Track13 コーラス録り
休憩を挟んで、Track13の録音が行われた。子供たちを早く帰さないといけないので、まず子供たちのコーラス部分を録音し、あとからメインヴォーカルを録音する段取りだ。合唱団の子供たちは樋口さんのピアノにあわせ、何回か練習を繰り返した。仮歌を録音するため、ブースにはこの曲のソロを歌うariさんが入る。ariさんはメジャー・デビュー前の新人だ。だが、一足先にインディーズからデビューを飾り、数多くの新人候補の中から樋口さん自身が選んだという彼女は、やはり並の新人ではなかった。元々はピアニスト志望だったという彼女だが、大学では声楽を専攻、歌唱力は折り紙つきだ。一度聴いたら忘れない個性的なアルト系の歌声が創りだす世界は独特で、既成女性シンガーには見当たらない、全く新しいタイプのアーティストといってもよい。Track13は彼女が全く無名の新人であるところにひとつ価値があると言ったら言いすぎだろうか?

ariさんのブースからの第一声は「すみません、靴脱いだのでマイクの高さが・・」だった。レコーディング・スタイルも個性的である^^;。
まずariさんのソロを1テイク録り、それを仮歌に子供たちのコーラス録りが始まった。樋口さんは「ariさんの歌がゆっくりめなので、合唱団もそれにあわせてゆっくりめに」と子供たちに指示、B’部分のコーラス録りから始めた。まず1テイク、「もう、ひとつください」とさらに1テイク録ってB’の部分は0Kが出る。続いて2番のB部分へ。「とってもいいです。別チャンネルにもうひとつください」とコーラス録りは順調に進んでいく。「最後、コーダまで。転調の♪ランランランは明るく」「譜面どおりのばしたほうがいいですね」「2拍目の頭くらいまで延ばして」と、1テイク録る毎に合唱団に要望を伝える。プロフェッショナルな子供たちはそのアドバイスに確実に応え、Track13のコーラス録りは時間内にダビングまでもが終了したのだった。
と、樋口さんが「プレイバックする前にひとつお願いがあります。」と子供たちに呼びかけた。「このあと長い後奏がつくんですが、譜面は置いて、おしゃべりしたり笑ったりしててもいいですから」と声をかける。すると子供たちはこれまでの緊張が一気にほぐれ、一斉におしゃべりを始め、笑ったり、歌ったりし始めた。この時、すでに樋口さんの頭の中には何らかの青写真が描かれていたのだろう。「廻しちゃって」エンジニアにこう言って録音を指示すると、樋口さんは「こういうのが録りたいんだ」と言ったのだった。

このあとメインフロアでは「子供たちに囲まれてピアノを弾く樋口さん」といったシチュエーションで写真撮影が行われた。その間、樋口さんは月光ソナタ第三楽章やら4ビートやら、つらつらと弾いていた。今にして思えば樋口さんの生ピアノを至近で聴くという、他のファンから袋叩きに遭いそうな贅沢をさせて戴いていたにも関わらず、その時の私はそれをさして有難いこととも思わず「こりゃ、どう見ても過疎地の分校の音楽の先生って感じだよねぇ・・」などと、とんでもないことを考えていたのだった(^^;
樋口さん、そして全国の樋口ファンの皆様、誠に申し訳ございませんでした(反省)。
Track13 ヴォーカル録り
子供たちが帰った後、引き続きariさんのヴォーカル録りが行われた。
ariさんは樋口さんと歌い方について確認を行ったあと、まずは1回通しで歌ってみる。プレイバックを聴いた樋口さんは、エンジニアの中澤さんとマイクについて検討を始めた。どうやらイメージする音ではないようだ。別のマイクで再度ariさんに歌ってもらい、先のテイクと比較する。が「今のはリッチだけど清々しさがない」ということで、検討の結果、仮歌の時に使ったマイクを採用することにする。
マイクを変更してテイク2を録音する。プレイバックを聴いた樋口さんは「ヴァース(コーラスに対しての)のアタマ4つを多少意識してやってください」とariさんに伝える。テイク3は途中でストップ、そしてテイク4を聴いた樋口さんはariさんの歌にリップノイズが目立ってきたのに気づき「お水は飲まなくて大丈夫?」と声をかけた。「お水はいいです。ちょっとアメ舐めていいですか?」と言うと、ariさんはアメを舐め始めた。10秒、20秒、30秒、40秒・・・この時、私の頭の中にはある疑問が横たわっていた。しかし、すぐに樋口さんが私の疑問を代弁してくれた。「アメ舐め終わってからやるのかな?」^^;

ようやくariさんもアメを舐め終わり、レコーディングが再開された。ここからは部分、部分で取り出して録っていき、とりあえず全体をひと通り作り、後から検討を加えることになった。ariさんは中澤さんと次に録音する個所を確認しながら、順次レコーディングを進めていった。こうして一応の歌入れが終了したのは、午後10時近くのことだった。このあと食事休憩をとり、作業を再開することになるのだが、食い逃げしないと終電に間に合わないので、折角「食事を」と声をかけていただいたが、今日のところはこれで失礼することにした。気がつくとスタジオに到着してから8時間が経過していた。私の長い1日はこうして終った。