主観確率と客観確率

(平成21年6月6日)




 確率の呼び方で主観確率と客観確率のように二分類することが広く行われでいます。まず主観と客観について考えてみる必要があります。

 主観的という言葉が、人によって異なる、根拠の無い感覚的なもの、という印象があり、客観的と言う用語は、誰の目にも変わらない、正しい認識、というような意味で使われています。

 言葉の印象から「主観確率」は学問の対象にはならないと考えるのは早合点に過ぎます。むしろ、実世界を対象とすると殆どすべての確率は主観的であるとさえ言えます。この説明は少し、哲学的になってしまいそうなので省略して先に進めます。

 ある命題が眞であることの確かさは、その命題に関する情報を持っている人と、持っていない人では確かさが異なるという意味で確率は主観確率です。

 しかし、その主観確率を決める方法が論理的に決まっていて、同じ情報を持って居る人は同じ確率を割り当てるならば確信の度合いである確率も客観確率と称して構わないでしょう。

 ラプラスの確率は客観確率の代表ですが、よく考えるとこれも確信の度合いの決め方の一つの方法であることが判ります。ラプラスの継起則で決めることも客観確率と言えるのです。

 一方、実世界には客観的に確率を決められない場合が多いことも確かです。この場合、文字通り主観的な主観確率でしかあり得ないのですが、出来るだけ客観的になるよう決めることが良いのです。

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