プレミアレコード「Brush!?」
その知られざる真価

    

Side-A : 1.(including)
       The People of Glass (music:Toru Hatano)
       Foolish Guy (words・music:Toru & Hitoki)
       Mother Nature's Sun (words・music:Hitoki & Toru)
       to Reiko (words・music:Hitoki & Toru)
       2.DAY BREAK (music:Akira Asami)
       3.TEARS OF CHILD(words・music:Michio Ara)
        ※ブックレットではタイトルが「子供の荘厳な焼死」となっており、歌詞も異なっている
Side-B : 1.DIE A DOG'S DEATH
       (words・music:Donald Dog V)
      2.TOMB STONE(words・music :Masayoshi Takanaka)
      3.TILANGA (music :Takefumi Yoshida)
      4.GRAY HOUD BUS
       (words:J.Peters/music:T.Arita)
      5.ALL MOST CUT YOUR HAIR
        (words・music:Kuma、Hekkeru)

Hitoki Goto(Money & Idea)
Michio Ara(Inspiration)
Toshio Tsukagoshi(Camera)

「Brush!?」は、1971年にG.O.D. FAMOUS.CO.LTDから極めて少数リリースされた、知る人ぞ知る超レア盤。単にプレス枚数が少ないだけだったり、内容が伴わないものは「レア盤」と呼ぶに値しないが、本作は2001年に発行された「日本盤ROCK&POPSプレミア・レコード図鑑1954〜79年」において、“針を落とした瞬間から広がるサイケデリック・フィーリングでは、陳信輝のファーストと並ぶ傑作”“参加ミュージシャンについても録音技術の試みについても特筆に値する”と評された正真正銘のマニア垂涎のアルバム。オリジナル盤にはオークションで20万を超す値がついたこともある。ファズギターやキーボードが一体となった混沌としたサイケデリックサウンドは、海外での評価も高く、2003年にはドイツの再発レーベルSHADOKSより、オリジナルと同仕様*のアナログ盤が全世界同時発売され、日本では限定450枚が発売された。また、2004年11月には同レーベルによりCD化され、逆輸入されている(完売)。
*オリジナル盤と再発盤の違いについては、こちらのブログが詳しい
ちなみにCDはこんな感じ↓


本作は複数のミュージシャンが結集して制作されたコンセプチュアルなアルバム。 日本のロック界、フュージョン界を代表するギタリスト・高中正義の初録音作となる「ESCAPE」(高中氏の在籍バンド)の音源が収められていることはよく知られたところだが、実は、高中氏以外の参加ミュージシャンについては、ほとんど言及されたこともなければ、評価の対象となったこともない。おそらくそれは、クレジットがイニシャルやニックネーム表記になっていたため、人物を特定するのが困難だったのだろう。私自身、かつて「Brush」のレビューを書いたときには(7、8年前?)、クマ原田、畑野享、石山恵三の三氏については確認できたものの、それ以外の参加ミュージシャンを特定するには至らなかった。もっとも、私にしてみれば、このアルバムの価値は、樋口氏が参加しているという一点に集約される。それゆえ、他の参加ミュージシャンを深く追求しようと思わなかったというのが、正直なところかもしれない。

さて、今回、私が改めて「Brush!?」について調べてみようと思ったきっかけは、オリジナル盤と同時に「SEKIMEN」というアナログ盤を入手したからだ。入手した時点で「SEKIMEN」のジャケットやブックレットは存在しておらず、紛失したのか、もともと存在しなかったものなのかは不明だ。しかし、「SEKIMEN」は「Brush!?」と同じ Blue Vinyl Diskで、一見して「Brush!?」と何らかの関わりのあるアルバムだということは推察できた。しかし、白いレーベルの上部に赤のマジックで書かれた「SEKIMEN」というタイトルと、下部に細い黒文字で「not for sale」と書かれた文字は手書き。以前の所有者が、勝手に書き込んだ文字だという疑念もなきにしもあらずだった。が、検索したところ、こちらのページを発見し、この音盤は本当に「SEKIMEN」というタイトルなのだと確信した。そして、恐る恐る針を落としてみると、中身はなんと「Brush!?」と同一! これは私の勝手な想像だが、おそらく「Brush!?」は、当初、「SEKIMEN」というタイトルで非売品のサンプル盤が作成され、後に正式リリースされる際に「「Brush!?と改題されたと思われる。


このようないきさつで、再び「Brush!?」について調べ始めたところ、、「アケト」(後述)のホームページで本盤に関する記述があることを知った。その情報を手掛かりに、さらなる調査を進めたところ、これまでに後述の参加ミュージシャン、スタッフを特定することができた。 しかしながら、今回、Akira Kawamoto、Akira Asami、Donard Dog iii、Kenichi Sato、そしてカメラ担当のToshio Tsukagoshi氏については、一切、情報を得ることができなかった。また、Hoko Ideは井手萌子、J.Petersはジェシカ・ピータースであることが判明したが、個人を特定するには至らなかった。なお、69年公開の加山雄三主演の映画「ニュージーランドの若大将」にジェシカ・ピータースという同名の白人女性が出演しているが、その女性とJ.Petersが同一人物であるという確証は得られなかった。

ここでは、以前、公開していたレビューに、今回、新たに知り得た情報を大幅に加筆して紹介する。※樋口氏に関しては、改めて語るまでもないので、ここでは省略。検索等で直接、このページにいらしたかたは、当ホームページ「Pianissimo」をご覧ください。

「Brush!?」の発案・マネージメント・プロデュースは、当時、シングアウトのローディでもあった後藤人基(Hitoki・G)。自身が結成した「アケト」(音楽を中心に映像、照明などマルチメディアを指向するプロジェクトチーム)のホームページによると、様々なミュージシャンと共に創造を分かち合い、夢の交感、異ジャンル交流、出会い、インディペンデンスの試みのはじめとして1969年から準備を始め、1970〜1971年にかけて製作が行われた。本作は、当時でも珍しい Blue Vinyl Disk (透明な透き通ったBlue Disk)で、これは他に例を見ない。録音は、当時、最高級スタジオだったアオイスタジオをはじめ、新宿御苑スタジオ、立教大チャペルで行われ、最終のマスタリング編集は、後藤氏の自宅のオープンリールで行われたという。また、アオイスタジオでは、当時最新の8トラックによるレコーディングが行われている。加えてジャケットは厚手のカラー、24Pブックレット付きというメジャーレーベルのアルバムをも凌駕する破格の仕様。これが、一個人により製作されたアルバムだというのだから驚きを禁じ得ない。

ピコが写っているのがわかりますか?

樋口氏(写真中断)は2曲に参加。「Mother Nature's Sun」ではピアノを担当。その他のメンバーは、後藤、石山、吉田。「to Reiko」では、チェンバロとオルガンを担当。メンバーは、後藤、畑野、石山



◆後藤人基
今回、個人を特定することができたメンバーのうち、最も調査が難航したのが後藤人基氏であった。Hitoki・Gが「後藤人基」という表記であるというところまでは比較的容易にたどり着けたのだが、ネットで「後藤人基」で検索してもヒットする人物が一人しかいない。それが、学校法人・後藤学園理事長の後藤人基氏だ。Hitoki・G氏は個人で「Brush」を製作するくらいだから、当時から金銭的に相当恵まれた環境にいたことは想像に難くない。そう考えると、学園理事長の後藤氏は、その条件に合致する。しかし、それだけで本人だと決めつけるのは、あまりにも早計すぎる。手がかりのないまま数日が過ぎ、ふと目に留まったのがブックレットに掲載されたHitoki・G氏の写真だった。半世紀近くの歳月が流れて様変わりしてはいるが、後藤氏にはどこかHitoki・G氏の面影があるような気がした。
後藤人基氏

写真を見る限り、十中八九、本人に間違いないと思ったが、相手は学園理事長という責任ある立場にあるかた。別人だったら、迷惑をかける事態にもなりかねない。そこで確かな証拠を見つけたいと、あれこれ探した揚句に見つけたのが、こちらのアケトの映像だ。これを見れば一目瞭然。。学校法人・後藤学園理事長の後藤人基氏こそ、「Brush」の生みの親、Hitoki・G氏その人だったのである。ちなみに後藤氏は、仕事の傍ら、アケトとして音楽活動を続けているようだ。

◆有田武生
「BLOW UP」「 SUPER HUMAN CREW」「YARZ」。75年より後藤人基氏と「アケト」(音楽を中心に映像、照明などマルチメディアを指向するプロジェクトチーム)結成。現在もライブなどの音楽活動を継続中。

◆石山恵三
「ESCAPE」ベース担当。吉田拓郎のバックバンドから独立し、「」「各駅停車」「地下鉄に乗って」など70年代に数々のヒット曲を放ったフォーク・グループ「猫」のメンバー。現役ミュージシャンとして活動中。

◆畑野享(畑野貴哉)
「ESCAPE」ドラム担当。「やまたのおろち」「ミッドナイトクルーザー」。当時からマルチプレイヤーとして活躍。のちにシンセサイザー奏者として映画音楽などを担当。現在はTMD(トータルミュージックデザイン)代表。

◆高橋廣行(オシメ)
ロスト・アラーフ」「裸のラリーズ」。現在はアイドルジャパンレコード代表。制服向上委員会、頭脳警察プロデューサー。なお、クレジットに名前はないが、高橋氏はツイッターで日本のアンダーグラウンド界の帝王・灰野敬二氏も、このアルバムのレコーディングに参加していたと発言している(Donard Dog iiiが灰野氏?)

◆原田時芳(クマ原田)
シングアウト」「ペンギンカフェオーケストラ」。ロンドン在住のベーシスト。スタジオミュージシャンとしてヴァン・モリソンやミック・テイラー、ケイト・ブッシュ、布袋寅泰など、内外の有名ミュージシャンと共演。MRA国際移動学校。
クマ原田氏 クマ原田氏

◆菅野ヘッケル(菅野敏幸)
ボブ・ディラン研究家。元CBSソニー社員。

◆荒美智雄
有限会社スタジオ・ツーエー代表。MRA国際移動学校。
サイケデリックの香りが漂うアップで写っているのが荒氏

◆森文男
当時はドラムを担当。現在は子育て支援セミナーなど幼児教育に係っている模様。MRA国際移動学校。

◆吉田武史
音楽プロデューサー。※吉田氏に関しては確証はないが、氏名、年齢、経歴などから総合的判断して、本人に間違いないと思われる。

◆神成芳彦(エンジニア)
「アオイスタジオ」サウンドエンジニア。日本のJAZZレーベルTBMのサウンド・エンジニアとして知られている。現在は那須でプライベートスタジオ「スタジオ雷庵」を運営。

◆及川孝一(エンジニア)
「アオイスタジオ」サウンドエンジニア。加川良や森田公一とトップギャランなどの録音に係る。

いかがだろう。これらの事実を知れば、「Brush!?」が、これまで考えられてきた以上に、とてつもないアルバムであることが、おわかりいただけたのではないだろうか

高校時代、学校の近くにあったMRA(Moral and Spiritual Re-Armament=道徳再武装)に出入りするようになり、その人脈から慶応大、立教大のジャズ研に参加、ピアニスト、コーラス・アレンジャーとして活動するようになったという樋口氏。その活動がどのようなものであるかは、漠然と想像するしかなかったが、今回、「Brush!?」の参加メンバーの多くが明らかになったことで、その人脈や活動の実態が、おぼろげながら見えてきた気がする。黎明期ともいえる、この時代の樋口氏の活動には、まだまだ興味が尽きない。