないけどさ、何悩んでんの?」

 またしてもあの可愛い恋人と何かあったのだろうか。あの少年のことだから喧嘩や仲違いをするという可能性は低いだろうし、男が勝手に何か考えているだけだとは思うが――。

「リヴァイ、エレンと喧嘩とかしたなら、土下座でも何でもして許してもらうんだよ? 別れるとか絶対にやめてね!」
「誰が別れるか! 縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ!」
「なら、いいけど。エレンを大切にするんだよ?」
「……お前、やけに肩を持つな。何があったんだ?」

 前々からハンジは協力的ではあったが――会社のことや報酬などがあったことを差し引いても最近はいやに協力的な気がする。

「だって、エレンがリヴァイと別れちゃったら、エレンのお菓子が食べられなくなるじゃないか!」
「……………」

 さすがに別れた男の同僚なんて付き合うのは避けたいだろうだから、私のオアシスのために頑張ってもらわないと、とハンジは力説する。可愛い恋人からの差し入れを相当お気に召したらしいハンジは将来エレンが店を持ったら絶対に常連客になると今から宣言している。協力してくれやすくなったと喜ぶべきなのか、エレンに要らぬちょっかいをかけてきそうだと嫌がるべきなのか、微妙な心境のリヴァイである。

「で、何を悩んでいるわけ?」
「……エレンの誕生日なんだが……」
「ああ、確か三月三十日だっけ? うん、当分先だよね、とは突っ込まないよ。でも、その頃は高校は春休みに入っているし、今年は日曜だろ? 問題ないじゃないか」

 男に休日出勤を命じたら辞表を出すくらいはしそうなので、会社の危機レベルでもなければ休みが潰れることはないだろうし、まず大丈夫だろう。日本の会社の決算期は三月が殆どだから男にも色々とやることはあるだろうが、その辺のスケジュール調整は抜かりなくもうしているだろうと思われる。

「いや、問題はある」
「何が?」
「――エレンと旅行に行くつもりだからだ」

 考えていなかった話に、ハンジはぽかんとしてしまった。

「エレンが嫌がってる訳?」
「そんなことがある訳がねぇだろうが! 問題はお義父さんの方だ」
「いま、おとうさんが違うふうに聞こえた気がするけど気のせい?」
「何と説明するべきか……」
「え? あっさりスルー?」

 リヴァイはエレンの父親のグリシャ・イェーガーとは実はもう挨拶は済ませている。付き合いたての頃にエレンを彼の自宅まで送り、自己紹介がてら、グリシャと話をしたからだ。とはいっても、玄関先で少し言葉を交わした程度ではあるが。
 無論、二人の関係は話してはいない。エレンのアルバイト先の常連客でエレンと顔見知りになり、街中で困っていたところを助けられ、年の差を感じない程気が合うようになったなどと、嘘と真実を交えて説明してある。名刺も渡し済みであるし、有名企業の副社長という肩書きはこの上もない身分証明になった。逆に何故そんな人が自分の息子と、という戸惑いはあったようだが、スイーツ好きで気の合う年の離れた友人という関係を何とか納得してもらった。恋人として付き合っていく上で完全に自分の存在を父親に隠し通すことは出来ないだろうと判断したからだ。
 エレンの性別が女性――つまり、女子高生だったなら、友人としてでも付き合うのは絶対に反対されたかもしれないが、グリシャは息子の友人関係に口出しをしてくるようなことはなかった。それだけ彼が息子を信用しているということなのだろう。
 グリシャは家を空けることも多いし、息子の外泊にも寛容ではあるが、さすがに一緒に旅行に出かけるということになれば疑問を感じるかもしれない。

「まあ、確かにリヴァイと二人きりで旅行って言ったら、親は変に思うだろうね」

 だが、恋人同士とは言えない。絶対に反対されるのが判っているからだ――なので、少なくとも、エレンが成人するまでは恋人関係だと言うつもりはない。隠しているのは心苦しくはあるが、エレンと引き裂かれるよりはマシだと思っている。

「リヴァイは嫌かもしれないけどさ、あの子――アルミンだっけ? 幼馴染みの子。あの子に頼んだら?」

 彼の少年はあの幼馴染みの少年と小さい頃から家族ぐるみの付き合いなのだと聞いた。あの少年が一緒に行くと言えば、父親の方も許可をくれるだろう。


「――それは俺も考えた。あのクソガキには死んでも借りを作りたくはないが、エレンとの旅行のためなら我慢出来る。だがな、エレンが嫌だと言うんだ」
「え? 何で?」
「………俺とあいつを引き合わせるのは怖すぎてもう嫌だと涙目で訴えられた」
「……身から出た錆だね、リヴァイ」

 うるせぇよ、と眉間の皺を深くするリヴァイだが、彼女に反論は出来ない。リヴァイと幼馴染みの少年との対面は可愛い恋人にトラウマを作ってしまったらしく、三人で旅行などと言ったらストレスで全く楽しめないであろう。それでは、折角旅行に行く意味がない。

「一緒に行くことにしてもらって、二人だけで行ったら?」
「あのクソガキの家とは家族ぐるみの付き合いで家も近所だ。ばれる可能性が高い。一緒に行くしかねぇだろ」
「あ、じゃあ、別行動にすれば? 口裏だけ合わせてもらえば平気でしょ?」
「……エレンが承知すると思うか?」
「あー、あの子の性格じゃ無理か……」

 根が真面目で親切なあの少年だ。親友に口裏だけ合わせてもらって放置し、自分達だけで楽しい旅行に行くなんて真似は出来ないだろう。そもそもリヴァイが幼馴染みの少年ともっと上手く立ち回っていれば、こんな事態にはならなかったはずなのだ、とは思うが、今更言ったところでどうにもならない。

「一人旅も悪くないと思うし、あの幼馴染みの子はそういうの気にしないタイプだと思うんだけどな。あ、でも、高校生一人じゃホテルとかが無理か。なら、誰かもう一人誘って相手をさせれば? ……って、事情を知ってる人じゃないと同行は頼めないよね」

 他にいい案ないかな、と続けるハンジに、そうか、それでいこう、とリヴァイは頷いた。

「そういう訳だから、お前も来い」
「は?」
「お前があのクソガキの相手をすればエレンも気を使わなくて済むだろう。幸い、エレンはお前と何度か会っているしな」
「え…ええええっ!? いや、ちょっと待ってよ、リヴァイ! 男三人に女一人って、何そのエロ漫画みたいなシチュエーションは! というか、三月って色々忙しいって判ってる? 私にだって仕事のスケジュールがあるんだよ!」
「今から調整しろ」
「そんな勝手なこと言われても――」
「ケーキバイキング五回。ホテルのでも、有名チェーン店のでも何でもいい。後、お前が食べたいと言っていたお取り寄せスイーツを送ってやる」

 リヴァイの言葉にハンジの動きがぴたっと止まった。

「勿論、旅費は全部俺が出す。悪い話じゃないだろう」
「イヤ、でも、忙しい時期に旅行に行くって気が引け――」
「きっと、エレンもお前に感謝してケーキくらい作ってくれるだろうな」
「………っ!? うん、人間、息抜きは必要だよね! 旅行なんて久し振りだから楽しみ!」
「…………」

 現金というか、ハンジの余りの豹変ぶりにリヴァイは少々呆れ顔になったが、協力してもらえるのは有り難いので溜息を吐くだけにとどめた。

「で、どこに行くの?」
「南に行こうと思っている」
「南?」
「ああ、エレンに少し早い桜を見せてやろうと思ってな」

 そういうリヴァイの表情は柔らかい。恋人を想っているのだろう。

「で、別荘を買おうと思っているんだが、どんなのが喜ばれるのか……」
「は?」

 何を突然この男は言っているのだろうか、とハンジは思った。旅行の話が何故別荘購入などという事態になっているのだ。恋人のこととなると、常識外の思考と行動に出ようとする男だが、旅行と別荘の関連性が見い出せない。

「イヤ、何言っちゃってんの? 別荘って……まあ、リヴァイなら余裕で買えるかもだけど、今は旅行の話でしょ?」
「ああ、だから旅行の話だ。考えてもみろ、普通に旅行に行くとか言ったら、お義父さんがいくらか払うとか言い出しかねないだろう?」

 確かに子供が旅行に行く、と言えば、自分のアルバイト代で旅行費を払うと言っても、何割か援助したり、お小遣いくらいは出そうとするだろう。社会人ならまた話は別だろうが、彼の少年はまだ高校生でしかも一人っ子だ。多少は子供には甘いのだろうと推察される。

「エレンにしても、俺は金を受け取る気はないが、払いたいと言い出しそうだからな。なら、前から別荘があってそこに招待すると言う形にすれば、滞在費は必要ない、ということに出来るだろう」
「いやいやいや、それはやめときなって! バレたら絶対にあの子なら気にするよ? そこは会社の保養所が使えるとか、会社の伝手で安く宿泊出来るとか、知り合いの旅行がキャンセルになって安く宿泊出来るようになったからとか言えばいいでしょ? そんなこと言ってると、また財力にものを言わせて、とか何とか言われるよ?」

 恋人の幼馴染みに言われたときを思い出したのか、リヴァイは渋い顔をした。ハンジは別荘購入を何とか諦めさせることに成功し、やれやれと息を吐いた。自分とあの幼馴染みの少年からは協力報酬として金を受け取らない話をつけられるだろうが、恋人の方は説得に時間がかかるかもしれない。社会人と学生、年の差などを考えればリヴァイの方が支払うのが仕方ないと思うが、少年からすれば恋人同士なのだし負担ばかりかけるのを気にしているのかもしれない。

「まあ、その辺は自分で何とかしなよ。――旅行、楽しいものになるといいね」
「ああ。勿論、そのつもりだ」

 ハンジの言葉にリヴァイは深く頷いたのだった。




 ――ああ、どうしてこんなことになったのだろう、とリヴァイは思った。目の前には楽しそうな顔をしている可愛い恋人の姿がある。恋人が楽しそうにしていれば、自分も嬉しい。それは確かにそうなのだが。

「この辺りだと、ホットケーキが有名なカフェがあるよ。焼くのに十五分かかるけど、待つ価値はあるよ。後、ラテアートが有名なカフェと、パンケーキがおいいしいとこ。食べ放題ならこのホテルに入ってるとこがお勧めかな」
「ハンジさん詳しいですね。行くならこのカフェがいいです。ホテルのは系列店が近場にあるから行けますけど、ここには行けないですし」
「そうだね。後、ここの店も行こうよ。お取り寄せだと一ヶ月待ちになることもあるんだけど、直接行けば店頭で買えるんだよ。個数制限はあるけど、買って損はないから。お土産にしても喜ばれるし」
「そこ有名ですよね! 是非、行きたいです!」

 旅行の計画は何とか受け入れられ、誕生日なのだからと旅費の殆どを自分が支払うことにも納得してもらえた。途中からハンジ達とも別行動を取ることも了解を得ているし、いうことはないはずだったのだが――誤算だったのは、ハンジとエレンが思っていた以上に意気投合してしまったことだ。
 以前に会わせたときはそれ程会話をしていなかったし、ここまで話が合うとは思っていなかった。だが、今回の旅行でハンジは「折角行くんだから、ご当地スイーツとか地元有名店に足を運ばないと!」と勢い込んでいた。
 元々、ハンジはスイーツ好きであちこち食べ歩いているし、美味しいと評判の店からは取り寄せているくらいなので、店には詳しい。旅行早々、行きたい店があるんだけど!と言って取り出した有名な洋菓子店やカフェをピックアップした一覧が少年にもヒットしてしまったのだ。菓子を作る腕はないが舌は肥えているハンジが厳選した店は確かで、少年と話が弾みまくっているのだ。
 リヴァイは恋人が作る菓子は世界一美味しいと思っているが、元々、菓子を好んで食べていた訳ではなく、あれば食べるというスタンスだった。少年と恋人となって少しは詳しくなったし、恋人の作る菓子のために舌は肥えたと思うが、ハンジ程詳しくはない。スイーツの知識や話題でハンジに勝てる訳がなかったのだ。

「あの、眉間に皺寄せるのやめて頂けませんか? 周りの人が怖がってますよ?」
「俺は元々、こういう顔だ」
「エレンを取られて不機嫌なのは判りますが、もう少し隠してください」

 隣を歩く少年がしれっとした顔で言う。エレンとハンジ、リヴァイとアルミン、という当初の予定にはなかった並びで歩いている自分にリヴァイは溜息を吐きたくなったが、堪えた。

「……でも、まあ、意外でした。あなたなら、二人の会話に割って入ってエレンを引っ張っていくくらいはするかと思いましたけど」
「俺はそこまで心が狭くないぞ、クソガキ」


 いや、狭いでしょ、一ミクロンくらいじゃないですか、という突っ込みは今更だと思ったのか、アルミンは無言で返した。

「それに、今回は誕生日祝いだからな。エレンが楽しめないのなら何の意味もねぇだろうが」

 だから、少なくとも、この旅行中はお前がいくら喧嘩を売ってきても俺は買わないからな、と続ける男にアルミンは眼を瞠って、それから小さく笑った。

「そうですね。旅行中は休戦ということで」
「ああ。お前と仲良くやる気はないが、仕方がないだろう」
「気が合いますね。僕にもありません」
「……相変わらず、口の減らねぇガキだな」
「あなたの大人気のなさも健在ですね」

 こちらはこちらで冷たい空気を発しながら、一行はハンジ厳選スイーツ巡りの旅に付き合ったのだった。



 ハンジのお勧めのスイーツは想像以上に美味しかったようで、少年は見るからに上機嫌だった。自分でなく、ハンジのもたらした機嫌というのは複雑だったが、勉強になりましたし来られて良かったです、と少年が嬉しそうにリヴァイに礼を言って来たので全部吹っ飛んだ。今までもスイーツが美味しいと評判の店に食事をしに行ったことはあったが、可愛い恋人がこんなことで喜ぶのなら、自分でも有名店を調べて連れて行こうと男は決意した。

「うわー綺麗ですね、リヴァイさん!」
「ああ」

 食べるだけでは何だから観光もしよう、と言って連れてきた自然公園でエレンは歓声を上げた。
 この季節、ここは満開の桜の花と菜の花畑の両方を楽しむことが出来るので有名で、出店や催し物など、桜祭りとして色々な企画があるらしい。春休みということもあって人で賑わっていたが、人混みも気にならないくらいに、薄紅と黄の花の光景は美しかった。

「桜を見せたかったからな。喜んでもらえて良かった」
「ああ、桜を見せたいっていうのが目的でしたよね? でも、何で桜なんですか?」
「アルメニア、エニシダ、サクランボ、判るか?」
「いえ……植物の名前っぽいですけど」
「三月三十日の誕生花だ。他にも違う花があげられていて、どれが本当なのかよく判らなかったんだが。――どうせなら有名で綺麗な花がいいかと思って桜にした」
「――――」
「まあ、サクランボの木と観賞用の桜じゃ種類は違うのは判っていたが、お前に見せたくなったから」

 折角花の綺麗な季節に生まれてくれたんだからな、と笑って頬を撫ぜる男にエレンは真っ赤になった。

「あの、リヴァイさん、ひ、人が見てますよ」
「周りは花を見ているから気にしないだろ」
「オレは恥ずかしいです……」
「なら、手を繋ぐだけにしておく。はぐれないように繋いでいるとでも言えばいいだろう?」

 そうして、差し出された手をおずおずと取った少年に男は満足そうに笑って、指を絡めた。いわゆる恋人つなぎという手の繋ぎ方にエレンは更に赤くなったが、そのままに離すことはなかった。旅の恥はかき捨て――ではないけれど、普段人前では手を繋ぐことが出来ないが、ここでは知り合いに見られることを気にする必要はない。人混みのせいかこちらを気にしている人もそういないようだ。何よりこの手のぬくもりを離すのが惜しくて、そのまま二人で遊歩道を歩き出した。

「……あの二人、後ろに僕達がいること忘れているんじゃないですか、ハンジさん」
「まあ、今更だし。いいんじゃない? 誕生日祝いなんだから」
「まあ、そうですね」

 まあ、お邪魔虫なのは最初から判ってましたし、エレンが幸せならいいんですけど、と続ける少年に、ハンジはあのさ、と声をかけた。

「リヴァイも大人気ないから仕方ないんだけどさ、もうちょっと仲良く出来ない?」
「無理です。というか、向こうも望んでないと思いますよ?」
「……だよねー」

 この機会に仲良く、と思ったのだがどうやらやっぱりそれは無理なようだ。

「リヴァイ、エレンのことではちょっと大人気ないというか、脳内にパラダイスが出来ちゃってるというか、色々とあれだけどさ、いい奴だよ? それは認めてあげてね」
「判ってますよ」

 そう言ってアルミンは苦笑した。

「あの人がエレンに真剣なのも、エレンが本当にあの人が好きなのも、周りがどう言ったって、離れることはないんだろうというのも判ってます。――僕はこれでも、最後までエレンの味方でいるつもりです」
「二人、じゃなくてエレン、なんだね」

 苦笑するハンジにアルミンは当然です、と笑った。

「でも、エレンがあの人と離れる選択はしないでしょうから、結局は二人の味方なんでしょうけどね」
「まあ、程々にしてあげてね。色々と周りが大変だからさ」
「……ハンジさんも大変なんですね」
「もう、半分楽しんじゃってるからいいんだけどさ。私は二人とも好きだしね。エレンの作るスイーツはオアシスだし!」
「確かにエレンの作るお菓子は美味しいですよね。他が食べられなくなります」
「スイーツは癒しだからね! それと、私、そこまでエレンのこと大切にしてる君のことも嫌いじゃないよ?」

 まあ、絶対に敵に回したくないタイプだけど、と笑うハンジにアルミンも笑って返した。

「……僕もあの人の友人ですが、ハンジさんは嫌いじゃないですよ?」
「ありがとう。まあ、スイーツ好きには悪い人はいないからね!」

 それ、どんな理屈ですか、と笑う少年とハンジは仲良く二人の後を追いかけたのだった。



 その後、観光を続けた一行はリヴァイが手配した温泉旅館に宿泊することになった。リヴァイとエレンは同じ部屋、ハンジとアルミンは個室だった。高級感あふれる宿にエレンは恐縮し、ハンジは大喜びし、アルミンは、まあ財力だけは無駄にある人なんだから楽しみなよ、とエレンの肩を叩いた。
 さすがにこの後は邪魔する気はないよ、というハンジ達と別れ、エレンはリヴァイと二人で部屋に入った。この旅館は大きな露天風呂やサウナやジャグジーなど色々な風呂があり、リヴァイ達の部屋には個別の温泉風呂がついていた。
 用意されていた浴衣に着替えると、リヴァイの機嫌がが見るからに上昇していた。ひょっとして以前着付けしてもらったときにハンジが言っていた、帯を解いてあーれーをやりたいんだろうか、とエレンは思ったが、まさか訊くわけにもいかない。

「リヴァイさん、折角ですから露天風呂に行きますか?」
「ダメだ」
「まだ早いですか? じゃあ、夕飯食べてからにしますか?」
「ダメだ。露天風呂に行くのはやめておけ」
「え? 何でですか? 折角大浴場があるのに……」
「お前の裸を他の奴に見せてたまるか!」

 だから、部屋の中にあるやつだけにしろ、と断言されエレンは真っ赤になった。

「えーと、じゃあ、何します?」
「勿論、いちゃいちゃだ。浴衣で温泉でいちゃいちゃは恋人同士のお約束だ」
「…………」

 いつからそれが恋人同士のお約束になったのだろうか。やはり、男はベタなシチュエーションは押さえておきたいようだった。

「じゃあ、いちゃいちゃしますか?」

 そう言ってエレンが笑って自分の膝を指し示したので、リヴァイは意図を察して横になり、エレンの膝に頭を乗せた。男同士で膝枕という人に見られたら恥ずかしい体勢だが、二人以外に誰もいないここでは人目を気にすることはない。ノベルティをみると耳かきがあったので、エレンはリヴァイの耳掃除をしてあげることにした。
 耳掃除は男の自宅マンションでもしたことがあるが――場所が違うとまたいいようで、男の機嫌は良さそうだった。

「リヴァイさん、あの……」
「どうした?」
「大好きです」
「……………」

 耳掃除をしたまま会話を続けるのは危ないと思ったのか、エレンは耳かきを男の耳から出して、近くに置いた。

「今回の旅行、一緒に来られて良かったです。誕生日、とか、別に、一緒にいられれば何も要らないんですけど――色々、考えてくれて、オレ、すごく幸せです」

 照れたようにありがとうございます、と告げる少年に男は起き上がり、がばっとその両肩を掴んだ。

「リヴァイさん?」
「――ああ、お前がそういうところが天然だとは判ってはいるが、このシチュエーションでそれはあれだろう」
「はい?」
「――今のはお前が悪い。だから、俺は悪くない」
「え? あの……リヴァイさん?」

 ――この後、布団の上に運ばれたエレンが色々なことをされてしまい、翌日、男が幼馴染みの少年に白い目で見られ、ハンジに苦笑されるのはまた別の話。




 ――余談。

「リヴァイさん、紅茶淹れました。どうぞ」

 そう言って、差し出された紅茶についていたのは桜の花の形をしたチョコレートだった。

「ああ、これ、旅行のときに買ったやつか」
「はい、お土産に買ったんですけど、残りがあったので」

 綺麗なピンク色をした桜チョコレートと、普通のミルクチョコレートの二層になったそれは、確か桜ショコラとかいう名で売られていたはずだ。それを自分でも一つ摘まんで口に運びながら、桜綺麗でしたね、と少年は笑う。

「――そうだな。この辺りももう見頃になっていたはずだな。次の休みに行くか」
「はい。じゃあ、お弁当作りましょうか」
「ああ。なら、場所取りを誰かにさせるか……今は代行サービスもあるしな」
「いやいやいや、そんなのしなくていいですから! この近所ならそこまでしなくても大丈夫ですし!」

 慌てて止める少年に、男が頷いたのでエレンはホッとした。都内の花見の名所ならともかく、近所に花見に行くのにわざわざ代行サービスまで利用するのはおかしいだろう。

「花見、楽しみですね」
「ああ」
「……来年も一緒に見に行きたいです」

 少年がそう言いながら手を握って来たので、男はその手を握り返した。

「勿論だ」

 来年も再来年もそのまた次も、出来ることならずっとずっと一緒に――。



 ――ハッピーバースデイ!





≪完≫


2014.5.14up




 誕生日からどれだけ経ってからのUPなのよ、と突っ込みを入れたい方多数でしょうが、そこはそっとしておいてくださいませ〜(汗)。安定のベタ展開のショコラですが、もうこれがこのシリーズの特徴ですので。このシリーズのリヴァイとアルミンが仲良くなることはないと思います(笑)。もはや、アルミンの黒さもお約束に……(汗)。



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