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遠い海の記憶・海は女の涙/石川セリ
人々の記憶に残る傑作
遠い海の記憶
日本フォノグラム FS-1801(EP)
1974年

これだけのキャリアがあり、数多くの傑作を残していながら、誰もが納得する「これ」という一枚がないのがピコ。もっとも広く世間に知られている曲を代表作と呼ぶのなら、『遠い海の記憶』が彼の代表作になるのかもしれません。

『遠い海の記憶』はNHK少年ドラマシリーズ「つぶやき岩の秘密」のテーマソングであり、NHK「みんなの歌」でもありました。全編オールロケを敢行し、新田次郎の原作をリアルに映像化してミステリードラマに仕立てた「つぶやき岩の秘密」は、”異色作にして大傑作”と呼ぶにふさわしい、少年ドラマシリーズ屈指の作品です。

そして、このドラマを支持する人たちの多くが口を揃えるのが、石川セリの歌うテーマソング『遠い海の記憶』の存在です。「ドラマの内容は忘れても、この曲を忘れることができない」という人たちが今なお数多く存在するのは、この曲が映像と相まって醸しだしていた、ミステリアスで幻想的な雰囲気に負うところが大きいのではないかと思います。
美しくもメランコリックなメロディーとクールな雰囲気を併せ持つこの曲の終盤には、*全音音階と同じ音の配列になっている部分があります。この音階の特徴である中心のない漠とした音感が、実に不思議な雰囲気を湛えていました。

『遠い海の記憶』は、サビへの転調もみごとなら、ハープやフルート、エレピを効果的に取り入れた美しいフレーズのなかに常にリズムを感じさせる生ギターやベースのアレンジもすばらしいのですが、終盤の意表をつくドラマティックな展開や唐突なエンディングに、いかにも樋口氏らしい特徴が表れており、名実ともに初期の傑作と呼ぶにふさわしい作品です。

一方、映画『哀愁のサーキット』の主題歌であるB面の「海は女の涙」は、まったくといって話題になることのない作品です。しかし、なにを隠そう私は、「海は女の涙」が聴きたいがために、このシングル盤を買ったのでした。

深夜、布団の中で聴いていたラジオのイヤフォンから流れてきたこの曲を耳にした瞬間、、私は一気に眠気が吹き飛んでしまいました。AメロからBメロと徐々に盛り上がり、サビで頂点に達するドラマティックなメロディ展開の壮大なスケール感のこの曲に、一瞬にして心を奪われてしまったのです。その壮大なメロディにのって歌われる歌詞は、私には男女の愛などではなく、もっと深遠な人間の根源的な愛や哀しみを歌っているように聞こえました。

私の頭の中にはエンドロールとともに夕陽に染まった海が映し出され、バックにこの曲が流れている超大作映画のラストシーンが思い浮かんでいました。それはまちがってもショボイ邦画の一場面などではなかったのです。ですから、後年、この映画の内容を知ったときは愕然。あらすじを読めばわかるとおり、「哀愁のサーキット」はショボイ邦画以外の何ものでもなかったのです(おいおい)。そして、「海は女の涙」が流れるシーンも、自分の想像とはあまりにもかけ離れたものでした。

だからといって、私のこの曲に対する評価はいささかも変わることはありません。今でも、この曲を聴いて思い浮かべるのは、超大作映画のラストシーンです。エンディングのセリさんの悶絶しそうな歌唱は何度聴いても鳥肌がたちます。ラストの一瞬のブレイクやrit.するところも好きで好きでたまりません。この曲が私にとって名曲であることは、時代が変わっても永遠に変わることはないのです。

*全音音階…ドビッシーによって創案された音階で、半音を取り去ってしまった6個の音によってできている。調性は半音の位置で確認できるものので、半音程をったく持たないこの音階では、どこに基音があるのかわからなくなる。


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