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   戦争が戦争を止めた例は一ツもない。戦争は戦争を生む


   
世に迷想多しといえども軍備は平和の保障であるという

   
がごとき大なる迷想はない
軍備は平和を保障しない。

   戦争を保証する


         内村鑑三




         「 大江健三郎 と 現代 」



    ノーベル文学賞作家 ・ 大江健三郎 (1935~2023)




       「 戦後民主主義の先導者 ・


         大江健三郎 と
その時代 」






 『 PHN ( 思想・人間・自然 ) 』  第 54 号  ( 2023年5月 )  ( Web版 )






  ・【日本国憲法施行76周年記念

 
 ・【 追悼 ・ノーベル文学賞作家・大江健三郎 メモランダム風に


   作家大江健三郎 思想家丸山真男



       ―― 戦後民主主義 の両雄 と 現代


 ――大江健三郎の「近代史区分」論に学ぶ


 ――内村鑑三の『非戦』論に学んだ二人


 

 ――付論


自分を歴史に近づける ための


和田耕作の方法 についての素描


       和田耕作





    PHN  第54号  PDF版

    phn54ooe.pdf へのリンク





・【参考文献


・①大江健三郎『言い難き嘆きもて』(講談社文庫)

・②『内村鑑三思想選書Ⅰ』(世界の平和は如何にして来る乎)

  (内村美代子編、昭和24年〔1949〕3月、羽田書店刊)

・③『丸山眞男集』第51995、岩波書店刊)

      ・〔19501953年の論考集〕

・④大江健三郎『鎖国してはならない』2001、講談社刊)


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・【A】・ 大江健三郎の「近代史50年区分」論


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大江健三郎は、「自分を歴史に近づける」という文の中で、

 「『五十年』という単位で近代史を区分すれば、自分をそのまま

歴史に近づけることができる(大江:文献①、p188

 ことを18歳の予備校時代に思いついたと述べている。


 

・そのきっかけとなったのは、昭和28年〔19534月に、

 丸山真男の「内村鑑三と『非戦』の論理(雑誌「図書」4月号)

読んだからであるという。


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大江健三郎近代史区分論を理解するために、年表にしてみると

次のようになる。

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明治34年〔1901

〔内村の非戦の意志1901を表明した文章あり。〕

(大江:文献①、p188

明治37年〔1904

内村鑑三・「余が非戦論者となりし由来」

明治44年〔1911

内村鑑三51歳)・「世界の平和はいかにして来たるか


    


  ・・・▶ 大江による50年単位での近代史区分 ◀・・・


昭和28年〔1953〕・〔内村の非戦の意志1901から52

丸山真男39歳)・「内村鑑三と『非戦』の論理雑誌「図書」4月号

・〔大江健三郎18歳)上京・予備校時代にこの「図書」4月号を読む〕


 

・・・▶ 大江による50年単位での近代史区分 ◀・・・


 

平成12年〔20005月・〔丸山の「『非戦』の論理」から47

大江健三郎65歳)自分を歴史に近づける(「朝日新聞」)


・丸山真男の「内村鑑三と『非戦』の論理」を読んだ想い出と、

その結論は現代社会にも通じることを切実に感ずるという。

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・・・▶ 大江による50年単位での近代史区分 ◀・・・


大江の「自分を歴史に近づける」から2350年の約2分の1

令和5年〔2023〕3月、大江健三郎は、88歳でその生涯を閉じた。

――――――――――――――――――――――

・そして、大江が警鐘を鳴らした核戦争の危機などについては、

ロシアのウクライナ侵攻2022年2月)以降、ますます増大して

いるというありさまである。

――――――――――――――――――――――




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・【B】・ 内村鑑三『非戦』論の現代的意義

 

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・今日、内村鑑三の『非戦』論、あらためて読む価値を有する

 論考である。

内村鑑三の『非戦』論は、日本の平和憲法の精神を先取りしている

 ものであるといっても過言ではない。

・さらに、日本の平和憲法の精神を先取りしている例としては、江戸

時代の思想家・安藤昌益三浦梅園にまで遡ることができる。

・我らは、日本思想史上において、平和主義はすでに伝統的思想

 あることを認識するべきである。


――――――――――――――――――――――

明治34年〔1901

〔内村の非戦の意志1901を表明した文章あり。〕

(大江:文献①、p188

――――――――――――――――――――――

明治36年〔1903

内村鑑三・戦争廃止論

 ・「余は日露非開戦論者であるばかりではない。

   戦争絶対的廃止論者である。」(内村:文献②、p4

――――――――――――――――――――――

明治37年〔1904

内村鑑三「余が非戦論者となりし由来」

――――――――――――――――――――――

明治38年〔1905

内村鑑三・平和主義の意義

 ・「平和主義は、戦争の非理と損害とをとなへ、万国共同

  して、これを廃止し、これに代ふるに仲裁裁判を以て

  せんとすること、これである。」(内村:文献②、p112

――――――――――――――――――――――

明治44年〔1911

内村鑑三・「世界の平和はいかにして来たるか

 

①・「余は世界の平和は必ず来たると信ずる。・・世に最も確かなるこ

とは、戦争の必ず廃止せらるることである。・・余が全身を賭し

て誓い得ることの一つは、未来における戦争廃止のことである。」

  (内村:文献②、p138


②・「戦争が戦争を止めた例は一ツもない。戦争は戦争を生む戦争

をやめない間は戦争はやまない。世に迷想多しといえども軍備

は平和の保障であるというがごとき大なる迷想はない軍備は

平和を保障しない。戦争を保証する(内村:文献②、p139

 

・これらの内村の言葉は、現代にも通じる名言である。今を生きる

 私たちは、これらの思想を十二分に活かしていくことが必要であ

り、それが、歴史に学ぶということの真髄である。


 

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昭和24年〔1949〕・・〔内村の非戦の意志1901から48

 

・『内村鑑三思想選書Ⅰ』(世界の平和は如何にして来る乎

  (内村美代子編、昭和24年〔1949〕3月、羽田書店刊)

  ・〔本書は、内村の非戦論の集成である。〕

       ・〔参考〕この年、湯川秀樹・ノーベル物理学賞受賞


 ――――――――――――――――――――――

 非戦論

 戦争廃止論 〔「戦争廃止論」など〕 

 平和の福音 〔「余が非戦論者となりし由来」、「平和主義の

意義」、「世界の平和は如何にして来る乎」など〕 

 欧州の戦乱とキリスト教

 戦争のやむ時

 ――――――――――――――――――――――

 宗教と現世

・〔内容的には、巻Ⅱのものであるが、ページ調整により追加された。〕

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・【C】 丸山真男内村鑑三と『非戦』の論理の時代的背景

 

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丸山真男内村鑑三と『非戦』の論理の背景を理解するためには、

 この時代の世界と日本の情勢への理解が必要不可欠である。

 

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昭和27年〔1952〕・・〔内村の非戦の意志1901から51

丸山真男・『日本政治思想史研究12月、東京大学出版会刊)

丸山真男・「「現実」主義の陥穽(雑誌「世界」5月号)

 平和憲法への否定論、押しつけ論への反論である。

  ・「米ソの抗争が・・世界的規模において・・充分予見される

   情勢の下において・・にも拘らず敢て非武装国家として新しい

   スタートを切ったところにこそ新憲法の画期的意味があった

(丸山:文献③、p209


 

丸山真男ファシズムの諸問題(雑誌「思想」11月号)

・この論考は、1950年から始まったマッカーシー旋風(レッド・

パージ)を背景に成立した。

   ・〔参考〕この年、メーデー事件

10月:警察予備隊軍隊ではないという保安隊として発足。

   1954年、陸上自衛隊となる。

 

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昭和28年〔1953〕・・〔内村の非戦の意志1901から52

 

丸山真男・「ファシズムの現代的状況(雑誌「福音と世界」4月号)

 ・この論考は、「ファシズムの諸問題」(雑誌「思想」11月号、1952

  の続論である。

 

丸山真男39歳)・「内村鑑三と『非戦』の論理(雑誌「図書」4月号)

 ・丸山真男は、前掲の内村鑑三の②の文の太字部分を引用して、

次のように述べている。


 

  ・「こうした内村の論理がその後の半世紀足らずの世界史におい

   ていかに実証されたか、とくに原爆時代において幾層倍の

   真実性を加えたかはもはや説くを要しない。」(丸山:文献③、

p322

・〔参考〕この年、7月:朝鮮戦争休戦協定の調印

 

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・【D】・ 大江健三郎の自分を歴史に近づけるに学ぶ

 

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平成6年〔1994

・大江健三郎59歳)ノーベル文学賞受賞

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平成11年〔19994

大江健三郎丸山真男の言語作用19994月、アメリカでの講義)

 ・〔次項を参照のこと〕

――――――――――――――――――――――

平成12年〔20005・〔丸山の「『非戦』の論理」から47

 

大江健三郎65歳)・「自分を歴史に近づける(「朝日新聞」) 

 ・大江健三郎もまた丸山真男が引用した、内村鑑三の②の文の太字

部分を引き、次のように述べている。


 

歴史は遠くない、とつくづく感じたその時の思いはいまに残

 り、あれから50年近くがたっての今日がある、と考えること

 で、核戦争をふまえての、この文章の丸山の結論あらためて

 切実に感じます。」(大江:文献①、p189 

 

大江健三郎歴史への眼差しは、すでにヒロシマ・ノート1965

岩波新書)沖縄ノート1970、岩波新書)に、如実に示されている。

この2著は、核時代の想像力1970、新潮社刊)とともに戦後民主

主義の守護神としての大江の「持続する志」の原点である。

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・【E】・大江健三郎の「丸山真男論」から

 

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平成11年〔19994

大江健三郎は、「丸山真男の言語作用19994月、カリフォル

ニア大学バークレイ校での講義)という本格的な丸山真男論がある。

(大江:文献④、所収)

このなかで興味深いのは、丸山真男による「大江健三郎への評価

である。


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 「このところ、・・戦後民主主義への否定的言辞がひときわ高く

  なった。というより、事、評論界に関しては、戦後民主主義を

  正面から擁護する言論はほとんど見当たらない、という珍現象

  が生まれている。(そうした否定的言論の自由がまさに戦後民主

主義の享受の上に成立っているのに!)大江健三郎などはその

なかの稀少例というべきだろう。」(大江:文献④、p43。丸山真男著

『自己内対話』からの引用である。)


――――――――――――――――――――――


・これに対して大江健三郎

 「私は、丸山真男にとって、自分が単に大切な友人〔渡辺一夫〕

  の弟子というのみでなく、ひとりの戦後民主主義者として受けと

められていたことを、大きい喜びとします。」(同前)

 との感想を述べている。

――――――――――――――――――――――


 

・この丸山真男の文章は、1969年春のものであるが、そのまま今日

にも通じるものである。大江健三郎丸山真男は、まさに「戦後

民主主義の両雄」というべきであろう。

・今日の我らもまた、この「両雄」の意志を受けついでゆく覚悟が

 必要である。


 



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・【F】・ 大江健三郎自分を歴史に近づけるから23


     ―― 大江健三郎 逝去す ――


 

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自分を歴史に近づけるから2350年の約2分の1〕、

令和5年〔2023〕3月、大江健三郎は、88歳の生涯を閉じた。

――――――――――――――――――――――


・そして、大江が警鐘を鳴らした核戦争の危機などについては、

ロシアのウクライナ侵攻2022年2月)以降、ますます増大してい

るというありさまである。

――――――――――――――――――――――


・さらに、ロシアのウクライナ侵攻に便乗して、軍備の大増強と兵器

の輸出までも進めようとしている日本政治の状況を憂いつつ

大江健三郎は、旅立ったのである。

――――――――――――――――――――――


令和5年〔2023430

NHK総合テレビの「憲法記念日特集」では、我らの世代よりも

 若い(団塊ジュニア世代れいわ新選組代表の山本太郎48歳)

戦後民主主義の精神十二分に継承しているように思えたのは、

はなはだ心強いことであった。

――――――――――――――――――――――


令和5年〔202353日本国憲法施行76周年を迎えて

現政権による憲法改正声高に叫ばれている今日、「 大江健三郎

と丸山真男 」の両雄に学びつつ、戦後民主主義のなかで育った

我らは、さらに平和憲法の擁護のために世界へと発信を続けよう

ではないか

――――――――――――――――――――――


明治維新以後の富国強兵の結末が、第二次世界大戦での悲劇的

 な敗北であったことを、われわれは直視し、戦後の平和国家と

 しての建設を誓ったのではなかったのか・・

――――――――――――――――――――――




 

・次項に、【付論】として


 ・「自分を歴史に近づける」ための「和田耕作の方法

について素描し、その具体例を示しておこう。

 

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・【G】・【付論】・


自分を歴史に近づけるための

和田耕作の方法についての素描


 

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)・――――――――――――――――――――――

・つねに現代的テーマを念頭において、独創的・創造的に探究する

こと。


 ・【具体例】

  ・和田耕作著『論的世界の構造――江渡狄嶺の哲学


・――――――――――――――――――――――

・「没後○○年」「生誕○○年」などを、一つの指標・目標として、

人物などの研究を進めること。


 ・【具体例】

 ・和田耕作著『安藤昌益の思想』など。

 ・和田耕作著『安藤昌益と三浦梅園』など。



)・――――――――――――――――――――――

関連年譜・年表自分自身で作成し、重要なツールとすること。


・【具体例】

・和田耕作著「桑木彧雄」に関する論考など。

 PHNの会ホームページ「桑木彧雄」の項などを参照〕


)・――――――――――――――――――――――

その時代人物が読んだ 和本など 古い書物に 直接 触れる

こと。異なる領域の書物を積極的に読む。


狩野亨吉の方法――「知力発展史観」と「実証・考証学的方法」

          の総合的視点。

江戸の思想家たち百科全書的知性に学びつつ、近代的学問の

 特質である狭い領域のみを研究する専門バカを超えること


・【具体例】

 ・和田耕作著『安藤昌益の思想』など。

・和田耕作著『安藤昌益と三浦梅園』など。


・――――――――――――――――――――――

その時代人物たちに「 なりきって 考えること。

 ――意識的に「 演劇的手法 」を取り入れるということ。


 ・江渡狄嶺の方法――「客観的方法」と「主体的方法」の統一を

目指すこと。「主客統一の哲学は、西田哲学以降の近代哲学

の課題であり、現代哲学の中心的なテーマである。


・【具体例】

 ・和田耕作著『石原純―科学と短歌の人生』など。

・和田耕作著『江渡狄嶺―〈場〉の思想家』など。


・――――――――――――――――――――――

近現代のみならず近世・中世をも視野に入れて探究すること。


 ・【具体例】

   ・和田耕作著『源義綱とその末裔たち』など。

    ――日本歴史1000年史の中において考察する。







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PHN(思想・人間・自然) 」 第54号

202353日脱稿、和田耕作(C)〕

202355日発行、PHNの会、無断転載厳禁〕














 ・【追悼】 ノーベル文学賞作家 ・ 大江健三郎


       


            和田耕作






2023年3月3日、作家・大江健三郎88歳)が ついに逝って

しまった。


・大江健三郎は、われらの時代のヒーローであり、戦後民主主義の

 先導者であった。


・われらの時代は、いつも大江健三郎とともにあった。


・大江健三郎は、つねにその時代と対峙し、行動する作家であった。


・ヒロシマ、オキナワの問題への永いかかわり、平和憲法擁護のため

の運動、その他多くの課題にも その先頭に立って行動してきた。


・今日、われらは、あらためて大江健三郎の意志を受け継いでゆくべ

きであろう。


・個人的には、日本ペンクラブの年会〔ペンの日〕において、話を

する機会を得たことは誠に幸いであった。


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  2023年3月13日 和田耕作(C)、無断転載厳禁〕








 ・ 【 和田耕作 による 大江健三郎 関連論考 】



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・「 PHN (思想・人間・自然) 」  第47号  (2021年5月号)


・ 【 人文的数学者・小倉金之助と現代 

 

小倉金之助の「学問論」・「科学論」から

政府による「日本学術会議会員」への

任命拒否(6人)問題を考える

 

 そして、「科学的精神」と「平和憲法」

 の遺産から 新たな日本の創造へ

 

        和田 耕作



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