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DOUBLE FOCUS


「展覧会の絵」


高瀬アキ(pf) 金洪才(指揮)

    
編曲の妙味を堪能できる幻の名盤

VAP30101〜25(1984)


『DOUBLE FOCUS』は1984年3月9日、東京・簡易保険ホールで行われた「さあ、楕円音楽会だ」の一部を収録したアルバムです。
A面には大島ミチル氏編曲の「アランフェス協奏曲第2楽章」と樋口氏編曲の「展覧会の絵」、B面には樋口氏のオリジナル曲「コルネット協奏曲」が収められています。今回は「展覧会の絵」を取り上げたいと思います。

「展覧会の絵」は、ムソルグスキーによって作曲されたピアノ組曲で、ラヴェルの管弦楽による編曲版を筆頭に、エマーソン・レイク・アンド・パーマー (EL&P)によるロック版、冨田勲のシンセサイザー版、山下和仁のギター・ソロ版など数多くの編曲版が存在します。樋口氏は、「展覧会の絵」の10曲の中から、「こびと」「古城」「チュイルリーの庭」「卵のからをつけたひなの踊り」と「カタコンブ」「バーバ・ヤガーの小屋」「キエフの大きな門」の7曲を選んでピアノ協奏曲に編曲しています。本盤には、そのうち「古城」と「カタコンブ」を除く5曲と、3つのプロムナードが収録されています。

樋口版の優れた点は、ラヴェル版にもムソルグスキーの原典版にも縛られず、両者の折衷版でもない、随所に独創的なアイデアが盛り込まれた意欲的な編曲であるという点です。とりわけ冒頭の第1プロムナードは、美術展を巡るムソルグスキーの姿を弦のピッチカートだけで描いた革命的ともいえるアレンジで、高らかなトランペットから始まるラヴェル版を聴きなれた耳には、あまりにも衝撃的です。全体に足早で、やや落ち着きがなく感じられる部分はありますが、弦楽器を主体としたオーケストレーションはすばらしく、ピアノの大胆なアレンジとオケが対等に渡り合うスリリングな編曲はラヴェル版と互角に対比できる出来ばえとなっています。また、編曲の特徴を明快に生かした演奏も、素晴らしいものであると思います。

「こびと」は、ピアノとシンバルが一挙に爆発するように始まり、弦楽器が加わってドラマチックに展開していきます。後半は、スローテンポのコントラバスにピアノの高音を絡ませ、不安と悲しげな感情をうまく表現しています。 「チュルイリーの庭」は、上下動にめまぐるしく動く主題のあと、優しいメロディーが続き、再び主題を再現して終わります。最初と最後は木管楽器,中間部は弦楽器で演奏されるラヴェル版とは対照的に、樋口版は、最初と最後の部分が弦楽器、中間部は木管楽器で演奏されていますが、どちらもそれぞれの味わいがあります。

次に収録されている「プロムナード」は、原典版の「第4プロムナード」に相当するのでしょうか。1回目と同様に弦のピッチカートだけで処理されていますが、第1プロムナードには登場しなかった低弦の響きが、短調のメロディに、より深い陰影を与えています。

「卵のからをつけたひなの踊り」は、雛の鳴き声とチョコチョコと小刻みに動く様子を見事なまでに音だけで描写しています。ジャズ界きっての女流ピアニスト、高瀬アキの演奏は、力強く即興的で最後までパワーが落ちることがありません。非常に早いテンポにも関わらず音がはっきりと出ており、その演奏レベルの高さには思わず唸ってしまいます。

3回目に登場するプロムナードは、原典版の「第5プロムナード」にあたるものと思われます(ちなみにラヴェル版では、「第5プロムナード」は省略されています)。ピアノで始まり、後半からオケが加わるオーソドックスなアレンジですが、あとに続く展開を考えると、ここは常識的にまとめて正解だったのかもしれません。

「バーバ・ヤガーの小屋」は、冒頭にラヴェル版にもピアノ原曲にもないフレーズが付け加えられており、現代音楽を思わせる幻想的な響きが、それに続く激しく叩きつけるような動機とみごとな対比を見せています。その後に展開されるオケとピアノが交錯する壮絶なバトルは、まさに一大スペクタクル。息をのむような展開は、筆舌に尽くしがい魅力があります。本作は、数ある「展覧会の絵」の編曲版のなかでも、もっとも現代的でチャレンジングなアレンジと言えるのではないでしょうか。

終曲の「キエフの大門」は、冒頭からトゥッティで演奏され、堂々とした主題が再現されます。 続くコラールは、弦楽器によって厳かに演奏されますが、清明なピアノの音色が天国的な雰囲気を与えています。再び冒頭の主題とコーラルが繰り返された後、圧倒的なパワーをもったコーダで締めくくられます。大編成のゴージャスな厚い響きには敵いませんが、それでも、この迫力はなかなかのものです。知的な雰囲気が漂っているという点では、むしろ樋口版のほうが上回っており、透き通るような色彩感が清々しい印象を残してくれます。
※オーケストラ詳細は記載がないので不明。友田啓明合奏団を含む25名前後の編成だと思われる。

中心点のひとつがクラシックで、ひとつがジャズであるというようなとき、どちらか一方に決着しなければ気が済まない人たちは、従来、その音楽の中心点を無理やりジャズかクラシックのどちらかに決着させようとし、そのうえで面白がったり、批判したりしてきました。楕円音楽会は、「円の中心点をひとつに絞って、絞りきれぬままに円を描く必要はない、ジャズとクラシックというふたつの焦点をありのままに認め、思い切り楕円を描けばよい」というコンセプトで開かれた音楽会です。したがって、一方に決着して聴かなければ気のすまない人たちにとっては、樋口版は評価に値しないものかもしれません。しかし、そうでない人たちにとっては、一度は耳にする価値のある編曲だと思うので、機会があれば、ぜひとも、聴いていただきたいと思います。

※本盤はCD化されておらず、中古盤が市場に出回ることもほとんどありません。願わくば、この記事が関係者の目にとまり、近い将来、CD化されることを切に願ってやみません。