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たとえ社長の恋人が変な趣味をもっていようとも、自分たちに被害がなければ気に留めることはなかった。

しかし、ある日を境に俺、および俺達部下数名はそういうことを言っていられなくなった。



その日は突然やって来た。



「朝からこの場所に行ってください」


そう言われ、渡されたのは1枚の地図。

何かの取引かと思った俺は

「分かりました」

とだけ答え紙をファイルに挟んだ。

「時間は早ければ早いほどいいみたいです」

と社長は言った。
そんな朝早くからの取引は初めてと言っていいぐらいだった。

取引と言えば夜というのが頭にあったのだが、逆に良い案だとさえ思った。


取引場所へと行くのは俺と他に2名。
俺達は当日の打ち合わせを軽く行うだけで良い。

社長にブツは何なのか、知らされることはなかったが、特に俺から聞く必要もなかった。

当日まで知らされないというのはよくある。
重要なことをあれこれ言うことは、それだけ外部に漏れる可能性が高い。


俺達は朝早くという社長の言葉に、早朝5時に現場到着と決めた。


それだけを社長に報告する。


「分かりました」


社長の返答はその一言。
しかし、それだけで十分だ。

もしここで問題があれば社長の表情が変わる。

それも、不機嫌な表情になるのではなく・・・微笑むのだ。

無表情の時はそれで進めろということで、そこが社長の社長故の態度だ。

社長は人の失敗を待ち構えている節がある。
その失敗によっての制裁が楽しみなんだろう。
人が失敗したり、社長の思惑から外れていた場合にその表情は見事に変化する。

俺が伝えた時間で良いというのは、その変化しない無表情が物語っていた。

緊張していた身体から少し力が抜けた。

ところが、


「私達もそれぐらいの時間に行きますから」


「え・・・」


思わず俺は聞き返してしまった。


「何か不都合なことでも?」


俺の言葉に社長の口元が綻ぶ。


”まずい”


「いえ、何もありません」

俺はすぐに自分の言葉を訂正することとなった。

「迎えは・・・」

「それはいいです」

社長は微笑みながらそれだけを言うと、仕事へと戻る。
俺も一礼をすると、その場から離れた。


何もありませんと言った俺だったが、いくつかの疑問を抱えることになった。


社長が取引の場所にやって来る。


これは無いことではないが、珍しいことだった。

それだけ大切な取引ということにも受け取れるが、私達という言葉に引っ掛かりを感じたのだ。

まさかと思いたいが、

”あの恋人を連れてくるってことか?”


社長の恋人は薄々でも社長の本来の姿を感じてきているだろう。
だからといって、まだ完璧に理解している訳ではないはずだ。

そんな恋人を連れて行くということに社長以上に部下である自分が戸惑いを感じてしまう。


しかし、そこで何かを社長に進言することはなく、社長が決めたことと割り切る。

どんなことになろうとも社長があの恋人を手元から放すことは決してない、そのことだけは確かだと分かるからだ。


それならば部下である自分がすべきこと、それは取引を円滑に進めるだけだ。



・・・・・・・そう考えていた自分が本当に浅はかだった。



当日、俺は頼りになる部下を2人連れ目的地へと向かった。
まだ辺りが真っ暗な時間帯。

やはり社長から取引のブツは預かっていなかったが、社長自ら来るのだから直接交渉するつもりかと考えていた。

もう少しで目的地というところ、運転を任せていた部下が声を掛けてきた。


「あの、もしかして・・・」

「なんだ?」


俺としては時間に遅れることが怖かった。
だから、部下には運転に集中しろと言いたかったのだが、それを我慢しながら何か言いたそうな部下に先を促す。


「いえ、実は今日って・・・まさかだと思うんですが・・・」

「だから何なんだ」

「あの、今日はコミックマーケットとかいうイベントがあるって聞いたんです」

「それが取引に関係があるっていうのか」

「いえ、取引とは関係ないと思うんですが・・・向かってるのが、まさにその場所に近いんですが・・・」

「は?」


部下の言葉に俺は言葉を失っていた。
それだけ部下の言葉が突拍子もないことだったからだ。

助手席に座っている部下は何も言えず固まったまま、運転している奴を凝視していた。


「そ、そのコミックとかいうやつはこんな朝早くからあるのか?」

「いえ、昼前からみたいなんですが・・・」

「なんだ、それなら違うだろ」


俺と、助手席の部下は一気に力が抜けた。

しかし、


「ただ、あの人が・・・その、時々始発に乗ってどこかに行くらしいんです」


”始発”


その言葉に嫌な予感がよぎる。

言われてみてふと車の窓から外を見れば、こんな朝とも夜とも言えない時間にも関わらず人がパラパラと存在していた。

それは女だったり、男だったりするが、みんなどこかに向かっているのは明らかだった。
しかも、その方向が俺達と同じ方向に見えるのは目の錯覚であって欲しい。


再び俺の身体に緊張が走り始めた時、ふいに胸ポケットの携帯が震えた。


「もしもし」

「おはようございます」


携帯という機械を通しても、社長の声を聞けば何故か背中を冷たい風が吹き抜けていくような感触がする。


「おはようございます」

「もう私の方は駐車場に車を入れました」

「自分達もすぐに到着します」

「そうですか、到着したらもう一度連絡してください」

「分かりました」


俺の返事が聞こえるまでに社長は通話を切っていた。
しかし、そんなことは些細なことだ。

それよりも重要なのは社長よりも到着が遅れていることだ。


「社長はもう到着したそうだ」


俺は運転している部下を急かすように告げる。


「すみません」


言葉と同時にアクセルを踏み込んだんだろう、体感でそれが分かった。

再び窓の外に視線をやれば、待ち合わせの駐車場にが近づくにつれて人も比例するように増えている気がした。


「あの・・・」


また運転している奴が何か言おうとしたが、


「何も言うな。運転に集中しろ」


俺はそれしか言えなかった。


最初に感じた嫌な予感、その的中率は徐々に高まっていた。


3分遅れで駐車場に到着すると、すぐに電話を掛ける。


「着きましたか」


繋がると同時に何の振りもなく告げられる。


「はい」

「では、渡したい物があるので、来てください」


駐車場に停まっている車は少なく、目当ての車はすぐに見つけられた。
俺は部下達をそのままに、社長の車へと近づいていく。

社長自身も車から降りてきた。

恋人に聞かせたくない話をするということなんだろう。


「遅くなってすみません」

「いえ、そんなに待ってないです」


思ったよりも社長の機嫌は悪くなかった。
それだけでホッとする。


「それで、ブツは・・・」

「これです」

「え・・・?」


社長が俺に手渡したもの。
それは何かのリストが書かれている紙が数枚。


「その赤印の場所、サークルと呼ばれる所らしいんですが、そこで本を全て購入してきてください」

「え・・・」

「新刊だけでいいようです」

「あの・・・」

「揃った時点で連絡してください」

「あの、社長・・・」

「3人で手分けすれば難しくないですよね」

「しゃ、社長」

「それじゃあ、よろしくお願いします」


俺はもう自分が何を言えばいいのか分からないまま、紙を手にしながら固まっていた。

そんな俺に追い打ちを掛けるかのように、


「くれぐれも”ありませんでした”という言葉は聞きたくありませんから」


それだけを言うと、再び車の中へと戻って行った。

状況をようやく把握した俺は急いで車へと戻り、待っていた部下達に説明をする。
その運命の紙を見ながら部下達の顔は青褪めて行く。


「親切に地図まで載ってるから、お前はココからココまでの赤印の所」

「はい」

「お前はココからココ」

「分かりました」


俺達はただ単に地図上に描かれた赤印の場所を割り振っただけだった。
知識のない俺達は、人気の度合いによってどれだけ時間が掛かるのかということを把握していなかったのだ。


「は、早く並びに行った方がいいんですかね?」


運転をしていた部下が言う。


「そうだな。何時から発売開始なのか分からないが、早く行けば行くほどいいんじゃないか?」


スーツ姿、男3人という場違いなのを覚悟で出発する。




それからの俺達は悲惨なものだった。


会場までの5時間近くを一般人に交じりながらひたすら待った。
ようやく中へと通されたかと思えば、あまりの人の多さに足が竦む。

目指す場所へと向かえば、そこは異様な熱気に包まれていた。


「よし、それぞれ手分けして・・・」


そう言って別れたものの、自分の目的地に辿り着くことに多大な時間を費やした。

目的のサークルというのを見つけても、その並んでいる列に衝撃を受ける。


「これは・・・外まで続いているのか?」


係員の指示に従い列に並ぶが、そこで今までになく注目される。

開場までの時間、外で待っている間には特に注目されることもなかったのだが、ここにきてという感じだった。

その羞恥プレイに耐え抜き、リストにある本を攻略していく。



ようやく、あと1つというところで時計を見ればすでに会場入りして2時間近く経過していた。



携帯を見れば部下から着信があったことを知らしていた。

「もしもし、どうした?」

「お、終わりました」

「分かった。それじゃあ地図上の・・・この本部と書かれたところ付近で」

「分かりました」

それからすぐにもう一人の部下からも着信があり、同じ様な内容だった。


俺も早くこの仕事を終わらせるべく、最後の目的地へと急いだ。




・・・・・・ところが



「すみません、本日の新刊は完売しました」

「え・・・」

「すみません、次回は再版してきますので」

「いや・・・、それじゃ困る。今、今欲しいんだ」


若い女性が困ったという表情になるのが分かる。

無いものは無い。

その道理は分かる。
分かるが、その事実がこの後どんな惨劇を俺にもたらすのか・・・

それを考えれば俺の言いたい気持ちも少しは理解してくれるだろうか・・・


俺は女性に失礼だったが、何も言葉を告げることもせず立ち去った。



部下達との待ち合わせ場所まで行くと、俺の表情を見た途端に奴らは何があったのか悟ったらしい。


「「きっと大丈夫です。1冊だけなんですし、いくら社長でも・・・」」


慰めてくれるらしいその言葉だったが、

「そうです。ちょっとリンチに遭うだけで済ませてくれるかも・・・」

「いや、ちょっとだけ地下で暮らすことになるだけかもしれませんし・・・」

どちらも、可能性としては高い制裁で・・・


自分の行く末を考えていた時、また携帯が震えだした。


「も、もしもし」


声が震えてしまうのを止められない。


「どうですか?」

「あの、1冊だけ・・・・」

「1冊だけ?」

「完売していました」

「完売・・・」


そこからしばらく沈黙が続いた。

俺から何か声を発することもできず、ひたすら待つしかなかった。


「購入した本を持って駐車場まで戻ってきてください」


社長はそれだけを言うと、通話を切った。


「「だ、大丈夫ですよ・・・・たぶん」」


俺の顔色はすでに青を通り越し、土色になっていたかもしれない。








緊張の面持ちで駐車場へと戻ると、社長とその恋人がすでに待っていた。

社長の恋人は俺の顔を知っているため、ペコリとお辞儀をしてくれた。
その容姿は特に優れているわけではなく、社交的でもない。

しかし、何年と一般社会で生きていたこともあり礼儀は分かっているようだ。


「朝早くからすみませんでした」


俺達にお礼を言ってくれているようだが、


「朝早くから並んだのに、購入できなかったなら遅く行っても同じことだと私は思うんですけど」


社長は恋人の手前もあるからなのか、それともこれからの俺に対する制裁を考えてなのか分からないが、笑顔全開だった。


「前中さん」

「なんですか、良隆さん」


俺の顔を見ることはなく、社長は恋人の方を向く。


「私が1人で回っていたとして、たぶん何冊か買えなかった本や断念した本があったと思います」


俺は急に何を言い出すのかと思って聞いていると、


「それに、こんな早い時間に帰れなかったと思います。

別に私は何時間掛かってもいいと思うし、今まではそれが当たり前でした。

ただ、今回は前中さんがどうしても手伝いたいと言ってくれたので頼んだだけです」


「それは、迷惑だったということですか?」


「そうじゃなくて、そんなに責めないであげてほしいんです。

こんなことで、前中さんに責められる部下の方が可哀想ですし、私が惨めです」


社長の恋人は、出会った頃に比べれば自分の意見を社長に言うようになったと思う。

付き合い始めはどうしてもオドオドしている部分が多かったが、それが今はどうだろう。






その言葉のお陰で俺は何のお咎めもなく、今も社長の秘書としていられる。
しばらくは社長の嫌味と、嫌がらせ紛いの仕事量に精神的に追い詰められたが・・・・


あれから社長は

「部下の方には手伝ってもらわないでください」

と言われたらしい。


社長もそれで納得し、

「私が手伝うのは許してください」

とか言い一緒にイベントには参加している。


しかし、実際にサークル巡りをしているのは相変わらず俺達部下で・・・


「今回のリストはこれです」

「分かりました」

「分かっていると思いますが・・・」

「見つからないように善処します」


俺はリストに載っているサークルをチェックすると、 一般入場で入る部下達に、各自の担当サークルを知らせるために電話を掛けた。




※ あとがき ※
9万hitお礼の小説です。
今回は再び部下視点です。

やっと出来ましたが、エロなしです(ごめんなさい)

さあ次は10万hitですね・・・