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とある夜のこと、


『今日は接待があるので夕ご飯はいりません』


そんなメールを御木は昼休みに受け取った。

”遅くなるのかな”

そう思うだけで、御木は短く、

『分かりました』

とだけ書くと返信する。


”じゃあ、今日はゆっくり本屋さんに行こう”


メール送信を終えた携帯を閉じながら、つい御木はそんなことを考えていた。
別に前中とでは一緒に本屋に行けないわけではない。

むしろ前中は喜んで御木に付き合ってくれている。

ただ、御木の気持ち的に、

”早く買わないと・・・”
とか
”こんな所、彼がいて良い場所じゃない”

と自分のことよりも、一緒に付いて来てくれている前中のことを気にしてじっくり吟味できないことが多かった。

そして今日、思いがけず前中からの遅くなるメール。
御木は早くも仕事終わりに本屋に行くことに心弾ませていた。

今日は最近気になってた本を吟味しようと思いながら御木は電車に乗っている。

前中と付き合いだしてから御木が電車に乗る機会は減った。
そして、一緒に住むようになるとほとんどなくなってしまった。

目的の駅に降り立てば、帰りの通勤ラッシュも重なり駅構内は人でごった返している。
そんな人の多さを目にすると、

「こんなんだったかな」

御木はつい口に出して呟いてしまう。



それから約1時間半、御木は存分に本屋での一時を過ごした。
気になっていた本を1冊ずつ手に取り、中を見る。
挿絵や自分の好みと話の内容が合っているかどうかを確かめながら吟味し、気に入ったものは買い物かごに入れる。

そうして選んだ数冊の本が入った紙袋を提げて御木は本屋を後にした。

時計を見ればすでに20時を越えるところ。

前中も食べて来るというのを考えれば、”どこかで食べて帰ろうか”と御木が思うのも当然だ。


ただ、行き当たりばったりで何を食べるということを決めなかった御木は駅近くの繁華街をウロウロすることになる。
洋食屋にうどん屋、ファーストフード店の前をいろいろ通り過ぎる。

「こんなにあると迷うもんだな」

キョロキョロと色とりどりの看板を見上げながら歩きつつぼやいてしまう。


いつもなら前中が「おいしいって聞いたんですけど、どうですか」と言って、御木がそれに承諾するだけ。
もともと本を読むこと以外に興味を示すことがなかったため、今でも特に自分の意見を言うことはない。

”それに峻君が間違ったことないし”

「あ、すみません」

当然ながら前を見ず、しかも別なことを考えながら歩いているため、人にぶつかることもしばしば。


「ここにしてみようか」


御木は迷った末に、一軒の洋食屋の前で立ち止まる。
立ち止まったのはいいがそれはあまりにも急だった。

後ろから歩いてくる人間もいるんだということを御木はすっかり忘れていた。


「・・・ってぇ」


御木の後ろを歩いていた人間がそのままぶつかってしまう。


「あ、す、すみません」


自分が悪かったという自覚がある御木はすぐに振り向き、頭を下げた。

ところが、

「てめ、急に立ちどまんじゃねーよ」

御木の下げた頭上からは尖った声が降って来た。

「すみません」

「すみませんじゃねーっつうの、これ見てみろよ」

「え・・・あっ」

言われるままに顔を上げて見れば、男が着ている黒のジャケットは黄緑色のシミがアクセントのようになってしまっていた。
男の手には抹茶らしき飲み物が。
それがジャケットに飛んだのだと分かった。

「す、すみません」

御木は状況を判断すると、血の気が下がる気分を味わう。

いつもであればすぐ隣に前中という頼もしい人間がいる。
それに前中がいれば、さりげなくも御木をカバーしてくれこんな事態にはならなかっただろう。

ただ、今日はその前中がいない。

「あ、あの、すみません」

今の御木はひさすら謝るしか方法が思い浮かばなかった。

「あーあ、これ高かったんだよな」

「すみません」

相手はひたすら謝ってばかりの御木に気をよくしたのか、声音がさっきまでと変化してきていた。

「そんなに謝られてもなぁ」

「あの、クリーニング代を・・・」

御木は1つの案としてクリーニング代を払うということを提示しようとした。
しかし、相手はそれ以上だった。

「だったらさ、同じジャケットを買うから、その代金でいいよ」

「え、そんな・・・」

クリーニング代とジャケット新品の代金では雲泥の差が出てきそうだった。
それにジャケットがどれくらいの値がするのか、御木には見当もつかない。

頭の中に財布に入っている金額を思い出す。
さっき本を買っただけだが、もともと御木は財布に大金を入れて歩くタイプではない。
むしろ最小限のお金しか持っていない。

「いくらぐらいですか」

「たしか・・・10万近くしたと思うんだよな」

「え・・・」

金額を聞くと更に御木は固まってしまう。
そんな大金はもし鞄をひっくり返したとしても出てくるわけがない。

「それは・・・」

「あー、そんな金持ってないか」

「はい」

「じゃあ、逆に今いくら持ってるわけ」

「え」

真っ青な顔で、御木は財布を出すために鞄を探る。
鞄の中を掻き回すその手も震えてしまう。
それぐらい仕方がないことだ。

こうしている間にも御木は誰かがこの状況に気づき、助けてくれないかと心の中で必死に祈っていた。

しかし、歩いている人間は御木の危機的状況を横目に通り過ぎていく。
誰も御木に関わることを避けている。

御木は今までにも何度か経験したことがあるので、多少は分かっているつもりだが当事者にしてみればショックなことだ。


「早くしろよ」

「は、はい」


男が少しイライラした口調で御木に迫ってくる。

ようやく御木が財布を鞄から出したところで、


「あっ」


男は御木の手から財布を奪ってしまった。

「あの・・・」

「何だよ、これだけしか入ってねーのかよ」

財布の中には9千円ほどしか入っていなかった。
男はそれを全て抜き取る。

「全然足りねーけど、これで手を打ってやるよ」

そう言いながら男はすっかり軽くなってしまった財布だけを御木に返してくれた。
しかも、

「今度から気をつけろよ」

と捨てゼリフを残すと足早に人混みの中に紛れて行った。
その後ろ姿を茫然と見送りながら、

「夕ご飯代が・・・」

御木はそう言うのが精いっぱいだった。
残された財布には小銭がほんの少し入っているだけで、夕ご飯を食べれるほどの金額もなかった。

「帰れば何かあるか」

御木としてはお金を盗られたというショックよりも、ようやく解放されたという安堵感でいっぱいだった。

そして、ため息を一つ吐くと、回れ右をして御木は駅に向かい歩き始めた。







一方で、前中は部下からの電話に笑顔を張り付かせたまま固まっていた。

こんなことになるなら狂慈の誘いを断れば良かったと後悔しても遅い。

「何かあったのかよ」

前中よりも遅く店から出てきた狂慈はその変化に敏感だった。
電話中にも関わらず、前中に声を掛ける。

ただ、狂慈は狂慈で前中の表情や、
「あの人は」
といった聞こえてくる単語に、
「じゃあ、これで」
そう言って直ぐに帰らなかったことを後悔していた。

狂慈の横に並んでいた芳は前中の小さな変化には気づかない。

「狂慈、俺は先に帰るからな」

と狂慈をその場に残し帰ろうとしていた。

元はと言えば狂慈がコミケで会ったのをきっかけに、ようやく手に入れた芳の自慢がしたいがために開かれた食事会だ。

芳としては会いたいとは言い難い人物の前中が来るとは知らなかった。
半ば強引に連れて来られたので、早く帰りたいというのが本音だ。

しかし、

「ちょ、芳・・・」

「何だよ」

「帰るな」

「あぁ」

「今帰るなんてことしたら、お前も俺も殺される」

「はぁ。お前、何言ってんの」

いつもの芳なら狂慈の手を振り切って帰るところだが、今日はタイミングを逸してしまった。
それもいつもなら俺様な態度を貫く狂慈が少しばかり焦っているようだった。
だから驚きのあまり、帰るとそれ以上言えなかった。

「どうした・・・」

芳は狂慈に聞こうとしたが、その言葉は携帯を切った前中の言葉に打ち消されてしまった。

「狂慈君。君のくだらないのろけ話の代償は後日、きっちりいただきますから」

笑顔で話す前中に芳は恐怖を感じた。
さっきまで食事をしながら話していた時と大差ない表情と言葉。
それなのに、否とは言わせない何かがそこにはあった。

前中は狂慈の返事を聞かず、迎えの車に乗り込んだ。
狂慈達はその場に茫然と立ったまま、前中の車が見えなくなるまで見送るしかなかった。

そして車中で前中は詳しい話を部下から聞くことになる。

前中は遅くなるというメールを送った時点で御木が本屋に寄るだろうと想像できた。

いつもであれば前中が一緒にいない時には御木には黙って護衛を付けているため何の問題もないはずだった。
ただ、今日に限ってその護衛に問題があったということだ。

常に御木に付けている護衛が休暇中だったのが誤算。
しかも、代わりに付いたのが入って3ヶ月満たない人間。

その男はあろうことか、御木を本屋で見失い、現在探している途中だとという。
一緒に本屋の中まで入ったのまでは良かったが、御木が好むフロアに付いていくのを躊躇ったようだ。
少し離れた場所で待機していたが、その間に御木は本屋を後にしていた。

さらにその男は事実を隠そうと、しばらく報告せずに辺りを探していたらしい。
ところがいくら探しても見つからず、ようやく上司に報告してきた。


”あの人も連れてくれば良かったのかもしれない”


報告を聞きながら、前中は自分の判断を悔やんでいた。

前中は狂慈から連絡をもらった時点で、どういう意図の集まりなのか分かっていた。
狂慈から御木を連れて来いとも言われていた。

しかし、元来人見知りをする御木にいきなり俺様な態度の狂慈を会わせることは前中にはできなかった。
御木を1人にしたとして、いつも護衛を任せている人間がいないことが前中としては不安要素だった。

それを理由に会う日を変更することも希望として狂慈に伝えていた。
ところが、
「そんな2〜3時間ぐらい大丈夫だろ」
そう言って変更はなされなかった。

もし変更していれば、御木を連れてきていれば、と変わることない過去に対して前中は静かにそして激しく憤っていた。


「現在地、掴めました」


助手席に座っていた部下が言う。


「I駅の方に向かっているようです」

「そうですか。では駅まで」

「分かりました」


前中は御木の居場所が分かったことに安心し、ようやく座席に深く座り込むことができた。

”15分程で到着するか”

御木が電車に乗るのが早いか、前中が駅に着くのが早いか微妙なところだった。

それでも前中はマンション近くの駅で待とうとは思わなかった。


「駅に到着されたようです」


前中は部下の言葉に分かっていながら御木に連絡を取ろうと携帯をポケットから取り出す。
ちゃんと無事を確かめたいという気持ちだった。

前中がリダイヤルから御木の名前を出したところに思いがけずその相手から電話が入った。


「もしもし」


やはり何かあったのか、と前中の声は少し緊張の滲んだものになってしまう。


「もしもし、峻君」

「はい」

「あの、ごめん、まだ仕事中かと思ったんだけど」


電話を通じて聞こえてくる御木の声は普段と変わらない。
たったそれだけで前中の声も緊張の度合いが弛む。


「いいですよ、接待はさっき終わりましたから」

「そうか、だったら良かった」

「良隆さんこそ今どこですか」

「あー、I駅にいるんだけど」

「それなら、もうすぐ傍を通りますよ」


前中は淀みなく御木に話す。
さっきからその駅を目指して車が走らされているとは御木は知らない。


「良かった、案外近くにいたんだね」

「ええ」

「助かったよ」

「・・・助かった」


前中は御木の”助かった”の一言に引っかかりを覚え、思わず聞き返した。


「それが帰りの電車賃が足りなくて、どうしようかと思って電話したんだ」

「良隆さん、そんなに今日は使ってしまったんですか」

「いや、・・・そんなことなかったんだけど」


言葉を濁す御木に、前中は何かあるとふんだ。


「良隆さん。もうすぐ駅ですから、話は会ってからゆっくりと」

「ああ、そうか。じゃあ中央口で待ってるから」

「はい」


話している間にも車は駅の程近くまで来ていた。
車の中からでも御木の姿が確認できた。

御木は帰るお金がなくなるほど買い物をするタイプの人間ではない。
やはりと言うべきなのか、御木の手に持っている紙袋は大きいものではない。
それを見る限り何かがあったために、帰れなくなったんだと思わずにはいられない。

車が止まると同時に前中はすぐに後部座席から降りると、視線の先にいる御木の方へと向かう。

「良隆さん」

「峻君」

前中の姿を見つけた御木は足早に前中へと駆け寄って来る。


「あの、ごめん」

「何がですか」

「まっすぐ帰るところだったのに、こんなとこに寄らせてしまって」

「いいんですよ。それよりも、家に帰って良隆さんがいない方が心配です」

「そうか」

「そうですよ」


前中は笑顔を浮かべながら、御木の荷物を代わりに持ってやる。
持てば分かる、紙袋の中に入っている本は2〜3冊程度。
帰れなくなるという程の買い物ではない。


「本屋さんに行ってたんですね」

「そうなんだ」

「でも、そんなにたくさん購入した感じじゃないですね」

「あー、そうなんだけど・・・」

「話はゆっくりと中で」

「ああ・・・うん」


前中は後部座席のドアを御木の為に開けてやりながら言った。





そしてマンションへの帰り道、車中で御木は自分に起こった出来事を話すこととなる。

「で、駅に着いてSuicaで帰ろうと思ったんだけど」

「料金が足りなかったんですね」

「そう」

前中は御木の話を聞いている間、自分の笑顔がひきつるのがわかった。
一緒に住むようになり、御木にも前中の小さな表情の変化が多少なりとも分かるようになっている。
同じ笑顔であったとしても、怒っている時もあれば、悲しんでいる時もある。

御木自身はそんな前中の微妙な変化を感じ取れるようになり喜んでいる。
が、その後が怖いということも身をもって理解していた。

「でも、別に危険なことがなかったからさ・・・」

「危険なことはなかったんですか」

「そう、そう」

「良隆さん、今日の相手は確かに9千円程度で助かりましたが、もし質の悪い人間だったらどうしたんですか」

前中は優しい口調を崩していないが、御木には耳の痛い話なのは確かだった。

「すみません」

としか言いようがない。


「良隆さん、やっぱりこれは・・・」

「でも、次は・・・」

「次なんて、良隆さんはよっぽど私に心配をかけさせたいんですね」

「そんなわけじゃ・・・」

「じゃあ、あのことを許してくれますよね」


御木はもう肯くしかなかった。

実は最近2人の間で議論がなされていたことがある。


「”ではさっそく明日から”と言いたいところですが、明日は休日なので明後日から」

「でも、私みたいなおじさんにボディガードなんて」

「私が一緒にいれない時だけですから」

「はぁ・・・」

「目立たないようにしますよ」

「・・・・はぁ」


前中としては今回の一件で堂々と御木に護衛を付けることができるようになり、内心喜んでいた。

御木は前中がヤクザだということに対し、一応は理解を示してしてくれた。
しかし、さすがに前中が組の中でどんな立場にあるのかということは知らせていない。

そんなこともあり、なかなか御木は護衛を付けることに納得しなかった。

”あと、狂慈君にはたっぷり難癖をつけて慰謝料をもらえばいいか。
それと、今日の奴は処分だな”

前中はこっそりと心の中で御木には聞かせられないようなことを呟き、
御木には笑顔で、

「それじゃあ今日はすぐに電話してくれなかったってことで」

「ことで・・・」

「アレを使わせてもらいますね」


「・・・え」


前中の言葉に多少なりとも覚悟していた御木だが、顔が火照るのを止めることはできなかった。
さらに、

「良隆さん、考えただけで、ココをこんなにして」

と前中に確かめられるまでもなく、御木の下半身は厭らしい変化を見せていた。

「峻君」

御木は恥ずかしさに前中のスーツに顔を寄せる。
そんな御木を楽しそうに、そして愛おしそうに眺めながら前中は

「明日は休みですし、存分に遊びましょうね」

耳元で囁く。


”今日のことは終わってみれば一石三鳥ぐらいの価値はあったか”


車は満足気な前中を乗せ、家路を急いだ。


※ あとがき ※
やっと20万hitお礼の小説をお送りできました。

この後、家に帰った御木さんが何をされるのか・・・
そこまで書こうと思ったのですが、できませんでした。

というか、ここまでよく書けたと思います。

書き始めたけれど何をどうしたいのか全く見えていませんでした。

なんとなく最後まで来れて良かったです。

この後を読みたいって人はいるんでしょうか・・・?