ルーツは「哀愁のサーキット」

   
公開から37年、ようやく『哀愁のサーキット』を見ることができました。
『哀愁のサーキット』は、失礼ながら、映画としては評価に値する作品とは思えませんでした。しかしながら、樋口ファンにとっては、いろんな意味で決して見逃してはならない重要な作品でした。
今回は「逝ける映画人をしのんで2007−2008」ということで、昨年、亡くなられた主演の峰岸徹さん追悼ということで、この映画が上映されたわけですが、おそらくこのような企画でもなければ、この映画が再び上映される機会はなかったかもしれません。峰岸さんがこの映画を見せてくださったと思い、心から峰岸さんのご冥福を祈りたいと思います。

まず、音楽以前に衝撃的だったのが、樋口氏本人が本作に出演していたということ。主人公・榊ナオミがヒット曲「鳥が逃げたわ」を歌う場面で指揮をしていたのが当時20歳の樋口氏だったのですが、スクリーンの真ん中に映し出される榊ナオミに注目していた私は、画面の左隅のほうに映ったピコの姿に気づくのが一瞬遅れたのが悔やまれてなりません。次の場面では、画面の右半分にぼやけるほど拡大されたピコの姿が(心の中で「カメラ少し引いてピンと合わせてよ」と叫んでいた私です)。もはや、生涯見ることはできないだろうと思っていた若き日のピコの映像を見ることができた喜びは、言葉では語りつくせないものがありました。
しかし、榊ナオミのマネージャー役の人が、現在の樋口氏にそっくりだったのには参りましたね(笑)。

『哀愁のサーキット』が、想像以上に音楽の比重が高い作品だったことはうれしい誤算でした。『哀愁のサーキット』は、樋口氏が映画音楽を手掛けた最初の作品。しかし、当時、鳴り物入りで紹介されていたのは、樋口氏にとって2作目の映画となる『赤い鳥逃げた?』の音楽のほうでした。『哀愁のサーキット』の音楽にまつわる情報といえば、石川セリが歌う主題歌と挿入歌がすべて。ですから、それ以外のBGMは、あってもごくわずかか、無いに等しいと想像していました。ところが、冒頭のタイムトライアルの場面から、激しく動くベースラインが印象的なジャズテイストのインスト曲が炸裂。全編77分の作品のなかに主題歌・挿入歌を含めると15〜16曲(同じ曲のリピートも含めて)は使われていたのではないでしょうか。場面転換はかなり唐突なところもありましたが(笑)、どの曲も比較的演奏時間が長く、ブツ切り感がないのがうれしかったです。歌ものは「天使は朝日に笛を吹く」「鳥が逃げたわ」「GOOD MUSIC」「野の花は野の花」「海は女の涙」の5曲が使われており、「GOOD MUSIC」では、石川セリ本人が歌手役でスクリーンに登場していました。映画用の別テイクだとおもしろかったのですが、残念ながら、それはありませんでした。

驚いたのは、これまで世間一般に『(秘)色情めす市場』の音楽として認知されている「The City」「Photograph」「Dream」の3曲が、いずれも『哀愁のサーキット』ですでに使われていたという事実。今回の上映会がなかったら、きっと一生、誤った認識をしていたかと思うと、そら怖ろしくなります(笑)。70年代初頭を象徴するファズギターの歪んだ響きとエレピによるニューロック風のサウンド、ジャズテイスト溢れる作品の数々は、当時20歳そこそこの樋口氏の若い感性があってこそ書けたであろう作品。この時代の氏の作品に共通するのは、前述のような作品であれ「Dream」のようなオーケストラ作品であれ、一聴して氏の作品だとわかる唯一無二の個性が溢れている点です。その鮮烈な印象は、まさに原石の輝きを見る思いがしました。

個人的には、今回の上映会の最大の収穫は、これまで聴いてきた作品とは若干趣を異にする、明るく平易なメロディラインのソフトロック的なインスト曲(歌謡曲的とも言う?)やプログレ風の作品を聴くことができたこと。手に入る樋口作品は、およそ聴きつくしてきた私ですが、まだ私の知らない樋口さんの引き出しがあったのですね。