あれは疫病神だ。


俺に、そして家族にまとわりつく疫病神だ。



あれが俺の目の前に姿を現したのは、俺が12歳の頃。

「廉(れん)。 新しい家族よ」

そう言って母親が連れてきたのは、小さな小さな赤ん坊だった。

小学校卒業を控えていた俺には、兄弟の誕生を素直に喜ぶことが出来なかった。

父親と母親がそういう行為をしたという証明のような存在。
自分もそうだというのに、なぜか新しい生命を手放しで喜ぶには変な知識が邪魔をした。

そして、約十ヶ月というもの間、間近で母親の腹部が大きくなっていくことを見ていたが・・・そこに感動はなかった。

逆に

「触ってもいいのよ」
「触ってみなさい」

とやたらとその腹部を触らせようとすることに嫌悪すら感じた。

それからだ。
俺が女性という生き物に少なからず嫌悪感を抱くようになったのは。

「今日からあなたはお兄ちゃんよ」

喜びに満ちた母親の顔と、数日まで破裂しそうな程膨れ上がっていたはずの、今では平らの腹部を見て思った。

『気持ち悪い』

と。

当然、俺は新しくできた弟という存在を受け入れることが難しかった。
しかし、それだけなら我慢できたかもしれない。

「お前、弟ができたんだってなぁ」
「お前んとこの母ちゃんと父ちゃんってさ。へへへ・・・」

12歳も離れてできた兄弟に、クラスメイトは面白がった。

近所のババア達も

「良かったわね、弟ができて」

とか笑顔で俺に声を掛けてきた。
でも、心の中ではどんなことを思っているのか分かりはしない。


そんなことをジクジク考えていると、自分以外の全ての人間が全て嫌悪の対象となるようになっていった。


だからこそ自分が他よりも劣っているなんて考えられなかったし、考えたくもなかった。

俺は中学に入ってからというもの、ひたすら勉強に明け暮れた。
誰にも負けたくはなかったからだ。
いい大学に入って、いい会社に入る。
それだけを考えていた。

俺は俺の周りにいる人間とは違うんだと思いたかった。

それなのに・・・




「ただいまぁ」




疫病神が帰宅を告げる。

俺は昔の思い出から、現実へと戻ってくる。
目をうっすらと開ければいつの間にか外は暗くなっていたことに気づいた。
昼飯を食べた後、いつの間にか眠っていたみたいだ。

廊下を歩く疫病神の足音が聞こえる。

俺はそれをジッと聞いているしかできない。

逃げることもしないで。
・・・いや、できないというのが正解だ。

足音はどんどん近づいてきて、ついに俺がいる部屋の前で止まる。

「ただぁいま」

急に俺の視界に大量の光が入り込み、目を眇めることになる。

そんな光を背景に、疫病神は笑顔で部屋に入ってくる。

俺は当然何も言わない。
言ってやる義務はない。

向こうは俺のそんな態度を気にすることなんてなく、

「ちょっと待っててね、着替えたらすぐ代えてあげるから」

部屋の明かりを付けると、俺が寝ているすぐ側で着替えを始める。

俺はそれをただ見ていた。

奴の身体は俺のそれとは比べものにならないぐらいに整っている。
俺に見せびらかしたいのかと言いたくなるぐらいだ。

俺の体はといえば、腕も足も棒のような細さでみすぼらしい。
まずは肉をつけなくてはと思うが、食が進まない。
だからいつまでも細いままだ。

部屋着に着替えると、俺の側まで来る。
そして、満面の笑みで

「さあ、オムツを代えようか」

と言った。

俺は何も言わない。
されるがままだ。

もう一年以上も繰り返されている行為に、今更抵抗もしない。

最初は抵抗していた。というか、抵抗しようとした。
しかし、拘束されている俺にはどうしようもなかったし、抵抗すればするほど自分が追いつめられるばかりだった。

だから今ではこの屈辱的な行為が早く済んでしまうことを、目をつぶって待つ。

「綺麗になったよ」

抵抗さえしなければ、数分もしないうちに終わり、そして奴は俺を繋いでいた拘束を解く。

「お腹空いたでしょ。すぐ作るから」

そして、俺を軽々と抱き上げると寝室を出る。

リビングの光は俺の目に痛いぐらい明るかった。

「テレビでも見ながら待ってて」

俺をソファに座らせると、奴はキッチンへ向かう。

料理も慣れたものだ。
他の人間を部屋に上げるのが嫌だという理由から、家事全般を奴が行う。

昼飯もわざわざ帰ってきて一緒に食べる。

仕事場はこの家から車で10分と離れていないからそれができている。
まあ、俺も今のこの状態を人に見られるのはごめんだ。

テレビを見ていろというが、テレビに映っているのはバカな芸人ばっかりで、見る気もしない。
だからといってチャンネルを変えるのも面倒だ。

ぼんやりとしていると、奴が

「できたよ」

と俺を迎えに来るが、俺は奴の言葉に応えてやらない。

「さ、食べよ」

奴はさっきと同じように俺を抱き上げると、キッチンの椅子に座る。

キッチンの椅子は少しゆったりめの物が置かれている。
それは奴の膝の上に俺を乗せるためだ。

奴はやたらと俺を膝に乗せようとする。
食事の時も、食事が終わってリビングでくつろぐ時も。
リビングでは俺を膝に乗せたまま、仕事を始めることもある。

家にいる時は、俺を少しも離さない。

俺はしぶしぶそれに従っている。
抵抗することが面倒だから。

もちろん、風呂も一緒に入ることになる。

奴は俺の身体を隅から隅まで磨き上げるが、俺は何もしないし、してやらない。

「気持ちいいね」

二人で浸かっても余裕がある風呂。
悔しいが、気持ちいいことを認めるしかない。

そして、風呂から上がると当然だが寝室へ行く。

パジャマを着せられる時、それは普通に寝る時だ。

「子守歌でも歌おうか」

そんなふざけたことを言う奴に視線だけで『黙れ』と言ってやる。

ただ、風呂の後にバスタオルを被せられた時。
その時は寝室に戻ってセックスをするという合図だ。

大抵は奴の休日前にすることが多い。

奴曰く
『次の日に介抱できるから』
ということらしい。

奴は俺の全身をくまなく舐める。

その中でも特に入念に舐めるのは乳首と臍、それから肛門だ。
乳首なんて前に比べてでかくなった気がする。

肛門は
『ここで繋がるんだから』
と言って、感覚がなくなるくらいまで舐められる。

そこまでされると、俺は男なのに女じゃないのかと錯覚することもある。

いや、こんな状況なら男でも女でも別に関係ない。
人間ですらあるのか分からなくなってくる。

それなのに、奴が俺の中に入ってくるのを感じるとなぜか生きていると実感する。

「あ、あ、ぁぁあ」

「イイ、イイよ。気持ちいい。ねえ、廉も気持ちいいでしょ?」

「ふ、ん・・・ぁ」

「ほら、前をこんなにビチョビチョにして。大丈夫、廉の中をビチョビチョにしてあげる」

「ぁ、くっ・・・ぅう」

「廉は中に出しながらかき混ぜられるのが好きだよね」

悔しい。

疫病神である奴に犯され、俺はそれに感じている。

奴の言うことは間違ってはいない。

俺は中に出されるのが好きになっているし、さらに言えばかき混ぜられ、それが俺の中から溢れだしてくる感覚が好きだ。

悔しいぐらいに好きだ。

「ほら、出してあげる。たっぷりと」

「ん、んん・・・はっ、はぁあ」

「一回だけじゃ足りないのは分かってるんだよ。でも、まずは一回」

「あ、ぁ、ぁああ」

さっそく濃い一発が俺の中に吐き出される。

俺はそれを受け止めながら、自分でも聞き取りにくいと分かっていながら

「しょ・・」

と奴の名前を呼んだ。

匠(しょう)は俺の声を聞くと、

「分かってるよ」

そう言いながら俺の唇に自分の唇を重ねる。
少し動きが緩慢な俺の舌を、まるでマッサージするように匠の舌が動く。

俺は右足を匠の腰に回すと、抜けかかっていたペニスを追いかけるように腰を突き出す。
匠も俺の意図が分かっているからすぐに奥へとペニスを突っ込んでくる。

「んんんん」

唇は重ねたまま、俺の声は匠に吸い取られてしまう。

そのまま俺達は2ラウンド目に突入。

最後は汗と精液でドロドロになる。

何もせずに眠れば当然身体は楽だというのは分かっている。
ただ、セックスで疲れ果てて眠る時が一番気持ちが楽だ。

何も考えなくてもいい。

仕事を失った時の絶望感。
そして、事故に遭い左足の膝から下を失くした時の絶望感。

事故の後遺症で左手の感覚が鈍くなり、言葉もうまく紡げなくなったもどかしさ。

全ての煩わしいことから解放される。

「好きだよ」

俺が深い眠りにつく時、必ず匠は俺を抱きしめながら幸せそうに呟く。

「お・・・ぇは・・・ぃ・・・らい・・・ら」

俺はお前なんか嫌いだ。

そう何度も大きな声で叫びたいのに、出てくる言葉はほとんどその意味をなさない。

だから俺は心の中で叫び続ける。

俺はお前なんか嫌いだ、と。

俺よりも整った容姿、均整のとれた体躯、親が自慢したくなる程の頭脳。

子供の頃から嫌いだった。
嫌いだという態度を隠したこともない。
それなのに、俺にまとわりついてくる。

ついには俺の仕事を奪い、人間としての生活を奪っていった。

「いいんだよ。いくら俺を嫌いだったとしても、廉には俺しかいないんだから」

匠は一層俺を抱く腕を強くする。

そうだ、どうせ俺にはこの疫病神しかいない。
一番嫌いな筈なのに、こいつしか俺にはいない。

そして、俺はゆっくりと目を閉じる。


※ あとがき ※

リハビリをかねての読み切り小説です。

簡単な設定説明を・・・
弟×兄
です。

お兄ちゃんは障害を持っています。

お兄ちゃんは事故になる前に仕事を辞めました。
辞めるきっかけになったのは、弟に犯されている写真が社内に出回ったから。
仕事も事故も全て弟が仕組んだことです。

弟はまんまとお兄ちゃ
んを手に入れることになってとっても幸せです。