レコーディングは連日タイトな日程で進行していた。前回の「Track01」レコーディングの後、樋口さんは沖縄で「Track09」レコーディングのスケジュールをこなしていた。
残念ながら沖縄に同行してくれという話はなかったので、現地の模様を詳しくお伝えすることは出来ないが、簡単な報告を受けたので、今回は、それをここに記しておきたいと思う。
さて、今回のアルバム・プロジェクトを支える大きな原動力となったのがアシスタント・プロデューサーの岩田さんの存在である。岩田さんは海外で音楽を学び、自らもフルートを演奏する。ウィーンでの生活は6年に及び、語学にも長けた才媛である。
反面、その華奢な身体からは想像できないほどパワーとバイタリティーに溢れており、徹夜仕事にもびくともしない。プロジェクトの一切をアシストする岩田さんの存在は、男性ばかりのスタジオの中にあって「掃き溜めに鶴」もとい「砂漠にオアシス」といった感さえあった。岩田さんはスタジオにはちょっと場違いな私をいつも笑顔で迎えてくださった。レコーディング期間中、樋口さんや濱田さんとはほとんどお話する時間はなかったが、岩田さんには何度かお相手をしていただいた。彼女は私にとってもなくてはならない存在だった。
その岩田さんが今回の樋口さんの沖縄行きに同行していた。
それは沖縄でレコーディングを終えた晩の出来事だった。その時、樋口さんらは今晩、何を食べに行こうかと話し合っていたと言う。ふたりの間に決定的な瞬間が訪れたのはこの直後のことだった。樋口さんは岩田さんの口から思いもかけぬ言葉を打ち明けられたのだ・・・
「旅の恥はかきすて」という言葉がある。旅という非日常的な空間に身を置くと人は往々にして開放的な気分になり、普段の姿からは想像できないほど大胆な言動に出ることがある。仕事とはいえ都会の喧騒を離れ、沖縄という異国情緒漂う地に降り立った岩田さんが、たとえそうなったとしても誰もそれを責められはしない。おそらく彼女の言葉を聞いたとき、樋口さんは平静ではいられなかったはずだ。いや、樋口さんでなくとも若く美しい女性からあのような告白をされたなら、男性は誰でも動揺せずにはいられないはずだ。だが、一見大胆とも思える告白も、彼女にしてみればずっと抱いてきた思いを素直に樋口さんに打ち明けたに過ぎなかったのだと思う。海外生活が長い彼女にとって、それがごく自然なことに思えたとしても不思議はない。岩田さんは言った。
「ヘビ鍋とヤギ汁!」
当然のごとく岩田さんの希望は却下され、この日のメニューはステーキに落ち着いた。という事をここにご報告して今回のレコーディング・レポを終わりたいと思う。
えっ、いったいこれのどこがレコーディング・レポかって?
苦情のあるかたは樋口さんにお願いしますね(笑) 。
だって、今回のレコーディングの取材中、たったひとつだけ樋口さんから「レポに書いてほしい」と注文されたのが、この「ヘビ鍋とヤギ汁」の話だったんですから(笑)。
【ヘビ鍋とヤギ汁】
ヘビ鍋のヘビとはウミヘビのことで、色は黒。沖縄ではイラブー料理と言われることが多く、薬膳料理として出されこともあるが、地元の人でもめったに食べることはない。ヤギ汁(ヒージャー汁)は、お祝いや集会などの時に出される高級料理で、沖縄ではヤギ料理専門食堂で食べることができる。ヤギを見て「かわいい〜」と言うのはヤマトンチュー(他府県の人)で、ウチナンチュー(沖縄の人)は「うまそう〜」というので、すぐに出身がばれると言う話もあるくらい、沖縄にはヤギと聞いただけでよだれをたらす人がいるのも事実のようだ。が、一方でウチナンチューでも「あれだけは苦手」という人も多いほど、匂いがとても強い。ヒージャー刺しがメニューにある都内の沖縄料理専門店で、注文した客がいたのにカウンターの店員さんが驚いていたという話もある。いずれにしても観光客でヘビ鍋やヤギ汁を注文するのは、よほどの物好きか、かなりのチャレンジャーである。
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