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小倉金之助
◎ 新型コロナウイルスへの対応策と「科学的精神」の徹底へ
――今こそ 小倉金之助の「科学的精神」に学ぶ時である
・ついに 新型コロナウイルスが 医療関係者、検疫官、
患者の輸送に従事した消防官にまで 感染が拡大して
しまった。
・感染症への 十分な備えをしていたというが さらに
十全の対策が求められねばならないであろう。
・小倉金之助は 日本社会における「科学的精神」の欠如を指摘し、
「科学的精神」の重要性を叫んだ科学史家・数学者である。
・われわれは 今 こそ 小倉金之助の「科学的精神」に学ぶ
時である。時代はかわれども 小倉の主張を 現代に活かして
いくことの必要性を痛感する。
・今日 小倉金之助を 語る人は 少ないようである。
・東京理科大学の学生となっていた、私が、最初に小倉金之助の本
を読んだのは、『一数学者の回想』(筑摩叢書)であった。
・その後、『小倉金之助著作集』が刊行されはじめたのは、1973年
である。私はその著作集の刊行を待ち望んで、読んでいった時代の
体験者である。
・小倉金之助により「東京物理学校」の歴史を学んだと言ってよい
であろう。
・小倉金之助の魅力は、どこにあるのだろうか。専門の数学史に
限らず 幅広い文章の数々 一般人が読んでも多くを学べる回想
録など。
・小倉金之助の時代を超えた思想は、現代の我々に多くのことを語
っている。
〔2020. 2. 16、和田耕作(C)、無断転載厳禁〕
◎「人文的数学者・小倉金之助と現代」◎
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人文的数学者・小倉金之助の「科学的精神」と
「同性愛」への先見的な理解について
和田耕作
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近ごろ、「同性愛」者たちなどの人権についての問題が、世界的な話題となっている。
人文的数学者・小倉金之助(1885-1962)が、かつて「同性愛」についての小説(レズビアン小説)を読んで感想文を書いていたことを思い出した。
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当時、小倉金之助は、長く病床にあり、文学書類を乱読していた。そんなある日、近所に住む婦人記者が、新刊のラドクリフ・ホール(1880-1943)の『さびしさの泉』(上・下、大久保康雄訳、新潮社、1952〔原著は1928刊〕)という本を、小倉のところに持参してきた。
この本を読んで、小倉は、「同性愛について――『さびしさの泉』をよむ」という感想文を口述する(「図書新聞」〔1952.12.13〕に掲載される)。
小倉は、まずこの小説の中に紹介されていたドイツの精神科医クラフト・エビング(Krafft Ebing)による専門書『性的精神病理』(英文で600頁もある)を読もうとする。しかし、難解なその学術用語などに閉口して、こんどは、イヴァン・ブロッホ(Iwan Bloch)の本『われらの時代の性生活――現代文明との関連における性科学』を読んでいく。こちらも英文の専門書であるが、小倉には比較的わかりやすかったという。
このブロッホの本に教えられて、小倉は「同性愛が決して変態と見るべきものではないという事実」を科学的に理解する。
このように、科学的に探求を進めていく態度こそ、すなわち「小倉金之助における科学的精神」の一つの見本でもある。
小倉は、チャタレイ事件を例に挙げて、「文学的精神」と「社会的精神」にのみ偏った議論に警鐘をならしつつ、ここでブロッホ(皮膚科医・性科学者)のような科学者の意見を尊重するべきであると述べている。
小倉金之助は、常に「文学的精神」と「社会的精神」、そして「科学的精神」のバランスのとれた生き方を追求し、理想としていたのである。このような生き方が、現代にも通ずるところの、「同性愛」への先見的な理解を可能にしたのであった。
ラドクリフ・ホールの『さびしさの泉』は、当時のイギリスで有罪になったという。小倉は、そのような状況をバートランド・ラッセルが批判していることも紹介している(小倉『読書と人間』〔角川新書、1957〕での「追記」)。
しかし、アメリカでは発禁にならずに済んだので、非常によく売れたという。
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さて、今日、ラドクリフ・ホール(Radclyffe Holl)への再評価の動きが、顕著である。
『さびしさの泉』は、『孤独の井戸』(The Well of Loneliness)
と改題され、鷺澤伸介訳でネット上において、無料で公開されている。
また、ラドクリフ・ホールについての初の本格的研究書が、ペンシルバニア大学出版局から刊行(2011年5月)されている。リチャード・デラモア(Richard Dellamora〔カリフォルニア大学・ロサンゼルス校客員教授〕)著の『Radclyffe Holl ―― A Life in the Writing』である。本書は、「ホールが依存した、宗教的、精神的、性的な世界に焦点を当てている」(マーサ・ヴィキヌス〔ミシガン大学〕)という。
〔2019. 2. 27、和田耕作(C)、無断転載厳禁〕