秘書の癒し

人は癒しを求めたがる。

それはこのストレスフルな世界を生き抜くために必要なのだろう。

そして、俺にも癒しが必要だ。
いや、切実に必要だった。

そのストレスの原因は主に仕事だ。
むしろ仕事以外には考えられない。

俺の仕事は表向きにはとある企業の社長秘書となっているが、普通の社長秘書とは違う。
社長と呼んでいる人間が、本当はヤクザ、いわゆる暴力団関係者だからだ。

俺自身も何年か前までは未来の自分がこんな仕事をしているとは思ってもいなかった。
きっとムショの中、高い塀の中と外を何度も行き来しているだろうとばかり考えていた。

それがどうだろう。
今は毎日スーツを着て、スケジュール帳や携帯を片手にビジネスマンを演じているわけだ。
ただ、そこは裏の仕事をしているだけあってビジネスマンでいられないことも多い。
特に社長は紙一重の人だと俺は勝手に思っているわけで、秘書の俺は嫌でもそれにつき合わなければいけないわけで。


「ぅううぅうう」


目の前のこれから起こるだろう、ちょっとしたスプラッタを見届けることが俺の今日一日における最後の仕事だ。

社長は笑顔で小型ナイフを男の右腕に突き立てていく。

男は逃げようにも逃げられない状態だ。
椅子に座らされているものの、縛られているわけではないが、男は決して逃げられない。
身体の自由を奪う薬を打たれているからだ。
一緒に意識も奪われたなら男は自分がされることを知らないままでいられただろうが、意識はそのまま残っている。

だから社長に自分が切り刻まれるのを見せられ、発狂しそうになっているわけだ。

「骨が見えてきましたね。心は汚くても骨は真っ白で綺麗なんですね。ほら、自分でも見てみたらどうですか?」

社長は楽しそうに男の血塗れで、骨が剥き出しになった腕を持ち上げると、男自身に見せつける。
見せられた男は目を真っ赤にして涙を流し、鼻息だけが荒い。

俺と社長以外に3人の部下達が部屋で待機しているが、その誰もが青白い顔をしていることだろう。
一人は椅子に座る男の後ろに立ち、一人は社長の少し後ろ。最後の一人は出口付近で待機。

おそらく、あと数分もしないうちに出口付近にいる部下以外は、昼に食べた物を吐き出すことになるだろう。

俺はこうなることが分かっていたから今日の昼食は抜いた。

そんな俺ですら吐き気を我慢するのに必死だ。

今日この場にいる部下達は二度とこの社長が開く「お楽しみ会」には参加しないだろう。
だいたいこのお楽しみ会という拷問には新入りの部下、最近組に入った人間が数人ずつ選ばれる。

それは社長が拷問をしながら、拷問相手と部下達の恐怖にまみれた表情を見るのが何よりも好きだからだ。
さらに部下達には社長を裏切ればどうなるかというデモンストレーションにもなるという、社長に言わせると一石二鳥らしい。

これを見た奴は滅多なことで社長を裏切ることはなくなるが、時々間違った方向へと向かう人間もいる。

それが今日の男のようなものだ。

社長の恐ろしさは十分理解しているだろうに、

「あんなサイコ野郎、俺がヤってやる」

なんて身の程知らずなことを言い触らすバカ野郎。
言うだけで実行に移さなければもう少し寿命は延びたのかもしれないが、バカはどこまでいってもバカだ。

別の組の奴に唆されて、ついに

「前中、俺が新しい若頭になってやるよ」

そんなことを言って社長が住むマンションの部屋、銃を片手に待ち伏せをしていたわけだ。

どうして社長のマンションに簡単に入り込めたのか、しかも部屋の鍵まで渡された時点でおかしいと気づくべきだった。

男を唆した筈の男は今頃、灰になり海の生物の栄養になっているだろう。

その後の展開は社長のアイデアであり、社長の計画通り男はまんまと社長の部屋に突撃してきたという。

「撃ってみてください。さあ」

笑顔の社長に本能的に恐怖を感じたのか、

「うぁあぁああ」

男は手にしていた拳銃で社長を撃った・・・つもりだった。

”カチッ、カチッ”

何度引き金を引いても、弾が発射されることはなかった。

「来るな、来るなぁ、来るなよぉおぉ」

社長は笑顔で男の持っている拳銃を掴むと

「ちゃんと試し撃ちはしました?たしか・・・」

「その拳銃はちゃんと手入れが出来てなくて、弾を込めても発射はされません」

俺は社長の言葉を引き継ぐ形で男に教えてやると、

「だそうですよ。やっぱり貰った物はちゃんと使えるかどうか、先に試さないとダメですよね」

社長は男の拳銃を俺に寄越してきた。

丸腰になった男は瞬時にどうするべきか考えたんだろう、

「ま、前中さん・・・あ、あの、俺は、俺、俺は騙された。そう、騙されたんだ。俺が前中さんを裏切るなんて、そんな・・・」

いきなりその場に土下座をすると、

「許してください。俺、俺は、こんなことをするつもりはなか・・・」

床に頭を擦りつけるようにしながら謝り始めた。
しかし、そんなことを社長が簡単に許すわけもなく、男の腕を取ると

「可哀想に、分かりました。痛くないようにしてあげますから」

そう言って俺に用意させていた注射器で薬物を男に注入した。
男は暴れることもできず、数分もしないうちに目だけが動く状態になっていた。

「じゃあ、運んでください」

社長の命令に、俺はぐったりとした男を肩に担ぎあげて場所を移動した・・・結果が今だ。



「自分の内蔵がどんな色だったり、状態なのか知りたくないですか?」

言いながら社長は男の腹筋あたりをナイフで切り裂いていく。
確かに痛みはないのかもしれないが、その光景は尋常ではなく、

「ぅおぇっ・・・ぇ」

ついに部下の一人が床に昼食をぶちまけ、それが呼び水になったように、もう一人も。

社長はそれを気にすることもなく、ただナイフを使い続け、床が男の血液で大きな水たまりが出来る頃になってようやくその手が止まった。
すでに男は息絶えていたが、それで良かったと俺は思う。

もしまだ少しでも意識が残っていれば、社長は嬉々として男の腑を引きづり出して見せつけたことだろう。

部下達は床にひざまづき、顔色は失せている。

「社長」

俺が声を掛けると、社長はナイフを床に放り投げ

「あーぁ、もう壊れちゃって。もうちょっと頑丈だと思ってたのに」

服を脱ぎながら備え付けのシャワールームへと向かった。
それを見送ると、俺は動けない部下達の代わりに、これも備え付けのロッカーから死体を収納する大きなビニール袋を出してくる。

「おい」

俺は唯一まだ倒れていない出口に待機していた男を呼ぶと、

「手伝え」

そう命令した。

「は、・・・はい」

男は近づいてくるが、死体とその状態を見ると

「ぅううえぇええ」

やっぱり盛大に戻し始めた。

結局、俺が一人で死体をビニールに入れる作業をすることになった。
その間にも社長はすっきりした顔で着替えも済ませて戻ってきたが、まだ汚れたままの床と臭いに少し眉を潜めると

「じゃ、私はこれで・・・」

と出口へと向かう。

これで社長の機嫌がリセットされることを祈るが、今日1日を振り返っても仕事にならなかった。

だいたいの週末はよっぽどのことがない限り恋人と過ごすのが習慣になっているはずが、その恋人と会えないというのが不機嫌の理由だ。
会えない理由はオタクイベントへ参加するからというもので、年に数回あるが社長の恋人はなかなか社長をそこへ一緒に参加を許してくれないらしい。
夏・冬と大きなイベントにはなんとか参加させてもらうことになったが、その他の小さなイベントは断られている。

だからこそ、その日の社長は表面的に分からない程にはイライラしている。

俺はそれを黙って受け入れるしかないのだが、それが俺にとっては最大のストレスになるわけだ。

「そうだ、ピッグちゃんへのお土産にどうです?それ。確か雑食ですよね。じゃあ」

そう言って社長は部屋を出ていったが、最後の台詞は俺への当てつけだろう。

『ピッグ』と呼ばれたのは俺の恋人を揶揄する名称で、社長が勝手に付けた。

俺の恋人は決して死体を喜ぶようなサイコ人間でもないし、ましてや食べるような人間ではない。
俺は死体が入ったビニール袋を抱えると、床にうずくまっている男を蹴り

「お前等、綺麗に掃除しておけよ。後で他の奴らに点検させるからな」

指示すると、部屋を出る。

これから死体をいつもの場所へ捨てに行く。
海や山に捨てるなんてことはしない。

「俺だ、釜を用意して待ってろ」

ある場所へ電話を掛けて移動する。

そこで適切に処理すれば、証拠は見つからない。
ヤクザな男が一人や二人、消えたところで誰も探しもしなければ困ることもない。

俺が全てを見届け、家に帰り着いたのは深夜だった。

ただ、俺にとってはちょうどいい時間だった。

自宅とも言えるマンションを外から見上げれば、部屋の明かりが点いているのが分かる。
駆け出したい気持ちを抑えつつ、エレベーターで目的階まで。

玄関の前に簡易的な門扉とインターフォンが装備されていて、俺は迷わずインターフォンを押す。

『はい』

優しさの滲む柔らかい声がインターフォン越しに聞こえてきて、それだけで俺の気持ちも和む。
それまでの強ばった表情から、無意識に笑顔になる。

「ただいま」

そう言うと、

『お帰り』

と再び声が聞こえる。

そして間もなくカチッと小さな音が俺の耳に届くと、中から恋人が扉を開けて顔を見せる。

「お帰りなさい。遅くまでお疲れさま」

にっこりと笑顔で迎えてくれる姿に、ついさっきまで鬱々とした気分だったのが一気に浮上する。

「ただいま」

「夜遅いから、軽くお茶漬けぐらいがいいかと思って」

恋人の後ろ姿を見ながら、早くこの手に抱きたくて仕方がなくなる。

その身体を抱き、全身で癒されたい。

俺のために夜食を用意してくれようとしている恋人を後ろから抱きしめると、その耳元に

「俺を癒して欲しい」

と囁いた。

恋人は黙り込んでしまったが、恥ずかしがっているだけだということは分かっている。

「このまま、ここで・・・いいよな」

言いながら俺は恋人を立たせたまま、そのアナルを犯しまくった。

別に社長に感化されて男の恋人を持った訳ではないが、気づけば俺は同姓であるはずの男に夢中になっていた。
今では半同棲状態になっているが、一方で社長の恋人は未だに一緒に住むことを拒んでいるようで、最近ちょくちょく嫌みを言われる。

恋人に出会う前の俺は精神的に限界に近づきつつあったが、今ではどんなキツいことがあってもリセットできる。

本当、社長という悪魔と付き合うには恋人という天使の癒しが必要だ。

そうして、天使に癒されて俺は明日も悪魔と対峙することになる。