それでも重力は加速度である  

(2011年2月4日)


 「それでも地球は動いている」とつぶやいたのはガリレオ・ガリレイである。天動説を信じていた当時の教会は地動説に猛反対であったため、ガリレオは表向きは地動説を撤回せざるを得なかった。しかし、地動説に与して譲らなかったブルーノという学者は火あぶりの刑を科せられた。これらの史実は一度正しいとされた常識を覆すことが如何に難しいかを示している。

 重力が加速度であることに最初に気がついたのはアインシュタインである。日本では東大理学部教授を勤めた小野健一が生涯を一貫してこのことを主張している。しかし、ニュートン力学では重力が力であるとして教えられているままである。これまで私たちの日常生活でさしたる支障が無かったことがその理由であろう。おそらく「判りやすい」という理由で。

 重力が力ではなく加速度であるという主張が正しいことは一般相対性理論の帰結から来るものではない。ニュートン(またはニュートン力学)が、加速度があるのは力が働いているからだと、早合点をしてしまっただけである。アインシュタインもこのことに気がつかなかったため、一般相対性理論を打ち立てる前提として、慣性質量と重力質量が同じであることを等価原理とせざるを得なかった。

 確かに、ニュートンの運動の第2法則F=maから、力は質量に加速度を乗じたものということが私たちの頭には染みついている。この法則は「質量mの物体に力Fを加えると、その物体は加速度aで運動する」ことを意味する。

 しかし、逆に「加速度aで運動する物体は力Fが作用している」とは、数式としては正しくても、物理的には必ずしも言えないのである。重力の作用だけで運動している物体は加速度gの運動をしているが重力という力が働いている証拠が全くないからである。

 同じように数式上は正しいが、物理的には逆が必ずしも正しくない例がある。フックの法則で示される応力とひずみの関係である。

 フックの法則とは物体に加わる力と物体の変形量は比例するという物性である。フックの法則を応力とひずみの関係にすると「応力σはヤング率Eとひずみεに比例する」と言い換えることが出来る。

 σ=Eε

 応力σが働いている材料はεのひずみが出るのは事実であるが、ひずみεが出ても応力σが働いているとは、必ずしも言えない。何故かというと、拘束の無い状態に置かれた材料があって、その材料が熱を受けてひずみεが出ていても、応力はゼロのままだからである。

 歴史的に、ニュートンが万有引力を定式化したのは、ケプラーの法則を基にしている。ケプラーの法則はチコ・ブラーエの星の動きの観察データを整理して、これらに合う経験則を導いたものである。ケプラーの法則から得られるのは、距離の逆二乗則である加速度の式までが観測結果から作為なく自然に導き出される事なのである。

 この加速度の式にニュートンの運動の第2法則を当てはめて、万有引力の式にしたことがニュートンの早合点なのである。万有加速度の式に留めるべきだった。

  万有加速度g=GM/r^2
  万有引力 F=GMm/r^2 または F=mg

 重力の作用下にあって他の力を受けていない物体の例としては宇宙ステーションがある。宇宙ステーションは自由落下しているので重力に逆らっていないのであるが、地球の周りを周回しているので遠心力が働いているのではないかと思う人もいるだろう。その人達には綱の切れたエレベータを頭に描いて貰うことにする。

 このエレベータはアインシュタインが思考実験に使ったものと同じで真空中を落下しているエレベータである。この宇宙ステーションにもエレベータにも、全く重力と言う力は働いていない。すべての部分で応力はゼロである。また、中にいる人はいわゆる無重力状態でふわふわ浮いている。

 宇宙ステーション内にいる宇宙飛行士は外を見なければ、自分が地球を回っていることも落ちていることも判らない。外を見ることによって自分が動いていることがわかる。そして詳細に動きをしらべると、それが加速度運動であることまでは判る。しかし、それまでである。力が働いているという証拠は出てこない。

 現在のニュートン力学では、地球を回る宇宙ステーションも綱の切れたエレベータも無重力状態になるのは重力と慣性力が釣り合っているからだと説明する。そして、その釣り合いは分子レベルで釣り合っているので応力も現れないという説明である。

 宇宙ステーションでも落下するエレベータでも重力は常に慣性力と分子レベルで釣り合っているから応力が現れない。従って、重力と言う力の存在を直接に実証できないという説明は果たして合理的に受け入れられるものであろうか。

 宇宙ステーションは地球の重力だけでなく、太陽の重力も受けているがやはり慣性力と釣り合っているので応力は現れないという説明をするのであろうか。宇宙ステーションが地球の周りを回っていても、太陽に向いたときと地球の陰に入ったときとで、合成した重力の大きさは異なっているが、慣性力で釣り合って常にゼロであるという説明になるのであろうか。かなり苦しい説明のように思われる。

 結局、合力が常にゼロになっているということは、力が働いていないということと同義なのである。もう一つ、説明の困難さの例をロケットの打ち上げをモデルにして示そう。

 発射時、質量100トンのロケットが丁度1000KNの推力を出していると発射台を離れて浮いた状態になるが上昇はしない。このときロケットには全体的に圧縮応力が働き、重力が推力と丁度つりあっている、という説明がなされる。

 次に、推力が突然ゼロになったとすると、ロケットは自由落下をし始める。こうなるとロケットには応力が働かないが、重力が慣性力と釣り合っている、という説明に突然切り替わる。この説明で何が悪いかということであるが、むしろ作為的にすぎる説明ではないか。重力が力でないことに気がつけば、説明は次のように簡単になる。

 ロケットの推力がゼロになった瞬間で、ロケットは力の釣り合い状態から解放され自由落下を始める。すると何の力も働いていない状態になるので、ロケット全体に働いていた応力も消えてしまう。

 重力が力でないと認識すれば説明がすっきりするだけのように見える。しかし、重要なのは力というものの性格が明確になることである。つまり、力は重力が決める加速度運動に違える運動を強制するときに働く慣性力に釣り合う力(外力)だけであるということだ。また、重力質量の概念を持ち込む必要は、全くなかったということも一般相対性理論をすっきりさせる。


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