シングアウトの研究

  第7回 誰がそれを語ったか? 
A氏の回答
A氏の回答は実に明快だった。「シングアウトは、お茶の間から抗議が殺到するほど汚なかったのでしょうか?という私の質問に、A氏は「絶対にそんなことはない。むしろ清潔すぎるくらいさわやかだった」と即座に返事をくれたのだった。あらかじめ予想していたこととはいえ、あっけないくらい確信に満ちたA氏の回答に、私は全身の力が抜けていく思いがした。「やはりそうだったのか…」ちょっと大げさかもしれないが、私は、事実とかけ離れたことが、あたかも真実としてまかり通っていくことに空恐ろしさを感じていた。

ではなぜ、"清潔すぎるくらいさわやかな"シングアウトが"お茶の間から抗議が殺到するほど汚ないヒッピー"という記述になってしまったのか? 山岸氏の想像の産物? いや、そうではあるまい。ライナーノーツの最後には"本ライナーを執筆するにあたり貴重なお話を聞かせていただきましたロビー和田氏、惣領泰則氏、樋口康雄氏および関係者各位の皆様に心から厚く御礼申しあげます"という一文がある。山岸氏は1966年生まれ。彼に番組の記憶はあるわけがなく、取材の中で、誰かにこのような話を聞いたに違いない。では誰に聞いたのか?シングアウト降板の理由を語る立場にあるのは、シングアウトのリーダー・惣領氏だと考えるのがもっとも妥当だろう。私はA氏へのメールに、「これは私の推測ですが、ライナーノーツの記述は、おそらく惣領氏の発言をもとに書かれたものだと思います」と記した。そう、A氏にメールした時点では、この発言が惣領氏のものだというのは、あくまでも私の推測に過ぎなかった。ところが、それからしばらくして、私は「ザ・ベスト・オブ・シングアウト」のライナーノーツが書かれた96年から遡ること10年前、すでに1986年に、このライナーと同趣旨の惣領氏の発言が活字になっていたことに気づいたのである。

10年前に書かれていた記述
リメンバー「NHKとやり方が違っていたんですね。歌って踊ってっていう所での違和感はなかったんだけど、レッツ・ゴーというのはヒッピー的な雰囲気を持っていたんですよ。それが何か幼稚っぽいっていうか田舎くさいっていうか、結局NHKだから日本全国のあらゆる年齢層を相手にしているっていう風になったんでしょうね。民謡をやったり、学芸会みたいで、どうも違うなってことです」…これが1986年に発行された「リメンバー」という雑誌に掲載されていた「ステージ101特集」のシングアウトの降板理由について語った惣領氏のコメントである。

話は少し逸れるが、「リメンバー」の「ステージ101特集」は、かつてコアな101ファンにとってバイブルのような存在だった。が、今読み返してみると、中岡淑子=石川セリなどという、かなりいい加減な記述もある。で、この惣領氏の発言のなかの"レッツ・ゴー"という記述も、おそらくシングアウトの誤りだと思われる。なぜなら、幼稚っぽくって、田舎くさくて、民謡をやったり、学芸会みたなレッツ・ゴーがイヤだから、惣領氏らはシングアウトを結成したのである。ところがNHKで求められたのはレッツ・ゴーだった…こう考えれば、この文脈は理解しやすい。

さて、話を元にもどそう。NHKとヒッピー的な雰囲気をもつシングアウトが亀裂を深め、降板に至ったという話の趣旨はリメンバー誌もライナーノーツも一致している。そもそも私は、シングアウトがヒッピー的な雰囲気を持っていたということ自体、同意しかねるのだが、それはさておき、ライナーノーツの記述は、お茶の間の第三者にも明らかにシングアウトのヒッピー的な雰囲気が見て取れ、そのような彼らに対する視聴者の否定的な反応が彼らの降板に少なからず影響を及ぼしたと読み取れる点で、リメンバー誌とはニュアンスが異なっている。まさに、この違いが、私がライナーノーツに強い違和感を覚えた所以なのだ。つまり、リメンバー誌に掲載された惣領氏の発言からは、メンバー自身がそのように感じていたということがわかるだけであり、それは私たち視聴者には窺い知れないことである。だから、「そうか、そういうことだったのか」とすんなり読み流せたのである(だから、この記事のことは特段覚えていなかった)。しかし、ライナーノーツの「お茶の間云々…」というくだりは、私自身がお茶の間の視聴者のひとりであったから、「それは自分の記憶とは明らかに違う」と違和感を感じ、そこに大いなる引っ掛かりを感じてしまったのだ。

たしかに全国の視聴者のなかには、メンバーの風貌に対してNHKに苦情を申し立てた者はいたかもしれない。しかし、それは決して、「苦情が殺到」といったレベルのものではなかったはずだし、シングアウトが降板する理由に直接結びつくものではなかったはずなのだ。A氏の記憶はそれを裏付けるものであると同時に、はからずも私の"驚くほどシングアウトの記憶がない"理由をも見事に解き明かすものだったのである。そして、それは、ある意味、シングアウトのファンである私にとっては、ショッキングともいえる内容だった。



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