坂東玉三郎 チャリティーコンサート
思い出のスタンダードと共に

2011/06/07・08


第2部

休憩を挟み、プログラムは第2部へ。
第2部はグリーグ作曲の「ホルベルク組曲」第3曲「「ガボット」でスタートした。第1部のオープニング「プレリュード」と同じ組曲から選曲するあたり、いかにも樋口さんらしい発想だ(笑)。典型的なバロック調の「ガボット」は、響きの美しさに酔いながら楽しんだ。目をつぶって聴いていると、中世ヨーロッパのサロンに迷い込んだような錯覚に捉われる。それにしても第1部の「プレリュード」といい、この曲といい、よくこの編成で弦楽合奏並みの迫力が出せたものだと感心する。

第1部は、「プレリュード」から「Climb every mountain」に発展させていくうまさが天才的(この2曲を組み合わせるという発想を含め)だったが、第2部は「ガボット」の演奏が終了すると、一旦、雰囲気を変えてから「Danny Boy」の演奏が始まる構成になっていた。なぜ、そんな細かいことを覚えているかというと、仕切り直しの短いフレーズが、「遠い海の記憶」のイントロのタッチを思い出させるものだったから。これは、よかったと思う。仕切り直したことで、「Danny Boy」のイントロが際立って聴こえた。イントロのバイオリンの高音は、多少神経質に聴こえなくもなかったが、本編は素朴なこの曲のよさを残しながら、ピアノやサックスがジャジーでエモーショナルな雰囲気を醸し出していて、おもしろく聴いた。玉三郎さんの歌もよかった。普段はろくに歌詞に注意を払わない私だが、なぜか不思議と玉三郎さんの歌う歌詞は、しっかりと耳に届く。

2曲目は「Alone Again」。当日、会場でプログラムのなかにこの曲のタイトルを見つけた瞬間、私は思わず吹いてしまった。「玉三郎さん、Alone Again やりませんか?」「私がギルバート・オサリバンを歌うんですか?」「あの曲、日本で最初にカバーしたの僕なんです。エヘヘ」「えっ、樋口さんが? そうですか。それじゃ、やりましょう」…ってな会話が実際に玉三郎さんと樋口さんの間で交わされたかどうかは知らないが、それが現実であろうとなかろうと、私の頭では、「Alone Again」は、こういういきさつで選曲されたことになっている(爆)。

「Alone Again」という曲は、バックに控えめに流れるストリングス以外、これといった派手なアレンジが施されていない。だから、ピアノやアコースティック・ギターの美しい音色が生きる。この曲が、今なお世界中で愛されているのは、優れた楽曲をシンプルなアレンジで最大限に活かしているからではないだろうか。
1972年、樋口さんが日本で初めてカバーした「Alone Again」を録音したテープは、今もわが家に残っている(年がばれる)。このときはピアノ、ベース、ドラムという3ピースの非常にシンプルなアレンジだったが、今回も、大筋では「シンプルであってほしい」という私の期待に応えてくれるものだった。オリジナルの持つ英国的な陰影が影を潜めてしまったのは残念だったが、コーラスをフィーチャーしたアレンジは、「こういうアプローチがあってもいいのかもしれない」と思えるものだった。しかし、不満がないわけではない。最後の最後「Alone Again ,Naturally」の部分にコーラスを重ねるのはいかがなものか? 凡人の発想かもしれないが、神に見放され、母も死に、「僕はひとり。そうさ人は誰でもひとり」と歌う歌詞内容を考えたら、ここでコーラスを外すことはあっても、つけ加えるところではないと思う。コーラスで盛り上げて終わるのは、よくある手法だが、歌詞内容と齟齬を感じるアレンジは、私にはなじまないと思った。

3曲目の「Calling You」は、今回のコンサートの目玉。どんな感想を書いても安っぽくなりそうなので長くは語らないが、開いた口が塞がらないとはまさにこういうことを言うのだろう。抑制の効いたアレンジは、ストイックなタッチと緊迫感が凄まじく、静かで力強い演奏は心にとり憑くようだ。ミュート・トランペット(でいいのかな?)の音色が極めて印象的。淡々とリズムを刻むドラム、ピアノ、サックス…どれも本当によかった。玉三郎さんの若干不安定なボーカルもプラスに作用した。原曲が素晴らしいことは言わずもがなだが、オリジナルを越えた深みとスケール大きさを感じさせるアレンジは、まさに傑作。あぁ、もうこの曲は樋口さんのアレンジ以外では聴けない。

ところで、この曲を選択したのは樋口さんだそう。なぜ、樋口さんは、たった1曲、80年代後半のこの曲を選曲したのだろうか? どうにも気になってしかたない。樋口さんは、普段はほとんど音楽を聴かないし、映画も見ないと聞いたことがある。とゆーことは、この曲は、その頃、付き合ってた彼女との思い出の曲?と、崇高なこの曲とは裏腹に、私の妄想は下世話な方向へと膨らんでいくのだった(^^ゞ

4曲目は、「So In Love」。この曲は、コール・ポーター作曲のミュージカル「キス・ミー・ケイト」の挿入歌だが、日曜洋画劇場のテーマ曲といったほうがわかりやすい。9日のコンサートでは、玉三郎さんによる淀川長治のものまねが披露されたが、これがなかなかのものだった。玉三郎さんは一芸に秀でた人かと思っていたが、多芸な人でもあった。

「So In Love」という曲が、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番に似ているという話は、以前から聞いて知っていた。たまたまコンサートの翌週の日曜日、「題名のない音楽会」でこの曲を聴いた。なるほど、確かにそっくりだ。こういうのを聴いてしまうと、純音楽だ、ポピュラーミュージックだと音楽をジャンルで括ることに、どんな意味があるのだろうかと思ってしまう。

さて、本題。「So In Love」は、哀愁を帯びた甘美なメロディーが魅力的な、情感豊かで感動的なスコア。樋口さんのアレンジは、正統派とでも言ったらよいのだろうか。ベテランらしい職人的な手堅い仕事ぶり。オーソドックスだが、ピアニスティックな華やかさがあり、玉三郎さんの熱のこもった歌唱と相まって、聴きごたえ十分だった。惜しいなと思ったのは、この曲が「Calling You」の次だったこと。この曲もコンサートの目玉になり得るだけの十分なインパクトはあったが、 如何せん「Calling You」の印象が強烈だったため、一歩譲ってしまった感は否めない。

これはあくまでも私見だが、「Alone Again」から「So In Love」まで“聴かせる”タイプの曲が3曲メドレーで続くのは少し重いと感じた。「Alone Again」は、曲自体は重くないが、歌詞が重い。それこそ、英語で歌われていれば意味わかんないから重いとは感じなかったと思うのだが(笑)、日本語の場合は、ストレートに歌詞が耳に入ってくるため、どうしたって歌詞内容を意識せざるを得ない。1曲目の「Danny Boy」も同様。「Calling You」と「So In Love」の間にMCを入れるなど、ワンクッション置く工夫があってもよかったかもしれない。また、「Wave」と「Gentle Rain」もどちらかといえば“聴かせる”タイプの曲。「The Saga of Jenny」にたどりつくまで少々ダークなイメージの曲が続くので、途中、1曲、カラフルな曲があってもよかったかなと思う。まして、八千代座で正座して聴くことを考えたら、なおのこと(笑)。

とまあ、そんなことを少し感じていたので、そのあと、玉三郎さんのMCが始まった時は、正直、「やれやれ」って感じだった(笑)。これから歌う2曲のボサノバの紹介をしたのだが、この2曲は、玉三郎さんの思い出の曲だという。初日には明かされなかったが、9日の公演では、この2曲の訳詞を玉三郎さん自身が手掛けたという話を披露してくれた。それを聞いて、またしても玉三郎さんの多芸ぶりに驚いた。

1曲目は「WAVE」。正直なところ、事前に発表された演奏曲目の中に「WAVE」があるのを見つけたときは、「何を血迷って、こんな難しい曲を…」と思っていた。さわやかで美しい曲だが、音域は広いし、難解なフレーズも多い。あれをさらりと歌いこなすのは、相当難しいはず。しかし、おそらく相当、練習したのだろう。玉三郎さんは、低音部がちょっと苦しそうではあったが、思った以上に健闘していた。ボサノバのアンニュイな雰囲気も、よく出ていた。9日のトークショーの中で「私は音程が悪い。聴く人が聴けば、♭気味だとわかるはず」なんてことを話しておられたが、コンサートを聴く限り、音程は決して悪くなかったと思う。むしろ、「WAVE」のような音程のとりにくい曲を、これだけ歌えれば立派なものだと思った。

「Gentle Rain」は初めて聴く曲だったが、叙情に満ち溢れたメロディーは極上の極み。曲の冒頭、予想外の二胡の演奏で始まったことに驚かされると同時に、最初の深い一音でノックアウトされた。テンポをグッと落として、ものすごく意味深な演奏に聴こえたのもよかった。最後の「like a (?)Gentle Rain♪」と歌う玉三郎さんの声とバックの演奏の終わり方が心憎い。

「The Saga of Jenny」は、とても盛り上がったショータイムだった。真正面から全力投球するふたりの天才、坂東玉三郎&樋口康雄の姿勢にプロ意識を感じた「極上のエンターテインメント」。ブラスによる高らかなファンファーレから始まり、ゴセックの「ガボット」を引用したり(オープニングの「ガボット」と掛けたのか?)、転調で崩したり。遊び心のあるコミカルな雰囲気がプンプン漂うアレンジは、まさに樋口さんの真骨頂。その発想の特異性と音楽性は天才的で、“樋口康雄”という、ひとつの芸術の域に達していると思う。また、役者魂を見せつけた玉三郎さんのみごとなまでの演技的歌唱(勝手に命名)。客席からの割れんばかりの拍手が「The Saga of Jenny」が、素晴らしいエンターテインメントであることを如実に物語っていた。ミュージカル「スター!」の名場面をみごとに再現した坂東玉三郎。彼もまた偉大なるスターだとあらためて実感したひとときだった。

玉三郎さんのメッセージの後、プログラムの最後をしめくくったのは、「What a Wonderful World」。鎮魂でコンサートを終えるのではなく、未来への希望を持って終わるという粋な計らい。もともと、震災とは無関係に選曲されたものなのだろうが、すべての歌詞を震災と重ねて意味深に聞いてしまった。今回の公演の趣旨を思うと一層感情が揺れ動く。ルイ・アームストロングの印象があまりにも強いので、玉三郎さんの澄んだ歌声に違和感を感じるかと思ったが、微塵も違和感を感じなかったのはなぜなのだろう? これこそが名曲の持つ威力なのだろうか?
曲中に挟み込まれた「きらきら星」のメロディーが流れるとBLITZの天井には星がまたたいた。ギター、トロンボーン、サックス、トランペット…そしてチェロのソロが含まれているところに、樋口さんの個性が垣間見えた。「What a Wonderful World」は、歌も演奏も非常に熱がこもっており、感動的だった。9日は、コンサートの途中、会場でも揺れを感じたが、そんな体験が、ますます、このコンサートの意義を感じさせてくれた。

鳴り止まぬ拍手に、「もしかしたら…と用意していました」と玉三郎さんから告げられたアンコール・ピースは、レターメンの「愛するあなたに」。この曲は、リトル・アンソニー&インペリアルズの「Going Out Of My Head」とフランキー・ヴァリト「Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)」の2曲をミックスしてリアレンジしたもの。ああ、樋口さんはよっぽどこの曲が好きなんだなぁ。この曲は、樋口さんがかつて在籍したグループ、シングアウトのレパートリーのひとつであり、2002年、日比谷野外音楽堂での一日限りの「シングアウト復活コンサート」のラストで演奏された曲でもある。「ワン・ツー、ワン・ツー…」ここで初めて舞台袖から聞こえてくる樋口さんの声が聞こえた。しかし、声はすれども姿は見えず(涙)。今回のコンサートのために、派手めにアレンジしたということだったが、たしかに野音のときよりアレンジも演奏も、はるかにパワーアップしていた。もっとも、一線を退いたメンバーで構成されたシングアウトと、トップクラスのミュージシャンをズラリと揃えた今回のコンサートを比較するのは酷だろうが。間奏のギターを、サックスを聴きながら、「なんだかんだ言っても、結局のところ樋口さんのやりたかったことって、こういうことなんだなぁ…」と思う。

それにしても、樋口さんの趣味で選ばれたとしか思えないこの曲に、なぜか怖ろしいほど玉三郎さんがハマっていたのは驚きだった。玉三郎さんは、いったい、いくつの声をもっているのだろう? ミラーボールの下でこの曲を歌う玉三郎さんの歌声は、10代のアイドルのように可愛くて…萌えた。9日のコンサートでは、「Wow、Wow~」という合いの手まで飛び出すノリのよさ。しかし、慣れてないのでタイミングが悪い。「それをやるのは、まだ早い!」と言いたくなってしまった(爆)。でも、それもこれも含めて、年齢を重ねることで失ってしまう少年のような純粋無垢な輝きを、玉三郎さんはいまだ失っていない人なのだと思った。だから、見た目もあれだけ若々しくいられるのだろう。玉三郎さんは、歌舞伎役者以前に、人間としての魅力にあふれた人だと感じた。

演奏が終わっても拍手は鳴り止まなかった。と、そのとき、舞台の袖から樋口さんが登場。「樋口さぁ~~ん」「ピコ~~~ッ」…叫びましたとも、私たちは声の限りを尽くして。でも、割れんばかりの拍手に空しくかき消され、その声は樋口さんの耳には届かなかったにちがいない。ああ、大向こうすぎる席が恨めしい。そして、あっというまに樋口さんは舞台から消えた。多分、会場にいた大多数の人は、樋口さんが登場したことに気付かなかっただろう。初日の公演の後、こう言った人がいた。「あんな半端な出方するなら、出ない方がマシよね」。私もそう思った。だけど、そんなこと言って次の日、出てこなかったら困る^^; 幸い、次の日は、前日より、いくらか長く舞台に留まっていた。でも、この日、同行した家人に「樋口さんが出てきたのわかった?」と尋ねたら「いや」とあっさり。「ほら、玉三郎さんと握手してた人がいたじゃない」「わかんないよ。樋口さんの顔知らないもん」…うーん、たしかに。まあ、私たちファンが、わかればいいだけのことかもしれないが、今回は玉三郎さんの話の中で、何度も名前が出ていたことでもあり、アンコールで1曲振ってくれた方が、一般のお客様も納得できたのではないだろうか。

再び、ステージに登場した玉三郎さんは、「おやすみなさい、という意味で」と、2回目のアンコール曲「ムーンライト・セレナーデ」を歌い、このコンサートを締めくくった。

が、9日は、さらに3回目のアンコールがあった。「もしも、ということで用意してまいりました…あまり稽古もしてませんし、所用で玉置浩二さんもいらっしゃいませんが、テノールがいますので…」とユーモアを交えたMCのあと「夏の終わりのハーモニー」と玉三郎さんが曲名を告げると、会場からは大きな拍手が沸き起こった。玉置浩二はちょっと苦手な私だが、「夏の終わりのハーモニー」は、玉三郎さんに本当によく合っていて、とてもよかったと思う。会場にはいつまでも観客の拍手が鳴り響いていた。

こうして、2日間のコンサートは幕を閉じ、私たちは、それぞれの日常に戻った。
いくつもの扉を次々に開けて私たちを楽しませてくれた玉三郎さん。そして、樋口さん。素晴らしい音楽を分かち合い、喜び合える大きな世界を与えてくれた演奏者のみなさんに、心からありがとう。この日のコンサートは、樋口さんが今を走り続けているという紛れもない証として、あの場にいた誰もの目と心に、興奮とともに刻まれたことと思います。震災のなかで産声をあげたこのプログラム。いつの日か、また、成長したその姿と出会えることを願っています。
おわり。

と思うでしょ? 多分、まだ続く(爆)