えりさんの「弥次喜多」レポート





【感想:作品編】
今回舞台を観るまで、なんで「東海道中膝栗毛」ではなく「弥次喜多」さらには「YAJIKITA」なのだろうかと思っていた。

見始めてすぐに、その答えらしきものがみつかった。
まず、原作とは弥次さんと喜多さんの人物設定がちがう。原作では、弥次は50歳くらい、喜多は30歳くらいだが、役者の実年齢が逆と言うこともあってか、そんなに年の差は感じられない。
また、弥次と喜多の関係も、女形だった喜多を弥次が堅気にした、という言い方にとどめ(これだって江戸の人が聞けば、その意味は明白なのだが)単に仲のいい「友だち」という打ち出しになっている。

つまり、この作品は「東海道中膝栗毛」のエピソードを使って、「弥次喜多」という全く別のストーリーを作り上げているのだ。
とすると、原作と違う部分が、この作品として表現したかったことになるはず。
そういう目で舞台を見ていった。

日本橋の旅立ちのシーンで、喜多を振ったおかみさんの態度
それを見た使用人の言葉
十吉とおつねが兄妹という設定
二人が自分の財産を盗もうとしても、「この人だけは信じるべき」と言い切る弥次
敵討ちで亡くなった浪人の子が弥次もとを離れていく時の言葉
世の中なんて、みんなお芝居と弥次を送り出す喜多

それが船着場のシーンで、ジクソーパズルのようにパチンパチンとはまって、ああ、そういう伏線だったのか、これが表現したかったのだなと伝わってきた。
解釈の仕方によっては、全く違う結末になるが、それを観客に委ねるという手法を取っているのもわたしの好きな芝居の在り方だった。

芝居の演出として、歌舞伎を意識したものがいくつかみられた。和事、男性が女性(しかも身重)を演じる、お吉と竹姫の早変わりなど、外連味たっぷりで、見ていて飽きない。
そして、しんみり終わるのではなく、にぎやかなフィナーレを用意してくれたこともとても嬉しかった。

最初に舞台を見たときに、上から垂れ下がっている幕に、左右二つの円形の模様があった。
なにか絵が書いてあるようにも見えたが、はっきりわからなかった。
それが、フィナーレの最後にも上から降りてきた。
そのときに、初めて「あ、あの絵だ!」と気がついた。
それが、このレポートの冒頭に置いた、十返舎一九が描いた弥次さんと喜多さんの姿である(たぶん)。


【感想:音楽編】
レコードコレクターズの樋口さんの特集で言及されていたように、破天荒で愉快で変幻自在で遊び心満載の曲が、3時間近くもの間、怒涛のように押し寄せてくる。
もう、楽しいたらありゃしない。
そのなかでも、特に印象に残った4曲について取り上げることにしたい。

1、おつねの登場シーン

それまで、ポピュラー系の曲ばかりだったので、このシーンのキラキラした明るい音色のピアノとストリングの曲は、とても印象的。
場の雰囲気が、ガラッと変わった。

そして、聴いた瞬間に
「えっ?これ、聴いたことあるような気がする。クラシック?」と感じた。

2、弥次とおつねの出逢いのシーン

ピアノとストリングで奏でられる、憂いを帯び
てゆったりとした曲。初々しい恋の始まりと同時に、悲しい恋の結末も暗示するかのようなメロディ。

そして、聴いた瞬間に
「えっ?これ、聴いたことあるような気がする。クラシック?」と感じた。(2回目)

ただ、1も2も、わたしの記憶とはどこか違う感じがする。
楽器? アレンジ?それともわたしの勘違いで、樋口さんのオリジナル?
もやもやを抱えながら、舞台は進んでいった。

そして、八坂神社で、喜多から「あれがおつねちゃん」と教えられ、弥次が遠目に見つめるシーンでもこの曲が流れた。

ああ、やっぱりクラシックだ!
なんとなく違う感じがしたのは、きっと樋口さんがアレンジしてるんだ!
原曲を聴いてみたい。どんなアレンジが施されているのか確かめたい!
でも、誰のなんていう曲か全く分からない(爆)

こうして謎を残したまま、舞台は終わってしまった。その時には、まさか4日後に謎が解けるとは思ってもみなかった。

4日後、レストランで食事をしていたら、BGMでなんとこの曲が流れたのである。ナイフとフォークを持ったまま固まってしまった。
一緒にいた家族に「これ、なんて曲?」と訊いたけどみんな「知らない」という。
マナー違反は承知の上で、そそくさとスマホを取り出して、Shazamを起動。
ディスプレイに表示されたのはこれだった。

  


その後、上機嫌で食事を続け、翌日再生するのを楽しみに就寝したのは言うまでもない。

翌朝、marionetさんからのメールで、わたしが「弥次喜多」の感想レポートを担当することを知った。
わたしがレポートのネタに困らないように、音楽の神様がこの曲に出会う機会を作ってくれたのだと思った。

原曲を聴いてみて、わたしが弥次喜多バージョンをなんとなく違うと感じた理由がわかった。原曲ではピアノと弦の他に管も入り、特に主旋律を奏でるクラリネットの音色が特徴的だった。
わたしが覚えていたのは、このクラリネットのメロディだった。

ここまで分かれば、2については大満足。
あとは、1が分かれば言うことなし。

ただ、1についてはなんの手がかりもない。
2は全然モーツァルトっぽくなかったけど、それに比べたら1の方がモーツァルトっぽいかなあ。手当たり次第に聴くわけにもいかないし、とりあえず、この曲の他の楽章を聴いてみよう。

と、第1楽章を聴いたら、ここでも音楽の神様はわたしに微笑んでくれた。
1は、なんと第1楽章のカデンツァだったのだ。

これで、わたしが弥次喜多バージョンをなんとなく違うと感じた理由もあっさり判明した。
原曲はカデンツァだから、当然ピアノしか鳴らない。樋口さんは、原曲にはないストリングスパートを書いてくださったのだった。

これはうろ覚えだが、弥次喜多バージョンでは、カデンツァのメロディの前に、「ジャン!」と1回鳴ったような気がする。
「ジャン!」と鳴って注目したら、おつねが出てきて、カデンツァのメロディが流れて、ちょっとドリーミーな終わり方をして、おつねの第一声、(多分「おばんです!」だったような)という流れだったと思う。

ここまでわかったのは大収穫だが、そうなると弥次喜多バージョンをじっくり聴きたくなる。
特に1は、カデンツァ部分のメロディをもとに、前後をアレンジしてあると思うので、味わい尽くしたい。

話は逸れるが、「弥次喜多」のモーツァルトと言い、「サーカス物語」のバッハと言い、「明日」のベートーヴェンと言い、樋口さんは何故その曲を使うことを決めたのだろう。
出来上がった作品を見ると、まさにこの曲がぴったりと思うけれど、樋口さんならもっとぴったりの曲もかけるような気がする。
既成のクラシック曲を使うときの選び方を伺ってみたい。


3、蒲原から浜松への東海道往来シーン

舞台では、レコードとは違うアレンジの「旅は道連れ」を何曲か聴くことができた。
2幕頭で歌われる、ホンキートンクっぽいピアノで始まるラグタイム風のアレンジは、「センチメンタル・ジャーニー」に続いていく構成で、おつねを探して旅をする弥次の心情を歌詞に重ね合わせていた。

これを含め、歌モノのアレンジは数曲あったが、「旅は道連れ」のインストバージョンは、3だけだったと記憶している。

色々な装束のたくさんの人が行き交う場面に流れるBGM。バウンスのリズムが時々ブレイクし、曲調が変わる。その度に舞台上の人の動きが変わり、往来の賑わいが伝わってくる。電子音に近い無機質な感じに合わせた動きも楽しく、こういうテクノっぽい曲は樋口さんの作品ではあまりないのでは?と思いながら見ていた。

そのとき突然、聴き慣れたあのCMのメロディーが!

えっ? えっ?えーーーーーっ?!
樋口さん、ここにこれを織り込んじゃったの?
いいの?

CMの最後まで聴かせて、曲は何事もなかったかのようにバウンスに戻り、CM部分は2度とは出てこなかった。

あとで調べたら、そのCMは舞台の前年の3月に制作されていた。
サンシャイン劇場でも、その後の地方公演でも、たくさんの観客が「あ、◯◯◯◯◯◯◯!」と気づいたのではないだろうか。

なんだか嬉しい。

そして、これが音盤化できなかったのは、悔しい。


4、八坂神社で弥次がおつねを諦めたシーン

八阪神社で、喜多から「おつねちゃんは大店の旦那に見初められて云々」と聞かされた弥次が、「おつねちゃんの幸せが俺の幸せ」と自分を納得させ、でも「心が寒い」とつぶやく。そのときに静かにピアノで始まり、鉄琴や弦が
重なっていく曲。

舞台を見ながらわたしは思いを巡らせていた。
これは、聴いたことがない気がする。でもさっきのおつねちゃんを見つめている時の曲は多分クラシックだ。楽器の編成はさっきとおなじ。これもクラシックかもしれない。
ゆっくりで繰り返しだから、メロディ取れそう。そう思って音名をメモに書きつけた。

繰り返しが終わるまでは、クラシックかもしれないと思っていた。
繰り返しが終わって、次のフレーズを聴いた途端、その思いは「これは樋口作品だ!」に変わった。あわてて音名のメモを続けた。

うちへ帰って、メモを見ながらメロディを再現しようと試みた。

だがしかし!

かなしいかな、絶対音感のないわたしが書いた音名は、あのメロディを奏でない(爆)。
ピアノで音を探り、なんとかこんなかんじ、というところまでたどり着いたのがこちら。

これが、クラシックかどうか迷っていた部分。




そしてこれが、樋口作品だと判断した部分。




ほかの方は、この部分をどんな風に感じながら聴いていたのだろうか。
そして、果たしてこの曲は、樋口さんのオリジナル作品だろうか。

以上、「弥次喜多」の感想レポート担当 えり でした。
樋口さん、貴重な資料を提供してくださって、ほんとうにありがとうございました!