作風には、その人が影響を受けた音楽や芸術家の影、その人の持つ感情や考え方が如実に現れます。では、樋口氏はどのような作風を持っているのでしょうか?また、その魅力はどんなところにあるのでしょう?
ここでは、私なりに感じた樋口氏の作風とその魅力をご紹介します。



本能的直感と溢れる創意で創作するタイプで、緻密に構成された明快で色彩感豊かなポリフォニーな管弦楽を得意とします。情景や心理の描写に富んだ曲作りに長けており、すぐれて効果的な付随音楽は海外でも高く評価されています。一方で、引用やパロディを取り入れたユーモラスな音楽を書けるセンスも持ち合わせる稀有な存在です。各パートが独立した純音楽作品のように綿密に組み立てられており、それぞれに重要な役割が与えられている音楽は、演奏家にとって真の意味で難しさがある言われています。楽譜
ポピュラーモュージックの分野においては、和声法やホモフォニーのテクスチャだけにしばられることのない独自の手法で、高度にして洒脱な、一聴してそれとわかる個性的な作風を確立しています。いわゆる、うるさ型と言われる人たちを唸らせる強靭な音楽性は、プロのミュージシャンからも高く評価されています。



ドビッシー樋口氏の作品には、ドビッシーやラヴェル、ストラヴィンスキー、バルトークといった印象派の影響が強く感じられます。また、ジャズから民俗音楽まで、あらゆるジャンルの音楽を自在に消化し、個性的な作風を確立したという点では、ガーシュインを彷彿とさせるものがあります。しかし、作品を見渡すと明らかなのは、彼らの影響を強く感じる中にも、はっきりと「樋口康雄」の刻印が明白だということです。ガーシュイン一筋縄ではいかない癖のあるメロディやハーモニーは、「樋口節」とでも言うべき独特の個性があります。小節線を無視したかのようなリズム、気まぐれに不協和音を放ったかと思えば、最初と違う調性で唐突に終わる予測不可能な展開…その独創性と芸術性は、まさに天才的です。

琵琶樋口氏の作品はポピュラーミュージックから管弦楽作品にいたるまで、一貫して精緻な計算が尽くされていると感じます。しかし、それは頭を絞って捻り出されたものではなく、感性や閃きによって導き出されたとでもいうべきものです。その精巧さは、オーケストラ作品についてのみ言及される場合が多いのですが、どんなジャンルの曲も非常に凝っています。例えば、たっ15秒のCMのなかに琵琶とシンセとオーケストラという3つの音楽要素を取り入れたり、16ビートをピアノのアルペジオだけで再現しようとしたり、そのひとつひとつの試みが非常にユニークで、何ひとつ変えるところがないというのが、この人のすごいところです。
緻密なポリフォニックな書法、生き生きしたリズム、躍動感や呼吸を感じさせる伸びやかな旋律、鮮やかな色彩感に満ちたオーケストレーション…その豊かな音楽性には思わず溜息がでてしまいます。

プーランクシンフォニック・スコアが書けると同時に、ポピュラーミュージックを書くこともできる二面性は、樋口氏の音楽にバラエティと複雑さを与えています。奥の深い音楽は、聴くたびに新たな発見があり、何度聴いても飽きることがありません。パロディだと少しも感じさせずに、バッハやラヴェルをポピュラーミュージックに編曲するセンスのよさは、プーランクを思わせます。

ポピュラーミュージックにおいては、人間の声を無視したかのような跳躍的なメロディが多く、別の言い方をすると器楽的であるといえます。音が飛ぶとふつうは音程がとりにくくなるわけですが、平気で5度、7度と旋律が跳躍するのは樋口氏が絶対音感を持っていることと無関係ではないと睨んでいます。かと思うと、ごく自然にメロディが流れているところもあって、そのあたりの使い分けが実に心ニクイばかりです。また、転調やコードチェンジが多いのも特徴です。思うに樋口氏はコード進行の中からメロディを作っているのではなく、メロディラインで曲を作っているのではないでしょうか。
リズムもまたセオリーにとらわれず、実に自由奔放です。シンコペーションや休符の使い方がユニークで、部分的に変拍子のように聞こえたり、小節数がハンパな曲が多々あります。

こういう音楽は、めったにありませんから、うっかりハマると私財をなげうってコレクションに走り、人生を狂わせることになります(私のように)。均衡の取れた美しさと不意打ち的要素の絶妙なバランスを獲得した樋口氏の音楽は、あらゆる音楽語法を自在に操る稀代のメロディストとして、なによりもまず聴き手を深く魅了するのです。

火の鳥2772録音風景
樋口氏は常に人がやらないことをやろうと考えていたのではないかと思います。樋口氏は、管弦楽法の知識のうえに、ポピュラーミュージックにおける作曲実践の中で培ってきた要素を取り込みながら、自らの管弦楽法を練り上げてきました。メロディーメーカー、ソングライターとしてはもちろん、新しい音を追求するオーケストレーターとしての意気込みが感じられる点も、彼の作品の魅力です。

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編曲は、演奏楽器の編成を考えたり、各楽器のパート譜を書いたり、作曲家が作ったメロディにハーモニーやリズムを加えたり、さまざまな音楽的な装飾を加えるため、プロとしてやっていくためには卓越した音楽的知識と編曲の技術を持っていなくてはなりません。往々にして、それは技術的なものですが、編曲者の創造的な試みにより、時にはオリジナル作品に分類されるような独創性の高い作品(例えばリストの「ラ・カンパネラ」のような)が生まれることもあります。

樋口氏は、そうした独創的で創造性の高い編曲作品を数多く生み出しています。ショパンのピアノ曲の名曲を、およそ人間業とは思われない超高速・超高密度の音が炸裂する弦楽四重奏に編曲した「幻想即興曲」、モーツァルトのピアノソナタ(K545)の上に全く新しいメロディーをのせた「この愛を未来へ」、単純な旋律とリズムをひたすら反復するラヴェルの「ボレロ」を軽快なポピュラー・ナンバーに編曲した「トパーズのラビット」・・・こんなことする人は、樋口康雄ひとりくらいしかいません。「オリジナルだけでなくアレンジものもおもしろい」…これもまた、樋口作品の大きな魅力のひとつとなっているのです。