合理的な人

(平成21年6月6日)

   サッカーでは先攻チームを決める時に審判が1枚のコインを投げて、チームのキャプテンが表か裏を当てることが行われています。

 正しく作られたコインを投げて表が出る可能性は半々であると考える人が合理的な人です。半々とは50-50であるとも言います。表が出る確率が50%であるとも言います。正当な理由がないのに、どちらかが出やすいと言う人は合理的でない人です。

 突然の閃めきで表が出ることが判ったとか、神のお告げがあったのでというような理由は正当な理由ではありません。何が正当であるかは必ずしも自明ではありませんが、多くの人が正しいと認めることを正当の解釈にしておきましょう。

 サッカーのキャプテンは合理的な人に違いありませんが、合理的な人もどちらかを言い当てないといけない場面なので、表か裏を言うだけです。ここで、表が出る確率が50%であるとは、「表がでる」確かさの程度を言っていることに注意しましょう。

 逆に、表が出やすいように細工がしてあるコインであると判っているのに、表が出る確率を50%と言う人は合理的ではありません。この場合は表が出る方に賭ける人が合理的な人です。

 さて、皆さんは1枚のコイン投げの場合は合理的に判断して表も裏も50-50だと言うでしょう。しかし、投げるコインが2枚、3枚と少し複雑な試行になると意外に合理的な判断が出来ないものなのです。

 人間は不合理なこともあえてやるので事件も起こり、人生が面白くなるでのあって、全ての人が完全に合理的な行動を取れば面白くも何とも無いということも確かでしょう。

 しかし、不合理なことを平気でやるようでは、何をやっても後悔することになるだろうし、知的な人とは言えないでしょう。やはり、ここでは何が合理的な決定かを追及することとします。

 道具として一つの用語を定義しておきます。もしかすると、学校で習った定義と違うかもしれませんがよくよく考えるとここに示す定義が正しいので信じてください。

 「確率」とは命題の真偽に対する確かさを0から1の数値で表したものである。

 誰の確かさのことを言っているのかはおいおい判ってきます。命題が眞であることが極めて確かな場合が確率1で、命題が偽であることが極めて確かなら確率0です。この確かさとは確信の度合いとも言います。

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