◆それは一通のメールから始まった…

2004/7/5 英里子⇒marionet
ご沙汰してます。
音楽の詳しい話になると黙り込んでしまう英里子です。
読むのは、もちろん楽しいんですよ。
さてさて、1日何十件もやってくるウィルス君。感染してないけど、パソコンが不調です。
久しぶりに書いているのに、まったくPicoさまに関係ない質問していいですか?
プッチーニの「マダム・バタフライ」って、日本では「蝶々夫人」といわれていますが、戦前の日本公演のパンフレットなどを見ると「お蝶夫人」。いつから、蝶々夫人と呼ぶようになったのでしょう。
イタリア語で、ピンカートンがお蝶さんを呼ぶとき、なんて呼んでいるのかしら?
オペラとか詳しい方がいたら、教えてくださいませ。
いま、お蝶夫人といえば、テニスの「よろしくて?私のサーブをお受けなさい」だと思う人が多いようです。
あ、読み捨ててくださいね。いつもながら、つまんないことばかり書いていてごめんなさい。

2004/7/7 marionet⇒英里子
英里子さん
なぜに突然「蝶々夫人」?と思ったら、今年は「蝶々夫人」上演100年目にあたるんですね。
連日、新聞に9月に上演される「蝶々夫人」の広告が出ていて気がつきました。
英里子さん、もしかしてこれ観に行くの?(笑)
肝心の質問の答えはごめんなさい、わかりません。
「聴く会」のメンバーやBBSの常連さんのなかに、オペラに詳しい人がいるかもしれないので、メールしてみますね。

 私はさっそく聴く会に参加してくれた人と掲示板の常連さんに協力を求めることにした。
 以下は、そのメンバーと同報メール(同じ内容のメールを複数の人に配信すること)でやりとりした記録である。

◆Two heads are better than one. Four eyes see more than two.

2004/7/8 えり⇒ALL

英里子さん
演劇博物館のHPはご覧になりましたか。http://www.waseda.jp/enpaku/index.html
「現代演劇上演記録データベース」があります。

こちらで検索すると、「お蝶夫人」名での最後の上演は1956年、「蝶々夫人」名での最初の上演は1948年です。
すべての上演が網羅されているわけではないので、ひとつの目安にしかなりませんが、スパッと切り替わったのではないようですね。

2004/7/9 英里子⇒ALL
marionetさん、えりさん
しょうもない私の質問に答えて頂き、ありがとうございます。
クラシックに明るくない(というか、音楽全般の知識不足)ので助かります。
演劇博物館を検索することは思いつきませんでした。
オペラ=音楽で、そちらばかり調べていました。
ありがとうございました。
marionetさんのおっしゃるように、蝶々夫人が上演されて100年なんです。
その記事を書くため、いろいろ調べていました。
余談ですが、原作者はアメリカのJ.L.ロングという人。
日本人のお蝶さんと、アメリカ人のピンカートンの物語なのに、なんで、マダム?ミセスじゃないの?
そんなこんなで、PCに張り付いています。

2004/7/11 gu⇒ALL
英里子さん
>余談ですが、原作者はアメリカのJ.L.ロングという人。
>日本人のお蝶さんと、アメリカ人のピンカートンの物語なのに、なんで、マダム?ミセスじゃないの?
高校生だった頃、田舎者で潔癖症だったので、友人たちと 「蝶々夫人って、本当に夫人っていえるのか?」 という話題になったことがあります。
そのときは「マダムバタフライ」というのは、社交界で爵位のない女性を「マダム〜」という敬称で呼ぶからだという答えを得て納得しました。
それが正しいかどうか自信がありませんが、その線で調べてみられたらいかがでしょうか?

2004/7/11 marionet⇒ALL
こんばんは。
「こんなこと書いてる暇があったら食器洗えよ!」と思いながらも、ついguさんのメールに反応してしまいました(^_^;)
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥・・ということで、無知をさらして聞いてしまいますが、そもそも
「madama butterfly」って何語なんでしょう?
「マダム」は英語で綴ると madamまたはmadame だと思うんですが、「蝶々夫人」は madama になってる。
オペラだからイタリア語かしらとも思いましたが、イタリア語ならsignoraが普通かなと思うし、そもそもbutterflyは英語だし・・・ 
で、英語の辞書にはmadameには「夫人」という意味から主婦、売春宿の女主人という意味まで書いてあるし、butterflyには「浮気者」という意味もあると書いてある。もしかしたら「蝶々夫人」というタイトルには隠された深〜い意味があるのかもしれない、と思ってしまいましたが、これって深読みしすぎでしょうか?

2004/7/11 marionet⇒ALL
で、英語の辞書にはmadameには「夫人」という意味から主婦、売春宿の 女主人という意味まで書いてあるし、訂正です。madame→madamで、いま別の辞書を見たら madame→外国の既婚女性に対する敬称と書いてありました。

2004/7/11 英里子⇒ALL
とんでもない話題で引きずってすみません。
> そのときは「マダムバタフライ」というのは、社交界で爵位のない女性を 「マダム〜」という敬称で呼ぶからだという答えを得て納得しました。
> それが正しいかどうか自信がありませんが、その線で調べてみられたら> いかがでしょうか?
そうですね。娼婦説、外国人の女性だから、などいろいろあるようです。
フランス人の書いた小説「お菊さん」がベストセラーになって、それが「マダム・〜」だったから、たんに真似をした。のかも。
原作者は、日本に住む姉(もしくは妹)から聞いた話をネタにいろいろと小説やエッセイを書いたようです。
そこには、「Miss cherry blossom of Tokyo」もあり、いろいろです。
http://www.hrc.utexas.edu/research/fa/long.list.html
> 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥・・ということで、無知をさらして
> 聞いてしまいますが、そもそも「madama butterfly」って何語なんでしょう?
イタリア語だと思います。原作では、英語でmadameになっています。
で、伊和辞典によると、令夫人、奥方。現代では、おどけた表現として用いられる。
とありました。「エースのねらえ」の「お蝶夫人」とか「デビ夫人」なんかが、この使い方なのかな。
すみません、どうぞみなさま、私のたわごとを読み流してくださいませ。

2004/7/12 marionet⇒ALL
こんにちは、marionetです。
> イタリア語だと思います。原作では、英語でmadameになっています。
そうなんですか!
タイトルを打ち込む段になって、madameなのかmadam なのか調べたら、上演プログラムやレコードは、そのどちらでもないmadama と綴られていてびっくり。
madamaがイタリア語だとしたら、こんどはなぜに「butterfly」だけ英語なの??
と頭がグリグリ回ってしまいました。

2004/7/12 英里子⇒marionet
道をそれてばかりで、申し訳ないです。
英語では、「奥様」と呼びかけるときに、マダムという言い方をすると思ってました。
たとえば、しゃれたレストランでメニューなぞ渡されるとき。
それ以外でアメリカ人が、マダムと使うのは、ウエスタン映画で、娼婦宿の女将ぐらいしか思いつかなかったのです。
小説でも、オペラでもお蝶さんは、15歳。まだ、お菓子を欲しがるとしごろ。
とあります。それにマダムとつけるのは何故?と思ったのです。
いちおう、現地妻とはいえ、祝言を挙げ、結婚したことになっているのならミセス。正式な結婚ではないというなら、ミス?
娼婦、芸者、囲われもの、と考えたとき、マダムとなるのかしら?
マダムには、そういう意味があるのか、またそれが「そそる」タイトルだったのか?
または、単にジャパネスクブームの火付け役で大ヒット作品となったピエル・ロチの「お菊さん(マダム・確かフランス語で菊)」のまねっこなのか。
いずれにせよ、なんでマダムなのかなと悩んじゃったわけです。
慇懃無礼なマダムの使い方があるのかな。
マスコミがデビ夫人と持ち上げるような???
小説が出版された当時、「マダム・バタフライ」というタイトルが
英語圏の人にどういう印象を与えたか、知りたかったのです。
同じオペラでも、「カルメン」はミスもマダムもつかないでしょ。
最近では、「ミス・サイゴン」。あれは、「マダム・サイゴン」じゃまずいのか?
イギリスでは、外国人の女性にマダムとつけるとか。
たとえば、蝋人形館のマダム・タッソーは、フランス人。
でも、世紀の恋と騒がれた、王位を捨てさせたアメリカ人シンプソンン夫人は、
アメリカ人だったからミセス・シンプソン?よく分からないです。
マダム・シンプソンと書いたら、王室は気まずい思いをするのか?う〜ん。

この間、メンバーの議論はおおいに盛り上がり、話題は三浦環(「マダム・バタフライ」に2000回の出演記録を持つプリマドンナ)のことにまで及んだ。だが、肝心の「なんでミセスじゃなくてマダムなの?」という疑問は解明されるどころか、むしろ、調べれば調べるほど新たな疑問が浮かび上がってくるのだった。私たちの知識ではこれが限界なのか? そんなことを考えながら買ってきた菓子パンを食べ始めた私は、そのモチモチした食感にすっかり満足しきっていた。と、その瞬間、「餅は餅屋に聞け」という言葉が私の脳内を駆け巡ったのだった。


◆困ったときのピコ頼み

「餅は餅屋に」…そうだ!オペラのことは音楽の専門家に聞けばいい。音楽の専門家といえば、われらが樋口康雄さま!というわけで、私は樋口さんに助けを求めることにした。樋口さんは、早速、その道に詳しい知り合いのオペラファン、山川英雄氏と連絡をとり、私たちに代わって、いろいろとお話を伺ってくださった。ここでご紹介させていただくのは、山川・樋口両氏の間で取り交わされた往復書簡である。

2004/7/16 樋口⇒山川
山川さま
おはようございます。ご無沙汰しております。
近況のご報告もしなければいけないのですが、本日は、ちょっと教えていただきたいことがあり、メールしました。
添付のテキストをご覧いただきたいのですが、ぼくのファン・サイトの仲間うちで、蝶々夫人のことが話題になっています。
要するに、なんでマダムっていうかという疑問なんですが、いろいろなことを言っていますので、是非、山川さんに決着をつけていただければと思っています。
ぼくの考えでは、異国の現地妻である幼い蝶々さんに親しみと尊敬をこめてマダムと言っているだけだと思うのですが・・・・。いかがでしょうか?
お暇なときにでも、お教えくださればありがたいです。
それでは。

2004/7/16 山川⇒樋口
樋口 康雄様
「蝶々さん」の件いろいろと面白い問題提起だと思います。逆に、このオペラを結構見たことがある人間には、出てこない新鮮な話題だと思いました。
考えてみますと、いろいろ即答が出来ない不思議な事が多いですね。 私を含めてオペラファンは、テノールの高音とか、ソプラノのボリューム(声と体重の両面で)とかにばかり、こだわっていて全然だめです。ですから、以下に書きます事は私の私見であり、研究に基づくものではなく、あまり、当てにならない事をご承知の上で、お読みいただけたらと思います。
名前の件:
マダマ(madama)というのは、イタリア語です。 英語のマダムに相当すると思います。ちなみに、割りと大きめの辞書である小学館伊和中辞典によると、マダマは古語で、マダム、令夫人、令室、奥方と言う意味が載っており、用例として、 ”Madama Butterfly”『蝶々夫人』(プッチーニのオペラ)が載っております。また、”現代では、おどけた表現として用いられる”と言う注意書きも添えられています。
蝶々さんは、一度みてもらえばわかりますが、大変真摯で一途な人物として描かれており、プッチーニは、樋口先生のおっしゃるとうり、大きな尊敬と、少しばかり、”しょうがないやつだなあ”と言う親しみを込めてこの名前を与えたのだと思います。
Butterflyと言う語は伊和辞典に載っていません。 詳しい事はわかりませんが、外来語としてイタリア人でも、良くわかる言葉なのかもしれません。またこのオペラが生まれるきっかけは、プッチーニが演劇の『蝶々夫人』をロンドンでみたことにあるといわれているので、そのことも関係があるかもしれません。
『蝶々夫人』、『お蝶夫人』と言う2つのよび方があるのは、これは、推測に過ぎませんが、昔の日本では今ほどこの作品がポピュラリティを獲得してなかった事があるかもしれません。山田耕筰の企画・指揮で上演された時、このオペラは、今では考えられないことですが、国辱的な内容であるという評価をされたといわれています。 また、当時の大歌劇団「藤原歌劇団」(今もありますが)や、「長門美保歌劇団」等が使い分けていた可能性もあります。
ところで、お蝶夫人のように女性の名前の前に親しみを込めて、おを付けるのは昔は一般的でしたね。「お富さん」、「八百屋お七」、「お玉が池」、「唐人お吉」等。何何子という名前が増えて、こういうのは廃れてきました。おを付けると4文字に大体なるので安定性に欠けるせいではないかと思います。もっとも、最近、また、2文字の名前がふえていますが、おあや(松浦亜弥、上戸彩) 、おあい(飯島愛、加藤あい)、おもえ(山口もえ)とは言いませんね。
30年程前のことですが、ビリー・ジーン・キングという大変強いテニス・プレーヤーがいました。なぜか、B・キングとかではなく、キング夫人と日本のマスコミは呼んでいました。また、彼女のライバルもコーリー夫人とか、スティーヴ夫人といた人でした。なぜ、こういった呼び方をしていたかは、わかりませんが、「エースをねらえ」のお蝶夫人もこの影響があるのかもしれませんね。なんで、この時代に主婦の一流テニスプレーヤーが輩出したのかは、また、別の謎ですが...
それでは、今日はこのあたりで。
追伸:ハンガリーの民族舞踊団を今招聘しています。ご案内をよろしかったら、お送りしたいと思います。

2004/7/16 樋口⇒山川
山川さま
おはようございます。
早速にご返信ありがとうございました。また、オペラの本筋と離れた話題にお付き合いくださり恐縮です。これにてこの件は落着となればよいのですが・・・。
しかし考えますと、蝶々が姓ではなくて名前だとすると、蝶々夫人というのはいささか変ですよね。デビ夫人というのはおかしいわけで、スカルノ夫人というべきでしょう。外国ではMr. & Mrs. Hideo Yamakawaということになり、ご夫人の名前はどこにもでてきませんよね。しかし現代ではそのように、○○子夫人のように使うこともありますが、そもそもは△△氏の夫人ということですから、蝶々さんはピンカートン夫人というべきなのでしょうが、そのようなステイタスは持てないわけですし、ましてや16歳の奥さんということで、親しみを込めた言い方なんだなと忖度しました。とにかく、いろいろお調べくださったこと感謝いたします。
この議論は、ぼくのためにやってくださっているファンサイトのメンバーの方々がなさっているものです。もし、お許しくださるならば、ぼくの最初のメール、山川さんからのメール、このメール、そして山川さんからお許しをいただけるであろう次のメールの公開ができるとうれしいのですが・・・。そしてそのメールの中で、ハンガリーの民族舞踊団のご案内などもしていただければ、さらにうれしいと思います。メンバーの方々は音楽に対して大変関心のあるかたばかりですから・・・。
それでは、よろしくお願いいたします。

2002/7/17 山川⇒樋口
樋口 康雄様
早速のお返事ありがとうございます。
先生のおっしゃるとうり、良く考えるとおかしな事がまだ、多いです。
手許に台本がないので、はっきりした事はいえませんが、蝶々さんの親戚 (?)たちが、蝶々さんに”マダマ・バタフライ”といったのに対して、蝶々さんが、”マダマ・ピンケルトン(ピンカートン)と訂正するシーンがあったと思います。これをみてもわかるように、実際はピンカートンには、ケートという婚約者がいて、先生のおっしゃるとうり、ステイタスは持てない訳ですが、蝶々さんの中では、あくまでもピンカートン夫人であると思い込んでるところにこの悲劇は生まれるわけで、名前の問題は作劇上、結構大事な要素だと思います。
1)蝶々さんのことを、まわりの日本人たちはなんと呼んでいるか?
これは、結構何度も出てきますが、”チョチョサン”(このように聞こえます)です。こうしてみると、蝶々さんの名前は、イタリア語、英語、日本語(?)がチャンポンに出てくるということになります。
2)ここでこの作品の成立の経過を見てみましょう。
  guさんのおっしゃるとうり、この作品には、まず、アメリカ人のジョン・ルーサー・ロング(1861〜1927)の小説があります。この小説をもとにして、やはり、アメリカ人の劇作家・演出家のダヴィッド・ベラスコ(1859〜1931)が戯曲化し、1900年3月、ニューヨークで初演しました。プッチーニの見たのは、先述したように、同じ年の晩春に行なわれた、ロンドン公演です。余談になりますが、私は数年前、この戯曲版「蝶々夫人」を世田谷で偶然見ることが出来ました(もちろん、日本語上演です)。オペラの第一幕の部分が全くなかったのには、驚きでした。
オペラの「蝶々夫人」の初演は、1904年2月17日に、ミラノ・スカラ座で行なわれました。プッチーニは自信たっぷりで、普段は自分のオペラの初演に連れてくる事のない家族を呼んだほどでしたが、結果は、主役の蝶々夫人を演じた歌手が楽屋が泣き崩れるほどの大失敗に終わりました。プッチーニは改作を決意し、大指揮者トスカニーニの忠告も受入れ、三ヵ月後の5月28日にイタリアの小さな町、ブレッシャで再演しました。この公演は一転して、大成功を収めました。その後、ロンドン版、パリ版と改訂を加え、現在上演される形となりました。
英里子さんのおっしゃる「お菊さん」(「お菊夫人」)の「蝶々夫人」に与えた影響というのは、間違いなくあると思います。特に、小説のロングには大きなヒントを与えたと思います。ちなみに原作者のピエール・ロチ(1850〜1923)は、フランスの海軍士官として日本に滞在しており、その時実際に、長崎で、18歳の日本娘と短い結婚生活を送ったことがあります。この経験をもとに書いたのが、「お菊さん」(1887年)です。 ちなみに、このロチの小説をもとにして、フランスの作曲家アンドレ・メサージェ(1853〜1929)が、オペラを書いています。メサージェの作品では、オペレッタ「ヴェロニック」やバレエ「二羽の鳩」、それから、フォーレとの共作の4手のピアノ曲「バイロイトの思い出」が時たま演奏されますが、残念ながら、「お菊さん」は上演の機会はほとんどないようです。最近では、今年5月に調布で、桐朋学園主催の声楽コンサートでアリア『恵みの太陽の輝く日』が紹介されたのが、目に付くぐらいです。 この他、他の日本を舞台にしたオペラにサリヴァン「ミカド」(1885年初演)とマスカーニ「イリス」(1898年初演)がありますが、これらの作品については、いずれ機会があったら触れたいと思います。
最後に。
今年は、「蝶々夫人」のさまざまな公演が企画されています。今年の1月には、「正しい楽器考証に基づく世界初演」が東京ニューシティ管弦楽団の定期演奏会で行なわれました。プッチーニが意図したといわれる日本の”かね”を楽器にして上演し、話題をよびました。 2003年に行なわれて評判を呼んだ、日本を代表するバス歌手岡村喬生氏による改訂版の公演も、今秋に再演があるようです。
ブレッシャ版の日本初演が9月9日(木)・11日(土)NHKホールであります。ダニエラ・デッシー等一流歌手をそろえた話題の公演です。 なお、ニューシティ管弦楽団の”かね”は上記2公演でも使われるようです。 これ以外にも、多くの公演がありますので、是非実際に「蝶々夫人」の世界を体験される事をお奨めします。
追伸:今回のやり取りは公開していただいても結構です。

初演100年目に私たちが抱いた素朴な疑問に、この書簡が大きな解決のヒントを与えてくれたのは間違いないだろう。終。