NEW YORK CUT

1979年

多面的な音楽性を反映させた好盤
ニューヨークカット

WPCR-11194 ワーナーミュージック(2002)

これはちょっと凄いアルバムです。ジョン・スコフィールド(g)、ホルヘ・ダルト(key)、ハワード・ジョンソン(tuba)、ウィル・リー(b)、クリス・パーカー(ds)…今となっては、驚くばかりの一流プレイヤーを集めて製作された『NEW YORK CUT』は、1979年にニューヨークで録音されたフュージョンアルバムです。

ソロデビューから7年、この間に樋口氏は、コンポーザー、アレンジャーとしての側面を大きく打ち出し、ジャンルという概念を超越した音楽活動を行ってきました。そうした樋口氏の音楽性を反映させた本作は、一般にイメージされるジャズアルバムやフュージョンアルバムとは一線を画す、一風変わった趣向のアルバムです。全9曲、いずれも樋口氏自身が作編曲したオリジナルで占められており、一部、彼自身が演奏も担当しているわけですが、アルバム全体の狙いは、当時のフュージョンブームを背景とした、樋口氏のコンポーザー、アレンジャーとしてのオリジナリティを発揮した、トータルなフュージョン・サウンドの創造にあったのではないかと思われます(あくまで推測)。

「To The New World」は、強烈なロックビートに乗ってスコフィールドのギターが現れたかと思うと、"チョピチョピ″"ヨイヨイ″というユニークな短い女声コーラスが現れます。ワーグナーを思わせるトロンボーン、バストロ、チューバの重厚なハーモニーも、不思議と心地よく響きます。「The Earth's Bellybutton」のピアノとギターとが絡み合うアレンジも特色あるものです。

「Uncle From UNCLE」はアルバム中、もっとも即興性が感じられる曲で、今は亡きホルヘ・ダルトの素晴らしいプレイを堪能することができます。「The West Wind From The East」は8分弱の大曲で、全編に流れる低音域の金管アンサンブルに後半から女声コーラスを配し、堂々とした風格を感じさせます。「A Magazine On The Street」は、キーボードメインの軽快な曲で、本作のなかでは、もっともポップな聴きやすいトラックとなっています。

「Warm Air in The Ellipsoid Of Revolution」は、チューバ・ソナタ風の曲で、樋口氏自身のピアノ演奏とハワード・ジョンソンのデュオを聴くことができます。なお、この曲は、上田知華&KARYOBINが「回転楕円体の中の暖気」としてビオラで演奏しているので、聞き比べてみると面白いでしょう。「On To The New World」は、1曲目に収録された「To The New World」の変奏を取り入れ、さらなる進化を表現しています。

アルバムのラストに収められた「The Other Side Of Life」は、唯一のボーカルナンバーです。復刻されたCDでは録音レベルをあげて普通のトラックとして扱われていますが、オリジナル・アルバムでは、シークレットトラック的に扱われており、樋口氏の囁くようなボーカルが、スピリチュアルな雰囲気を醸しだしていました。

ジャズのイディオムで書かれた本作は、樋口氏の多彩な音楽性を知るうえで、必聴の1枚です。ただし、ジャズにまったくなじみがない人や、『abc/ピコファースト』のようなポップな音を期待するむきにはお勧めしません。また、いわゆるジャズとも違うので、その点は注意が必要です。