その日、ハンジがリヴァイのところに訪れると、何やら彼は深刻な顔で考え込んでいた。眉間に皺を寄せて考え込むその姿には鬼気迫るものがあり、彼をよく知らないものならその姿に恐れをなして脱兎のごとく逃げていくことだろう。が、付き合いの長いハンジは、顔立ちは整っているのにその目つきの悪さでその筋の人間と間違われやすい彼のそんな顔にも、臆することはない。近くで業務をこなしていたペトラに訊ねてみたが、男はここのところそんな様子を見せているのだが、原因は判らないと言う。仕事は問題なくこなしているし、会社が何かトラブルを抱えているという事実もない。なのに、どうも何か考え込んでいることが多いのだという。
 興味を抱いたハンジは全くの遠慮もなく単刀直入にリヴァイに訊ねてみた。

「ねえ、リヴァイ、何か悩み事あるの? ただでさえ怖い顔が泣く子もショック死する程になってるんだけど」
「うるせぇ、クソメガネ。俺は人生に関わる大事なことを考えてるんだ」

 人生に関わる大事なこと――それで、ハンジはリヴァイが悩んでいることの想像がついた。おそらく彼が溺愛している年下の恋人のことで何かあったのだろう。ふと、彼のデスクを見れば彼の少年の写真が増えていた。ハンジは生温かい眼差しを男に向けながら、人に話すと案外良い解決策が出るかもしれないし話してみなよ、と言葉を促した。

「……クリスマスなんだがな」
「クリスマス? リヴァイはもう休暇取ってるじゃないか。その前の休日に出勤して仕事全部するからって言って、もぎ取ったんだろ?」
「ああ、邪魔したら今度こそあのヅラむしり取ってやる……!」
「イヤ、だから、社長はヅラじゃないからね? エレンと楽しいクリスマスするんでしょ?」

 こっちは仕事だって言うのに、とハンジは唇を尖らせた。今年のイブは平日なので当然ながら出勤日であり仕事がある。多くの会社は土日休みだし、平日で都合がつかないものはその前の休みにクリスマスを過ごすことも多いと聞くが、男は可愛い恋人と初めて過ごすクリスマスにそんな妥協は出来ないと、無理矢理にスケジュール調整をしたのだ。仕事を入れたら辞表を出されそうな勢いだったので、男の要望を受け入れることとなったのだった。

「ああ、エレンと過ごすのは決まっている。邪魔をする奴は沈めるが……ホテルで食事してそのままお泊りコースと、家でエレンの手料理を食べてまったり過ごすのと、究極の選択を迫られている」
「…………」
「どっちも捨てがたいんだが……ホテルの方は一応押さえてあるが、エレンの意見も訊かないといけないし。だが、あいつは遠慮するからいっそサプライズ企画にするべきか……」
「……リヴァイ、今いつだか判っている?」
「十一月に入ったところだが、それがどうした?」
「…………」

 約二ヶ月も先のことを今から悩んでいるのか、という突っ込みはしても無駄だろう。おそらくこの男はもっと前からホテルの予約をしていたのだろうし、夢を壊すようだが、現実を見てもらわなければ。

「リヴァイ、ホテルで食事してお泊まりコースは無理だと思うよ?」
「何故だ?」
「イヤ、あの子の性格なら遠慮しそうだし、リヴァイ、一つ忘れてるでしょ」
「何を?」
「12月25日が自分の誕生日だって。それなのにディナーとホテル代出してもらってプレゼントもらうとか、出来ると思う? というか、普通の高校生ならそんなクリスマスはしないだろ」

 ハンジがエレンと会ったのは二度だけだし、主な情報は男の話からだが、会った印象はごく普通の高校生だった。今時の子にしては礼儀正しく将来の夢もきちんと持っている可愛らしい子だったが、まさかリヴァイに捕まってしまうとは本人も思っていなかったに違いない。
 きちんとした常識のある子に見えたし、そんな子が恋人の誕生日にホテル代から何から全部おごらせて平気でいられるとはとても思えない。男が予約するなら高級なところだろうし、料金を折半にするにしても高校生が支払える金額ではないだろう。第一、普通の高校生はクリスマスだからといって高級ホテルに泊まったりしないと思う。

「相手に合わせてあげるのが年上の役目でしょ?」

 そう言うハンジがリヴァイを見ると、明らかに落ち込んでいた。どうやらよっぽどホテルでディナーでお泊まりという一昔前のベタな設定のクリスマスがやりたかったらしい。何も執着がないように見えた男がここまで変わるとは、世の中何があるか判らないものである。

「あんまり過剰にすると重たがれると思うよ? イヤ、もう無駄かもしれないけどさ」
「余計なお世話だ」

 言われなくたって判ってる、と男は呟いてデスクの上に飾られた愛しい恋人の写真を手に取って眺め、溜息を吐いたのだった。






ショコラロール




「それで、ホテルでディナーは断ったの?」

 いつもの通りに教室で椅子に逆向きに座りながら、アルミンは幼馴染みの少年に問いかけた。その手には幼馴染みが持参してきた手作りの焼き菓子がある。貝の形をしたマドレーヌはココアとレモン風味のプレーンの二種でどちらも相変わらず市販のものよりも美味しいとアルミンは思う。

「当たり前だろ。クリスマスシーズンなんて高いだろうし、誕生日にそんな支払させるわけにはいかないし」
「まあ、高校生でホテルで食事して泊まるなんて出来ないよね」

 可愛い幼馴染みの恋人は王道ベタなことはやっておきたいようだが、普通の高校生に高級レストランで食事した後、ホテルのスウィートルームで宿泊なんてプランが通じるとは思えない。更にあの男ならロイヤルくらいもつけそうだ。

「アルミン、感想は?」
「しっとりした食感でおいしいよ。どっちもいいけど、レモン風味のプレーンの方が好きかな。ココアも美味しいけど、やっぱりプレーンの方が数が食べられるし、飽きがこないと思う」

 アルミンの感想にエレンは頷いて何か考え込む顔をした。また、あの男のことなんだろうな、と思いながらどうしたの?と訊ねた。

「クリスマスどうしようかと思って」
「あの人の家でやるんじゃないの?」
「そうなんだが……何しようかと思って。料理とケーキ作るだけじゃいつもと変わらないし」
「ツリーでも飾れば?」
「あ、それはこの前一緒に買いに行った」
「…………」

 アルミンは冗談のつもりで言ったのだが、男は本当にクリスマスツリーを買ったらしい。男の家がマンションでなかったら、きっとイルミネーションで飾りつけることもやったのだろう――本当にベタなことは押さえておきたいようだ。

「……別に、一緒にいられればそれだけでいいんだけどな」

 はにかんで呟く幼馴染みの姿は可愛らしい――あの男ならこの姿を見れば即寝室に運ぶのだろうな、と思いながらアルミンは溜息を吐いた。お父さんは複雑だよ、と幼馴染みに言いたかった――いや、アルミンはエレンの父ではないのだが、その心境は可愛い一人娘に彼氏が出来た父親である。

「……エレンのしたいことをすればそれでいいんじゃないのかな。エレンが何してもあの人なら喜ぶだろうし。エレンだってあの人がエレンのことを思って何かしてくれたら嬉しいって思うだろ?」

 まあ、ホテルにお泊まりコースは僕でも断るけどさ、とアルミンは苦笑した。

「素直に気持ちを伝えるのが一番じゃないのかな」
「……そうだな、ありがとう、アルミン」

 可愛らしい笑顔で頷く幼馴染みに、あの男には何か嫌がらせをしてやろうと――エレンが哀しむようなことはしたくないので、害意のない他愛もないものにするが――誓うアルミンだった。





 クリスマス・イブは普段の休日と変わりなく始まった。学校はもう冬休みに入ったし、男は24、25日と休暇を取っていたので、24日は男の自宅で過ごしてそのまま泊まり、翌日の夜にイルミネーションを見に出かけようかという話になっていた。アルミンは、その話を聞いて微妙な顔をして行けるといいね、と言っていたので、ああ、急な仕事が入らなければいいんだけど、と返したら更に微妙な顔をされてしまった。エレンは純粋だね、ちくしょう、それをあの男は……と何やらぶつぶつ呟いていてエレンにはさっぱり意味が判らなかったのだけれど。
 買い物をしたり映画を見たりした後、少年がいつものように――けれど普段よりはちょっと手の込んだ料理を作り、そろそろ夕飯にしようかというときにエレンがこれ、と何やらボールのようなものを取り出した。バスケやバレーなどに使われるボールよりは小さいそれをリヴァイが怪訝そうに眺めていると、エレンはこれは家庭用のプラネタリウムです、と告げた。

「プラネタリウム? 随分小さいものがあるんだな」

 リヴァイのイメージではプラネタリウムというのは大きなプロジェクターを使ってドームスクリーンで見るものだ。家庭で見られるものもあるとは聞いていたが、余り興味がなかったので実物を見るのは初めてだし、どんなものなのか詳しくは知らない。

「今では携帯アプリでもあるみたいですよ。オレも詳しくないので……家にあったのを持ってきただけなんですが」

 そう言ってエレンはピントを合わせ、即席のプラネタリウムの観賞会が始まった。
 実際のプラネタリウムと比べれば投影範囲は狭いし迫力はないが、それでも充分に映し出される星達は美しかった。しかし、何故、わざわざ今日これを持ってきたのだろうか――とリヴァイが不思議に思っていると、エレンがぽつりと綺麗ですね、と呟いた。

「ああ、綺麗だな」
「実際の星空には敵わないと思いますけど、宇宙にはこんなにたくさんの星があって、その中の一つのこの星に人が生まれて出会って――それって凄いな、って思って」
「…………」
「何十億もいる人間の中から出会えるなんて凄い確率ですよね。こういう星空見てると、本当にそう思えてきて、だから……」

 そう言って、少年ははにかんだような笑みを浮かべながら続けた。

「リヴァイさん、この星に生まれてきてくれてありがとうございます。オレと出会ってくれてありがとうございます。日付変わったら言うつもりだったんですけど……お誕生日おめでとうございます。この星に、この世界に、あなたに、感謝をこめて――ありがとうございます」

 フライングですね、と笑う少年を男は力いっぱい抱き締めたのだった。



 ミニシアターが終わり、食事を済ませた後、少年がおずおずと差し出してきたのはあたたかい純カシミヤで作られたマフラーだった。ロゴを見ると、誰でも聞いたことがあるような有名なブランド品だというのが知れる。

「お前、これ高かっただろ?」
「そんなことありませんよ?」

 そういう少年の眼が泳いでいたので本当は高かったのだということが判った。リヴァイなら簡単に買える価格のものだが、まだ高校生の少年には手の届きにくい品だったろうに、と男は思う。

「何にしようか迷ったんですが、どうせなら使ってもらえるものがいいかな、って思って。えーと出来たら使ってもらえたら嬉しいんですけど」

 エレンの言葉に男は笑って当たり前だろうが、とマフラーをその場で巻いて見せた。やわらかくてあたたかいそれはまるでこの恋人のようだ、と男は思った。

「エレン、俺も受け取って欲しいものがある」

 幾分か緊張した面持ちの男から少年が手渡されたのは、小さな箱で。
 その形状からそれが何かの予想がついたが、エレンはその箱をそっと開けてみた。
 中に入っていたのは予想通りに銀色に光るシンプルなデザインの指輪だった。

「お前には重いって思われるかも知れないが、これしか思い浮かばなかった。――婚約指輪のつもりで買った」
「――――」

 息を呑む少年に男はいつもと違って不安げな顔をしながら続けた。

「今すぐに、とは言わないし、今は法的にも無理だろうが――俺はお前とは一生一緒にいたいと思っている。返事は今じゃなくていいから、この気持ちは受け取ってくれ」

 エレンは指輪と男を交互に見つめた後、泣き笑いのような表情を浮かべた。

「リヴァイさんはいつもずるいです」
「……そうか」
「ねぇ、リヴァイさん、オレはあなたが思っているよりもっとずっとずっとあなたのことが好きなんですよ?」

 そう言って、エレンは男に指輪の箱を渡した。

「――はめてくれませんか? リヴァイさんの手で」

 そう言う少年に男は目を瞠った後、嬉しそうに笑った。

「ああ。俺のもお前がはめてくれ」

 まるで、神聖な儀式のように。お互いの手で指輪をはめあう――左手の薬指に。
 壊れ物を扱うように優しい手つきで指輪を撫ぜながら、普段は余りつけていられないですけどリヴァイさんといるときはつけるようにしますね、と少年は告げた。
 エレンの高校は校則がそれ程厳しくはないが、こんな高そうな指輪をはめていったら教師に見咎められるだろう。それに調理をしているときに指輪は外さなくてはならない。

「ああ、判っている。だから、合わせてチェーンも買っておいた」

 そう言って男はエレンの指先に口付けを落としてから指輪を外し、銀色の鎖に通してその首にかけ直した。ゆらゆらと揺れる銀の指輪を見て男は目を細めた。

「……本当は鎖につないでおきたいのはお前の方なんだがな」
「リヴァイさん」
「こんな指輪一つで縛っておけるなんて思ってないが――それでも、お前が俺のもんだって主張は出来る。……重いだろ?」

 ソファーに座る少年の前に膝をついてその身体に抱き付いて顔を埋める男に、前にもこんなことがあったな、と少年は苦笑した。

「ねぇ、リヴァイさん、言ったでしょう? オレはあなたが思っているよりもずっとあなたのことが好きなんだって。この指輪、声が出なくなる程オレが嬉しかったなんて、知らないでしょう?」

 そう言って髪に落とされた口付けに男は顔を上げ、少年と唇を合わせた。やがて激しくなったそれが首筋に及び、少年が寝室に運ばれていくのにそう時間はかからなかった―――。




「……悪かった」
「…………」
「本当に悪かった」
「……イルミネーション、見に行くって約束したのに……」
「あー、クリスマス過ぎてもやっているところはあるから、そこに今度連れていく」
「ケーキだってまだ食べてなかったのに……」
「今からちゃんと食うから」

 ベッドの上で拗ねた顔をする少年にしきりに男は謝っていた。――いったい、何回したのか少年は覚えていない。もう無理です、と言っても男は全く聞いてくれなくて、最後には気絶するように眠ってしまった。日付が変わった直後にもう一度ちゃんとお誕生日おめでとうございます、と言おうと思っていた少年の計画は果たせず、更にしすぎたせいで足腰に力の入らない現状ではイルミネーションを見に出かけるなんて無理な話だった。
 何とかして少年の機嫌を取りたい男はその身体を起こして抱き抱えソファーに運ぶと、冷蔵庫から少年の作ったケーキを取り出して訝しげな声を上げた。

「これ、クリスマスケーキか?」

 男の手にあったのはフルーツの入ったショコラロールで美味しそうではあったが、ロールケーキはクリスマスっぽい感じはしないので、不思議に思ったのだ。

「ブッシュドノエルにしようと思ったんです。折角だし、デコレーションを一緒にしたら楽しいかと思って、飾り付けはまだにしたんです。なのに……」

 じと目で少年に見られて、男はエレン…と情けない声を出した。それを聞いてエレンはくすくすと笑った。男も反省しているようだし、今日は何と言っても男の誕生日なのだから。

「一緒に仕上げましょう? 家の中を動くくらいなら大丈夫ですから」

 ほっとした顔の男に手を引かれエレンはキッチンに向かった。
 その首元でゆらゆらと男とお揃いの銀の指輪が揺れていた――。



 ――メリークリスマス&ハッピーバースデイ!





≪完≫



2013.12.25up




 またしてもベタ展開ですみません(汗)。でも、ショコラシリーズは王道ベタ話がお約束なので。ちなみにアルミンはこうなることを見越してました。兵長、お誕生日おめでとう〜!



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