冬の贈り物




 今年もこの季節がやって来たな、とエレンは白い息を吐きながら思った。どこの店も今が売り時、とばかりに綺麗にラッピングされた商品を店頭に並べ、大きな店では目立つ場所にきらびやかなツリーを飾っている。街路樹には電飾がつけられ、今では家庭でも凝ったイルミネーションを飾り付けて楽しむものも多いと言う。キリスト教徒でもないのに世間はクリスマス一色に染められていた。
 正月には神社に初詣でに行って、お盆には寺へ墓参りし、クリスマスを皆で楽しむ――そこに宗教的な意義は全くないのではないか、と突っ込みたくはなるが、それがこの国の習慣なのだから仕方がない。

「ねえ、エレン、今日はうちに来るの忘れてないよね? 母さんもエレンが来るの楽しみにしてるし」

 学校からの帰り道、幼馴染みの少年――アルミンに問いかけられてエレンは頷いた。毎年、特にこの五年程はアルミンの一家はエレンをクリスマスに必ず自宅に招待してくれる。家にいても一人なのでエレンも断らずに有り難くその申し出を受けることにしていた。

「ああ、判ってるって。おばさんの料理旨いし……毎年悪いな」
「全然。むしろ、来てくれないと困るよ。来年は彼女とか出来てエレン君来てくれなくなっちゃうかもしれないわよねーとか、母さんが寂しそうに言ってたから。確かに高校生になったら家族でクリスマスするより、友達と遊びに行っちゃうかもしれないけど」
「友達より彼女を作ることを目指した方がいいんじゃねぇのか?」
「それを言う? まあ、出来たらいいなとは思うけどね。エレンだって彼女いないくせに」
「その前に受験だろ」
「今から嫌なこと言わないでよ。まあ、この前の模試結果では合格圏内だって言われたけど」

 二人はこの冬に受験を控えた中学三年生だ。志望校は二人とも同じで成績からいって大丈夫だと言われているが、受験に絶対と言う言葉は存在しないので油断は禁物だ。インフルエンザにかかって受験を失敗した先輩の話なども聞いているし、今から気を引き締めておかないといけないのだろうが、息抜きをしたいというのも本音で。

「今日、泊まっていけばいいのに。母さんも父さんもエレンを気に入っているから喜ぶよ。今日はグリシャさんは当直なんだろ?」
「ああ、朝まで勤務だって言ってた。医者にクリスマスはないらしいよ。何だかんだ言って帰ってくるのは明日の昼になるかもな」
「だったら……」
「家空けとくのは不用心だろ」
「エレンが一人でいる方が心配だよ」
「平気だ。慣れてるし」
「…………」

 アルミンは判ったよ、と溜息を吐いた。少年は絶対にこの日――12月24日の夜には決して自分の家に泊まらない。この数年、他の日なら都合がつけば泊まっていくのだが、この日だけは絶対に泊まらないのだ。
 クリスマス・イヴの日の夜に外せない用事があるとなれば恋愛方面が真っ先に浮かぶが、エレンに彼女がいないのはいつも一緒に行動しているアルミンが一番よく知っている。アルミンの知らないうちに恋人を作っていたのだとしても――その可能性はゼロに等しいが――中学三年生という年齢を考えれば、夜間の外出や外泊を親が許すはずがない。エレンも特に外出している様子はないし、謎だったが、エレンが語らないのでアルミンはその理由を知らずにいる。
 幼馴染みが頑固な一面を持っていることは知っているので、彼が言わないと決めたことなら絶対に語らないのだろうし、変なことに巻き込まれているという訳でもないのだからいいか、とアルミンは話題を切り替え、家路を歩いていったのだった。




 家に帰りついたエレンはふうと息を吐いた。アルミンの両親はとてもいい人達で今までたくさん世話になってきたしすごく感謝しているのだが、家で一人のエレンを心配してか何かと引き止められるので困ってしまう。普段なら全く構わないのだが、今日という日は絶対に家にいなければならないのだ。

(だって、多分、今年が最後だろうし……)

 そう胸の中で呟いて、ひたすらエレンはそのときが来るのを待った。


 夜も更けた頃、シャンシャンシャンという鈴の音が聞こえてきて、エレンは知らずに口許を綻ばせていた。ああ、良かった、今年も来てくれたのだ、とほっと息を吐く。
 やがて鈴の音が止まり、ガラッという音を立てて部屋の窓が開けられ、中に誰かが侵入してきた。

「オイ、クソガキ、窓に鍵がかかっていなかったぞ。不用心だろうが。それからもうガキはクソして寝ている時間だ」
「今年も来てくれたんですね、リヴァイさん」
「当たり前だ。子供にプレゼントを運ぶのが俺達の仕事だからな」

 少年の部屋に侵入してきたのは赤と白のファーで作られた衣装にブーツ、白いポンポンのついた三角帽という格好の男性だった。黒い短髪と目つきの悪さが台無しにしているが、整った顔立ちの三十過ぎくらいの彼は白いひげでも生やしていれば完璧なサンタに見えただろう。
 いや――何を隠そう、少年がリヴァイと呼んだこの男は正真正銘のサンタなのだ。サンタよりも強盗と呼ぶに相応しい目つきをしているが、彼が本当は優しいことをエレンは知っている。

(まあ、初めて会ったときは強盗かと思ったが)

 今でもはっきりと覚えている男との初めての出会いは今から五年前のクリスマスのことだった。



 夜中、微かな物音に気付いて目を覚ましたエレンは、室内に人の気配を感じ驚いた。時刻はもう夜中だったし、強盗でも入って来たのかと思い、相手に気付かれないようにベッド近くに立てかけてあったバッドに手を伸ばそうとしたときだった。

「オイ、クソガキ、俺は怪しいもんじゃねぇ。そんな物騒なもんで殴ってきたりしたら沈めるぞ?」

 そう声がかけられ、瞬時に落とされていた照明がつけられ、眩しさに反射的に目をつぶった隙に両手を相手に掴まれた。
 しまった、と思い目を開ければ至近距離に男の顔があった。
 エレンは驚きに目を瞬かせた――男の人相というよりも、その格好が余りにも目立っていたからだ。赤と白の衣装は今宵がイヴだということもあってそれがすぐにサンタ服だということに気付いた。

「最近の強盗って派手なんだな……」
「俺は強盗じゃねぇ。サンタだ」

 思わず少年が呟いてしまった言葉が届いたのか、男はきっぱりと自分がサンタだと告げた。

「…………」
「オイ、今、てめぇ、俺のことを頭の可哀相な奴だと思っただろう。疑うのなら証拠を見せてやる」

 そう言う男に引っ張られて見せられたのは窓の外で、そこにはそりを牽いたトナカイが空中に浮かんで主人の帰りを待っているようだった。

「……イリュージョン? どんな仕掛けが?」
「仕掛けなんかあるか。サンタだって言ってるだろうが、クソガキ」

 確かにそんな仕掛けを子供に見せたって男には一銭の得にもならない。むしろ、そんなイリュージョン芸が出来るのなら強盗などせずに稼げるだろう。
 ようやく納得したらしい子供に男は溜息を吐いて、状況を説明するべく窓を離れ部屋の中に座り込んだのだった。

「えーと、あなたがサンタだということは判りました。で、何故、オレのところに?」

 リヴァイだと名乗った男にエレンは何故か丁寧な言葉で話していた。いや、タメ口を叩ける雰囲気ではなかったというか、下手なことを言ったら男に蹴り飛ばされるような気がしたのだ。

「プレゼントを配りに来たに決まっている」
「手ぶらに見えますが?」
「ああ、配るプレゼントはものではないからな。夢というか願いを叶えてやるのが仕事だ」
「え、じゃあ、大金持ちになりたいとか、そういうのも叶うんですか?」
「そんなのは自分で働いて稼げ」
「え、じゃあ、サッカー選手になりたいとか、頭が良くなりたいとか?」
「そんなのは自分で努力しろ」
「……………」

 なら、何なんだという目で見る少年に男はそういうものではなく、もっと純粋な小さな願いだ、と答えた。

「はあ、まあいいですけど。じゃあ、何でここに来たんですか? オレ、別に願い事なんてしてないですよ?」
「しただろう」
「そりゃ、宝くじ当たったらいいなーとか、テストでいい点取れればいいなーとか考えたことはありますけど」
「そうじゃねぇ。――お前が願ったのは、母親に会いたい、だろう」
「―――――」

 母親、と聞いてエレンは胸がぎゅうと引き絞られた感じがした。優しく朗らかだった自分の母親はつい先日亡くなったのだ。交通事故だった――救急車で運ばれたときにはもう心肺停止の状態で手の施しようがなかったのだと説明された。事故を起こした相手はその場で捕まったが、例え、犯人が捕まったとしても彼女が生き返るわけではない。

「……会えるわけないじゃないか。母さんはもう死んだんだ!」
「だが、それでも会いたいと思ったんだろう。だから、俺が来たんだ」

 お前の願いがとても純粋で綺麗だったからな、と言って男はエレンの額に触れた。途端に脳裏に映し出されたのは生前と変わらぬ穏やかな顔をした自分の母親――彼女はどこかの美しい花園で花を摘んでそれを束ね、祭壇のようなものに運んで祈りを捧げているようだった。

(何をして――あそこはどこなんだ?)

 エレンが脳裏に浮かんだ疑問が判ったように、男はそこは死後の世界だ、と答えた。

「ああやって花を手向けてはお前やお前の父親の幸せを祈っている。――お前がずっと、あの日のことを気にしているから」
「――――」

 あの日の朝、小学校へ出かける前に些細なことでエレンは母親と喧嘩をした。むくれた自分は母親に謝りもせず、いってらっしゃいの声にも答えないで出かけたのだ。
 ――彼女が事故に遭ったと学校に知らせがきたときにはもう遅かった。病院に駆け付けた自分の前にはもう冷たくなって横たわっている彼女の姿があった。
 まだ、彼女に謝っていないのに。
 いってきますすら、言ってこなかった。
 なのに、彼女はそのことを怒りもせずに、ただ自分達の幸せを祈っているのだという。

「――オレ、母さんに謝れなかった。ごめんって言えなかった。なのに、母さんは……怒ってはいない?」
「怒っていたら幸せなんか願わねぇだろ。母親ってものは子供の幸せを願うもんだ」
「――――」

 くしゃり、と頭を撫ぜられ、それが限界だった。エレンはぼろぼろと大粒の涙を流し、男は仕方ねぇな、といいながらずっと少年の頭を撫ぜ続けてくれたのだった。



 あれから、五年の歳月が流れた。毎年律儀に男はやって来てエレンと会話して去っていく。そりで去っていくその姿を見られたら大変なのではないかと訊ねたら、基本、サンタというのは純粋な子供にしか見えないのだそうだ。深夜の街を純粋な子供が徘徊しているわけがないから大丈夫なのだという。その後にお前はふてぶてしいガキだったがな、と余計な一言を続けていたが。

「リヴァイさん、オレ、プレゼントは何も要りません。だから、お願いがあります」

 エレンは真剣な顔をして男の顔を見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。
 男と会うのはきっと今年が最後になるだろうとエレンは思っていた。クリスマスに贈り物をするのは年齢に関係なく行われていることだと思う。だが、サンタがプレゼントを配るのは子供達だけだ。この子供と大人の境界というのは微妙だと思うが、サンタにプレゼントをもらえる年齢というと小学校――いってもせいぜい中学までだと思う。高校生が大人かと訊かれればまだ子供だと答えるし、未成年者は行動を制限されるが、サンタがプレゼントを配る年ではもうないだろう。
 今年が最後――なら、どうしても言っておきたいことがあった。


「オレをもらってください!」

 初めのときはただただ母親に会いたいと思った。それが解決したその次の年はあの変わったサンタにもう一度会ってみたいと願った。そして、年に一度会ううちにいつの間にか自分がこの胡散臭いサンタを好きになっていることに気付いた。
 それに気付いたときは転げ回りたくなる程動揺したし、自分はどこか変じゃないのかと悩んだりもしたが、考えに考えた結果、どうしてもこの男が好きだという結論は変わらなかったのだ。

「サンタはプレゼントを配るもので、もらう方じゃないが?」
「いいじゃないですか。たまには逆があったって。もらえるものはもらっておきましょうよ」
「ただ程高いものはないと言うが」
「オレ、結構お得ですよ? 母さんが死んでから家事も覚えたし、身体も丈夫だし、頭もそんなに悪い方じゃないと思いますし! えーと、だから……」

 エレンは決意をするように息を吸い込んでから一気に言った。

「オレ、リヴァイさんが好きなんです! だから、もらってください」

 答えが怖くてぎゅうっと眼をつぶっていると、小さく笑う声が聞こえた。

「言ったな?」

 その声と同時に引き寄せられて、エレンは男の腕の中にいた。

「リヴァイさん?」
「エレン、俺の職業は何だ?」
「職業って……サンタ?」
「そう、では、サンタは何をするものだ」
「子供達にプレゼントを配るっていうか、願いを叶え――」

 言いかけてエレンは真っ赤になった。そうだ、男はサンタクロースなのだ。最初からエレンが何を望んでいるのかを知っていたに違いない。
 羞恥に真っ赤になるエレンに男はにやりと笑った。

「今日は何日か判るか、エレン?」
「え……24日ですけど」

 反射的に答えてしまった少年にもう日付が変わったから25日だと男は告げた。確かに午前0時を回っていたからもう25日だがそれに何の意味があるのだろう。

「12月25日は俺の誕生日だ。――誕生日プレゼント、もらってやろう」

 そう言って男は少年の頬を両手で挟んで深い口付けを落としたのだった。



「サンタを目撃した子供は大人になってもサンタが見えるから安心しろ。それに、サンタにも恋愛の自由は許されている」

 初心者には激しすぎる口付けを与えられてぐったりとしている少年に男はこれくらいでへばっていたら、もっと先には進めないぞ、と少年の頭を掻き回した。

「元々、成人するまでは待てると思っていたからな。お前からこんなに早く告白されるとは思わなかったが」
「……えーと、リヴァイさん、頭がついていけないんですが、その……」

 もしかして、もしかしなくても。

「両想いなんですか? オレ達」

 今更何言ってんだと笑う男に、少年は思い切りしがみ付いた。


 プレゼントの中身は楽しみに取っておくものだ、と男は笑って去っていった――さすがに今の少年には手を出せないと男は言う。お前だって抱かれる覚悟はいるだろうと告げられ、少年は頷くしかなかった。
 また一年後なのかと溜息を吐いたら、恋人になったのにそれじゃ意味ないだろうと言われた――どうやらもっと早くに男には会えるようだ。

(あ、他にも願いが出来たな)

 今度男に会えたら訊ねてみよう。どうやったらサンタになれるのか。
 だって、一生イブの日に短い間しか会えないのは寂しいから。
 二人でそりに乗る姿を想像して少年は楽しげに笑った。






≪完≫



2013.12.19up



 現代パラレル設定ですが、どっちかというとファンタジーなような。サンタ兵長を見て思いついた話です(笑)。



←back