『ORIENTATION』は、『NEW YORK CUT』と同時発売された純音楽のアルバムです。ニューヨークフィルハーモニア管弦楽団のバイオリニストから室内楽演奏会のために委嘱された「A
THOUSAND CALABASHES」と、追加曲として書き下ろされた「KOMA」を収録した本盤は、ニュージャージーの教会で録音されたということですが、残響はよくも悪くも、あまり感じられません(^_^;)。
アメリカ五大オーケストラのひとつ、名門ニューヨーク・フィルハーモニックスのメンバーを中心に名手たちを揃えたニューヨークフィルハーモニア管弦楽団は、「大編成でもごまかしがきかない」といわれる樋口氏の作品を、安定感のある、みごとな演奏で聞かせてくれます。
「A THOUSAND CALABASHES」は、演奏時間にして約30分の、5楽章からなる管弦楽曲です。第1楽章は、管楽器の各パートが、それぞれ独立した動きをみせるところに特徴があります。第2楽章はメランコリックな舞曲風のフレーズがあるかと思えば牧歌的なフレーズもある、一風変わった雰囲気の楽章です。第3楽章は、弦楽器だけで演奏される2分弱の短い楽章ですが、歯切れのよい弦の魅力が存分に発揮された作品です。第4章、第5章はともにスケールを感じさせる曲です。特に第5章は旋律に魅力があり、楽曲の構成もみごとです。小編成ながら迫力のあるニューヨーク・フィルハーモニア管弦楽団の演奏も一聴に値します。
本盤は、とかく次のトラックに収められた、手塚治虫氏の劇場用アニメ『火の鳥2772』に採用された「KOMA」ばかりがクローズアップされる傾向にありますが、「A
THOUSAND CALABASHES」にも耳を傾けてほしいと思います。
さて、その「KOMA」ですが、まず「ひょうたん」の次に「KOMA」が収録されているところに樋口氏のユーモアのセンスを見ることができます。彼の作品の楽しみのひとつは、素人耳にはわかりづらい仕掛けを曲の中に仕組んだり、わかる人にしかわからない、遊び心に溢れたタイトルがつけられているところで、それを見つけるのもファンの楽しみのひとつとなってます。ちなみに「A
THOUSAND CALABASHES」の第1章は、『NEW YORK CUT』収録の「To The New World」と同じ音型でできているのだそうです。もっとも、私は何度聞いてもわかりませんでした(誰かわかる人、解説お願いします)。
バイオリン協奏曲は、通常3つの楽章から成り立っていますが、「KOMA」は厳格な協奏曲形式はとっておらず、1楽章形式で展開されています。音楽に造詣の深かった手塚氏の耳をとらえただけあって、この作品の完成度は驚くばかりです。バイオリンの持つ魅力を存分に披瀝し、繊細で品格高いスコアは、冒頭部分から完全に聴く者を圧倒します。
『火の鳥2772』での千住真理子さんの演奏は、匂いたつような若さと甘さが瑞々しい魅力となっていましたが、オスカー・ラヴィーナ氏は、確かな技巧で、叙情性を全面に出しながらも、安易なセンチメンタリズムに流れることのない演奏で、この曲の本質的な美しさをひきだしています。千住さんとは、まったく趣が異なる演奏なので、興味のある方は、ぜひ、ふたりの演奏を聞き比べてみてほしいと思います。
ところで「KOMA」は、千住版、ラヴィーナ版のほかに、漆原啓子さんによって演奏された漆原版が存在します。これは、1984年3月に行われた「楕円音楽会」(於・簡易保険ホール)において演奏されたものですが、この演奏はNHK−FM「ダブル・フォーカス
さあ!楕円音楽だ」で放送されています。しかし、「楕円音楽会」の模様を収録したアルバム「ダブル・フォーカス」には収録されておらず、残念ながら、現在では漆原版は幻となっています。
『ORIENTATION』は、クラシックを全く聴かない人には、少々とっつきにくいアルバムかもしれません。しかし、ちょっと聴いただけでは、なんだかよくわからないような前衛音楽ではありません。『火の鳥2772』で樋口氏の音楽に興味をもった人は、一度、『ORIENTATION』を聴いてみるとおもしろいと思います。
樋口氏の出自がクラシックの世界ではないこと、純音楽作品としては、ごくオーソドックスな作品であることなどから、現代音楽の方面ではまったく話題にのぼることのないアルバムですが、現在にいたる樋口氏の系譜をたどるうえで、本作は欠かすことのできないアルバムです。
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