年末のロスアンゼルス録音のあと、正月休みを挟んでレコーディングは先週から再開されていた。が、私がスタジオを訪れるのは今年になってこれが初めてである。
この日録音される「Track01」は、アルバムの冒頭を飾るに相応しい明るく楽しいポップスだ。70年代ソフトロックを意識したと思われるゲイリー芦屋氏によるアレンジは「涙をこえて・2003」といった趣さえ感じられる。だが、本格的なコーラス曲である「Track01」は、郷ひろみ、浜田省吾、吉田拓郎などこれまで多数のアーティストのコーラスを努めてきた若子内悦郎(ワカ)さんにして「『Track01』は合唱ではなく重唱。101(樋口さん、ワカさんらが出演していた音楽番組「ステージ101」のこと)でもこんな難しい曲はやったことがない。」と言わしめるほどの難曲でもある。
スタジオに入るとブースの中ではすでにメンバーが樋口さんのキーボードに合わせて練習を始めていた。この日の参加メンバーは、ブース奥から元ヤング101の新さん(藤島新)、クロさん(黒澤裕一)、ワカさんの男性3人、手前にえり子さん(チャープス)、チョロさん(広三和子)、トミーさん(牧ミユキ)の女性3人である。
この日、女性3人は全員茶系の濃淡という、まるで打ち合わせたかのような見事なコーディネート。一方、男性はワカさんがシックな黒の上下、クロさんはカジュアルなセーター姿、新さんはスポーティーなブルーのラグシャツといった三者三様の個性的なスタイル、わかりやすく言うと、てんでバラバラである。
ちなみに私はこの6人とは面識があるのだが、チョロさん、トミーさんとおめにかかるのは数年ぶりである。多分、私のことは忘れているだろうと思ったら、案の定、忘れていた。
ひとしきり練習した後、レコーディングが開始される。前回のレポでレコーディングの過程は詳しく書いたので、今回はあえてそれを書くことはしない。一言で言ってしまえば録っては聴き、聴いては録るの繰り返しである。
だが、その作業は思いのほか難航した。狭いブースの中では、ひとりの声を別のマイクが拾ってしまうといったことがあり、マイクのセッティングをやり直したり、メンバーの並びを変えてみるといった幾つかの試行錯誤があった。
マイクの前のメンバーの並び順を検討しているときのことである。樋口さんが「素人考えだけどさ、普通こういう時ってトップが真ん中に来るんじゃない?」と言った。樋口さんの「素人」発言はかなり受けた。見学に来ていたレコード会社のプロデューサーK氏、膝を叩いて大笑いである。
そうこうするうち、あっというまに2時間以上が経過、今度は機材にトラブルが発生するという事態に陥った。復旧まで時間がかかることもあり、一旦、食事のための休憩をとり、ひとまずこの日の予定を終了した女性メンバーは一足先に帰宅、男性3人は復旧を待ってレコーディングを続けることになった。
このように、この日のレコーディングは必ずしも順調とは言い難い状況だった。だが、この日のレコーディングは私にとって忘れられない1日となった。
樋口さんは絶対音感を持っていると言われている。日本人は欧米人に比べ、はるかに絶対音感を持つ人が多いと言われているが、あいにく私は絶対音感を持つ人に出会ったこともなければ、また、そのような場面に遭遇することもなく今日まで生きてきた。
レコーディングの現場で働く人たちは、アーティストはもちろん、スタッフやスタジオのエンジニアの方々も含め、皆、音に関してはプロの集団である。彼等の耳は私たち一般人のそれよりもはるかに鍛えられ、正確である。絶対音感どころか相対音感すら怪しい私からみれば、彼等のそれは十分尊敬に値するものである。
だが、樋口さんはそれ以上とも思えるほど即座に音を聞き分けていく。しかも、それが耳を凝らして聴いた結果ではなく、まるで別のことを考えていて聴いてないかようにみえてそれなのだ。樋口さんの耳がいいのは最初のレコーディングの時からわかっていた。だが、この日、幾重にも重なり合った声(しかもオケの音入り)の中から、誰の音がどれだけズレているか瞬時に言い当てる姿に、私は思わずひれ伏してしまうほど感動を覚えたのだった。
レコーディング後半は比較的順調に進行した。
まずは男性3人が一緒に歌う部分から録音する。途中「演歌っぽいところがあるからそこだけ直して」と樋口さん。「演歌っぽいって??」とメンバーに問われ、樋口さんは「ふゅ〜うぅんちゃあ〜(フューチャー)」とこぶしをきかせて再現してみせる。
いくらテレビ東京に近いとはいえ、まさかここで「演歌の花道」を見ることになるとは思わなかった。
続いて別録りする部分のレコーディングに入る。ひとりづつ録音しておいて、あとから機械で3人の声を重ねるのだ。まず、一番手は新さん。新さんがブースで歌っている間、コントロールルームのクロさんは、新さんの歌を酷評(笑)。だが、クロさん
「あんまり言うと、自分の時何言われるかわかんないな」と気づいたのは正解である。クロさんが歌っている間、新さんが逆襲に出たのは言うまでもない(笑)。さらに新さんはクロさんにプレッシャーをかけようと、わざとガラス越しからブースの中をのぞきこむ。私はこの光景にピーカブー(新さんとクロさんのコーラス・ユニット)解散の理由を見たような気がした(爆)。
ブースから出てきたクロさんは「大丈夫かな」と自分の歌の出来に少し不安げだった。するとワカさんが「大丈夫、大丈夫!機械が直してくれるから」と励ます。そして「オレ、音程なしで歌おうかな」と冗談を飛ばしながらブースに向かった。
最近はレコーディング技術の進歩のおかげで、多少のピッチやリズムのズレは機械で修正できる。だが、さすがの機械も音程なしの歌を修正したり、私を宇多田ヒカルにすることは不可能である(^_^;)
さらにワカさんは、樋口さんの「ワカ、他の人の声、聴かないほうが歌い易いかな?」という問いかけに「いや。(他の人のオケは)聴いてないから」と答え、おおいに私たちを笑わせてくれる。ワカさんなら、いつお笑いに転向してもやっていける。
ワカさんのレコーディングは実にスムーズだった。自分なりに考え、わざと汚い声で歌うという余裕さえ見せてくれた。これがなかなかおもしろかったので、調子に乗った樋口さん「グーフィーでやって」「ワカ、上田吉次郎」と次々にリクエスト。ワカさんも樋口さんに言われるままに物マネで歌ってみせる。「言うほうも言うほうだが、やるほうもやるほうだよな」とクロさんと新さんはこの様子を半ば呆れて見ていた(笑)。
こうして、男性3人の録音は無事に終了、録り終えたデータを編集する間、メンバーはオフレコでしゃべり倒していた。が、「適度に内緒によろしく」と言い渡されているので、私は貝になりたい。
午後10時、プレイバックを確認したワカさん、新さん、クロさんはスタジオを後にした。だが、今日録りおえた「Track01」に重ねるシンガーズ・スリーのレコーディングが数日後に控えているため、すぐさま樋口さんはゲイリー氏と共にオケの手直し作業にとりかかるのだった。こうしてスタジオでは深夜まで作業が続いてゆくのだった・・・
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