ぺこり庵

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■こじき

 

その街には、乞食が一人おりました。ある日、いつものように、その乞食が道ばたのむしろの上でお客さまを待っていると、通りの向こうから、一人の男の人がやってきました。
「やあ、乞食さんじゃありませんか、こんにちは。商売の方はどうですか。わたしも何か差し上げたいんですが、あいにく持ち合わせがないもので…。あ、そうそう。」
といってその人はカバンから名刺を一枚取り出して乞食に渡しました。その名刺には、一行だけ「手品師 ミル」とかかれていました。
「私はこういうもんですがね、恵まれないあなたのために、ひとつ、とっておきの手品をお目にかけましょう。きのうあみだしたばかりの、まだ誰にも見せていないやつですよ。」
そういって、ミルさんは、ポケットから風船を一つ取り出すと、それを乞食に渡して、いいました。
「乞食さん、この風船をちょっとふくらましてくださいな。」
乞食は、顔を真っ赤にして一生懸命風船をふくらましました。
「さあ、そんなところでいいでしょう。じゃあ、そのままそれをしっかり持っててくださいよ。」
そういうと、ミルさんはいきなり、乞食の持っている風船を針でつっつき、風船を、バチン!!と割りました。乞食はおどろいて、いままで風船を持っていた自分の手元を見ました。すると、その手にはひもがにぎられていて、ひもの先には大きな乳牛が一頭、もぐもぐと口を動かしていました。
「まだまだ、こんなものは、たいしたことはありませんよ。実は、もうひとつ、開発中のがありましてね、もうすぐ完成するはずなんですが、それが完成したらまたお見せしにきますよ、それでは、また。」
ミルさんはそういって、乳牛を服のポケットにしまうと、帰って行きました。
次の日、乞食がお客さまを待っていると、今度はベレー帽をかぶった男の人がやってきていいました。
「やあ、こんにちは。こんなところに乞食さんがいらっしやるとは、知りませんでした。ちょうどさっき自分の商売道具を買ったばかりで、お金を全部使ってしまったものでね…。そのかわりといってはなんですが、ひとつ、あなたの絵を描いてさしあげましょう。私は画家をやっておりまして、ちょうど買ったばかりの絵の具もあります。」
絵描きさんはそういって乞食の後ろの壁の前にすわりました。
「乞食さん、ちょっとこっちを向いててください。」
そういうと、絵描きさんは、壁に乞食の絵を描きはじめました。乞食は、ちょうどおなかがすいていて倒れそうだったのですが、絵描きさんが絵を描きやすいように、顔をあげてじっと我慢してすわっていました。
日が暮れかかる頃、やっと絵が完成しました。絵描きさんは、画材道具を持って帰っていきました。乞食は、その日からその絵がお客様から見えやすいように、場所を少しずらしてすわることにしました。
次の日は医者がやってきて、乞食に健康診断をしてあげました。そして、もっと栄養のバランスを考えた食事をするようにアドバイスをして帰っていきました。
次の日は、ギターをもった旅人がやってきて、つくったばかりの歌を乞食のために歌って去っていきました。
次の日は、とても寒い日でした。乞食が体を丸めて震えていると、ねこが一匹やってきて、その日一日、乞食の体を暖めて帰っていきました。
次の日に乞食の前を通りかかったサーカスの一団は、乞食のために、通りのまん中に半日かけてやぐらを組んで、サーカスを見せてあげました。空中ブランコや、猛獣使いや、ピエロのやることひとつひとつを、乞食は目をまん丸にして見ていました。ひととおり終わると、サーカスの一団はまた半日かけてやぐらをかたづけて帰っていきました。
そして次の日は、らくだが一頭やってきて、いいました。
「やあ、乞食さん、こんなとこで会うなんて。ちょうど何もあげるものがなくてね。そうだ、ぼくは人を乗せるのが仕事だから、乞食さんを乗せてあげるよ。」
そういってらくだは乞食の前にすわりました。
「さあ、乗った乗った。」
乞食は、らくだに乗るのは初めてだったので、どきどきしながららくだの背中にまたがりました。
「さあ、しゅっぱーつ!」
らくだは乞食を乗せるとそういって立ち上がり、砂漠の方に向かって歩き出しました。
らくだと乞食の行方は、誰も知りません。

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