「がん検診を受けない9つの理由」から  

(2020年3月25日)


 三五館から2016年に「医者の私が、がん検診を受けない9つの理由」と題した本が出ている。

 著者の岡田正彦氏は新潟大学の名誉教授であるだけでなくIEEEの(日本支部?)副会長を勤められるほどの情報理論にも通じておられる方である。いわゆる正統派統計学でなく、情報エントロピーに基づいた論文も執筆されている。

 この本では、がん検診で行われるX線検査やCT検査は人に有害なものであるのに、そのような検査を何もしなかった場合と総じてみれば効果がないことが多くの論文を精査した結果であるとし、がん検査はしない方が良いと結論づけている。

 正しい確率統計論に通じた筈の岡本正彦氏がこの本で一か所だけ(52頁から53頁)間違った説明をしているところがある。世間の間違った常識を是正するべく書かれた本なのに、この一か所のために信用を落とすことがなければと願うばかりである。

 

  おかしな記述と指摘する部分は「もしこれが正しいなら、・・・ほぼゼロになる。」のくだりである。

 この論法は1個のサイコロを振って1が出る確率が1/6とすると、3回振って3回とも1が出る確率は1/216になるという確率論に基づいている。

 「ある事象の生起する確率がpのとき、その事象が3回続けて起きる確率はp^3である」というのは正しそうに見える。しかし、これが成立するためにはそれぞれの事象が論理的に独立であるときという条件があるのである。この条件があることが良く忘れられる。

 子宮頸がん検診を3回連続でどのように受診されるのものかよく判らないが、同じ町の住民を検診するならばそれぞれの検診が論理的に独立したものでないことは明らかである。毎回86%(に近い数字で)減らせると同じようなことが言えるだけであろう。

 論理的に独立しているという条件は大学者でも時に忘れられるものらしい。西澤潤一の場合を紹介したい。

 西澤潤一は光ファイバーや半導体の研究で多くの成果があり、毎年のように秋になるとノーベル賞が期待されていた。ただ、半導体の集積回路に関しては歩留まりが悪くて使い物にならないだろうと見通しを誤った。

 平成10年7月に開催された第28回日科技連信頼性・保全性シンポジウムで、当時岩手県立大学の学長の西澤潤一による「独創性と信頼性技術」と題した特別講演があった。

 この講演で集積回路は歩留まりが悪くて使い物にならないだろうと予測したから理由が述べられている。西澤潤一は信頼性工学にクレームを付けたかったのだろう。

 講演録から該当部分は次の通りである。

 集積回路のように多くの回路を一挙に作ってしまうものに対して、個々の回路は論理的に独立ではないのである。従って、個々の信頼度を乗じても意味はない。

 信頼性工学ではブロック図を書いて信頼度計算を行ってはいるが個々の要素ごとの論理的独立性が怪しいので計算自体は怪しいものと言わざるを得ない。

(了)


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