ぺこり庵

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■かめのおはなし

 

ある日、かめくんがリュックを背負ってビルの壁をのぼっていると…
ねずみくんがやってきました。「なにしてるのさ、ちゅう。」
でもかめくん、ビルをのぼるのにいっしょうけんめいなので、きこえません。
おさるが、「今日はビル登り日和だねえ。」とあいさつしても、きこえません。
ライオンが、街じゅうに聞こえる大きな声で、「がおがお、食べちゃうぞ!」とおどかしても、きこえまえせん。
そのうち、街じゅうのひとが集まって、かめくんをとりかこんで、おおさわぎになりました。なにしろ、108階建ての、街いちばんののっぽビルです。
「まさかてっぺんまで登ろうとしているんじゃないだろうね。」
「ぼくが上まで運んでいってあげよう。」
「あのリュックのなかには何が入っているんだろう?」
「エレベーターにのればいいのに。」
「いいや、壁を登るのを楽しんでいるのかもしれないよ。」
そこに、知らせを受けた市長さんがやっと到着しました。そして、しばらく考えて、みんなにこういいました。
「みなさん、ここはひとつ、よけいなおせっかいはやめて、かめくんを見守ってあげましょう。一生懸命なかめくんの姿をみていると、なんかこう、感動するじゃありませんか。無事に登頂に成功したらみんなでお祝いをしてあげたらどうでしょう。」
なるほど、それはいい考えです。みんなはそろって大賛成しました。
ただ、「かめはビルを登らない」という説を発表してノーベルかめ賞をもらったもさきち博士だけは、かめくんをいますぐつかまえて逮捕するべきだといって、最後までがんばったのですが。
その日から、このかめくんが、街のみんなの話題にならない日はありません。テレビでは天気予報の後に「かめくん情報」を発表します。
「きのう一日のかめくんの登り幅は、雨のためでしょうか、12センチ6ミリ。これで通算164センチです。今日の予想登り幅は14センチから16センチとなっております。」
うわさを聞きつけて、となりの街や、そのまたとなりの街からもひとがたくさん押し寄せます。ビルの下ではそういう観光客のためにかめくんグッズがたくさん売られています。
街の本屋さんでは、『ドキュメントがんばれかめくん』や、『ビルとかめくん写真集』が飛ぶような売れ行きです。
一方かめくんは、みんなのさわぎにはこれっぽっちも気づかずに、毎日少しづつ登っていきます。朝になっても、夜になっても、夏になっても、冬になっても、登っていきます。
そしてとうとうある日、ビルのてっぺんに着きましたよ。
屋上では、みんなの歓声と拍手がわきおこり、アルマジロ音楽隊のファンファーレとともにくす玉が割れて、市長さんがかめくんに花束をさしだしました。マイクをもったアナウンサーがインタビューしようと走ってきます。たくさんのカメラのフラッシュがいっせいに光ります。
一方かめくん、花束には目もくれず、リュックから「遺書」と書かれた封筒を出して足元におくと、ビルからぴょんと飛び降りてしまいましたとさ。

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